第59話 貴方達は救われるのかしら

リューネブルク市・市内―――


 市内は活気に満ちていた。スヴァルトとの決戦まで数週間、準備などを含めると、のんびりと過ごせるのは一週間から十日くらいしかない。

 ファーヴニルらや傭兵、神官兵らはそれを意識して最後の馬鹿騒ぎを計画し、生誕祭を仕切る大商会は日程を繰り上げて、目ざとく商売の機会を捉えていた。

 食物、衣服、装飾品、多種多様な出店が道に並び、人々の目を引き付けている。


「どうです、ウラジミール公の公女が着ていたと言われるカムチャダール(ワンピース)。袖通しで捨てられた不遇な一品。ご婦人、司祭のお嬢さん。いかがです。ほとんど新品ですぜ」


 カムチャダールはスヴァルトの民族衣装の一つだ。

 亜麻リネンの下地に首筋や袖口、スカート部分など直接、外気が流れ込む箇所を毛皮で補強する。飾り付けは羽毛などで行い、人によっては模様が描かれた髪留めを用いることがある。


「製作者はルーシの服職人ですか?」

「そうよ、だがウラジミール公が毛皮の扱いはスヴァルト人の商人に限るって、布告を出したせいで苦労したぜ。金貨一枚でどうだ」

「晴れ着として扱うには安いですが……」


 結局、ヨーゼフと名乗る老婆をヴァンはバルムンク頭領、リヒテルの下に案内することにした。

 ヨーゼフという名前がどういうものだったか、思い出せない。だが嫌な予感がするのだ。

 もし仮に自分の手では負えない人物であったのならば、後で後悔してもし足りないし、本当にただの一般人であったのならば、ただヴァンが恥をかくだけの事である。

 ヨーゼフはヴァンが目をやるたびに人の悪い笑みを浮かべている。この女、どうも人をからかうのが趣味のようだ。もしかすると知人にはいじわる婆さんと呼ばれているのかもしれない。


「買いましょう、金貨一枚」

「いきなりですか……もっと他の場所を見て回った後の方が良くはないですか?」

「他でいい物がありましたら、それも買いましょう」

「お金持ちなのですね、ヨーゼフさん」

「ただ、少し声が大きいですが……」


 ヴァンは周囲をさりげなく見渡す。ヨーゼフが金持ちであると何人が気づいたか。

 スヴァルトに対抗するために、このリューネブルク市には傭兵やら盗賊やらガラの悪い男達が集まってきているのだ。

 彼らはスリや強盗などの犯罪に対する忌避感がない。騙された方が、奪われた方が悪いと考える無頼漢である。そんな中に金を持った人間、それも弱い人間は格好の獲物だ。

 ヴァンら一行は不死兵となったアンゼルム(なぜか舎弟を無視してヴァンについてきた)はいいものの、少年のヴァン、少女のアマーリア。老婆のヨーゼフと無頼漢らに睨みを効かせるには不向きな容姿の者ばかりだ。

 無論、警備の人間が目を光らせており、リヒテルの息がかかった彼らはそんな乱暴狼藉を許したりはしないが、万が一ということもある。油断はできない。


「ふん……スヴァルトか」


 ヴァンはそんな中、大柄の傭兵と目が合った。彼はヨーゼフを見やり、ヴァンと目を合わせ、一瞬驚いた後、右手で耳を触り、次いで首をかき切るジェスチャーをした。

 意味は、金を奪い、混血であるお前をスヴァルトと戦う前に血祭りにあげてやる、だ。


「ほうっておきましょう、ヴァンさん。どうせ私達は死ぬときは死ぬのです。常に気を配っていたら疲れますでしょう」

「気づいたのか、アマーリア……」

「ええ、ああいう方は街によくいらっしゃいます」


 石膏像のような笑みを浮かべるアマーリア。彼女は生まれ変わった。何かが原因で大事なものが折れてしまった。だが折れたということはこれ以上、壊れないということでもある。

 以前のオドオドした態度は鳴りを潜め、むしろ余裕さえ感じられる。それをヴァンは……頼もしい、と考えた。考えてしまった。

 悲しいかな、しかし彼女はグレゴール司祭長に寝返ってしまったのだ。アマーリアは最終的に自分に殺されるだろう、とヴァンは思う。敵は排除しなければならない。


「ご婦人、いい買い物しましたね。今の流行はスヴァルトの民族衣装ですよ。カムチャダールを着て、ハスキー犬を連れ、バラライカを曳くのが最先端。ディアンドル(エプロンドレス)なんて祭りで着て来たら田舎者呼ばわりされますぜ、あはははは」


 例えば、スヴァルトの令嬢がアールヴの民族衣装であるディアンドルなどを着ていれば、不信人者として婚姻に支障をきたすが、アールヴ人はそんなことは気にしない。

 ピロシキ(肉まん)を食べようが、ウォッカを飲もうが、カムチャダールを着ようが、アールヴ人はアールヴ人。

 むしろ新しい物好きの彼らはスヴァルトの文化を歓迎した。今でも各地で反スヴァルトの反乱は絶えないが、襲われたのがスヴァルト商人ならば商品を差し出せば許されるとも聞く。

 無論、金は払わない。タダでもらえるのに金を払う必要があるのか、そう考えるのがアールヴ人だ。


「でしたら、楽器も買いましょうか。ふふふ、うまく曳ければ生誕祭で目立てるかしら」

「……!!」


 周囲の危険を察知したヴァンは、ヨーゼフのその台詞に、勘弁してくれ、年を考えてくれ、六十の婆さんが、としゃべるのをギリギリのところで堪えた。

 ヴァンの様子に気付いたのか、はたまた単にからかっただけか、ヨーゼフはひとまずは引き下がる方針らしい。行商人に手を振り、別れを告げた。


「やっぱり今日は止めておくわ」

「そうですか、それは残念です。このバラライカもまた公女が一度しか使わずに……」

「バラライカはまだ分かるわ。でもウラジミール公の息女は一番上でも十歳にならないはず。この服は大きすぎる、口上は変えなさい」

「よくご存じで、はい、言う通りにします」

「なぜ、バルムンクですら知りえない情報を貴方が!!」


 男尊女卑が著しいスヴァルトでは、基本的に女は家から出ないことが美徳とされる。

 特に高貴な身分であればあるほど、しきたりやなんやらで箱入り扱いとされ、情報は隠匿されるのだ。

 ウラジミール公女の年齢など、リヒテルでさえ知らない。近いうちに婚姻の予定はない、これぐらいしか分からないのだ。

 つまり、ヨーゼフはバルムンク以上の情報収集力のある組織かコネを有している可能性が高く、ヴァンは警戒を大いに強めた。

 その情報収集力をバルムンクに使われた場合を考えたのだ。バルムンクもまた外に漏れてはいけない情報が多い。

 例えばリヒテルの実姉、アーデルハイドを権力闘争の結果、暗殺することになったことなど。法の外に生きるファーヴニルは動揺しないかもしれないが、一般市民は姉殺しのリヒテルを良くは思わないだろう。


「ヨーゼフ殿、すぐにでもリヒテル様とお会いしてくださいますね」

「どうして……そんなに急ぎの用事ではないでしょう。私はただの小汚い婆さんなのですから、ふふふ」

「腹の探り合いばかりではこちらも疲れます。私達はウラジミール公と相対して余裕がないのです。貴方の冗談に耐え兼ねて私が剣を抜く前にどうか、司教府へ、私達を助けると思って……」


 深々と頭を下げるヴァンはヨーゼフの顔が伺えない。笑っているのか、怒っているのか。

 アンゼルムも、アマーリアも共に外界からの刺激に鈍感になりつつあった。二人の反応を見て、間接的に伺うことはできない。これは賭けだ。なおも腹の探り合うつもりならば力ずくでも司教府の、リヒテルの下へ連れていく。

 その裂帛の気合いに根負けしたのか、ヨーゼフは幸いにも溜息をついて、降参のポーズを取る。危機は去った。


「頭を下げなさい。そうね、若い人をからかってばかりでは可哀想だわ。いいでしょう、リヒテルの下へ行きましょうか」

「……ありがとうございます」

「でも、その前にピロシキを買ってきてもいいかしら。お腹が空いて仕方がないのよ」

「それくらいでしたら……」


 背中に嫌な汗をかいたヴァンは一息つくと、ヨーゼフの後ろから着いていく。最期まで油断しない。ヨーゼフが逃げようとすれば後ろから斬りつけられるように鞘に右手を添えた。


「ピロシキを五つ」

「五つも食べるのですか?」

「いえ、一人、一つずつですよ。私と貴方、侍祭の女の子と陰険な仮面男」

「それでも一つ多いですよ」

「それはお土産、母親が殺されて悲しんでいるテレーゼお嬢様宛に、ね。ブレーメンに行ったら、こんなもの食べられないでしょう」

「疎開先も把握済みですか……」


 押し殺したような声をヴァンはあげた。

 ブレーメン市はこのグラオヴァルト法国の北西の端、漁業が盛んでそれなりに人口がいるものの、山がちな地形が仇となって流通に乏しく、寒さが厳しくなると唯一の街道も通行不可となり、陸の孤島と化す。

 廃人と化したテレーゼはそこの修道院に疎開される予定である。リヒテルがなんとか連絡をつけたのだ。

 寒さに強いスヴァルトさえ見向きもしなかったというその僻地で過ごせば、少なくとも心の平穏は保たれる。そうリヒテルとヴァンは判断した。


「ああ、あんた達か、ピロシキ五つと……よし、腸詰もつけてやるよ」

「ふふふ、いいの」


 出店の男の陽気な笑顔が今のヴァンは憎かった。あまりにもヨーゼフという老婆は危険すぎる。

 殺すべきか……ここは街中だが、人の目というのは万遍なく周囲に張られているものではない。ちょっとした死角が存在するのだ。

 ヴァンならばできる。奴隷市で、襲撃してきたアマーリアを返り討ちにした時、ヴァンは周囲の人間に気取られることはなかった。それだけの腕前があった。


「串焼きと、ええい、今作るから魚の包み揚げも持って行け!!」

「あらあら、そんなに食べきれないわ」

「いいです、食べてください。そして働いてくださいよ。そこにいるの、神官の服着てる嬢ちゃんはブリギッテさんの部下でしょう。そして黒服の坊ちゃんはあの、死術士ヴァンの手下だ。街を守ってくれた奴にはおまけしとかないとな」

「守るって、スヴァルトから?」

「そうですよ、聞きました……南の水門、皆殺しだってよ。そこの長やってたファーヴニル、結婚して子供も出来たっていうのに、奥さんと知り合いなんですが、泣いてました」


 リューネブルク港襲撃の前、ゴルドゥノーフ騎士団は港に来る船を臨検する水門を襲撃、リューネブルク市に自分たちの存在がばれないよう、管理の人間を皆殺しにした。

 その後も決死の襲撃に怯えたアールヴの漕ぎ手も殺しており、その残虐さは市民を震えあがらせたのだ。

 スヴァルトを糾弾する上でスローガンとなる「ヒルデスハイムの虐殺」、それは巧みな情報操作の結果であり、実際には虐殺そのものがない。

 故にこの偽報は数か月足らずでばれてしまうのだが、今回のスヴァルト襲撃時の残忍な振る舞いは図らずもその代りになった。

 しかも今回はまごうことなく真実であるのだから、情報操作の必要も、有効期限もない。少なくともリューネブルク市は反スヴァルトで固まったのだ。


「これもこれも、全部やるよ」

「ふふふ、食べきれないわね……ええと」

「なんでも構いませんよ。食べきれないようでしたら包んでもらいましょう」

「でも、一口だけ食べなさい。感謝の印に……」


 そう言って、ヨーゼフが串焼きをヴァンに突き出した。変な所にこだわると思いつつもヴァンはそれを素直に受け取る。

 とはいえ、死術の関係で舌がマヒしているヴァンは食べ物の味が分からない。故に辺りさわりのない感想を考えたのだが、意外なところから、反対意見が飛び出てきた。


「毒が……入っているかもしれませんよ」

「アマーリア……」


 アマーリアの警告はその声が少々、大きすぎた、店主にも聞こえる程に……。

 冷たい空気が流れる。場が白けた……どころではない。


「おい、嬢ちゃん、それはどういう意味だよ!!」

「では聞きますが、タダで上げるメリットはなんですか? 街を守ってもらうため……あはは、別に貴方だけを守る訳ではありません。つまりは賄賂を渡す意味がない」

「おい、止めろ……アマーリア」


 ヴァンの制止も聞かず、アマーリアの口が回転する。ヴァンには分かる、付き合いが長いヴァンには分かった。

 何も彼女は店主に因縁を付けている訳ではないのだ。ただ当たり前のこととして、当たり前の警告をヴァンらにしているだけだ。

 リヒテルの弟子がヴァンならば、ヴァンの弟子は正しくアマーリアなのだ。彼女はもう一人のヴァン。

 猜疑心が強く、誰も信用できない。目の入る全てが敵。自らの姿をヴァンは初めて見たのだ。


「店主さんはどこから来たのですか?」

「南のバイエルン司教区だ、それがどうした!!」

「そこはスヴァルトの支配地です。そこでスヴァルトに買収されていないと証明できますか?」

「な、していないことを証明できるわけないだろう」

「では取り調べを……ヴァンさん、拷問の一つか二つ行えば何かしゃべりますよ」

「もういい、それは後で私がやる。司教府に行くぞ、今はそれが最重要課題だ。これは命令だ、アマーリア侍祭」

「出過ぎた真似を申し訳ありません」


 ヴァンはアマーリアの直属の上司ではない。命令することは越権行為なのだが、アマーリアは素直に従った。

 彼女は自分の意見を退けられたのだが、そこに不満の色はない。まるで何もなかったかのように自然な表情だった。

 ヴァンには彼女が何を考えているか分からない。アマーリアの笑みの向こう側は誰にも見抜くことはできないのだ。

 ふとアマーリアから目線をそらすと、店主が不安げな顔をしていた。取り調べと拷問、二つの言葉が彼の恐怖を掻きたてたのだろう。

 ヴァンは顔を合わせると、おもむろに額から右頬に向けて指を動かし、首を振った。指はアマーリアの顔の傷を示し、首を振ったのは謝辞だ。

 意味は彼女は顔を斬られてから少し情緒不安定なのだ、許してほしい、だ。

 店主はその意味を介したようでほっと胸をなでおろす。これで大丈夫だろう。

 一連の動作にヨーゼフが感慨深げに問いただした。


「なるほど、バルムンクのこれが、裏側という訳ね」

「私達だけですよ、ヨーゼフ殿。他は大丈夫、皆、反スヴァルトで心を一つにしています。勝てますよ、ウラジミール公に……アールヴ人は自由を取り戻す」

「では、貴方達は……混血である貴方達は救われるのかしら」

「救われますよ……」


 ヴァンは一瞬、間をおいて付け加えた。


「地獄でね」


*****


司教府―――


「やはり、決戦はこの地点で行うはず……」

「ザクセン司教区はエルベ河で分断されておる。大軍で戦えるのはこの草原だけじゃな。しかし、それでは数が多い方が有利じゃのう。もっと、複雑な地形に誘い込んだ方がよくはないか……」

「いえ、長期戦になっては中央政府を統括している以上、国力で勝るスヴァルトが有利になります。ここで大きな勝利を挙げてスヴァルト貴族軍にダメージを与え、地方で反乱を誘発させる。スヴァルト支配を揺るがすにはそれしかない」


 司教府の執務室にてバルムンク頭領リヒテルと副官エルンスト老がスヴァルトとの決戦について策を練っていた。

 軍師衆の予測ではウラジミール公が率いる貴族連合軍は二万を超える。もしかすると二万五千まで達するかもしれない。

 対して、バルムンク連合軍は未だ志願を含めても一万に及ばず、それどころかそのほとんどが寄せ集めであり、未だ統一した指揮系統が存在しない。

 三日後の会議次第では最悪、戦う前に空中分解、スヴァルトに降伏という事態すらあり得るのだ。

 しかしいろいろと工作をしているものの、今考えても栓のないことでもある。とりあえずは最高の結果を、統一したバルムンク軍が誕生したと予測し、作戦を練っていた。

 結果が振るわなければその分、作戦を修正すればいいし、修正しきれないのならば首を吊るだけである。その辺の割り切りがリヒテルはできる。


「決戦場の近くに街が一つあるな」

「うむ、ライプツィヒ市じゃな。ここより西、このリューネブルク市を治めていた司教はあっさり降伏、それでスヴァルトの進軍は停止した。十年前の戦争でスヴァルトが最期に陥とした街ということになるの」

「では、最後の略奪として手ひどくやられたろうな」


 規律正しいスヴァルト軍だが、そこは蛮族、戦勝後の三日間の略奪は許されている。

 金に食糧、女を奪う最後の機会としてこのライプツィヒ市は文字通りに骨の髄までむしゃぶり尽くされた。

 人口一万三千、北西最大の商業都市、ライプツィヒ市は壊滅し、今は数千程度の住民が粗末な掘立小屋で細々と暮らしている。

 廃墟は未だ撤去されず、救いの手は現れない。スヴァルトの王、ウラジミール公は戦勝の記念として、一切の援助と再建を許さなかったのだ。


「住民は反スヴァルトで統一されておる。ここが戦闘中に蜂起すればスヴァルト軍の背後を狙えるが……」

「スヴァルトとてそれは理解している。下手に工作し、知られればウラジミール公は躊躇することなく住民を虐殺するぞ」

「そうじゃな。この手は使えぬか……ウラジミール公に気付かれぬように工作するなど、あのヨーゼフの婆さんぐらいしかできぬ」

「ヨーゼフ。そう言えば、こちらに来ているそうだが……見つからないのか?」

「あの婆さんは……本当に、神出鬼没というか、付き合う方が大変なのじゃよ」

「知ることを、情報を最大の武器として考える彼女の事だ。自分に関する情報は出来る限り隠蔽したいのだろう。心配することはない、エルンスト。用があるのならばあちらから来るだろう」

「そこまで泰然と構えられぬよ、わしは……」


 ヨーゼフの名前を出すたびにエルンスト老の顔が苦々しいものに代わる。嫌悪ではない、ただ、どこか扱いにこまる身内を見るような、我儘な姉に対するような複雑なものだった。

 その姉は、いざ弟の危機となれば、疾風のように駆けつけ、問題を解決するだろう。そんな頼もしい存在でもあった。


「リヒテル様……死術士ヴァンより伝令、お客様をお連れしたとのことです」

「何……あやつは確かこの時間、閲兵をしておるはずではないのかのう」



 必死に今後の対策を練る二人に突然の来訪者が現れた。胡乱げなエルンスト老に対し、リヒテルは一言告げる。


「来たぞ……」


 執務室のドアが開き、まずは黒髪の少年がドアを押さえ、横に避ける、そしてゆっくりと現れたのは一人の老婆であった。

 その姿を見たエルンスト老は驚愕し、リヒテルはわずかに口元をほころばせた。


「お待ちしておりました、ヨーゼフ大司教。それとも真なる法王猊下とお呼びした方がいいですか?」

「止めてくださいよ、全ては仮定の話……今の私は無位無官なのですから」


 十年前の法王選挙、ベルンハルト枢機卿がスヴァルトと手を組み、汚い策略を行わなければ……グスタフがリヒテルを裏切り、スヴァルトが反乱を起こさなければ……至尊の冠は売国奴シュタイナーではなく、彼女が被っていた。

 法王府においてスヴァルト強硬派の旗手だった、そして今は南部バイエルン司教区を中心とした反スヴァルト組織の元締め、ヨーゼフ・エーベルスバッハ。

 バルムンク連合軍、またの名をグラオヴァルト解放軍。その最期のメンバーが今、到着した。

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