1−09/魔王様、お着替えのちたくし上げあそばす



「ぇナニこれェ!? ぇエッなーにこれぇえええぇぇえぇええぇっ!?」


 増えている。

 ヴィングラウドのアカウントからギルメンが抜けた一方――彼女に暴言を飛ばされた二十四人の偽魔王のアカウントでは、ギルメンの増加現象が起こっていた。


 そればかりではない。

 彼女に飛ばされたヘタクソなクソリプへ、それぞれの偽魔王が行ったウィットに富みキャラを崩さない返答には、ヴィングラウドがマジッターを始めてから一度も見たことがないような目もくらむほどのリマジット拡散ブレイブいいねが飛び交い、それぞれに対する他者の反応の暖かさ、【やっぱり新参とはモノが違いますね】【感動です】【この余裕こそ本物の魔王の証なんだ!】等の賞賛具合たるや、悲しいことに自分では向けられたことがなさ過ぎて現実感がない。伝説のクリスタルを目にした時より実感わかない。


「なんッダメッダメでしょこれはぁ!? え!? 吸われてる!? 今これ余吸われてるのギルメンを!? ドレイン!? ドレインされちゃってんのぉっ!?」


 “子ゴブリン、ローパーにストローを刺す”というのは魔界のことわざであり、【欲をかいて逆に自分のものを奪われる】という浅慮を戒めるものであるが、今のヴィングラウドこそまさしくその有様であった。


 あわあわといくら慌てふためいても状況は変わらない。流出が止まらない。更新を押すごとに目減りしていく自分のギルメン、増える偽魔王のファン、どうしてこうなったという思いが頭を過ぎる、自分が本物なのにという歯痒さやプライドなどマジッターでは何の役にも立ちはしない、ここでは面白いことをやれる奴こそ勝者であり、栄光であり、見ても楽しくない・タメにならない・気にならない内容をいくら垂れ流したところで『こいつをチェックしてやろう』と思う相手が増えるはずもなく、自分自身に足りなかったのは何か、とここでようやく、身を切られるような悲しみと共に悟る。彼女は悟る。666代魔王ヴィングラウドが、とうとう至る。


 半泣きの目に闘志が戻り、拳を握ったその時に。

 天啓は、先程の失言に今も寄せられるクソリプの中に、光り輝いて現れた。 



【@666vin おまえ何様だよ。魔王様に謝れヘボザコスライム   おおさそりくん】

【@666vin 失望しました。ヴィンちゃんのファンやめます  ただの村人】

【@666vin 言わせてもらうけどキャラ作りが何もかも甘いんだよ半年魔界に籠って魔王のレポしろ  ソバットバット六世】

【@666vin 他の魔王が偽だって言うんなら、君が本物だっていう証拠を見せてほしいよね  勇者アレン@ミスリル貯金はじめました】



 これだ、と思った。

 ここだ、と感じた。



【@666vin 勇者として世界中冒険して調べたところによると、本物の魔王はどうやら、光と闇、両方の支配を意味する幻の装備を身に着けているらしい  勇者アレン@ミスリル貯金はじめました】



「――流石はかの勇者アレン。今や魔界ですら、代々の魔王ですら知らぬほど半ば忘却されていた、由緒正しき古の伝説――魔王の魔王たるを示す、とっておき装備のことまで調べているとは、やはり、彼奴は警戒しておかねばなりませんな」

「これは……もしや……ズモカッタ、なれは、」


 忠臣は。

 全幅の信頼を寄せるに値する智将は、最初から、必要なことを、教えてくれていた。

 百代を仕えた従者の智慧は、いつだって、魔王の未来と共にあった。


「最初から、すべて見越して……そんなことも知らずに余は、余は……」

「……」

「笑うがよい……ギルメンから外すがよい……こやつらの言う通り、余は情けなき魔王であった……汝のことを疑い、余を案じての進言を、あろうことかクソリプ扱いした……余など、煽られて当然の、ギルドに入れてもらえなくて当然のつまらんマジッタラーであったのだ……」

「いいえ。そのようなことは、決して、断じて、ございません」


 ふらふらと、倒れこむように玉座に座った魔王の正面で。

 百妖元帥は、乱れず、変わらず、傅き、語る。


「貴方様こそ、誉れ高き、由緒正しき、本物であり唯一無二の、666代魔王。私が心より仕える主でございます、ヴィングラウド陛下」


 天晴なる右腕の、懐から取り出されたものは、布であった。

 忠義の熱を帯び、ぽかぽかと温まった、

 それは一枚の、ぱんつであった。


 ――彼女は今こそそれを、一点の疑念、曇りもなく手に掴む。


「百妖元帥ズモカッタよ」

「はっ。666代魔王ヴィングラウド陛下」

「汝の心意気、余は、しかと受け取ったぞ」


 その笑みを、魔王にあるまじきと、嗤うものはいよう。どのような素晴らしきものであれ、誰もが等しく認めるとは限らない――それこそが、マジッターのみならず、この世の真理のひとつであらばこそ。


 けれど。

 それだからこそいいのだと、今こそ魔王ヴィングラウドは理解した。


 趣味の合わぬモノ。

 肌に合わぬコト。

 それらをただ不愉快と跳ねのけるのも、なるほど、ひとつの選択であろう。


 だが。

 そういった手合いすら、自分の手中に収めることが出来たなら。

 飛んでくるクソリプすらも、満開の花に変えられたならば。

 それは一体、どのように、どれほどに、清々しい征服感であろう。


 これまで無視をしていた、侮っていた連中を、真の恐怖で歪ませる。

 その喜びを――魔王の本懐と呼ばずして、一体、なんと呼べばいい?


「今ひとたび手を貸せ、我が、最大の忠臣よ」


 躊躇、恥じらい、一時中断。

 笑止。

 そのような隙、弱点、無様、一切無い。

 そこにあるのは、ただひたすらに覇道を邁進せし王の、威風堂々たる構え。目的地へ最短経路で至らんとする、鋼鉄の意志だった。


 立ち上がり、腕を組み、されるがままに身を任せるヴィングラウドの足元で、忠臣は身を屈め、ドレスの裾、左右から両の手を伸ばし入れ、繊細至極、究極の秘宝を取り扱う慎重さを以てして、己に与えられし役割を進めていく。にかけた指を下ろしていく。


 両者、眉ひとつ動かさぬ、絶対の信頼で結ばれた、数秒間。

 ほどなくして、作業は終わり、現れた。


 ドレスの裾から引き出され、ズモカッタの手に握られしは、汚れなき忠義を以て脱がされた漆黒のぱんつ。

 数秒前まで身に着けられ、魔王の体温まりょくを帯びに帯びた、その身を最も傍で守りし、四天王にとっての同胞ともいえる存在だった。


 任を終えた先達に敬意を払い労い慈しむように、ズモカッタは深く礼をし、畳み、ポケットへ仕舞う。


「大儀である。では、後は――ここからは、余の仕事だ」


 なんという状態異常耐性。

 常人であらばそわそわ必至、一秒とて平静ではいられぬ屈指のバッドステータス、ドレス着ててもはいてないノーパンツノーライフにさえ、揺るがない。


 さながら万年を生きた竜の所作、ヴィングラウドは焦りも怯えも震えもせずに、むしろこの状況、一瞬一秒を楽しむように微笑すら浮かべながら振りかぶるように足を上げ、先程受け取った新たな装備、勝利の鍵を広げると、ゆっくり、ゆっくり、爪先を通し――


「――悪くない。気に入った。吸いつくような肌触りよ」


 味わうように頷き、そして、「長らく待たせた」と言葉が続く。


 そうだ。

 今こそ、

 ここに、

 はじまる。

 お目見えの時、来たる。  


 骨の冠、闇の衣。

 剥き出した歯、邪悪なる笑み――

 そして。


「見るがよい」


 金髪美少女がたくし上げた、ドレスの下からばっちり覗く、輝ける純白下着。

 これぞ、古の伝説に語られし、ピュアエロスの大いなる融合が果たされた――清純系犯罪的マイクロサイズの逸品であった。


「今、汝の前に在るものこそが、真の魔王だ」


 言葉にならない。

 なるはずもない。

 雄弁で知られる百妖元帥の舌鋒も、今ばかりは沈黙こそが最適だと選択した。彼が仕えし百代魔王の中でも並ぶものなき覇気、スルーなど到底不可能な圧力に当てられたか、感極まったように唇を噛み締めていた――


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