4−05/魔王様、新企画だよ、魔王様


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「さて。どういうふうに説明したものですか」


 空元気をスパークさせつつ休憩スペースで待っていたヴィングラウドが話を終えてやってきたズモカッタに拾われ、「敵地で魔王を放り出すとか四天王の所業じゃなくない」と涙目になっていたのを慰める為に、報告の為に訪れた、マジッター本社・地上ビル部分のおしゃれカフェ。


「良い話で、悪い話——つまり、状況は些か、何やら混沌めいた気配かと」


 ブレンド・コーヒーを飲みながら、百妖元帥は語り始める。

 人間界の賢人、イータ・ディマインシーと交わした内容を。



『ヨケヒャク様もご存知かと思いますが、先日より、マジッターの運営規約が、大本である賢者ギルド総本部からのお達しにより、はい、“天界式”の試験導入が行われておりまして。そこで、議題に上がりましたのが——』

『いくら人間界が平和になったといえ、安寧が続いたとはいえ——さすがに“魔王”はやりすぎだと、問題になりましたか』


『あら、御自覚はありますようで』

『勿論、ございます——この扱いが、マジッターというツールが掲げていた理念に則さぬ、受け入れ難きものだと。かつての世界の脅威、“魔王であるから”というだけの理由で、実害を及ぼしてもいないユーザーを事前に警告も改善の機会もなく一方的な凍結、追い出しなど……そこまでかつての歴史をなぞらずともよろしいのでは、と、私は思ってしまいますね』


『魔王の支援者、支える陰の立役者——四天王のようなお方ですね、ヨケヒャク様は』

『はははは。なりきり魔王のプロデューサー、であればまさしくそうかもしれません』


『その、あなた方もやってらっしゃる、ファンも多かった、マジッター上での“なりきり魔王”。——本来なら、あまり開示してはならないことなのですが。今回の発端は、そこからでした』

『というと?』


『こちらは知っていますか? 近頃現れた、最新で最終——“二十六人目のなりきり魔王”のことを』

『……ふむ。それは、初耳です』


『無理もございません。あのアカウントについては、最初のマジットつぶやきが観測された瞬間、私共の方で、警告抜きに凍結、投稿のみならずアカウント本体の完全削除を行いましたので』

『ほう。その迅速、【適切果断の危機切除リッパーサービス】の面目躍如とでも言うべきですか』


『顔に書いてありますよ。“明らかにやりすぎだ”と』

『失礼。思ったことが表れ易いタチでして。普段はちゃんと隠しているのですが、今日は仮面を置いてきているのを忘れておりました。では、恥ずかしついでに図々しくお尋ねしてみましょう。……その“二十六人目”、一体、何をやらかしちゃいました? 他のなりきり魔王まで巻き込んで一斉に封印されるような冒涜的なこと——“正しき秩序”を過剰に推進する、マジッターの天界式規約に触れる違反行為とは、何だったのですか?』


『【天界批判】。私の口から公開出来る情報は、それだけです』

『成程。つまり、事態はこの現在も、手を回しきれず未解決で迷宮入りしていると!』


『……さて。それは現在、答えかねます』

『では、最後にこれだけお尋ねしたい。もしも、二十六人目が行っていた【天界批判】の問題が解決されたなら——魔王なりきりアカウント一同は天界に対する叛意など抱いていない証明となり、全員がアカウント封印解除される。そんな大逆転の可能性ワンチャン、ありますかね?』

『ゼロではない、と言っておきましょう。本日は貴重なご意見、ありがとうございました。カズタモ・ヨケヒャク様』



 ズモカッタのスマホが再生していた、会話の記録はそこで終わりだった。

 彼は苦笑いする。


「“ゼロではない、と言っておきましょう”——なんと曖昧な、幻みたいに便利な表現を使うものか」


 双方の同意の元に行われた録音は、公的な証拠となりうるものであるが、しかし。


「言質は取れたと、考えていいのやらどうなのやら。彼女、人間にしておくにはまったく惜しい、魔族でさえ喰えない難物ですね。結局終始、ペースを握らせてもらえなかった。舌先三寸口八丁、惑わし転がし騙くらかして、今日にもアカウントの凍結を解除させる腹積もりだったのですが、まんまとかわされた——というよりも」


「体よく利用するように誘導されたのでしょうね、これは」——かの百妖元帥は、苦々しい表情のままぬるくなったコーヒーを飲む。


「限定的ではありますが、どこで【天界批判】が行われたかの情報は、オフレコで渡していただきました。次の私達の目標は、その地へ向かい【天界批判】の内容の特定、および、原因を取り除くことになります。……申し訳ありません、陛下。今しばし貴方様には、現実こちらでも、マジッター上でも、人間を演じて頂かねばならぬようです」


い」


 対面の席、頭を下げた忠臣へ、昂揚の笑みを浮かべた魔王から首肯と慰労が送られる。


「先程まで、余の前に広がるのは当てどなき荒野であった。汝はそこに、その能力を以て筋道を浮かばせた。であるならば、余の為すべきはひとつ。いかなる苦難が待つとしても、願いの眠るその地を睨む、一直線の踏破のみ」

「——陛下」

「不快なものか。余は楽しいぞ、百妖元帥。これも戯れだ。道中、降りかかるすべての災難とて愉快極まる。何しろ——そこで溜まった鬱憤すべて、“本物の魔王”に弓引いた“偽の魔王”へ、叩き付ける瞬間こそが約束されておるが故にな!」


 カチン、と鳴ったその音は——金髪の(現在人間変身年齢)十三歳少女が、部下からの報告を聞きながらも一瞬とて手を休めず食べ続けていた世界樹パフェの器の底に、遂にスプーンが達したものか。

 否。これこそは、始まりの合図。

 魔王の、魔王による、魔王の為の——討つべき偽りを征伐する旅が、此処にスタートすることを告げる、祝砲なのだ!


「————ついては、だな。その、ズモ……じゃない、カズタモ? やっぱ、大事に取り組む前にはその分のエネルギー補給が必要じゃよねというか、具体的には余、これ、メニューのこっち、期間限定の、ドワーフ・チョコレート・ファウンテンってやつが、店に入ってから気になって気になって、征服したくてたまらんっくて」


 おずおずと、抜け目なく、流れに乗じて、普段は許されざる“追いおやつ”を成し遂げようとするヴィングラウド。


 素晴らしい。

 凄まじい。

 この貪欲さこそ、彼女が魔王たる由縁。飽くなき欲望が666代魔王の代名詞、そしてあれだけの量のパフェを食べて尚、舌に更なる甘みを求める、女の子パワーの権化。


「……まったく。しょうがないですね、クララは」


 その笑みに、ヴィングラウドは勝機を見る。これまでの経験、培ってきた感覚から、こういう反応ならいけると直感する。


「やっ、やぁ〜っ悪いなあ〜! でもさ、せっかくの、ほら普段来れない人間界だし!? やれることとか気になったこと、今のうちに味わっといたほうがいいと思うんだ! 何事も経験で、こういう何でもないことが重なって重なって、人生の厚みになって、アカウントとかでの振る舞いにも現れて人気になっていくんじゃないかな! だからこれはそう、成長への投資だから! ここで征服したDCFが、帰ってきた余の劇的パワーアップに繋がると信じて、希望の未来にレディ・ゴーーーーッ!」


 意気揚々、顔面ワクワク。

 店員を呼ぶ魔導ピンポンに、魔王城玉座につながる最後の扉を守る四天王の剣の一突きもかくやという速度で伸ばされたヴィングラウドの手が、


「ではお覚悟を決めていただいたところで、ここからが本題です。魔王様」


 ズモカッタに、掴まれた。


「こうなるとはわかっていました。貴方様なら必ずや、苦難の旅路に踏み出すモリモリガッツがあると。この四天王、いや、モカPとして疑っておりませんでしたとも」

「ちょっと待って。あのさ、えっ。今、余がどんだけ嫌な予感しかしてないかわかる?」


 何しろ、パターンである。

 掴まれた手が戻り、落ち着こうとすべくお冷やに伸ばされる。震えすぎて今にもこぼしそうなのが危なっかしい。


「先程言いましたね。今回、マジッター本社で交渉し、穏便に、手早く、封印を解除してもらえるつもりでいたと」

「言ってたね」

「つまりですね、魔王様」

「なんですかね」


 間。

 突然に黙ったズモカッタに、ヴィングラウドは再度、緊張からわけもわからないままお冷を口に運ぶ。

 爽やかな冷たさが口内を満たすと同時に、こう言われた。


「それ、大切に味わってください。何しろ、今の我々が得られる、貴重な水分です」


 むしろ、吹き出したりせずちゃんと飲めた。

 こういうパターンにも、そろそろ慣れ始めていた。


「えっと、そうだね。まず内容を聞こっか、P」

「心して聞いてください」


 ポケットからそっと出されるサイフ、公開される中身——残酷な、事実。


「現在、我々の全財産は、今しがたお食べになられた世界樹パフェとこのコーヒーで、すっからかんに尽きました。では張り切って参りましょう——【人間クララ・ウィンウッドちゃん、ゼロ資金ゴールドからはじまる魔導大陸ディパメナイア・サバイバル横断の旅】!」


 お冷を、呷り、ごくり、飲み干す。

『こちらが今回の企画趣旨とルールです』と、テーブル上にてきぱき広げられる、明らかにあらかじめ用意していたとしか思えない“たびのしおり”を見せられ、説明を受けながら、


「こやつ、とうとうそう来たかァ〜〜〜〜ッ」


 魔王が逆に感心して膝を叩いた。

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