第七章 強く儚きもの

第67話 登場人物紹介拡大版(第七章開始時)

主要人物―――

バルムンク連合―――

スヴァルト―――

ライプツィヒ市―――

死亡者―――


主要人物


ヴァン(ヴァシーリー・アレクセーエフ)


 この物語の中心人物。仇敵スヴァルトとの混血であり、その出自により謂れなき差別を受けており、その苦しみから逃れるために死者を弄ぶ邪法の道、つまりは人道を外れた。

 性格は冷徹な合理主義者、組織のためには自分をも犠牲にする。その忠誠心は待遇の悪さを鑑みれば異常ともいえるが、実の所、自らの人生を悲観して自暴自棄になった故の従順さであり、リヒテルに対する恩義だけで動いているとはいいがたい。

 また己を悲観している故かやや出自を気にしすぎる傾向があり、同僚と友好関係を築こうとする様子は皆無。

 専門は死術だが、実は白兵戦の方が長けており、その腕前はテレーゼをも上回る。

 自身が混血故か、バルムンクの反スヴァルト思想には懐疑的で、ただの権力闘争と切り捨てるが、その一方、拾ってくれたリヒテルや幼馴染にあたるテレーゼに対しては明らかに手心を加えており、常とは異なる対応を取ることもしばしば。

 バルムンクの結束がスヴァルトに対する憎悪に支えられていることに早くから気づいており、スヴァルトとの混血である自身の最期を、味方による粛清と予想していた。故に今回の決戦において戦場で散ることと決めている。

 容姿は漆黒の髪に同色の瞳。中性的な顔立ち。年齢は十五、六歳(孤児のため年齢が不正確)。混血としての特徴は尖った耳のみ。出自が露見する前は耳を短く切って長髪で隠していたが、グスタフの策略により暴露され、以後は髪を切って耳を晒している。


テレーゼ・ヴォルテール


 この物語のヒロイン。ヴァンが拾われたファーヴニル(盗賊)組織、バルムンク頭領の一人娘であり、その優れた容姿と仲間思いな性格から皆には、姫、と呼ばれている。

 強きをくじき、弱きを守るを地で行く少女であり、余計なトラブルに頭を突っ込んで周囲を引っ掻き回すことも多いが、それでも煙たがられることはなく、好意的な評価が崩れない。

 ヴァンには確かな愛情があり、好意的とも言える態度を幾度も見せているが、相手が鈍感なこと、自身の行動にも問題があることから気づいてもらえない。

 バルムンクを見限った母親について脱走を企てるものの、失敗に終わり、母親をリヒテルに殺される。そのため兄(正確には叔父)、リヒテルとは絶縁状態にある。

 幼馴染であるヴァンが、この戦いで死ぬことと決めていることに衝撃を受け、なんらかの対策を行おうとしている。

 蒼髪に同色の瞳、スレンダーな体つきをしており、女性としての魅力には乏しい。十七歳。


リヒテル・ヴォルテール


 スヴァルトの圧制に立ち向かうべく結成されたバルムンク連合の総統。ヴァンの育ての親でもある。

 性格はヴァン同様、冷徹な合理主義者だが意外に繊細で、仲間の死や身内の粛清で心を痛めている優しい男。しかし同時に正義感が強く、公明正大を心掛けているため、決して手心は加えない。

 白兵戦において並ぶことのない実力を持ち、また戦略、戦術にも秀でており、人々をまとめるカリスマ性もある。

 ただしそのカリスマ性はスヴァルトに対する復讐を主軸にしたものであり、戦火を恐れる民衆、人種対立には中立を貫く神官、そして何よりもスヴァルトとの混血であるヴァンなどには懐疑的に見られ、蛇蝎のごとく嫌う人間もまた多い。

 自身はスヴァルト人に対する偏見はなく、かつてウラジミール公長女、リディアや幼馴染であるグスタフと親交を結んでいたが、十年前の裏切り以降、グスタフとは互いに憎悪する仲である。

 高尚な正義、しかし、その正義で彼は実父と姉、姉の夫である養父と身内を三人も殺している。

 金髪碧眼、長身であり、髪を肩口まで伸ばしている。二十三歳。


グスタフ・ベルナルド・リューリク


 スヴァルトにとっての王家、リューリク公家の養子であり、禅譲宣言以前は同家に男児がおらず、子息に近い存在だった。十年前リヒテルを裏切り、スヴァルト侵略を招いた男であり、現在の戦乱を起こした人物の一人。

 容姿はスヴァルト人そのものだが、実はアールヴ人との混血であり、その出自を隠している。

 かつてウラジミール公長女、リディアに好意を持ち、彼女との間に子を儲けるが、その子供がアールヴ人の形質を持っていたためリディアを殺される。

 以後、自らの運命は他者に任せてはいけないと考え、リディアを殺したウラジミール公に取り入り戦乱を起こしたが、それはあくまで自らが頂点に立つための布石であった。

 高齢のウラジミール公の死去後、リューリク公家を乗っ取る算段であったが、突然の禅譲宣言により計画は狂う。しかしその悲願をあきらめる気はまるでない。

 未だ語られていない謎が多く、父親はアールヴ人の神官、スヴァルトの風習から実父の名前はミドルネームになる。ベルナルドを、アールヴ人の言葉に直すと……。

 また孤児であるヴァンの本名を知っており、母親の性はアレクセーエフ。それはヴァンの本名と同じであり……。

 銀髪、灰色の瞳。身長はリヒテルと同じくらい。ハノーヴァー砦の戦いで戦傷により左目を失っている。二十四歳。


バルムンク連合


アマーリア・オルロフ


 ヴァンと同じくスヴァルトとの混血であり、小麦色の肌という隠しようのない特徴を持っているためにヴァン以上の弾圧を受けてきた。

 過去に母親に捨てられ、また腐敗神官らの虐待が続いたことで、臆病かつ強者に逆らえない性格に育つ。

 同じ混血であるヴァンを庇護者として見ており、またヴァンもまた同情心から物質的な援助を送ってきたが、それはスヴァルトの復讐で固まったバルムンクの中ではいつ何時取り上げられるか分からない不確かなものだった。

 不安定な立場から脱却するべく、数々の策を練るもの、一般人の枠を離れない彼女にできることはなく、最終的には顔を斬られて錯乱。半ば正気を失い、自らの生を諦念した。

 現在はヴァンと心中することを望み、ヴァンに対してあれこれアプローチしている。

 弱者故の残酷さを持ち、自身を虐待したグレゴール司祭長の失脚の折、介錯と称してメッタ刺しした。

 栗毛色の髪を持ち、珍しいアンバーの瞳。十六歳。


エルンスト・バーベンベルク


 リューネブルク市含む、ザクセン司教区の南、ヒルデスハイム司教区出身のファーヴニル。

 女好きで派手好みの年齢らしからぬ軽薄な性格だが、公私の区別はきちんとしており、若年層を見守るその独特の包容力が皆の支えになっている。

 各地のファーヴニル組織に顔が利き、戦力を結集させる契機をもたらすなど、組織に与えた恩恵は大きく、またリヒテル不在時は全軍の指揮を取るなど有能な副官としての顔もある。

 煙たがれてはいたものの、可愛がっていた若手の幹部をスヴァルトに殺され、その代償をリヒテルやヴァン、テレーゼなどに求めているふしがあり、彼らの幸せを心から願っている。

 白髪、碧眼の瞳。四十九歳。


ブリギッテ・フォン・バウムガルト


 バルムンクの本拠地、リューネブルク市の軍事の長、竜司祭長の任に就く才女。

 父親が腐敗神官であり、十年前の父の醜態から娘である自身を卑下して、自堕落な生活を送ってきたが、偶然や自身の能力で勝利を重ね、市民から敬意を寄せられたことで立ち直り、以後はバルムンクの中核として活躍している。

 ただ自堕落な性格は直っておらず、仕事を怠けたり、部下を集めて酒盛りなどを繰り返して借金を重ねたあげく、債権をリヒテルに取られて服従させられた。

 冷徹なリヒテルを嫌っているが、上記の理由から逆らえない。その一方、アールヴ、スヴァルトの人種対立には寛容であり、混血のヴァンのことを偏見で見たりせず、むしろその精神を心配している。

 同僚の悪行を見逃してきた過去があり、その犠牲となっていた少女奴隷であるアマーリアに、罪悪感から甘い。

 黒髪にブラウンの瞳。二十歳。


アンゼルム・グルムバッハ


 リヒテルの部下であり、粗暴な大男。過去に故郷の農村をスヴァルトに焼き打ちにされ、スヴァルトを心の底から憎んでいる。

 スヴァルトの混血であるヴァンを味方でありながら憎悪し、グスタフの策略にはまってその出自を暴露した。テレーゼのことを想っているが、彼女の幼馴染であるヴァンを陥れたことから嫌われており、好意が伝わることはない。

 反面、同じ農村出身の舎弟らのことは大切に思っており、ハノーヴァー砦攻防戦でその半数以上が死亡した時には絶望から死を望み、最終的には復讐と自棄からヴァンの死術で不死兵へと成り果てた。

 それ以後は術の副作用から死術士以外の人間が化け物に見える狂気に取りつかれ、皮肉にも生き残った舎弟らに対しても以前の親愛な態度は見せられなくなった。

 ヴァンに対する態度を除けば組織に忠実なものの、スヴァルトに対する憎しみの余り、スヴァルトに従った難民に毒を盛って殺そうとするなど、リヒテルの命令から逸脱した行動を取ることもある。

 赤毛でグレーの瞳。二十一歳。


ヘルムート


 アンゼルムの舎弟の一人で、生き残った者の中では比較的身体的な後遺症が少ない。アンゼルムを不死兵に変えたヴァンを憎む。

 彼に限らず、アンゼルムの舎弟は忠誠心と団結心に優れるが、ヴァンに対する復讐の方法が暗殺や毒殺など、間接的な方法に限られているところに彼らの器の大きさが伺い知れる。


ツェツィーリエ・バスラ―


 死術士にして医者。打算的な性格で、自らの死術研究のためならば平然と友人を裏切り、無関係な人間を犠牲にしても罪悪感を持たない狂人。

 かつてウラジミール公の下で魔道長の任に就き、自らの術でもってスヴァルトの勝利に貢献したが、無関係な殺人を繰り返し、粛清を察知して行方をくらました。

 リヒテル自身、その危険性は知っているが、スヴァルトとの決戦においてその彼女が使役する影の魔物は貴重であるため、仕方なく雇用している。

 それ故増長し、好き勝手に振舞っていたが、テレーゼを実験に使おうとしたことからヴァンの怒りを招いて拷問され、以後はややおとなしくなっている。

 死術の極意を極めているため不死に近い身体を持つが、その体を維持するためには定期的な犠牲が必要である。それは彼女が医者として使う治癒も同様。

 アッシュブロンドに同色の瞳。年齢は不詳。


リーリエ(テレーゼ二世)


 テレーゼに付き従う影術士の混血の幼女。元々はツェツィーリエの実験体の一人であったが、紆余曲折を得てテレーゼの預かりとなった。

 影の怪物を操るが、過度の投薬などの影響により、感情や記憶に欠落があり、自身が何者かさえ分からない悲劇の少女。

 ちなみに便宜上の名前を付けるにあたり、テレーゼはテレーゼ二世と名付けたが、大多数の反対により却下され、百合を意味するリーリエと名付けられた。

 主には絶対服従しているが、主であるテレーゼに悪気はないものの、乱暴な彼女に結構手荒に扱われており、微妙に忠誠が報われていない。

 強力な死術の使い手だが、それ故に身体をむしばまれ、余命は半月ほど。それを知っているには薬物漬けにしたツェツィーリエのみ。


マリーシア・ゼ―バルト


 エルンストの招集に応じた傭兵隊長。元はファーヴニルだが、スヴァルトに組織を滅ぼされ、仲間を養うために傭兵隊長になった。

 喧嘩っ早い性格で、過去に堕落していたブリギッテをぶちのめして仕事を干された経緯があり、現在は雇い主に対してはおとなしくしているものの自制しているだけであり、性格自体はあまり改善されていない。

 スヴァルトに対する憎悪はあるものの、今回の戦いは勝てると思ったから参加したのであり、あくまで部下の生命を優先しており、負け戦になったら逃げる気でいる。

 ブリギッテのことはどうしようもない人間だと思っていたが、立ち直った姿を見て評価を改めつつある。

 金髪のウルフカット、釣り上がった灰色の瞳。二十一歳。


ヨーゼフ・ヴァン・エーベルスバッハ


 かつてグラオヴァルト法国の元首を決める、法王選挙に出馬したがスヴァルトと結んだベルンハルト枢機卿に追い落とされた元大司教。

 現在は南部バイエルン司教区を拠点とした反スヴァルト組織の元締めであり、十年の雌伏を経てバルムンクの反乱に協力するという形で表舞台に現れた。

 高い統率力を持つが、意地っ張りで茶目っ気があり、好き嫌いが激しく、ついでに若者をからかうのが趣味という困った性格。

 ただしリヒテルの事は認めており、口には出さないが、全力で支援する気でいる。

 スヴァルトに屈服してその従僕と成り果てた元部下であり、現法王であるシュタイナーを嫌っている。ちなみに女性だが、親が男の子が欲しかったという理由で男の名前を付けられた。

 白髪で碧眼、六十一歳。


スヴァルト


エドゥアルド・ゲラーシム・リューリク


 スヴァルトの統率者、スヴァルト人にとっての、偉大なる父。ウラジミール公の称号を持つが、グラオヴァルト法国の征服に成功したため、事実上は国王。

 貧しいルーシ地方の出身で、日々、餓死する同胞の未来を憂いて、侵略を決意した。

 自然には逆らえないが、犠牲は自分の子が最後でなくてはならない、を信条とするスヴァルト選民主義の権化とも言える存在だが、同時に厳格でもあり、過去に味方の大粛清を敢行、十年前もアールヴ人の子を産んだ娘であるリディアを殺している。

 スヴァルトの世を築こうとしているが高齢かつ、後継者が不在であり、自家の凋落を悟り、リヒテルを倒した者に王位を与えると禅譲を宣言し、貴族の意思統一と連合軍を組織した。

 白髪に灰色の瞳。七十二歳。


セルゲイ・レフ・ルントフスキー


 バルムンク蜂起前、リューネブルク市を支配していたムラヴィヨフ伯爵家の騎士。主君であるミハエル伯爵の仇を討つために幾度となくバルムンクと剣を交える。

 階級差別を是とする選民主義者だが、実直かつ生真面目過ぎる性格で、高貴なる者はより強い義務を、との信条から平民には加減するものの、同族や自分には厳しく、それ故に部下だけでなく、被征服民たるアールヴ人から一定の信頼を得ている。

 現在は上記の信条が裏目にでて数千人もの難民を抱えてしまい、援助を受けている法王シュタイナー、及び法王を影で操るグスタフに逆らえない立場だが、その力関係が逆にグスタフに対する不信につながっている。

 ちなみに征服者としての傲慢さはあるものの、真面目に職務を遂行してきたため、一応は元同僚にあたる、サボり癖のあるブリギッテにとっては天敵とも言える存在であり、指揮官としての能力、戦時の統率力、一貫した信条と、あらゆる点で勝っている。

 アッシュブロンドに灰色がかった黒い瞳、二十二歳。


シュタイナー・ヴァン・ホーエンツォルレルン三世


 グラオヴァルト法国元首である法王の地位に就く者。しかしスヴァルトに征服された現状では傀儡に近い存在であり、ウラジミール公の侍従長と蔑まれている。

 ただし、完全に服従しているとはいいがたく、意見が合わない時には王であるウラジミール公に楯突くこともしばしば、しかし彼の意見が通ることは稀である。

 スヴァルトの下僕に成り果てた背景には、敗戦の事実を受け止め、少しでも国民の犠牲を減らそうという彼なりの信条があるのだが、それを理解してくれる存在は少なく、その心労のためか、自分に忠実な奴隷女を集めてハーレムを作るなど、退廃的な側面がある。

 また、スヴァルトの中で唯一の味方とも言えるグスタフに依存している部分があるが、利用されていると知りながらも、それを払いのけることが出来ない。

 バルムンクに協力しているヨーゼフ大司教はかつての上司だが、彼女の事を、民も兵も見捨てて身命を図った恥知らずとして嫌っている。

 金髪にグレーの瞳。三十五歳。


シャルロッテ・ゲネラノフ


 グスタフに買われた少女奴隷。元は腐敗神官の所有であるが、同僚のアマーリアと違って反抗心が強く、自らを虐待した神官、自分の顔に傷をつけたテレーゼに復讐を誓い、死術に手を染めた。

 性格は残忍で、非道とも言える死術の実験を推し進めるが、グスタフ、セルゲイなど、しっかりと手綱を握れる大人が近くにいるため無関係な人間には手を出してはいない。

 主であるグスタフに自分の能力を認めさせるために、セルゲイの補佐を務め、難民らを統率、戦場に送り込むことに成功する。

 ちなみに、死術士三人の中では比較的まともな精神構造をしており、発言内容は意外に常識を弁えた物である。

 金髪に黒い目、顔の左側の傷を隠すために左半分だけ、仮面を付けている。十六歳。


ライプツィヒ市


イグナーツ・ゲルラッハ


 スヴァルトに最後に攻略され、現在は、スヴァルト人ならば何をやっても許される、とまで言われるライプツィヒ市の裏街の支配者。

 既に家族は亡く、幹部も全滅しているが、スヴァルトの弾圧により組織への志願者は減らない。

 故に組織自体は残っているものの、統率は取れているとは言えず、定期的かつ惰性的な反乱と、既定路線の敗退を繰り返していた。

 バルムンク蜂起に共感し、コンクラーヴェに参加した。

 ライプツィヒ市は今回の戦いでスヴァルト軍の補給基地の一つであり、総司令官ウラジミール公を狙える要所でもあるが、彼が持ち込んだ作戦は街ごと駐屯兵を焼き殺すという非道なものだった。

 性格は激情家でやや理想主義に偏っている。彼の働き如何で戦局に大きな動きが加わるのだが、果たして……。

 金髪に碧眼の瞳、髪を短く切り揃えている以外はリヒテルによく似ている。容姿と共に、その過大な正義感も……。二十二歳。



死亡者


ミハエル・アレクサンドル・ムラヴィヨフ


 騎士セルゲイの元主君。蛮族であるスヴァルト人には珍しく民政に対する関心があり、支配下のリューネブルク市の市民に叛意を抱かせなかった。

 ただし、バルムンク粛清後は支配を強め、その憎しみを弱体化したバルムンクに向けさせようと考えていた辺り、彼も立派な侵略者である。

 ただそれは結局の所、バルムンク蜂起によって仮定の話となり、市民に恨まれることなく死亡。それはバルムンクが市の実権を握った後の住民の一部離反に繋がる。アールヴ人に寛容な穏健派が一番初めに死亡するというのは多分に皮肉的であった。

 享年、二十八歳。降伏を拒否して玉砕した最期は部下の心を打ち、これがバルムンクとセルゲイ率いるムラヴィヨフ伯爵家残党との因縁の始まりでもある。


ボリス・ムスチラスフ・ゴルドゥノーフ


 スヴァルト貴族序列第二位であり、ウラジミール公の婿養子。事実上の王位継承者であった。

 性格は勇猛果敢で、好んで戦場に現れ、その能力もあのリヒテルに次ぐものである。

 しかし、十年前の反乱時には子供であった故に大した功績を建てておらず、古参の貴族の支持を得るために功を焦っていた。

 自分より下位の者の生命を軽んじる傾向があり、農奴の反乱を徹底的に弾圧、城壁を倒壊させて配下の兵ごとバルムンクの精鋭部隊を壊滅させた。

 ウラジミール公の長女、リディアのことを想っていたようだが、その死の真相を知らず、それ故真相を知るグスタフ、リヒテルには内心、箱入りと軽んじられている。

 ハノーヴァー砦の戦いは主力の騎士団を欠いており、ボリスにとってはいわば前哨戦に過ぎなかったが、砦陥落の折、味方であるはずのグスタフに暗殺される。

 その後、シャルロッテの死術の工作により自害として偽装され、グスタフの思惑通り後継者であるボリスを失ったリューリク公家は弱体化、リューリク公家の二番手はグスタフとなった。享年二十五歳。


ローベルト


 ゴルドゥノーフ騎士団の騎士団長、ボリスの忠臣。ボリス死亡時にはその命により自領の農奴反乱を鎮圧しており、主君を救うことができなかった。

 ボリス死後、跡継ぎの男子を失った同家は断絶の危機に陥り、主君の仇討ち、及びリヒテルの首を挙げてその功でもって婿養子を迎える目的からリューネブルク市を奇襲。

 しかし市民の抵抗と、何よりも立ち直ったブリギッテら神官兵らに港で阻まれて作戦は失敗、無念の戦死を遂げる。

 主君同様、下位の者の生命を軽んじる傾向があり、襲撃時には関所の兵士を皆殺しにし、自分に付き従ったアールヴ人の水夫も平然と犠牲にした。

 ただし部下のことは大切に思っており、作戦遂行が自分達の玉砕が前提であるのを知りながらもそれでも部下の生命を気にかけていた。


アーデルハイド・ヴォルテール


 テレーゼの母親であり、リヒテルの姉。反スヴァルトを標榜するバルムンク頭領ではあるが、自分達がしょせんは盗賊でしかないと考えており、反乱には反対の立場をとっていた。

 しかしリヒテルの独断により、反乱に賛同せざるを得なくなり、最終的に反乱が成功したことにより、組織の主導権をリヒテルに奪われる。

 以後は徐々に組織を見限り始め、敵対するスヴァルトと内通、ついには娘であるテレーゼを連れて亡命を計画するが、リヒテルに察知されて暗殺された。享年三十二歳。

 気丈な性格で、組織をまとめ上げる統率力はあるものの、身内に甘く、テレーゼの安否を心配して対応が後手後手になったり、義理の息子であるグスタフの甘言に乗ったりする。

 それは弟、リヒテルに対しても同様だったが、初めから姉を殺す気できたリヒテルに対してその甘さが弱点となってしまった。

 母親を殺されたテレーゼはリヒテルと絶縁、以後、職務以外での接触を避けている。


グレゴール・フォン・アーベントロート


 リューネブルク市における文官の長、司祭長の地位に就く老人。

 同年代のエルンストと比べると上品で礼儀正しく、好々爺という言葉が似合うが、その性根は腐りきっており、他者の生き血をすすって権力を維持してきた腐敗神官の権化とも言える存在。

 また強い者にこびへつらい、弱い者を虐げる事大主義者でもある。

 しかし、政治的な能力は抜群で、バルムンク、スヴァルトの両方と好を通じ、自身の立場を維持してきたが、リヒテルの権力が増大するにつれて徐々に追いつめられていき、アーデルハイド暗殺の余勢を駆ったリヒテルに投獄される。

 その後一発逆転を狙って、コンクラーヴェをかき乱すことでリヒテルを失脚させようともくろむがそれ自体が罠であり、全ての悪行を暴露されて完全に失脚。

 最後は自分が虐待してきた少女奴隷であるアマーリアに介錯と称してメッタ刺しにされて殺された。享年、五十二歳。

 他人を自身の道具とみる卑劣な男だが、その分合理主義者でもあり、現在の人種対立を、意地の張り合いと称して馬鹿にしていた。

 かつてはスヴァルトと接する東北部の司教区群の筆頭司教であり、民衆を虐げていたものの、リヒテルのベルンハルト枢機卿暗殺までそれなりにスヴァルトとうまく付き合っていた。


リディア・エドゥアルド・リューリク


 ウラジミール公の長女であり、アールヴ人の子を産んで父親に殺された悲劇の少女。享年十五歳。

 彼女の子はウラジミール公の孫になるため、混血でありながらスヴァルトの頂点に立つ可能性が出て来る。故に選民主義のスヴァルト社会では決して認知してはいけない存在だったのだが、彼女はそれを拒否した。

 性格は寂しがり屋で意地っ張り、大切なものをいつも逃してばかりだったとグスタフは言う。

 リヒテルとは相思相愛であったそうだが、二人が恋人関係になることはなく、最終的に彼女はリヒテルの親友、グスタフの子を産んだ。

 彼女の死、それがグスタフ、リヒテルの二人の進む道を決定してしまい、またその殺害を黙認していたベルンハルト枢機卿は後に殺されることとなる。


ベルンハルト・ヴァン・ヴォルテール


 かつてヨーゼフ大司教と法王位を争った枢機卿。彼が劣勢の状況を挽回するためにスヴァルトと手を結んだのが全ての始まりであった。

 テレーゼの父、アーデルハイドの夫、そしてリヒテル、グスタフにとっては養父にあたる。

 リヒテルが言うにはスヴァルトに人民を売ろうとした売国奴。しかしアーデルハイドにとっては優しく頼もしい夫。断片的な資料と、彼を知り得る人物が多くを語らないためにその人格は不明。

 ただし、彼がリヒテル、グスタフに暗殺されたことにより一つの未来が消えたことは確かであり、一説によると彼が売り渡した数々の特権がウラジミール公に約定通り手渡せれば何万もの人間が地獄を見る反面、スヴァルトの侵略は起きなかったという。享年四十一歳。

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