第97話 貴方が教えてくれたやり方よ

リューネブルク市―――


 十二月七日、しんしんと粉雪が舞い落ちる冬の日、スヴァルト貴族、グスタフ率いるグラオヴァルト法国軍がバルムンクの本拠地、リューネブルク市攻略の狼煙を上げた。

 常に冷静であることを心掛け、正確な統計をはじき出すことで有名なバルムンク総統、リヒテルの推測ではその兵力は五万以上。

 そして今となっては数少なくなった間者らの報告は十万とあった。

 正確な数字は誰にも分からなかった。

 目前の獲物に釣られた賊、あるいは寝返り者。

 ほんの一週間前まではアールヴ人の解放を唄い、法国軍と矛鉾を交えた英雄たちが今、その同胞達にその欲望と言う名の牙を剥く。

 後知恵で言えば、侠客と呼ばれた盗賊らには初めから世界を救う能力などなかったのかもしれない。

 彼らは所詮、強気にこびへつらい弱気をくじく最低の人間であった。

 彼らの怒りは生きるためには曲げられる程度の物であり、スヴァルト貴族が彼らに振り降ろした棍棒を引き下げると簡単に尻尾を振った。

 だがそんな彼らの中、それでもなおグスタフに逆らう者達がいる。

 彼らは称えられし者、外敵と戦い勝利し、民衆の感謝を受けた者達。

 ありがとう……ただその言葉だけを胸に、強大過ぎる法国軍に抗う。


*****


リューネブルク市前面・グラオヴァルト法国軍本陣―――


「略奪して得た物は全てお前らの物だ。俺ら正規軍は準備に時間がかかる。先に行っていいぜ、俺らは後から行くからよ」


 五万を超える大軍の長は号令もかけず、ただそう言ってファーヴニルどもを焚き付けた。

 焚き付けられたファーヴニルらは歓喜する。彼らはしゃにむにリューネブルク市の簡素な城壁に取りついた。


「馬鹿な奴らだ……露払いだということも知らないで」

「所詮は盗賊、目の前にエサをばらまかれては理性的な判断など出来ないでしょう」


 グラオヴァルト法国軍の本陣にて総司令官グスタフ・ベルナルド・リューリクが裏切り者たるファーヴニル軍を心の底から漏れ出るどす黒い笑みで見送っている。

 傍らにいるのはその忠臣たるセルゲイ竜司教、彼もまたスヴァルト人である。

 今回の戦争において、バルムンク、法国、どちらの陣営も共通の敵を前にして一時、人種対立を忘れた。

 アールヴ人とスヴァルト人、敵対する両者が手を取り合ったのだ。だが、セルゲイにとってそういった平等な関係など許容できることではない。

 手は取り合うのではなく、振り落すためにある。スヴァルト人は平等と言う名の不合理の中にあっては人口の差から不利になってしまう。

 選民主義たるセルゲイは、スヴァルト人が上位であるその体制を捨て去ることができなかった。

 彼は竜司教という服を着ながらも、あくまでスヴァルトの騎士なのだ。

 ならばスヴァルト至上主義を守るグスタフに忠誠を誓う。


「貴族連合軍の方は動いたか」

「動き始めました。捨て石にするというこちらの意図に気付いてはいるのでしょうが、やはり先にリヒテルの首を取り、グスタフ様よりウラジミール公位を奪うという魅力には抗い難く、どうやら港側から攻め込むようです」


 砦から発展したリューネブルク市は地区によって防備に極端な差がある。

 元が砦であった司教府と上等区周辺、つまり市の西側は高く堅固な城壁で囲まれており、それから東に行くにつれて徐々に防備が脆弱になっていく。

 上等区が堅固なら、中間に位置する市街地や一般住宅を囲む壁は、城壁の存在しない港を抜かして強固と言える。

 そして最東端のスラムを囲む壁は、堆肥で固めた土壁を木材でそれらしく補強しただけで簡素と言えた。

 しかし簡素な壁とは言え、それでもそこに兵士を駐屯させれば、それなりの防壁となる。

 しかしその防壁も、万の軍勢の前ではまったくの無力であった。故に攻め込むのはスラムがある市の東側から、そこから西へ西へと進んでいけばいい。

 それが最短距離であった。


「正門が開いたぞ!!」


 一番乗りを歓喜の声をあげて宣言するファーヴニル、しかしそれは勝利とは程遠い。

 リューネブルク市はバルムンクに残された兵力に比して、広すぎるのだ。

 バルムンクの兵力は敗戦の後遺症から立ち直れず、既に万から数千にまで落ち込んでいる。

 市を万遍なく守れば戦力の分散は避けられない、グスタフの予想ではスラムは既に切り捨てられている。

 住民が避難したとあっては、切り捨てる罪悪感は少ない。

 バルムンクの主力軍はエルベ河で隔てられた市街地に集中しているはず……つまりはスラムを制圧し、市街地に攻め込んでからが本当の戦いなのだ。


「しかし、あの盗賊どもがまともに戦うでしょうか」

「その件は私にお任せを……」

「シャルロッテ……女である貴様がなぜ、ここに……」


 寄せ集めの裏切り者、彼らファーヴニル軍の動向に不安を抱える副官セルゲイ、だがグスタフはそれに関しても手を打ってあった。

 ただ、セルゲイにとって予測の範囲外だったのは、それがグスタフの所有する奴隷女、シャルロッテが重要な役割を果たすと言うことであった。

 セルゲイは選民主義であり、同時に男女差別主義者であった。戦場に女がいることを好まない。


「お前……性懲りもなく神聖なる戦場に、女は家で洗濯でもしていろ」

「グスタフ様の許可は得ています、従者の貴方がその決定に逆らうのですか、キャハハ!!」

「それとこれとは話が別だ、良いか、神は女を家で働くように……その左腕はどうした?」


 そしてセルゲイは気付く、シャルロッテの左腕、その包帯で巻かれたそれの中身が自前の腕でない事を……何か別の、もっと禍々しいものがその中に隠されている。


「何も言うな、あいつが選んだ道だ……」

「グスタフ様、ですが……」


 セルゲイの葛藤を見抜いたのか、グスタフが彼の動きを制止させる。


「これで最期なんだ、因縁のあるテレーゼを殺させてやれ……」

「しかし……」

「お前も、敵を嬲るのは好きだろう?」

「……好きです」


 短い沈黙の後、セルゲイは正直に心内を明かした。

 彼はどんなに取り繕っても、根っこの部分は蛮族なのだ。ルーシの草原を馬で駆け抜けるスヴァルトの騎士。

 シャルロッテを制止させる理由は単純に彼女が女だからに過ぎない。


「シャルロッテは軍事の関しては素人、現場の指揮権は渡しません」

「それでいい、それはお前の自由だ。で、だ……これで最期だ、本隊の指揮は途中まで俺が取る。その間だけ、現場に出ていてもいいぞ」

「……感謝いたします」


 副官としての義務を放棄し、戦場に出るのはいささか抵抗があるセルゲイだったが、嬲るのが好きと言った手前、何も言えず、素直にその気遣いを承諾した。


「では行って来い。何、相手は間者からの報告から数千程度……数万の軍勢を率いる俺の敵ではない」

「はっ……!!」


 そしてグスタフの両翼、騎士セルゲイと死術士シャルロッテが出陣した。

 しかし、二人は知らなかったのだ。

 グスタフに奢りはない、常に複数の手を考え、油断などと言う言葉とは無縁である。

 端的に言えば二人もまた露払いなのだ。リヒテルの手の内をさらけ出すための囮……

グスタフが信じるのは自分のみ、他人など信用できない、彼はそういう男であった。


「簡単にくたばるなよ、簡単に壊れないからお前らを選んだんだ、俺を失望させるな」


 呟かれた悪態は彼に忠誠を誓う二人にはとてもではないが、聞かせられるものではなかった。


*****


リューネブルク市・スラム街―――


「奪え、手に入れた物は全て、手前らの物だ!!」


 ファーヴニルの頭が声を張り上げる。

 スラムに突入した賊共は予想通り、無人と化したスラムを前に喜色満面で身の内の欲望を隠そうとはしなかった。

 しかし、住民の避難が済んでいるということは、貴金属や宝石など、貴重品もすでに運び出された後だということ。

 残っている物にロクなものはない、故に少しでも価値がある物を手に入れようと草の根を分けるように探す。だがそれでも何もない。

 行きつく先は奪い合いであった。


「見つけた、少し錆びているがこれは銀だぜ、銀のフォーク。クロイツァー銀貨でどのくらい……」

「いいな、それ……俺によこせよ」

「ふざけるな、これは俺が見つけた。俺が見つけた物は俺の物だ」

「うるせえ、死ね!!」

「がっ!!」


 頭を叩き割られ、仲間に殺された男はそれでも手に入れた銀食器を手放なかった。

 故に彼は指を剣で切り落とし、それを手に入れる。

 その錆びた銀のフォークは仲間の命よりも高い値段が付けられたのだ。


「ここは……銀の雀亭、バルムンクの隠れ家だったところじゃねえか、ここなら何かあるかもしれない」

「だめだ、何もかも運ばれている。小麦の一粒も有りはしねえ」

「なんだと、ふざけるな、リヒテル!!」


 バルムンクの本拠地だった、銀の雀亭、そこならば何か奪える物があると考えたが、結局は無駄であった。

 ちなみに整理整頓が苦手なリヒテルは撤収時に細々としたものを残していったのだが、マリーシアやアマーリアの女性二人がその後に何もかも持って行ってしまった。

 片や傭兵隊長、片や食うに困った元奴隷、手に入る物は何でも貰っていく二人であった。


「俺は、勝てるっていうからブライテンフェルト会戦に参戦したんだぜ、それが無様に負けやがって、おかげで頭領は死ぬわ、スヴァルトの奴隷に逆戻りだわで……」


 手前勝手な怒りでそのファーヴニルは剣でそこいらの備品を壊し始めた。

 昨夜、リヒテルやヨーゼフ大司教が歓談した椅子やテーブルを両断した。

 アマーリアやイグナーツが調理を行った厨房を竈に至るまで蹴り壊す。

 そして彼は徐に腰に手をやるとズボンをずり下げた。

 汚らしいそれが外気に触れる。


「お前を信じて死んだ頭領の恨みを受けろ、がははははは!!」


 そう言うと彼は得意げに床に小便を撒き散らした。

 そこにある家具にはあのリヒテルの顔がチラついていた。


「副頭領……いえ、ヴィルヘルムの頭、大変なことが起こりました、すぐに来て下せえ」

「なんだ、何が起きた」


 頭領と呼ばれた男、ヴィルヘルムがひとしきり小便を撒き散らした後、頃合いを図ったように子分らしき少年がやってくる。

 年齢は十代の半ばをわずかに過ぎたあたり、ヴィルヘルムが信頼する養子であった。

 彼はひどく慌てていた。


「橋を超えた市街地にも誰もいないんでさぁ……そこにはまだ物資が山ほどあります。早くしないと、他の奴らに持ってかれちまう」

「なんだと……!!」


*****


リューネブルク市・市街地―――


「本当だ、誰もいねえ……」


 ヴィルヘルムが到着すると、早くもそこは狩場と化していた。

 うず高く積まれた物資、恐らくは少ない日数では運びきれなかったのだろう……小麦、干し肉、塩漬けニシンに干しブドウ、ワインにエール。

 腹を空かした彼らはまずは食糧に食らいつく。ここまでの強行軍、正規軍でない彼らにはまともな食糧が供給されなかったのだ。

 与えられたのは掌大のパンに薄いスープ、そして痛み止めなどと称して渡された種、特に種は丸呑みしろと命令され、残すことは許されなかった。

 大方医学に凝った貴族が気まぐれを起こしたのだろうが、正直、迷惑なだけである。


「うめえ、久しぶりのまともな飯だぜ」

「おい、それ以上進むな、クロス・ボウの射程範囲に入るぞ」

「構やしないですぜ、あの馬止バリケード、馬止だけで人はいません」

「何!!」


 驚くことにテーブルや椅子、家財道具で簡易に作られた馬止は意外な程高く、堅固に見えたが、その裏側には人がいなかった。

 その無人の陣地が等間隔に並んでいる。

 空中から見れば大通りがいくつもの壁で分断されているように見えるだろう。


「周囲の家にも人がいません、頭、どうします」

「どこかに隠れているんじゃないのか……」

「いえ、ベッドの下など探したんですが……それに一人二人隠れていてもこちらは一万人ですぜ、奇襲をかけることもできない」

「……」


 頭領ヴィルヘルムは熟考した。無人の市街、残された物資、彼の長年の直感がそれを罠だと訴えていた。

 しかし分からない、ちゃっちな罠では一人二人殺せても万の軍勢には損害を与えられない。

 戦争は人間がするものだ、人間を殺すは人間、罠や、ましてや怪しげな術ではない。

 無人では何の意味もないのだ。


「脱走者が相次いで戦線を維持できなくなったのか、リヒテルも堕ちたものだな」


 結局、彼はその不可解な事実をリヒテルの失策と判断した。

 敵はここにはいない、司教府含む、上等区に進軍してからが戦闘開始だ。


「おい、お前、法王軍には敵は強大、応援を頼むと伝えろ」

「はぁ……誰もいないのに強大ですか?」


 当然の疑問を漏らす少年、察しの悪い奴だとヴィルヘルムは彼を殴り飛ばした。

 少年の口から赤い泡が飛び散る。飛び出た白い物は砕けた歯だろうか。


「俺らの仕事は略奪、戦闘自体は法王軍に任せてしまえばいい……第一、ブライテンフェルトで共に戦った同志、刃を向けては良心が痛むだろう、がはははは!!」


 ヴィルヘルムは心にもない事を言った。

 彼の信条は楽をして獲物を取る。きつい事、危険なことは他者に任せ、おいしい所だけを手に入れる。

 彼は侠客と呼ばれたファーヴニルだが、同時に根っからの盗賊でもあった。

 バルムンク本隊と法王軍がぶつかった後、その外周でおこぼれに預かる。それがかれにとってのベストな方法であった。

 生真面目で理想主義者の先代の頭領と違って彼は憎らしいまでの現実主義者であった。


「ちっ、いつまで痛がっているんだ、早く法王軍に偽情報を伝えに行け、俺は子分どもを集めて隠れる、後は……」


 自分で殴っておきながら、少年をせかすヴィルヘルム、理不尽な振る舞いだがしかし彼は元々、こういう男である。

 荒っぽい、盗賊の頭なのだ。


 ガタッ……。


「……」


 突如として不吉な音がした。

 ここは誰もいない廃屋、音を建てる者などいるはずがない。

 ネズミか……いや、違う、音は物陰からではなく、もっと近くからしている。だが周囲には何もいない。


ガタッ、ガタッ……。


「ひぃ……」

「静かにしろ」


 怯える少年を叱りつけ、頭領ヴィルヘルムが全神経を集中させて音の出どころを探る。

 どこだ、どこからする。俺に危害を加えようとする敵は……。


ガタガタガタ……!!


「おぉぉぉぉぉぉ!!」


 気合一閃、彼は床下から這い出てきた何かを斬り倒した。悲鳴を上げずに斃れる物。

 しかし真に驚くはそれが這い出てきた場所、タイルを横にずらしたその下、地獄へ続くように深い深い穴が覗いている。


「まさか……バルムンクの奴ら、地下から!!」


 そしてヴィルヘルムが思い浮かべたのはブライテンフェルト会戦前のコンクラーヴェであった。

 当時頭領でなかった彼はコンクラーヴェに参加出来なかったのだが、会場となった司教府で奇妙な噂を聞いた。

 総統リヒテルが何やらリューネブルク市で何か大きな建設をしていると、資材が運び込まれている。

 しかしその資材を消費するであろう建造物はどこにもない。

 その時、目前の会戦に忙しかったヴィルヘルムは気にも留めなかったのだが、もし仮にそれが市街地地下にある下水道を拡張するためであったのならば……。


「まずい……」


 現在、ファーヴニル軍は略奪に勤しみ、市街にバラバラに散らばっている。

 しかも馬止バリケードのせいで相互の連絡すら取れない有様だ。

 そこでもし、地下から奇襲をかけられれば彼らは間違いなく、混乱する。


(そして俺が指揮官ならばそこにバルムンクの本隊を突入させて混乱したファーヴニルらを一網打尽にするな」


 ファーヴニル軍は寄せ集め、彼らをまとめる司令官など存在しない。

 崩壊は一瞬なのだ。そして崩壊すればさっきまでの戦友が邪魔となり逃げられなくなる。

 安全な場所だった、そこにあるのは略奪を待つ獲物ばかり……その錯誤が最悪の結果を招いた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「お前ら、どこから!!」


 通りに響く悲鳴、それらはいずれも彼が聞き知った声だった。

 地下からの奇襲、それが敢行されたのだ。

 逃げなければ、仲間の命など関係ない、自分の命だけでも守らなくては……。


「貴方方は何をしているのですか、キャハハ!!」

「何者だ、手前!!」


 ファーヴニル頭領ヴィルヘルム、彼にとって三度目の驚愕が舞い降りた。

 彼の前に現れたのは十代の少女だった。

 金髪に黒い目、小麦色の肌、ちぐはぐなその印象は彼女がアールヴとスヴァルト、異なる人種の混血であることの証。

 そして、その左半分だけの黒く染められた道化師の仮面が彼女が死者を弄ぶ外法使いであることの証明でもあった。

 グスタフの左翼、死術士シャルロッテ・ゲネラノフであった。


「前進しなければ死刑よ、味方に背中から射殺されたくなければ戦いなさい」


 シャルロッテ傍らの兵士がその得物を真っ直ぐに友軍であるはずのヴィルヘルムに向けていた。

 彼らは督戦隊、味方を死地に向かわせる悪名高き味方殺しである。


「分かったぜ、手前ら、俺らを囮に使ったな、敵の策を見抜くための犬に……!!」

「今頃、理解したの?」


 憤怒の表情を浮かべるヴィルヘルム、しかし対峙するシャルロッテはせせら笑うだけであった。


「殺してやる、やはりスヴァルトは敵だ、俺はバルムンクに寝返え……えっ!!」


 しかし、剣を構えたところでヴィルヘルムの怒りが霧散する。彼の、シャルロッテに向かうはずだった剣がいつのまにか自身の首に当てられている。

 意味が分からない、彼の右腕が彼を裏切り、彼の首に剣を突きつけている。

 良く見ると、右腕が黒く染まり、ヒビのような細かい模様が浮き出ていた。

 それは死術士が死体を行使する時に生じるルーン文字であった。

 生者であるはずの彼になぜか死術が行使されている。


「貴方方の食事に出された種は死術士が死体を操る時に使う、ミストルティンの種、私のそれは改良型で、ヴァンのそれとは違い生者にも使える、さあ、どうするの、私に逆らって操られて自害するか、それとも万に一つの奇跡にかけて露払いとして戦うか、キャハハハ、考えるまでもないわね」


 愉しくて仕方がないというように笑い狂うシャルロッテ、その姿を見てヴィルヘルムは絶望した。

 この少女は自分を人間とは思ってはいない。言うなればただの玩具程度の認識なのだ。

 そして術の虜になった自分は事実、玩具程度の存在でしかない。飽きられれば壊される。


「頭、頭領……しっかりしてくだせえ!!」

「お、お終めえだ」

「……っ!!」


 ただ茫然と立ち尽くす木偶の坊の成り果てたファーヴニル頭領、その哀れな姿を見て、傍らの少年、彼に命を救われた少年が動いた。

 少年は素早い動きでヴィルヘルムから剣を奪い取ると、ゆっくりと剣を横に動かす。

 ヴィルヘルムの首から血の花が咲く。


「アッ、ガガガ……手前、拾われ、た恩を……」

「利用できそうだからご機嫌取りしてたんです、知らなかったですか、間抜けな元頭領!!」

「ち、く、しょう……」


 どっと巨体が斃れる。頭領ヴィルヘルムは信じていた子分に裏切られて死んだ。


「あらあら、まあまあ……」


 あまりにも滑稽な茶番劇、しかし当人たる少年にとっては本気だった。

 彼は育ての親の惨殺に用いた剣をそのままシャルロッテに突き付け、にらみつける。

 そこには先のヴィルヘルムが見せた怯えが微塵もなかった。


「約束しろ、この戦いが終われば植え付けた種を取り除くと!!」

「キャハハハ、いいわ。この戦いに生き残れば種を除去して解放してあげましょう、ただサボっていると分かればその限りではないわ」

「大丈夫、俺はこの豚とは違うぜ」


 冷徹かつ残忍な少年、だが対峙するシャルロッテにはそんな風に残酷に振舞うことでしかファーヴニルの矜持を保てない少年があまりに哀れであった。

 少年は強かった、盲目的に正義を信じる程愚かではなく、また、現状を諦念するほど弱くもない。

 そして彼を救ってくれる大人はいなかった。


「あんた、ロクな死に方ができないぜ……バルムンクのリヒテル総統はあんたよりもずっとまともだった」

「そう、それは感心……」


 最後に捨て台詞を残して少年は去る。

 ドアを潜り、外に出る。そこから先は戦場、苛酷な戦場だ。

 少年は思う、何としてでも生き残る、そして生き残った後は、もうちょっとまともな生き方をしよう。

 そう決心した直後、飛んできたクロス・ボウの矢が少年の口から後頭部に至るまで貫通した。


「あ、え……?」


 訳も分からず、少年はその生涯を終えた。

 それを見て、シャルロッテは苛立つように独り言ちる。


「何がまともよ……私が使った方法はね、一度はバルムンクが使った方法、貴方が教えてくれたやり方よ」


 そして少年を貫通した矢を力任せに抜き取る、頭蓋骨がぱっくりと割れ、ピンク色の脳が露出する。


「自分が教えたやり方でやられて気分はどう?」


 無論、問いに対する答えはない。

 そして彼女は左腕を抑えて顔をしかめ、少年の目を閉じさせた。


「一時撤退しましょう、市街地は既にバルムンクの庭、地下からの攻撃を何とかしないとどうにもなりません」

「そうね、少なくとも本隊の進軍はファーヴニルらが全滅してからにしましょう、その頃には対策も出来ているはずですから」


 督戦隊を率いて、シャルロッテが市街地入り口まで戻る。

 そこで今と同じようなことをしてファーヴニルらを死地に向かわせるのだ。

 本当のリューネブルク攻防戦が今、開始する。

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