1−06/魔王様、対策を練る



 ――【真の王威を示すが為には、下着パンツを脱ぐべし】。

 すわ百妖元帥御乱心かの衝撃的発言を受け、今ここに疑心極まる。


 思わず闇の衣から大剣を取り出しかける魔王。

 魔族の歴史に於いて裏切・陰謀・下剋上こそ王道にして成り上がりの華、史書を紐解けば事例に枚挙は暇無く、今この時こそその場面であるのかと、ある種の大舞台に上ったような感慨がじんわりと胸に広がるが、当のズモカッタ、百代の魔王に裏切らず仕えた男は静かに“落ち着きなさいませ”と視線で示して姿勢を崩さず。


「よく考えるのです、魔王様。敵を倒す。成程、それも覇道を目指す経路ではありましょう。ですが私は否と言う。何故ならば、それはあまりにも効率が悪い」

「な、何だと?」

「簡単な話なのです。己こそ唯一と証明する――それならば、わざわざ二十四もの雑魚をいちいち蹴散らすなど手が掛かる。本当に達成すべき目標はあくまでそいつらの排除ではなく、計画当初の、【魔王ヴィングラウドアカウントが発信する情報を人間に信じさせること】。違いますか?」


「――む。な、何も違わぬ」

「であれば。ただ魔王様が証明すればよいのです――【居並ぶ有象無象はまとめて笑止、己こそ無二の本物である】と」

「お、おお……おおお!」


 流石以外に言いようがない。

 百妖元帥ズモカッタ、この男、あまりにも切れ者。半ば見失われかけていた物事の本質を、ピタリついてきた。


「いいぞ、いいぞズモカッタ! なんか余、わくわくしてきた! どうする!? どうやって、それする!? あっそうだこれ、骨の冠に闇の衣、これらアイテムをもっとアピールしていくか!?」

「いえ。無念ですが、それでは効果は薄いでしょう」


 自信満々に告げたアイディアが否決され、ヴィングラウドはしゅんとする。しかし、確かにそれでは効果が薄いだろうとは、彼女も薄々わかっていた。


 何しろ、飛ばされてくるクソリプや、先ほど見た【魔王なりきりアカウントまとめサイト】では、“評価できるのは衣装の作り込みだけ。あれは中々良く出来たレプリカ”と言われてしまっていたからだ。


 魔術による風景転写は精巧でこそあるが、“本物”に存在する雰囲気あんこくオーラや、そのものが持つ特殊効果を伝えることは出来ない。高名な道具鑑定士でも、マジッターの画像からでは真贋の鑑定も行えまい。くやしい。


「あ、待て待て待て!? そうだ、ならば、あれ、アレはどうだ!? 確かな、マジッターにはああいうのがあるのではなかったか!? そう、その、【公式認定】とやらが!」


 スマホを操作し、いくつかのアカウントを確認し、『ほらぁやっぱぁ!』と喜び勇んで声をあげる魔王。


「これぇ! これ、ズモカッタこれぇっ! これズモカッタ、ズモカッタ、ズモカッタこれ勝ったぁ!」


 歓喜のあまりに呂律もあやしい。


【公式認定】とは何か。

 それは、主に一部の有名人が使用する【本人確認】の証。

 所定の手続きを行ったアカウントには、その名前の横にマジッター開発の賢者ギルドのエンブレムが付き、それをもって【このアカウントは確かに、公に知られる◯◯さん本人のものです】と賢者ギルドが保証するシステムなのだ。


 隠されたダンジョンの底の底、魔獣を倒したその向こうに見つけた宝箱の中から、念願の財宝を見つけた冒険者さながらの喜色満面で魔王はガッツポーズを取り、


「くはっ、くははははっ、くはははははははっ! ちょろっ! 人類ちょろっ、マジッターちょろーーーーッ! さあズモカッタよ! 早速、この申請を行うがよい! マジッターギルドに、申請のメールを送れぇいッ! 功成った暁には、悪質ななりきり行為でポパンされた二十四人の偽魔王のアカウント跡地を肴に、とびきりの美酒を傾けようではないかッ!」

「あ、駄目です」

「ッハァーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 衝撃過ぎて出た声は、ワイバーンが窮地を知らせる時にそっくりだった。


「どしてかなぁっ!? え、どしてかなぁズモカッタぁん!?」

「いいですか魔王様。この公式認定というものは、やはりそれなりに複雑で、面倒くさい手続きを必要とするのです」

「いいよぉ! やるよぉ! それぐらいなんでもないよぉこの悲しみと比べたらぁ! 二十四人の見知らぬ魔王が傍にいる窮屈さに比べたらさぁ!」

「お聞きください。問題はその手続きの煩雑さより何よりも――」

「何よりもぉ!?」

「――個人情報の開示。住所登録にあるのです」


 ぴた、と止まる。

 魔王が、忠臣の告げた事実を吟味する。


 ――個人情報の開示。

 住所、登録……


 …………住所登録?


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