第6話 死神の嘘と僕の嘘

 古びたクーラーの騒音で、微かな騒がしさが充満していた図書室だったが、それがパタリと止んだ。だが、人工的な心地いい空気は吐き出され続けているし、少し意識を外せば、クーラーの喧騒は元に戻ってくる。

 死神の双眸は、それだけ僕を惹きこむ力がある。

 静まり返った空間が気まずくて、死神への質問に注釈を加えるみたいに言葉を続けた。

「君は、僕の思い通りの世界を作ってくれたと言ったね。 この世界には満足している。 死神の力だって信じている。 だけど、少しだけ君は嘘を付いていると思うんだ。 違っていたら否定してくれて構わない」

 死神は、視線を逸らすことも、話を変えようとすることもしない。せめて、視線さえ逸らしてくれれば、僕の言葉の大枠が疑いようのある仮定であり続けられる。

 彼女が嘘つきだなんて思いたくない。だから、彼女の無言を無言として受け取った。

「僕は、サイダーと言ってラムネを手渡される世界と、誰もいない海が必ずある世界の二つを『都合のいい世界』という言葉で一括りにしたくはない。 あくまで、二つの意味合いは違っている。 後者は、死神の嘘みたいな力だ。 だが、前者は、僕を知る者でなくちゃ作り出せない」

 死神へ言った「君は、僕のことを知っているのか?」という言葉の注釈は終わりだ。僕は、死神が答えたくなるまでじっくり待つつもりでいる。責め立てたり、質問攻めにするつもりはない。

 僕にとって「君は、僕のことを知っているのか?」は、質問ではない。ありきたりな、五分後には忘れてしまうような言葉でしかないのだ。

 閉じていた青春小説に視線を落とす。2ページを読み終えたくらいに死神が、口を開いた。初めて会った時のような、決して綺麗とは言えない声で。

「はい。 私は、あなたを知っています。 でも、それは、今だけの言葉だと思ってください。 いろいろ考えたんですが、あなたを知っていると答えるのが最良なんです」

 嘘を付いている様子はない。二日間も一緒に過ごしたのだ。彼女が、他の死神(あくまで想像でしかないが)と比べて、異常なくらい優しいというのは分かっている。

 彼女は、薄い唇をきゅっと閉じ、また口を開いた。

「それから半分、嘘を付いていました。 死神の力を使えば、あなたの望みに忠実な世界を創ることが可能です。 でも、この世界は、あなたの思考ではなく、記憶を元に創りました……あなたの記憶の最良な部分。 思考と記憶の違いをうまく説明できないので、半分、嘘を付いたということにしてください」

 死神は、閉じた分厚い植物図鑑に手を乗せ、いまにも泣いてしまいそうな表情を浮かべた。

 そんな表情を浮かべられると、なんだか申し訳なくなる。僕は、死神の嘘を見破って勝ち誇りたいわけではないし、死神との関係を断ち切りたいわけではない。確かに、嘘を知ってしまった時、恐怖心を感じたがそれは当たり前の感情だ。

 僕は、捻くれ者などを抜きにして、彼女を慰めることのできる笑顔で言った。

「死神は、やる必要のない仕事をやってくれているんだ。 自殺志願者に嘘を付くことを誰も咎めない。 もちろん、僕だって。 たださ、あと1日を一緒に過ごすんだ。 君が、もう少しだけ素直になってくれたら嬉しいよ」

 泣き出してしまいそうな女の子の慰め方なんて知らない。だから、読んでいた青春小説の主人公の話し方を真似てみた。少し気恥ずかしい感じではあるが、僕の本心を伝えられたと思う。

 死神は、困惑するように眉を顰め、そして自然に微笑みを浮かべてから。

「わかりました。 ありがとうございます」

 と言った。

 捻くれ者の僕が美しい死神を、夏へと手を引いてやれたのなら、僕が僕である意味ともいえる。でも、生きる目的とは別方向の話だ。

 あくまでこれは、死神を夏に近づけただけの話。空席に恋をした僕を見返すための恋の話だと思ってくれればいい。

 僕と死神は、植物図鑑と青春小説を持って高校を後にした。

 2日目は、そんな終わり方だった。

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