4−04/魔王様、大人の会話って割り込みどころに悩むよね


 片眼鏡モノクル青年から受け取った名刺を、イータは素早く確認する。


「カズタモ・ヨケヒャク様。御職業ジョブは——マルチ・アイドル・プロデューサー、ですか」

「はい。僭越ながら、他者の闇と光で飯を食わせていただいております。それにしても光栄です、音に聞こえし多スキル持ち、賢者ギルド第七席様と直接お話し出来るとは。見てください私のメーシの裏、清々しいほどスカスカでしょう? 自分のスキルの開拓や魔法の習得に努めず、他人を盛り立てることばかり考えていたら、ははは、このような有様でして!」


「まさか。魔法を持たぬ者に魔法を、万民に等しく賢知の利便を——それが、ここ百年の我々の方針ですので。スキルや魔法を持たない者の生をこそ彩るのが務めの賢者ギルド、そして、マジッターです。よりお役に立てそうで喜ばしく思います、ヨケヒャク様」

「こちらこそ! 実によかった、本日応対してくださったのがあなたのような素晴らしい御方で!」


「ありがとうございます。しかし、水を差すようで申し訳ございませんが、マジッター本社に務める窓口担当者は、皆、同じ使命と信念の元に働いております。此度のアポイントメントを担当したのが私でなかったとしても、差異なき、乱れなき対応を提供出来たものであったかと」

「——は。異なことをぬかすでないわ、女」


 穏やかに話し合っていた二者の、その横合いから挟まれた、火竜の吐息ブレスが如き声。


「工房製品が如し一律仕様、それが練度と忠誠と共有された職業意識にて成されるものというのであれば、その統率、愉快な余興であったと拍手をくれてやろう。だがな、我々は本日、貴様にこそ用があって来たのだ。賢者ギルド第七席【適切果断の危機切除リッパーサービス】の異名持つ、魔導大陸ディパメナイアの歴史に残る鉄壁才女——マジッター運営局アカウント管理部、イータ・ディマインシー」


 その少女は、自ら座った上座の席が、この場の身分を裁定する王座であったかのようにふんぞり返る。


「依然、一度、猶予を投げたな。喜べ。貴様の命を救うのは、その日の己だ。一度だけ問うてやる。否、命じてやる。666代魔王ヴィングラウド——我がマジッター・アカウントのBAN、即刻この場で解除せよ。断れば、魔導大陸ディパメナイア、貴様の係累全て、偉大なる魔王に歯向かった罪で混沌送りの刑に処す」


 全霊、叩きつけられる、本気の命令。

 賢者ギルド第七席さえ口を噤む。圧倒され、呆気に取られ、しばし、呪文を唱えるのに慣れた舌が、一言さえも発せなくなる。

 あたりまえの、現象だった。


「————ヨケヒャク、様」

「はい、ディマインシー様」


「すごいですね、このなりきり具合。私、思わず聞き惚れてしまいました。マルチ・アイドル・プロデューサーというのは、演技指導もなさるので?」

「はっはっは、いえいえ、これは彼女の内に秘められた彼女自身の才能ですよ。すごいでしょう、うちの秘蔵っ子は。まだ幼いですが素質も十分特訓も熱心、近頃は普段から自分を本物の魔王だと思い込んでいるほどでして」


「それは素晴らしい。大変なものですからね、マジッターなりきりアカウント業界は。多くの競争相手に埋没せぬ為に、何か強い個性、特色という武器が求められる——そうした戦略があってか、近頃は、確か、MahoTuberとしてもデビューされておられましたね?」

「おぉ、見てくださいましたか」


「賢者ギルドの第二席が無類のゲーム実況ファンですので、頻繁にグループチャットでおすすめが流れてくるんですよ。あのひとに褒められるというのは誇ってよろしいかと。まあ、その知名度を生かしての拡散、などは期待できないのが難点ですが。メディアに露出する場所では徹底的にキャラを作っていますから」

「ははあ。どこも、立場がある身というのは良し悪しですな」

「まったくです」


 イータとズモカッタは和やかに笑いあっていたが、しかし不意に、イータの表情からスンと温度が消える。


「ですが、こうした場では些か不適切な演技かと。キャラクターは、それを求められる、許される場であってこそ。その線をはみだせば、途端、無礼として相手を不快にしますので」

「申し訳ない。子供のやったこと、ではすまされませんね、本日はお話に来た身であるというので。後でよく言っておきます。——というわけで、“魔王様”?」

「え、あ、うん」


「これからちょっと、大人の話をしますので、外の休憩スペースで待っていていただけますか?」

「アッハイ」


 ヴィングラウド、退出アウト

 バタン、と応接室の扉が閉められる。


 ——異邦の地、敵の本拠地、一人放り出された魔王は、壁の案内を見ながらとことこ休憩スペースに辿り着き、ドリンクが無料であることに驚きながら紙コップにオレンジジュースを注ぎ、ソファに腰掛ける。


「おっスッゲーラッキーここフリーMagi-Fiマジファイ通っとる!」


 はしゃぎにはしゃいでスマホを取り出すと、マジッターを起動、凍結されてないほうの——即ち、この遠征のために創った、【人間/クララ・ウィンウッド】のアカウントを覗きつつ、ふと、現状に首を傾げる。


「あれ? 余、魔王じゃよな?」


 その疑問に答えてくれる相手は残念ながらこの場におらず、スマホに搭載された汎用検索人工知能・Magiマギに『666代魔王はヴィングラウドだよね?』と聴くも、『現在魔王は665代まで確認されております』と歴代魔王のMagipediaマギペディアを紹介されてしまい、彼女は自己の証明に失敗しかけ、危うく母なる混沌へ還りかけたりした。


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