4−09/魔王様、クララちゃんになれ
突如推しへと押し掛けてきた野盗団のファン宣言に困惑するアイドル魔王は、たまらずPへ判断を仰ぐ。
「えっ、ちょっズモ、これどうすんのズモ」
「クララちゃん」
「にゃぱっ☆」
「マジでした。彼ら本当に、マジッターのクララ・ウィンウッドアカウント、最初期にフォローしてる古参ファンですよ」
「その確認今いった?」
身をよじりつつのサムズアップで“いった”と示す魔界一の智将。
「予定は少々変わりますが、今はこの窮地を脱することが優先です。ここは一時、彼らの言う通りにしましょう。新しい野盗団団長をフリでもいいのでこなしつつ、離脱のチャンスを窺うのです」
「う、うむ、それしかないか……! くそ、魔界を統べる魔王たる余が、何が悲しゅうて人間界の野盗の親玉を演じねばならんのか……! 魔族の矜持に悖るよ魔族の矜持に……!」
「その羞恥今更ですね、ManaTuberクララちゃん」
「突然に現実で後頭部殴るのやめて?」
絶体絶命に見つかった一筋の光明。
正直どうかと思うが今はこれに縋るより他はなく、
「で、では、クララちゃん!?」
「なーにーソーラスさん?」
「ぐはぁぁあああぁああああっ! おっ、推しがっ、推しが名前を呼んでくれたぁあああああぁあああっ!」
「団長ォッ!」
「しっかりしてください団長!」
「羨ましいです団長!」
「ずるくないっすか団長!」
にわかに興奮するファンたち。
「【草原風狼野盗団】新団長襲名の簡単な手続きみたいなもんなんですが、いいっすか?」
「え?」
言って、野盗団が揃って取り出したのは——団のエンブレムらしいマークが描かれたお揃いのケースに入った、それぞれのスマホ。
「野盗団もね、自由にやってるふうに思われがちなんですが、盗賊ギルドとかに所属してるとタテの繋がりもあって面倒な手続きが必要だったりするんですよ! それでその、こう、いやははは、告白するとまあ私欲もなくはないんですが、そう、団長の代替わりが正式に穏便に行われたって証明する為に、クララちゃんと記念写真なんかを撮って、マジッターにアップさせてもらえたらなって!」
「え゛ッ゛」
「はいこっち、このね、真ん中、来てくださいクララちゃん! すいませんモカP、これ、シャッター押してもらえます? ちょっと多いんですけど、野盗団員十人分!」
「勿論。喜んでやらせて頂きますとも、これから一緒にはたらく仲間の頼みですから」
喜んでいる場合ではない。
手配書が全国に出回るようなマジモンの野盗団と仲良く写真を撮り、SNSにアップする。
そんなことをすれば、一体どうなる。
決まっている。偶然に後押しされたとはいえ、ここまで築き上げてきた——クララ・ウィンウッドの名前が、最早、全世界に隠蔽できないほど、悪名に染まるのだ。
……こんなものは所詮、間に合わせのサブアカだったとはいえ。旅が終わり、666代魔王の本アカ封印が解除されたなら、悠久の闇に葬られる魔王的黒歴史であるとはいえ。
ここ数日。
体験した、支持が、応援が、どこまでも果てなく眩しい、決してまんざらではなかった、クソリプなき穏やかな世界が——もう二度と、手の届かない奈落へと、落ちていく……?
「ほらほら早くクララちゃんクララちゃん!」
「よ、余、は」
「……おや。どうしました、クララ?」
「————余、は…………ッ!」
待ち切れない、というふうに引かれていた、野盗団長ソーラスの手を。
彼女は、はっきりと、撥ね退けた。
「ごめんッ! やっぱり、余は——どこかに所属は、誰かのモノには、なれませんッ! だって、クララは、みーんなに平等なアイドルだからっ!」
「「「「「「「「「「えええぇええぇえぇえぇぇええええっ!?」」」」」」」」」」
突如の宣言に震撼する【草原風狼野盗団】。むくつけき男たちは、今そこに手に入りかけた夢の国への切符が消え去ったことにひたすら困惑、そして、彼女の知らない背後では、モカPが口元に手を当ててひそやかに微笑している。
「そ、そ、そんな嘘でしょ、クララちゃん!?」
「無理!?
「え、どこ!? どこ直せばいいかなあ!? ヒゲ剃ったほうがいい!? 清潔感!?」
「オラァッ騒ぐんじゃねえテメーらクララちゃんさん困ってンだろ!!!!」
怒号一喝、慌てふためくコワモテたちを鎮めたのは、ソーラスであった。
「すまねえな。みっともねえとこ見せちまってよ。お笑いだ、最初からわかってったつうのにな。……オレたちは王都にも基本出禁な野盗団で、アンタはこれから間違いなく王にすら謁見を招かれるであろう王道を超えた王道のスーパーヒロイン。そんなのさあ、住む世界が違い過ぎだよなあ……」
『いやあのむしろ本来こっちは人間界自体に出禁で、王都はそのうち確かに侵略する予定ではあるんですが』という台詞はヴィングラウドの胸の内へと呑み込まれた。イイ顔で涙を浮かべるソーラスに申し訳なくて。
「あンがとよ。断ってもらえて、よかった。おかげで目が覚めた。事もあろうに【草原風狼野盗団】が頭を下げて有名ManaTuberとコラボなんざ、ふへへ、何の冗談だってんだ」
「ソーラスさん……」
「そうだ。——オレたちがホンモノの、悪どさに定評のある野盗団ならッ! 欲しいものは、自分の手で奪わなくっちゃ! 心は、自分の手で盗んでこそなんだからッ!」
「ソーラスさん!?」
涙を振り切り、鼻をこすりながら、ソーラスがニッコリと腰のダガーを抜く。
「えっ待っこの流れなに!? おかしくない!? み、み、みんな、余のこと好きなんだよね!? どうしてそれで刃物出ちゃうの!?」
わけがわからない、と答えを求めて視線を向けた先で、頼れる忠臣ズモカッタが頷く。
「クララちゃんさん」
「はいはいはーい!」
「安心してください。これもまた、ひとつの純愛です」
「うおおおおおおおおおおこじらせてやがる!!!!」
愛の形、それは不可思議、多種多様。
ご安心ください、とソーラスが優しく言う。声の穏やかさがむしろ怖い。
「まあ、途中色々あるかもしれませんが、最終的にこう、うまい具合に、皆が幸せになって目がハートになるかんじにしますので、クララちゃんさんも遠慮なく抵抗してくれていいですからね!」
「ひぃいいいぃぃいいいっ!? ズ、ズ、ぅカズタモぉっ、なんかこの場を切り抜けるグッドでクールなアイディアプリーズぅぅぅうううううっ!」
「クララ! 最初は遠慮なく罵声飛ばしたり生意気にしてたほうが、フィニッシュに
「あっなんか薄々勘付いてたけどおまえそっちの
「素材も知らない持ち味を引き出して輝かせるのがPなので」と、忠臣は笑った。
それは誇らしい、模範的悪魔の笑顔であった。
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