大喜利を好き好んでやろうだなんてヤツは大概変人さね

【004】


 それは、おっぱいだった。

 これだけではあまりにも説明不足かもしれないが、いや、だがしかしそれはやはりおっぱいなのだった。

 舞台上には二つのおっぱい……そういえばおっぱいって一房辺りで一つ二つと数えるのだろうか。それとも靴の一足二足みたいに一対で数えるのだろうか。前者ならば舞台上にあるおっぱいは二つ。後者ならば一つ。つまりそれがどういうことを表すのかというと、とにかくでかいおっぱいを持った女が舞台上に立っていた。

 彼女は店内の時計が十三時丁度を示した瞬間に、パーティションで区画された向こうから姿を現した。そのあまりにも巨大な、胸に双子を妊娠なさってるのですかと言いたくなってしまうようなたわわを、たわわたわわしながら。

 その女性が身にまとっているのは、単なるグレーのレディーススーツ、ではある。だがしかしそのワイシャツの胸元はざっくりと大きくはだけられ、深い双丘の谷間があらわになっている。胸元が突っ張っている為かジャケットの前ボタンも留めておらず、それがそのわがままなおっぱいを好き放題目立ちたい放題させるのに一役買っている。

 一段高く据えられている舞台の上からじっくりと見定めるように観衆の顔を見回すと、彼女はゆっくりと口を開く。

「君たちは変人だね」

 !?

「世の中広しと言えども、君らほど頭のおかしい連中は、探してみてもなかなかそうはいないだろうね」

 !!?

 え、なに、なんでいきなり変人扱いされているんだろう、あたしたちは? 思わず周囲の反応を見回してみても、令や文代はぽかんとした顔をさらしている。他のテーブルの人たちも、軒並み似たような顔を見せていた。しかしそんな中で、何人かだけはニヤニヤとした笑みを浮かべて舞台上の彼女を見ているのにも気がついた。

「しかしだね……」

 耳にしっかりと届くアルトの声が、言の葉を引き続いて紡いでゆく。

「私はそんな変人たちが大好きだね!」

 そう彼女は声高に言った。

「大喜利を好き好んでやろうだなんてヤツは大概変人さね! だが、それでも私は大喜利が大好きだね! だからこそ、私の大好きな大喜利をやりたいと言ってくれる君ら変人が、心の底から愛おしいのだね!」

 彼女は店内中からの視線を一身に浴びると、まるで指揮者のように両腕を広げて自らを誇示する。

「……紹介が遅れたね。私の名前は、白梅愛理。人呼んでこの店のオーナーだね。……大喜利を愛しすぎたが故に、公務員を辞めてこの大喜利カフェを始めてしまった、一人のバカな女さね……」

 収入は三分の一くらいまで落ち込んだよね。そう言って彼女……白梅オーナーは、ふっとシニカルに笑った。笑ってる場合じゃないだろ、と思った。


 観衆に対して異様なインパクトを与えた白梅オーナーのあいさつが終わると、メイドさんの手によってホワイトボードとマーカーが配られた。あたしたちのテーブルにも三枚のホワイトボードが置かれ、一人一枚ずつ手に取る。

 メイドさんが甲斐甲斐しく大喜利用具の給仕をしている最中、白梅オーナーは舞台の上手に移動しながら説明を続けていた。

「わざわざこんな大喜利カフェにまで足を運んでくれる皆さんのことだからね。今更大喜利のなんたるか、なんてことを四の五の語ってみせる必要は無いのかもしれないけれど……だね。本当にこれが初めての大喜利ですって人もいるかもしれないから、まずは大喜利のなんたるかというものを、説明していこうと思うんだね」

 そして彼女はスーツのジャケットの胸ポケットからパワーポイント操作用のリモコンを取り出すと、画面を切り替えていった。

「ルールとしては、まあ皆さん一度はテレビで観たことがあるだろうね。まずお題が出るね。それに対して、演者……つまり我々が何かしらのリアクションを返すね。たとえば……『こんなテレビは嫌だ』というお題があって、それに対して、『映らない』とかだね」

 観客側から少し笑い声が漏れた。確かに映らないテレビは嫌だけども。

「まあこれはかなりシンプルに答えてはいるが、でも『お題』が出て、それに対する『回答』を返しているというルールはしっかりと守っているね。このルールさえ守っていれば、何をやっても構わないからね。笑いが獲れればそれに越したことはないが、笑い以外にも色々なリアクションが帰ってくるのが大喜利の魅力でもあるからね」

 と、あらかたの説明を終えたらしい白梅オーナーが、今度は客席……つまりあたしたちに向かって怪しく微笑んだ。

「というわけで、お題を出すね。こういうものは、実戦で経験を養うのが一番だからね」

 彼女がボタンを一つ押しただけで、舞台上に映し出されていたプロジェクターの画面が切り替わり、お題が提示された。

 心が急激にざわつくのを自覚する。今年の五月、何も知らされていないのにいきなり舞台に押し出されて、地獄のような大喜利を味わったあの記憶がフラッシュバック、するよりも前に。パッと切り替わった画面に映し出された、そのお題が目に入った。


『 最弱高校野球部の練習を見て「これは弱くて納得だな」と思った理由 』


「というわけでまず最初のお題はこれだね。時間は……そうだね、初めての人も多いだろうしね。長めに、七分間でやってみようかね」

 そう言うと白梅オーナーはキッチンタイマーの時間をセットして、「では、スタートだね」とボタンを押した。

「回答が出来上がったら、順に当てるから挙手をしてもらえるかね。時間内だったら何答でもしていいからね」

 言われてあたし、それから令と文代は顔を見合わせる。ここからは好きに回答を出していいよ、ということらしい。辺りを見てみれば何人かはもう手元のホワイトボードにマーカーを走らせ始めている。え、もう思いついたの? 早くない? あなた方、最弱高校野球部に所属してたの?

「では、まあ……わたくしたちも」「…………やって、みましょう…………か」

 令と文代も揃ってホワイトボードに視線を降ろしてしまった。うーん、さすが好き好んで大喜利屋さんに行きたいと言ってただけのことはある。あたしも何か考えた方がいいのかな……とまごついていると、参加者の中の一人が手を挙げた。白梅オーナーが、彼の胸元の名札を見て指名する。

「はい、鳥谷さん」

「はい。えーと、『監督が女だ』」

 偏見がすごい。いや、間違っていなくはないんだろうけど。確かに甲子園出場校で監督が女だって学校、見たことも聞いたこともないけど。

 鳥谷さんが回答を出すと、回答を考えていた何人かが、あははと声を漏らした。どうやら回答を考える傍らで、誰かが回答をしたらそれもしっかり聞いて笑っているらしい。インプットとアウトプットが両立する聖徳太子みたいなことをしているな。

「はい」

「はい、青柳さん」

「えー、『場所が無くて、柔道場で練習している』」

 いや、邪魔! 室内でやるにしてももっと別な場所無かったの!?

 この回答には参加者のほとんどが声をあげて笑っていた。出した青柳さんは、『おお、ウケた』みたいな顔をして、嬉しそうにホワイトボードを引っ込める。お題が出てから時間が経ったせいか、それから何人かが立て続けに挙手をしていく。それらは一人一人白梅オーナーによって挙手した順に指名されていく。あたしは自分で回答を考えることも忘れて、他の人の回答を見ては「おお〜、おもしろい」「なにそれおもしろーい。すごいじゃん」「う〜ん、今のはあんまり」「あー、野球弱そう」「それは野球じゃなくてカバディだな」等と勝手な感想を頭の中で呟いたりしていた。

 するとそんな中で、ついにあたしの隣に座る女が動いた。諫早令はすっと斜め四十五度の角度でまっすぐに右手を掲げた。

「はい、諫早さん」

「はい。……『全員ユニフォームではなくジャージ着用』」

 いや、弱そうだな。部活動っていうよりももはや体育の授業の延長線上にしか見えない。この回答はあたしはわりと好きだったのだけれど、笑い声はさざ波程度のものしか返ってこなかった。令は、「うーん、難しいですわね」と渋面をつくりホワイトボードをさげた。

 するとまたしてもあたしの友人、今度は文代が控えめに顔の横辺りに手を持ち上げる。

「はい、渡良瀬さん」

「……………………『グラウンドを…………うさぎさんが…………跳び回っている』」

 あー、弱そう。すごく光景が牧歌的で、強そうなイメージがまったく伝わってこない。これもまた何人かがにやりとしたものの、爆笑を引き出すにはまだまだという感じだ。文代は静かにホワイトボードを裏返すと、ゆっくりとした手つきで回答を消していく。

 あたしの両隣の令と文代と、うーん、と眉間にしわを寄せて思考を巡らせていた。あたしは、何か考えてみようかと思って、ペンを取ってみて、

 ピピピピピピピピピピピピピピッ

 そこで、七分間が終わり、大喜利が終わった。

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