opening2「場違い」
「いやー、ほんと、清々しいくらい何もないですね」
バス停近所の商店街で購入したイカ焼きを食べながら、薄く紫に染めた長髪を後ろに結んだ青年……UGNイリーガル、フューネラルは無遠慮にきょろきょろと周囲を見回しながら、のんびりと田舎の畦道を歩いていた。
「そういうのって……現地の人がいるところで言わない方がいいんじゃないの?」
それを鬱陶しそうに一瞥してから隣を歩くのは、長い赤髪を二本縛りにしたミニスカートの少女……UGNエージェント、スコルピオ。当然、どちらも仕事の上でのコードネームである。本名はどちらも名乗っていなかった。
……いや、そも出生が特殊なスコルピオに関しては、そも本名がないので、コードネームが本名同然ではあるのだが。
「俺、そういうの取り繕うのヘタなんですよね」
「見ればわかるわ」
「そっすか」
「直そうとか思わないわけ?」
「ある程度は思ってますね」
「……その上でそう言う言動するのって、どうかと思うけど」
「よく言われます」
「……ああ、そう」
処置なしと判断して、スコルピオは嘆息した。オーヴァードにはこういう非常識な手合いが多い。だが、それが仕事仲間であるという事実は中々に不愉快だった。仕事でなければ口も利きたくない手合いである。
それでも、仕事なんだから……我慢する他ない。
スコルピオにとって、UGNの仕事は義務である。断るという選択肢は存在していない。
「他に二人いるって聞きましたけど、スコルピオさんしかいませんよね。遅刻ですか?」
「遅刻したのはアンタよ、他の連中は宿で一息ついてんじゃないの?」
「職務怠慢っすねー」
「まぁ、そうかもね」
遅刻を悪びれもしないフューネラルには、最早空返事しかしない。
とはいえ、実際、フューネラルのような面倒なイリーガルの相手は本来、UGN正規職員の仕事だ。書類上は『備品』扱いであるスコルピオよりも、適切な人材が今回は派遣されているはずである。その人材が今この場にいないというのは、確かに怠慢と言えば怠慢であるのかもしれない。
まぁ、首輪も備品の仕事の内であると言われればそれまでなので、直接文句を言うつもりもない。そんな権利もない事くらいは、スコルピオも自覚している。
「仕事ってあれですっけ? 未確認飛行物体の調査ですよね」
「未確認『ワーディング』の調査よ……未確認以外全部あってないじゃない」
「どっちも似たようなもんじゃないですか」
「……まぁ、そうかもね」
実際、未確認飛行物体も未確認超常現象も、どちらも三流オカルトでしかない。そもそも、UGN……我らがユニバーサル・ガーディアン・ネットワークからして、立派な秘密結社である。しかも、全世界に支部があり、日夜超常現象の源泉たるレネゲイド関連事件の調査と関係者の収容・隠蔽を行いつつ、異能者たるオーヴァード達の権利と、一般人の健やかなる日常を守るため、日々戦い続けているのだ。
……いや、改めて言葉にしてみると、三流オカルト以下だった。リアリティがないどころの話じゃない。未確認飛行物体調査の方がまだいくらかマシかもしれない。仮にスコルピオが何も知らない一般人だとしたら、少なくとも無邪気にUFOを探している人達の方がまだいくらか会話の余地があると思うに違いないだろう。実際、何も知らない状態で「私は世界規模の秘密結社UGNのエージェントで、世界に隠された真実と日常を守るために日夜戦っています! 知ってますか? 世界の概ねだいたいの怪奇現象はレネゲイドウィルスという未知の病原菌のせいなんですよ! だから、我々はそれを何とかしようとしてるんです!!」なんていわれたら、哀惜の念と共に心療内科かSCP財団のホームページを紹介をするくらいしか、スコルピオには出来そうにない。
まぁ、一番哀しいのは、その心療内科を紹介される側の組織に自分の生殺与奪権が握られている上、そんな三流オカルト以下の事象がすべて真実であるという驚愕の事実そのものなのだが。
現実は小説より奇なりである。
「アテとかあるんです?」
「あるわけないじゃない、これから調査するんだから」
UGNは万年人手不足である。異能者ことオーヴァードが全人口の数パーセントしかいないからという理由も無論あるが、それ以上に不安定な世相のせいかもしれない。世間の人材不足の波が秘密結社にも押し寄せていると思えば、此処がちゃんとクソッたれな現実の延長線上であるという事実を噛み締めることが出来るだろう。だからなんだという話だが。
とはいえ、人手不足だろうとなんだろうと、今回はオーヴァードが仕事をするしかないのだ。今回、反応だけが確認された『ワーディング』という
つまり、この『ワーディング』の発生が仔細不明と言えど観測された時点で、発生源がある程度のレベルのオーヴァードかレネゲイド関連物品、もしくは
全く傍迷惑な話だが、この『ワーディング』のお陰でレネゲイド関連事件はオーヴァード以外には頗る隠蔽がしやすいため、世間一般には未だレネゲイドの真実は公表されずに済んでいるのである。いざレネゲイドが一般認知をされれば真っ先に迫害される立場になるであろうスコルピオからすれば、なんともコメントし辛い仕事でもあった。その傍迷惑なエフェクトの恩恵をお陰で、スコルピオは辛うじて社会生活を送れているのだから。
……それに、何もない極東僻地の漁村というロケーションは最悪も最悪だが、この『ワーディング』が自分のような境遇の誰かの救難信号か、不随意の事故である可能性もないわけではない。そして、もし『そう』だったとするなら……無視するのは寝覚めが悪い。
モチベーションは最低だが、ポリシー上、無視はできない。
スコルピオにとっては、今回の仕事はそういう仕事だった。
まぁ、仕事である以上拒否権は存在しないので、結局どんなコンディションでもやるにはやるのだが。
「スコルピオさん皺多いっすね」
「あ゙あ゙!?」
今なんつったコイツ?
唐突な不躾の横殴りによってスコルピオの思索は完全に中断され、代わりに怒りと苛立ちが殺意一歩手前にまで醸成される。この男、年頃の女に言っていい事と悪い事もわからないのか?
意味を問いただすべく、スコルピオの手がフューネラルの襟首に伸びかけたその時。
「ここ、皺寄りまくりですよ」
そう、あっけらかんと、フューネラルは自分の眉間を指さしながら笑った。
「……え?」
思わず、自分の眉間に指を伸ばしたスコルピオも……つい、気勢が削がれてしまう。確かに、そこには深い皺が刻まれていた。
だが、フューネラルはそんなスコルピオの様子を気にすることもなく、食べ終えたイカ焼きの串を咥えたまま、マイペースに言葉を続け。
「美人が台無しですよ~、なんつって」
「……っ」
「ははは」
はぐらかすようにまた笑いながら、フューネラルはふらふらと歩き出した。話はそれで終わりだと言わんがばかりに。
……気遣われたのだろうか。確かに、仕事前にああだこうだと考えすぎても良い事はない。実際、仕事とは直接的に関係ない事で、うだうだと考え事をしていたのは間違いないのだ。無用な緊張をしていたともいえる。
その緊張を、この男は解してくれたのだろうか。
だとすれば……少し、このフューネラルという男について、スコルピオは考え直す必要があるのかもしれない。
そう、思ったのだが。
「……そういう、くっだらない事……誰にでも言うわけ?」
口から出るのはどうしても、そういう減らず口になる。
この男が気に入らない男であることは間違いないのだ。
そんなスコルピオの試すような言葉にも、フューネラルは笑顔で振り返り。
「はい、割と誰にでも」
直後、その顔面に見事な右ストレートを受けることになった。
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