1−07/魔王様、やってしまう
「……ん? え、それって、とすると、……え?」
「魔王様。今、我らがいるのはどこですか」
「玉座の間」
「もう少し広げて」
「魔王城」
「そこを正しく言うと」
「虚と実の狭間に潜みし
幻夢魔城ガランアギト。
そこは、魔界の中央にある――いや、正確には、どこにも存在しない場所。
度重なる争い、反逆、クーデターが日常茶飯事である魔界魔族の掟にあって、【昨日までの同胞】に侵されぬ為の拠点。
幾重もの高等幻術・結界術に守られ、そこにあってそこにない空間には、外敵の何人たりとも踏み入れられない――
――位置の、【正確な座標】を知らない限りは。
そんな特性があればこそ、これまで魔王城は、666代に渡り、人類の、取り分け【勇者】と呼ばれる厄介者の、決定的な侵入を阻止してきたのである。
これこそはいわば、絶対に割ってはならない、魔族の最終防衛線なのだ。
「発言に重みが伴うギルドリーダー級、約一万のギルメンを有するランクB以上の重要な人物ともなると、マジッター運営は認定員を現場に派遣しての正確な本人確認を行います。わかりますか、相手が666代魔王ヴィングラウド本人となれば、ギルメン数などという些末な基準を飛び越えてランクはいきなりのA、いやいや前代未聞のSSSクラスでも足りぬほどでしょう。魔王様が正しく魔王様であると、マジッターアカウントに証明を紐付けるには、外部の人間、人類の賢者を招かねばなりません。しかも、本社に帰って認定を進める為に、無事で帰ってもらう必要がある」
そのようなことになれば、
「割れるのです。虚と実の狭間に潜みし
せっかくの名案が完膚なきまでに破壊されたショックで、あぅ、と呻き、骨の冠が心なしか心情を反映してずれる。
「いいのです。これはこれでいいのですよ、魔王様。そもそも、愚かな人類の決めた枠に嵌められることこそ屈辱千万。反体制、非公式、安住の支配地の外側から侵略するものこそ魔王の立場に相応しい。そうですとも、他者に定められた御旗ではなく、有無を言わさず誰もが認める、認めざるを得ない、【真の本物】に必要なのはただそれだけであり、その為の策こそが先程お伝えした――」
頼れる忠臣が告げる肯定、与えんとする賢策も、しかし、その時の彼女の耳には届いていなかった。
あれも出来ないこれもいけない、まっすぐに進もうとする度に迂回を強制されるやるせなさ、何度繰り出しても手応えに行き当たれない空振りの情熱が、魔王の中で渦を巻く。言いたい言葉が見つからないもどかしさが表情をぐるぐると百面相させ、振り上げた拳の落としどころが歯を食い縛るほど見つからず、
「…………う、う、うぉおおおおおおちっくしょぉぉぉおおおおおおおッ!!!!」
そして、ついに噴き出した。
玉座から放たれると、電光石火の速度でその手がズモカッタの持っていたスマホを奪い、
「いけません! おやめください、魔王様!」
止める間もあらばこそ。
魔王のタイピングは魔王故に目にも止まらず、ズモカッタが取り返そうとするその時にはもう――手遅れだった。
「おまえら、みんな、ふざけんなぁーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「駄目だぁぁあああああぁああああああぁッッッッ!」
忠臣、必死の制止が玉座の間に迸るも、
遅い。
やってしまっていた。
送ってしまっていた。
魔王の指が、最後のタップを、既に完了させていた。
「ッ!」
弾かれるように、ズモカッタがスクリーンを見上げる。
そこに表示されてしまっているものが、夢でも幻でもないと確認し、百妖元帥は唇を噛んだ。
取り返しのつかない過ちを目にした者の表情が、滲むように浮かんでくる。
「なんという、ことを…………っ!」
「ははっ! ははははははっ! ははははは、あーーーーっははははははははははははははッ!」
対照的に、実に清々しく、気持ちよく、腹を抱えて笑い、四肢を投げ出して笑う、魔王ヴィングラウド。
「なぁんて簡単なんだッ! 最初から、こうしておけばよかったのだっ! 何が我慢だ見逃すだ、そんなものは魔王ではない! そうとも、自分に歯向かいし身の程知らずは、慈悲もなく容赦なく骨の一辺も残さずに殲滅してこそ魔王であろうがッ!」
スマホの画面と連動したスクリーン。
そこに表示されているのは、666代魔王ヴィングラウドのアカウントで、そこに燦然と輝く、【発信時刻/現在】の発言は――
『うざいきえろにせものども。おまえらにんげんのクセに魔王のふりするな。むかつく。ばか。きらい。ふゆかい。こんど四天王おくるから。ぜんいんだから』
――魔王なりきりアカウント、二十四人に当てられた、リプラスだった。
クソリプ、と呼ばれる類のものだった。
嗚呼!
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