4−08/魔王様、【魔】を惹きつける
「
「ぬ、ぬ、ぬかしておる場合か……!」
魔王の焦りには訳がある。
何を隠そう今の彼女は、魔界より人間界への密航に際し、強大なる魔力や魔族としての膂力を封印された状態にあるのだ。
入陸審査の折、転移港職員ホムンクルスが確認した諸々のステータスは、【どの転移港からやってきたのか】を除いて一切、偽装ではない。
【 レベル:2 ジョブ:こども ちから/8 まもり/2 すばやさ/4 かしこさ/5 まりょく/0 】。
これらは、現代の人間界——【魔族に対する負の感情】に満ちていない地における、強制的な
今の666代魔王ヴィングラウドは、生態への理解と、道具を駆使する知識を総動員して、不意打ちでボーパルバニーなどを倒したり出来るようなことは可能でも——襲い来る二桁の暴漢を一網打尽に出来る、腕力も、魔力も、発揮することは絶対に不可能である。
……そして、それは、
「——確かに。少々困りましたね、これは」
彼女だけではなく、百妖元帥ズモカッタもまた、同様に。
「自分一人隠れる程度の魔力はどうにかありますが、それではどうにもなりませんし……私、知っての通り力仕事は専門外でして。彼等のような、十分に経験を積んで基礎レベルもジョブレベルも複合的に上げた
「……ち。こうなっては致し方ない、四の五の言わずに賭けねばならぬ場面よな。——おい、御者! 何をしておる、馬を今一度奮い立たせよ! ここで完全に包囲されてはそれこそ終わりだ! 余らも
魔王がクールに状況判断をし、今や運命共同体である荷馬車の御者に指示を飛ばす。
と、そこで彼女は気づいた。
御者席に座る恰幅のいいおじさんの……その尻の下で、魔法陣が淡い光を放つのを。
「すまん、お二方。この【きんきゅうだっしゅつほけん】、一人用なんだ」
「え?」
「
「え?」
そして、彼は飛んだ。
特殊な風魔法の効果により、資産とおじさんを乗せた御者の座席だけが切り離されて、馬も空っぽの荷台も置き去りに舞い上がり、あっという間に遥か彼方へ。
呆れるより驚くより、非難するよりいっそ感心するほかない圧倒的決断力。束の間ヴィングラウドの脳裏には、おじさんとの思い出が過ぎっていく。
『————あァ? 荷台に乗せてくれ? ちゃんとお礼もする? あのなあ、今は確かに交易を終えたばかりで荷台はほとんど空いとるが、どこの馬の骨とも知らん輩をそんな簡単に……ほお、ほおほおほほほ、よかろうよかろう、それ、もらってやる。後で返せと言っても聞かんからな』
『ワシの夢は世界一の金持ちになることだ。その為にはどんなことでもやる覚悟さ。——ふっ、恥ずかしいこと語っちまったな。こんなことまで言うつもりはなかったんだが、おじょうちゃん、あんたの目があんまりにキレイなんで、キタないものを見る目をされたくなっちまったよ』
『もうすぐだな、あんたらの目的地まで。……なあ、おじょうちゃん。旅を終えても忘れなさんなよ。あんたらから法外な乗車料金をボったくったおじさんのことを。一見人が良さそうなお助けキャラほど、中盤くらいで山場を作るために裏切りがちってことをな!」
「お、おじさーーーーーーーーん! あんた、マジにあくどいよーーーーーーーーッ!」
「いやあ、改めて悪人の引きがデーモン強いですね、魔王様」
「嬉しいけど嬉しくない!!!!」
これぞ絶体絶命。御者席がぶっ飛んでいったことで馬たちも止まってしまい、あっという間に荷馬車はソーラス野盗団に捕まってしまう。
包囲したのはどいつもこいつも『普段から
緊迫感が草原の空のごとくに青天井、ついにクララちゃんの下のほうから禁じられた水魔法がすわ放たれるかという寸前で……彼女は、おかしなことに気づいた。
「…………からさっ、おまえやれって…………」
「…………っんでだよ…………こういうのはもっと…………」
「…………やだもん変に思われんの……………」
「…………つったって、結局誰かが最初にしなきゃなんねんだからさ…………」
なにか、どこか、おかしい。
野盗団十人もれなくおっかないのは変わらないのだが、“その奥にあるもの”が、さっきからちらちらと、見え隠れしている。
表情が硬い理由。
目付きが異様に鋭い意味。
勘付いた違和感が連鎖する、さっきからぼそぼそとした喋りなのは、捕らえた獲物に余計な情報を渡すまいとしているのではなく、不安がらせようとしているのでもなく、もしかして——
「おい。情けないところ見せてんじゃねえぞ、馬鹿共」
その、初めてあちら側から上がった明確な声に、一同の視線が集まった。
ズモカッタは手配書で見て知っていて、ヴィングラウドも、“圧”で悟る。
——そこにあるのは、“統べし者”の威厳。
顔の右側、眼を縦断するように、巨大な狼と争ったが如き生々しい傷痕を刻まれた、眼光鋭き眼帯の男——間違いない。この男こそが、少数精鋭野盗団の頭【草生しのソーラス】本人だ。
「笑えてくるぜ。三大陸に悪名轟く【
「兄貴!」
「さすが兄貴!」
「ソーラス団長!」
「頼れる団長!」
深い息を吐きながら、太い首をごきりと鳴らす隻眼の狼。
残っている左の眼に、片方で二つ分の光を宿し。
その照準が、スーツの男の後ろ、怯えた表情を浮かべる金髪の少女へと合わさり。
無精髭を生やした口が、開かれた。
「あっじっ、はじめまして! あの、クララちゃんですよね!? 今【ゼロ資金からはじまる魔導大陸ディパメナイア・そのひぐらし横断の旅】やってるアイドルの! え、えっとぉ自分たち普段は世界中いろんなとこで野盗なんかやってるものなんですけど、最近はたまたまこのあたりにいてぇ! で、その、あ、先にこれ言っとかなくちゃだった! えとですね、自分たち、その、みんなクララちゃんのめっちゃファンなんです! 最初に動画見た時から、あ、これ見逃しちゃダメなやつだ、応援しなきゃダメだって即行マジッターのアカウントギルドしてManaTubeのチャンネルも登録して、で、はい、もめっちゃ見てます! 全員毎日、数えきれないほど再生しましたクララちゃんの動画! それでその、動画見てたら、クララちゃんがちょうどこのあたりを通るんじゃね!? ってわかって、全員マジテンション上がって、すいません、今回、二日前からここで待たせてもらってました! あの、御迷惑でなければなんですけど、差し入れって受け取ってもらえますかね!? その、オレたち【草原風狼野盗団】の、新しい団長になってもらえないでしょうか!」
お願いしまぁぁぁぁぁぁぁあああす!!!!!!!! ——と、野太い野郎共の声が轟き、【草原風狼野盗団】全員が揃って頭を下げる。
彼らは幸運である。
頭を下げたことで、当の【野盗団団長の座】を差し入れられた本人の、心の底から泣きそうな顔を見ずに済んだのだから。
「ふむ。【草生しのソーラス】さん?」
「は、はい! なんでしょうかモカPさん! うわどうしよう、俺あのモカPさんとも話しちゃってるよ! あのっ、本当、いつも最高です! クララちゃんの魅力を100%引き出す、いや200%に引き上げる撮影・脚本・編集技術! 【草原風狼野盗団】を代表してお礼を言わせてください! ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそいつも応援して頂きありがとうございます。ところでひとつお尋ねしたいのですが、うちのクララを野盗団の新団長に招きたいというのは、一体、どういうところが気に入って?」
「それはもう! クララちゃんが時折覗かせる、無邪気さの中の底知れぬ邪悪さがたまらなくって! あっ、このひとの下で悪いことがしたいって、団員一同全員一致で惚れ込んだんです!!!!」
「素晴らしい。流石は名だたる野盗団の長、着眼点が熟練のそれ。——だそうです。予期せぬファンとの交流、ありがたいですね、クララ?」
「わぁぁぁっはーい! クララも急で驚いちゃった! 嬉しくてちょっぴ固まっちゃったじゃないですかーっ!」
荷台で立ち上がりウィンク、ポーズを決めるクララちゃんの神々しさに野盗団からは歓声が上がり、手を組んで祈る者、キャパを超える喜びに崩れ落ち「尊みがすぎる」と泣き出す者まで現れる。
騒然となる場に紛れ、「なにこれ」と笑顔のままこっそりと呟く拝まれる本人。
驚愕!
人間界では、クソリプが歩いてやってくる!
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