1−08/魔王様、堕ちる
高らかな、爽快な笑い声が玉座の間に響き渡る。
鬱憤から一転、嬉しくて嬉しくて思わず漏れ出しちゃった闇のオーラが、踊るように荒れ狂う。
「ざまを見ろッ! さあ苦しめッ! これぞ魔王すら害する呪詛の威力ッ! 貴様ら人類が生み出せし、クソリプという名の罪業であるッ! 魔王でなき身の分際で魔王を騙っていた事実、羞恥心・敗北感にのたうち回って、しかる後に自らの手で罪にまみれたアカウントを消せぇぇええええぇっ!!!!」
「いけない……魔王様……! その力は、あなたが手にしてはいけないものだ、誤ったものだ……! あなたには、あなただけには、【クソリプを送られし者、いずれクソリプを送る者となる】、その因果輪廻の不毛、人類が生み出した呪縛から、抜け出して欲しかった……ッ!」
「ひはっ、ふひはっ、はははははひはッ! どォぉおしたァ、何を悲しむズモカッタ! 見よ! 我を見よ、この威を見よ、げに清々しき悪性をしかと見よッ! これこそが余だ、ヴィングラウドこそ真の魔王、本物の666代、過去より連綿と受け継がれし人界征服の大願をその身に継いだ誇り高き魔族の頂点ッ! 何をしている! 撮れ! この姿を撮れ! 好機は逃すなもったいない、弱った相手はごめんなさいと言うまで叩け、今の余の最高の達成感が詰め込まれた笑顔の写真を添付し、堂々たる勝利宣言をぶちかましてようやく、我が報復は完結するッ! ぐはーっははははははははーーーーっ! く、く、くやしかろうのぉおおおおお偽魔王どもーーーーっ! ねえねえ今どんな気持ちーーーーーーーーっ!?」
玉座の間の床に転がり、頬杖を突き、得意満面有頂天顔で大口開けて大笑する666代魔王ヴィングラウド。
この場に満ちる闇のオーラは一般的な洞窟に満たされるイヤな感じのおよそ六万五千七百倍、今こそ人類は魔王の邪気に敗北し、世界は混沌に包まれてしまうかと思われた。
――だが。
「……あ?」
魔王から、最高の笑顔が消える。
余裕綽々の油断した体制から身を起こし、伝説の光の剣でも突き付けられたかのごとく、一点を注視する。
即ち――玉座の間の、マジッターの画面が映るスクリーンを。
「こ、これは……これは一体……」
理解できない。
納得できない。
わけがわからない。
愕然と、呆然と、立ち上がりよろめくヴィングラウドをよそに――ズモカッタは、魔界一の頭脳を持つ智将は、ただただ悲痛に、俯き表情を歪めている……。
「知らないッ! こんな、こんなもの、余は知らぬぞッ! なんなのだこれはッ! 答えろ、教えろ、百妖元帥ズモカッタぁぁぁぁあぁあああぁッ!」
「申し上げます、魔王陛下」
顔を上げた彼は、むしろ、腹を決めたように凛と答えた。
どれほど苦々しかろうと、要らぬ配慮で真実を告げられぬなど忠臣の名折れであると、その態度が語っていた。
「これぞ、人類の持つ、侮りがたし力――――――――【ボケ返し】にございます」
スクリーン上のマジッター画面。
そこには、二十四人の偽魔王アカウントリストが映し出されている。各々の、ヴィングラウドより飛ばされた指摘への、反応が返ってきている。
再び、一部、抜粋する。
【@666vin
【@666vin そうか。君は、僕のことを、魔王ではないと言ってくれるんだね。――うん。感傷なんて、今更、無意味でしかないけれど。あの日、あの時、あの場所で、処刑台を前にした民衆に、たったひとり、君みたいな人がいてくれれば、もしかしたら僕は、僕にだって、今も―― 落涙魔王ニムルヘイム】
【@666vin ニセモノってなんだ!? クエルのか!? シテンノくれるのか!? おまえ、イイヤツ! で、そのシテンノって何味ダ!? 暴食魔王グンズバ】
【@666vin 我、魔王、証明、無用、不毛、不可能、無意味、無駄、無益 群侵魔王スライムライズ】
「こ、こ、こやつら、こやつらは……ッ!」
わなわなと震え、拳を握り、魔王ヴィングラウドのその目に浮かぶものこそは、怒りと、悔しさと、そして、背反する感情――
――憧憬と、感心。
「魔王っぽいッ! なんかめっちゃ魔王っぽいこの返しッ! これがそうなのかッ! 魔力でない、暴力でない、知力でも財力でも権力でもない――人類の持つ特異なる力、ボケガエシとやらの、これこそが効果だとでもいうのか、ズモカッタッ!?」
「ボケ返し。それは、自身に向けられた
「な……なん……じゃと……」
「そればかりではありません。……ご覧ください、魔王様」
ズモカッタがスマホを操作する。スクリーンにはヴィングラウドのアカウントが表示され、それを見た瞬間、彼女の口から引きつった悲鳴が迸る。
「へっ、へはっ、はふひっ、へっ……ッギ、ギルメン、減っとるーーーーッ!」
二割、いや、三割。
人気の少ないアカウントにとって
「返す返すも、悪手でした。先程の魔王様の書き込み――いえ、ここはあえて心をサイクロプスにして言いましょう。先程あなたがその手で送ったクソリプは、どう考えても、お世辞にも、褒められたものではなかった」
「ず、ずも、ズモカッタぁ……」
「
「はわーーーーーーーーーッ!」
コテーン! と後ろに倒れる魔王。
「ここです、魔王様。これこそボケ返しの、真に恐ろしき点なのです」
「あ、あわ、あわわわわ……」
「受け流され、行き場を失った攻撃は、回りまわって放った本人を打ちのめす。しかも、その衝撃はここで止まりはしない!」
「まだあるのぉ!?」
「見なさい!」
見ます。
魔王は固唾を飲んで、操作されるスマホの画面、スクリーンに見入る。
そして、
「あっああーーーーッ!?」
指差し、叫んだ。
信じられない、信じたくない現象が――今まさに、リアルタイムで、進んでいた。
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