middle1「慣れない仕事」
「なんだその顔」
「ちょっと蠍に刺されまして」
「……」
顔に紅斑を拵えたフューネラルを見ながら、藤村が訝し気に尋ね、スコルピオはバツが悪そうに明後日の方向を向いた。安達は「上手い事いったつもりかよ」と内心で毒づいたが、面倒なので口には出さなかった。
今一同は、一車線しかない海沿いの県道脇をゆっくりと歩いていた。乗用車は一台も通らない。時折、自転車や軽トラと擦れ違う程度だ。ここでは人より海鳥の方がよっぽど多い。
「で、なんでしたっけ? UMA探すんでしたっけ?」
「もう、それでいいんじゃないの」
「良くねーよ、未確認『ワーディング』の調査だっつってんだろ。お嬢ちゃんも本部エージェントなんだからしっかりしてくれよ」
「備品にそこまで贅沢言わないで」
「備品て……」
思わず、藤村は眉を顰めた。スコルピオのプロフィールに関しては、書類で少しは承知している。
レネゲイドビーイング。
細かい定義は色々あるが、要約すれば人外だ。人の形こそしているが、彼等はそれに擬態しているだけで、あくまで人間ではないのである。レネゲイドウィルスが意志を持ち、媒体となる何かを依代として顕現しているだけだ。強いて定義するなら、特殊な知的生命体と表現するのが適当である。
だが……あくまで人ではない以上、彼等には法的人権も法的戸籍も存在しない。どちらもUGNが融通しているだけだ。そういう意味では、偽造ではない正式な書類上の扱いでは、どうしても備品以上にはならない。出来ないともいえる。なにせ……そもそも表向きには存在していないのだから。故に、あくまで、スコルピオはそういうモノとして運用されている。
我らが日本支部は支部長の方針もあり、規則も比較的緩かったりもするが……厳格で冷徹なUGN本部所属のスコルピオがその枠組みに含まれていないことは、藤村も承知している。
まぁ、一応承知はしているだけで、納得はこれっぽっちもしていないのだが。
「あのなぁ……北米本部じゃまぁ、確かにそう言う扱いが普通のところもあるかもしれねぇけど……ここは日本なんだよ。少なくとも俺の支部では、レネゲイドビーイングは立派な人員だ。備品なんて言い訳で楽はさせねぇからな」
「アンタの支部は確かもっと東京に近い所でしょ……管轄地区外で活動してるタダの末端支部長より本部エージェントの方が立場は上だと思うけど? 偉そうな口きかないでくれる?」
「なら、なおの事、本部エージェントサマを備品扱いなんて恐れ多くて出来ねぇな」
「詭弁がこの国の美徳である事はよくわかったわ」
「……それより、俺達は何処に向かってんだよ。そろそろ説明してくれてもいいだろ? 藤村さん」
「え? ああ……」
差し込むような安達の言葉の意図を察して、藤村が咳払いをする。スコルピオも流石に口を閉ざして、明後日の方角を向いたが……その先にはフューネラルの横顔があったので、視線は地面に向かうしかなかった。
「まず、簡単な基礎調査を行ったんだが……人通りの多いところや村の中心地では、レネゲイド関連のそれらしき痕跡は認められなかった。そうなると、次に調べるのは消去法で人気のないところになるだろ。今歩き回ってんのは、そういう初動調査から漏れたエリアだ」
「要するに虱潰しってわけね。安直にも程があるわ」
「まぁ、でも、狭い村みたいですしぃ、塗り絵と思えば妥当な選択じゃないです? のんびりしてるとは思いますけど」
「俺だって本当はこんなのんびりするつもりはなかったよ。いつも通りだったら午前中に終わってるような仕事だ。本来なら人員は四人いたはずなんでな」
「うーわー、ヤブヘビ~、黙ってマース」
両手で口を大袈裟に抑えるフューネラルに舌打ちして、藤村は続ける。
「……まぁ、ともかく、無目的に歩き回ってるわけじゃねぇってことだ」
「でも、アテらしいアテはないってことでしょ。それ、無目的となんか違いあるの?」
「じゃあ、代案はあるのかよ本部エージェントサマ」
「当然よ。別にこんなの、データベースとリンクして住民の通信履歴でも調べ上げて、そのビッグデータから怪しそうな人物とか噂話にでもアタリをつければ……」
「電波ねぇのに?」
「……」
先ほど、安達が言ったことをそのまま言う藤村。そして、先ほど藤村がやったようにスマートフォンに目を落として、スコルピオが叫ぶ。
「なんなのここ!? 本当に人類の生活圏!? 石器時代か何か!? 今回の仕事って時間遡行かなんかでも関わってるわけ!?」
「昭和の香りを色濃く残しているという意味では、その揶揄も間違いではないかもな」
「ショーワって何?」
「今のは忘れてくれ」
自らが三十路まで秒読みの年長者であるという事実を改めて噛み締めた藤村は、露骨にスコルピオから目を逸らして眼鏡を掛けなおした。
「……ともかく、足で調べるしかないって事だ。安達君、そっちは何か収穫あったか?」
「藤村さんと同じで、大したことは何も。ただ……これだけ通信が制限されている環境の上に、田舎らしく御伽噺や言い伝えの類いは山ほどあるみたいだな。神社に奉じられてるのも地元の海神様だとよ」
「……想像できてた事だけど、そりゃ面倒だな」
「……『御同類』相手かもしれないってことね、イヤになるわ」
大袈裟に藤村とスコルピオは溜息を吐く。レネゲイドは動植物にだけ感染するわけではない。それこそ、逸話や噂話にすら感染し、時には実在の脅威となって……人外の怪物として受肉する。今回のようなケースでは、それこそよくある事だ。迷信が成熟する環境が既に整っている。
そして、そういう類いが相手の場合、コミュニケーションが取れないケースも多い。そうなったら、実力行使しかなくなる……つまり、こちらにも少なからず被害が出る可能性が高いという事だ。憂鬱でしかない。
「安達君の調査結果を鑑みると……未発見の『遺産』の暴走って線もあるか」
「だったら、
「……狭い村だし、此処で先手を取られてるとは思いたくないわね」
FH……ファルスハーツはUGNと敵対するレネゲイド組織であり、UGNはあくまで能力の管理とオーヴァードと人間の共存を謳っているが、FHは能力の解放とオーヴァードによる専制統治を謳うテロ組織である。まぁ、UGNと違ってFHは自由主義かつ個人主義でもあるため、一応そう言う大枠で動いている程度の共通項しかないのだが。
だからこそ、動きが読み辛い組織でもある。『遺産』……レネゲイド関連の物品などが仮に今回の案件に関わっていれば、個人的に噛み付いてくるFHエージェントが現れる可能性は十分にありえる。
しかし、そんな懸念を余所に。
「ああ、そっちは心配しなくてもいいですよ」
いつの間にか手に持っている柿にむしゃぶりつきながら、フューネラルが呟いた。
そういえば、さっき、道端のおばあちゃんから色々貰ってたような気がしないでもない。
「こっちに来るまでにそのへんは軽く洗いましたけど、他組織の動きは見られませんでした。現状、UGNさんがイニシアチブを取れてる状況ですから、手早く片付けられれば、FHさんちが介入してくる暇は与えずに済むと思いますよ」
「……」
「……」
「……」
柿を齧りながら滔々と語るフューネラルを見て、他三人が思わず視線をそちらに向けてしまう。
いや、まぁ、有益な情報ではあるが。
「……あ、ありがとう、助かる」
「いえいえ、仕事ですから」
ひらひらと藤村に手を振るフューネラルを見て、スコルピオと安達も思わず黙る。今欲しい情報だ。それをもしかして、能動的に調べてくれたのだろうか。
「……もしかして、そのせいで遅刻したのかアンタ?」
確認するように、安達はそう尋ねたが。
「いえ、普通に寝坊して遅れました。俺、遠足前は眠れなくなる性質なんで」
返ってきた答えは、ある意味で期待を裏切らないものだった。
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