middle3「掌返し」
「最ッ高!」
「……」
夕餉の刺身に笑顔で舌鼓を打つスコルピオを横目で見ながら、安達は控えめに副菜の煮物を突いていた。頬に片手まで当ててやがる。どんだけ気に入ったんだよ。
「これ脂乗ってるのにすごくアッサリ食べられるのね! ソイソースとの相性が最高だし、このワサビってスパイスも癖になりそう! ライスにもぴったりだわ! 火を通さないだけでこんなに味が変わるのね!」
「正気じゃねぇな」
「ん? 何か言った?」
「……なんでもねぇよ」
「
「俺はデジャヴって感じだよ……似たような知人思い出すわ」
呑気にスマートフォンで食事を撮影しながら、他人事のようにフューネラルが呟き、藤村は何処か遠い目でスコルピオの様子を見ながら、味噌汁を啜っていた。不景気面は安達一人だけである。
「飯食いながらでいいから聞いてくれ、微弱だが反応は感知できた。北の海辺の方からだ」
「それは私もちょっと感じてたわね」
「おい、じゃあなんで言わねぇんだよ」
思わず安達が食って掛かる。海の方を見ていたのはそう言う事だったのかと合点するが、何も報告がないというのは頂けない。一言くらいあってもいいだろうが。
「確証がなかったからよ。でも、フジムラも反応があったっていうなら、多分確実でしょ。そっちは何か機材使ったんだろうし」
「だからって……!」
「……まぁ、いいだろ安達君。とりあえず、明日の調査は海辺の方で重点的に行うぞ」
「もうお風呂入っちゃいましたしねー」
「チッ……呑気なもんだな」
「流石はのんびり日本支部と言った感じね。でも、残念ながら残業よ。お夕飯食べたら出るわ」
「腹ごなしに散歩です?」
「違うわよ、今の方が昼間より反応が強いの」
思わず、安達と藤村が目を細める。スコルピオはただのオーヴァードではない。レネゲイドビーイングだ。しかも本部エージェントである。レネゲイドに関する察知能力は恐らくその辺のエージェントより上だろう。
そのスコルピオが「反応が強い」と言っているのだ。人格などはともかくとして、その言葉は信頼が出来る。
「宿の人達には、コンビニに行くとでも伝えておくか」
「コンビニありましたっけ?」
「……」
フューネラルに指摘され、黙って眼鏡を掛け直す藤村。そういえば、売店はどこも個人商店ばかりだった。無論、この時間には何処も開いていない。
暫しの沈黙が食卓を支配したが、安達の溜息がそれを破った。
「……素直に暇だから散歩行くとか言えばいいだろ。言い訳に使えそうな場所はねぇよ」
「出歩けば目撃証言は隠せないでしょうしねー、狭い村ですし」
遅まきに刺身をつまみ始めたフューネラルが、これまた他人事のように捕捉する。だが、まぁ、事実だ。既に一行は村では「奇妙な余所者」と認識されている。一応、ネットサークルの無軌道旅行という出来の悪いカバーストーリーは用意してあるが、気休めにもならない。これ以上、下手な嘘を吐いても、襤褸が出るだけだ。
「……とりあえず、さっさと飯食って、早いところ仕事を」
「そうそう、仕事なんて気にせず羽根を伸ばしに来たんだしな、たまには都会の喧騒を離れて海の夜風に当たるのもいいもんだろう」
遮るように藤村が、少しだけ大きな声でそう笑みを漏らした。安達は一瞬怪訝な顔をしたが、直後に意図を察した。
……廊下側から、若干だが床の軋む音がする。誰か来る。
「……そうだな、夜の海なんてそう見れるもんでもないし」
「しかも、日本海側となると、東京じゃトンと縁がないしなぁ、はっはっは」
わざとらしく声量をあげた藤村と安達の間抜けな受け答えは、恐らく廊下にまで届いているのだろう。その証拠に、襖越しのノック音は極めて控えめだった。
「すいません、デザートお持ちしました」
安達は三度聞いた声色。民宿の少年だ。
一度だけ、安達は藤村と頷き合って、「ああ、悪いな」と襖の向こうに声をかける。
すると静かに襖が開かれ、短い黒髪の少年が部屋に入ってきた。
デザートはシュークリームらしい。甘味はこれといった特産品がないのだろう。
「市販品ですが……良ければどうぞ」
「ありがとうございます。うわー、これ俺好きなんですよね。皆さんの分も貰っていいですか?」
「いいわけないでしょ」
「俺の分は食っていいぞ、最近、血糖値が気になるからな」
「すっかりおっさんだな、藤村さん」
露骨な嘘だ。しかし、丁度いいので安達も乗っかっておく。互いに張り付けた薄笑みは、どこかぎこちなかった。
「ああ、そうだ、息子さん、お願いがあるんですけど……俺達、ちょっと夜風にあたりたいからこのあと散歩いくんで、女将さんに伝えといて貰っていいですかね? 確か門限とかはありませんよね?」
「え、ああ……はい、でも、田舎と言えど夜は物騒ですから……あまりお勧めはしませんよ? 猪とかも出ますし」
「山道には近寄らないから大丈夫ですよ、それより、この刺身最高ですね。こっちのお姉ちゃんなんか大喜びでしたよ」
「ちょ……! 余計な事言わないでよ!」
「ははは、隠すこたぁねぇだろうが」
不必要な程笑う藤村に思わず苦言を呈したくなるが、ぐっと堪えて愛想笑いで合わせる安達。その笑みをみても、少年の怪訝そうな表情は変わらない。
「……わかりました、母に伝えておきます。それでは、ごゆっくり」
若干硬い表情のまま、空いた食器を片付けて少年が下がっていく。
それを見届け、またいつかのように十分足音が遠ざかったことを確認してから、安達は作り笑いを剥ぎ取った。
「わざとらしすぎるんだよ、藤村さん。アンタ嘘がヘタだな」
「……安達君も人の事言えるような面じゃなかったろうが」
「とりあえず、報告は済みましたし、ご飯食べたら行きましょうか」
「そうね、出来れば徹夜はしたくないし、手早く済ませましょう……あら、これも美味しいわね」
既にシュークリームを頬張りながら、スコルピオが笑みを浮かべる。自然な笑みだ。少しは藤村も見習った方がいいと安達は思ったが、全く同じことを藤村も安達に対して思っていたので、お相子だった。
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