4−06/魔王様、クララちゃんはあなたの中の怪物です



  【3】



 売り出し中の新人レベル1アイドル、クララ・ウィンウッドの朝は早い。


「……ん? おい、それ、もう撮っとるの?」


 朝日昇る平原、街道から外れた場所で野営キャンプ設備のテントから大あくびと共に出てきた少女に魔力式ビデオカメラを向けながら、撮影者である片眼鏡の男が「はい」と答える。


「では行きますかクララちゃん、本日の意気込み、まず一発どうぞ」


ざっつい! フリが乱暴かつ荒いんだけど! ——あー、少々待つがよい。今作っちゃうから。入るから」


 顔をぐしぐしと拭う仕草、それから喉の調子を整える発声練習、ドレミファソラシドイアシュプニグラス、


「——いぇぇぇぇーいっ! やっほーみんな、こんにゃんわー! クーララーだよっ! ていっても今早朝なんですけど! まだ半分くらい夜っぽいんだけど! 見てみてあの朝焼け、すっげぇキレイじゃないです!? マジ祝福感じません!? ゴッドの! 天界系のやつ! ひゃぁ〜ありがたみブレイブマックス! ではでは本日でこの旅もついに七日目、ますます張り切ってまいりますので皆様応援ドゾドゾよろしく! にゃぱっ☆」


 炸裂する横ピース、キメッキメのアイドルポーズ、天使系スマイル。


「ハイオッケーです」と男——カズタモ・ヨケヒャクこと百妖元帥ズモカッタが録画を止め、「それにしても」とノリノリで言い切った少女の姿をまじまじ見つめ、


御立派になられハジけましたね、陛下」

生活のここで生きるタメじゃからね!」



 ★☆★☆★☆★☆



 説明しよう!

【クララ・ウィンウッド、ゼロ資金ゴールドからはじまる魔導大陸ディパメナイア・サバイバル横断の旅】とは、【物資や足を現地で調達しながら進むアドリブ大陸横断旅行】である!


 目指す場所は、ズモカッタが賢者ギルドのイータ女史に教えられた場所である、マジッター本社から西——“輝ける峰”アウラルバ。


 この企画に際し、ヴィングラウドが初期装備として持ち込めたのは(完全にこれを予期してズモカッタが持ち込んでいたとしか思えない)野営道具一式と、そしてアカウント更新用のスマホ。

 モカPのみが使用できる、撮影した映像などを編集してアップロードする為のPC(この準備がガチだったのでヴィングラウドはこれすら計画のうちだったと確信した)。


 迫真のドキュメンタリー、マジッター上で随時更新される旅の様子は、これがまた、存外に受けた。

 特に好評だったのは、身体の張り様だ。


 当初、クララ・ウィンウッドという人物アイドルは、ネット上で“確かに可愛いけど、それ以上の魅力は特に感じない。これぐらいのレベルなら、まあ、他に代替他に見るの上位互換もっとイイのもいるよね”くらいの扱いを受けていた。

 そんな評価に最初の一石が投じられたのは、初日夕方にアップロードされた動画である。

 特に再生数が多かったのが、この部分。



『——あー! いましたいました、アレあっち! 鋭利な刃物で刈られたみたいな草むらのところ! 一見普通のウサちゃんですが、ちらっと見えた長い歯、間違いありませんね! 首狩り兎、ボーパルバニー大発見! 魔族は確かに魔界に籠ってしまったんですけど、彼らが人間界支配の尖兵として連れてきた魔物は、いくらか土地に根付いて繁殖しちゃったりしているのです! で、こちらの本によりますと、そういう“特定外来魔物”はなんと! 地域を管理するギルドの許可を取らず、免許を持っていなくても、狩ったりしてオッケーなんですね! というわけで、今日の晩御飯、決定っしましたーーーーひゃふーーーーっ!』



 手際がいいとか、そういうレベルのアレではなかった。

 レベル2の少女がやれることではなかった。

 まるで魔物という存在の何たるかを知り尽くしているような、魔を統べているかのような遂行をカメラは捉えていた。


『よし! 準備も出来ましたので、いっちょ、やっちゃいましょー!』


 サバイバルキットのナイフと、道中で拾った木の枝とボーパルバニーが刈っていたツタを使用して作った即席の紐付き投槍で、クララはあっさりと危険な外来魔物を狩ってみせた。

 銛めいた返しの付いた槍の穂先は一度刺されば抜けにくく、ツタの紐で近くにあった木の枝に吊り下げられたボーパルバニーは、“てつのつるぎ”くらいの強度なら折ってしまう硬く鋭い歯をぶんぶんと振り回した後、そのうちに力尽きて動きを止める。


『はい、この通り! ボーパルバニーは敏捷性と攻撃力の高さ、侮れない体力で時に手慣れた冒険者パーティも壊滅させちゃう頼り甲斐のある魔物ですが、そういう強みに真正面から取り合わなければ決しておそろしい相手ではありません! 要点は二つ、魔力を帯びて伸縮する危険な歯の間合いに近づかないことと、『もう倒したかな?』と思って安易に近づかないこと! ね、簡単でしょう?』


 投石で仕留めたのを確認した後、木からぶら下げたまま血抜きと解体を済ませようとするクララ。……画面はその部分を写さず、代わりに“※よい子はマネしないようにね!”というツッコミどころ満載のテロップが表示される。

 そこからいくつかのカット、調理の模様があって繋ぐのは、


『できましたー! ゼロゴル旅初日の晩ごはんは“ボーパルバニーのまるっと一頭全部焼き”でーす! わーーーーい!』


 焚き火の前での、食レポ風景。


『うんうんうん、やっぱりボーパルバニーはこう、あふれる肉汁がたまりません! 味付けもしてないのにこのパンチ力、まさに自然の魔力に育まれた美味! 身もほどよく柔らかくって歯応えがあって、鳥と牛のいいとこどりって感じ! これで塩でもチョイと振れればグンと味が際立つし、香草の類でもあれば若干クセのある香りが抑えられるんですが、そうですねー、次に隊商キャラバンさんと出逢ったりどこかの町についたら、今回ついでに入手した“首狩り兎の歯”を換金して入手しちゃおっかなー!』


 可憐キュート

 そしてアンド野性ワイルド

 この動画をもって、クララ・ウィンウッドは独自のポジションを確立した。


 初日の狩猟動画【今夜の晩ごはんゲットです〜!!!!】は“えらいのが出た”とネットを震撼させ、二日目は朝から普通に虫を食うという前日の狩りが序の口であったかのようなムーブを見せつけ、そのあまりにナチュラルに身体を張った旅は、多くの注目を集める。


 そして

 クララ・ウィンウッドのマジッターアカウント、及び動画をアップするMaho Tubeチャンネルは、開設からわずか一週間で——


「——のう、カズタモ」


 日の高く、雲も疎らで、実に長閑な午後の路。

 ドロップ素材と引き換えに載せてもらった荷馬車、ひと時の休養時間に揺られつつ、荷台の縁に凭れかかった金髪少女が首を傾げる。


「こっちのアカウント、666代魔王ヴィングラウドよりギルメン増えとらん?」

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