第二十二話 ドラゴンを地上に落とす

「う~ん、俺の攻撃だけではなく、他からの攻撃にも注意をし始めたっぽいな。それはあまり芳しくないぞ。――でも、逆に言えば俺に対して注意力散漫ってことでもあるよな。であれば、今度は俺が隙きを突いて威力のデカい魔法をぶち込める」


 ドラゴンの高度が下がったことでジェニーが攻撃に参加し、俺の想定以上の魔力を彼女がチラつかせているのだろう。その結果、ドラゴンが俺以外にも注意を向けるようになってしまったのだ。


 今迄ドラゴンに警戒されていた俺は距離を詰めることができなかったわけだが、今なら少しは近付くことができる。距離さえ詰めることができれば、魔法の威力減衰が減り、高威力の攻撃を当てられるだろう。

 問題は、ドラゴンの注意が俺に向いていることで皆が攻撃に専念できていたわけだが、そのままの意識で攻撃に専念してしまうと、思わぬ反撃を受けて怪我人が出てしまう可能性もあることだ。


 一度は大ダメージを与えることに思考が寄ってしまったが、今一度冷静に考えると、自分の役割をこなして少しでも安全を考慮すべきだと結論付けた。


「そうなると、再びドラゴンが俺だけに注視せざるを得ないようにするしかないわけだから、それって結局は、もっと脅威を感じる攻撃をするってことなんだよな。なら、高威力の魔法を撃ち込むしかないっしょ」


 動機は違えど、やろうとしていることは同じだ。

 ならば、今までのように魔力を見せ付けるための攻撃から、ドラゴンに自身の存在を脅かす攻撃が飛んできた、と思わせるような攻撃に切り替える。

 現状では一撃で仕留められるような魔法は使えないが、少し距離が近付いたことで、速さの風魔法から質量のある土魔法に切り替えられる。

 同程度の魔力消費でも威力は土魔法の方が上だ、再び俺に意識を向けさせるのは可能だろう。


「まぁ、ドラゴンの動き自体が悪化してるし、なんとかなるだろっと」


 三つの魔法陣から、電柱を思わせる石の槍をそれぞれ発射した。

 その槍は風魔法程の速度は無いが、それでもかなりの速度で以てドラゴンに接近して行く。 

 この攻撃は今までの偏差撃ちとは違い、同時且つ避けそうな範囲に三角形を描くように撃ち込んだ。


 その狙いは正しかったようで、二発は外れてしまったが、一発はドラゴンの顎をかち上げる。

 すると、ドラゴンは跳ね上がった首を下ろすと、その勢いを利用するようにこちらへ飛び込んでくるではないか。


「ドラゴンの注意を再び俺に向けさせたのはいいけど、ちょっと拙くないか」


 ただ近付いてきたのであれば問題ないが、大きな口を開きながら近付いてくるドラゴンの迫力はかなりのもので、自分の作る土壁で防げるか不安になってしまう。


「いや、これはチャンスだ。防ぐのではなく、避けてドラゴンの背に飛び乗る!」


 これまでの戦闘で、ドラゴンのブレスは直径三メートル程であることが判明した。であれば、それを避けて最接近したときに飛び乗る。

 自己強化と風のローブを纏った俺には造作もない……とは言わないが、可能であろう。


 グングン近付いてくるドラゴンの口に赤い光が見えるや否や、間髪入れずにブレスが吐き出される。が、あまりにもわかり易い行動だ。

 俺は決めていた行動に移る。

 それはとても単純で、高い木に飛び乗り、そこを足掛かりにドラゴンに飛び乗る。ただそれだけだ。


「よっと。――思ったより楽に乗れたな」


 俺はドラゴンの知能を過剰評価していたのかもしれない。

 他の魔物よりは賢い感じはあったが、それでも結局はわかり易い行動をするあたり、言い方は悪いが所詮は魔物だ。


「さて、羽を使いものにならなくしてやるにも、落とした後に俺一人で対処することになってしまう。上手く皆がいる場所に誘導したいけど、そんな方法は……」


 例え宙を舞えなくてもドラゴンはドラゴンだ。単独で仕留めるのは簡単ではない。 俺の魔力が万全であれば可能性はあったかもしれないが、現状では厳しいだろう。

 だからといって、悠長にしていれば振り落とされる可能性もある。

 現に、背に乗っている俺を振り落とそうとドラゴンは錐揉み飛行をしており、何気に余裕はない。

 今は鱗にロープを通して文字通り命綱にしているが、この状態が長く続くのは辛いものがある。


「ん? 進行方向が変わった……かな?」


 ロデオよろしく暴れるドラゴンに翻弄されつつ、如何なものかと思案している間に俺の気配が弱まったのだろう、ドラゴンは他の誰かの気配に意識を向けたような気がする。

 これはある意味で誘導になるのではないかと思い、俺は気配遮断の魔法を使う。

 それは正解だったようで、元より狭小な存在の俺などいなかったかの如く、ドラゴンはピタッとおとなしくなった。


「これなら落とされる心配はなさそうだな」


 状況の変化に安堵した俺は、ドラゴンの進行方向を注視する。

 すると、案の定進路が変わっていることに気が付いた。


「この方向は石の槍が飛び出していた方だから、ジェニーの魔力に反応しているのかもな」


 ジェニーはディアナを超える魔法使い村一番の魔力素の持ち主であるが、粗削りでまだ技術は拙い。安易にドラゴンを近付かせるのは危険なので、程よい場所で再び俺の魔力でドラゴンの注意を引きつけ、その魔力で羽根の付け根を一気に攻撃することにした。


 そんな算段をしている俺の予定を無にすべく、ドラゴンが口を開いたではないか。


「拙い!」


 前回のブレスからあまり間を置いていなかったので、まだブレスは吐かないと高を括っていた。しかし、ドラゴンは攻撃対象が変わったことで、威嚇の意味も込めて早々にブレスを吐こうとしているのかもしれない。


 ジェニーを含めた師匠達は、俺がドラゴンに飛び乗ったことを知らないだろう。であれば、思考は攻撃一辺倒なはずだ。咄嗟の防御が間に合わない可能性がある。


「仕方ない。もう少し近付いてからのつもりだったけど、ここでお前には落ちてもらう! 『風刃改』」


 ドラゴンの意識を向けさせるのと同時に、ドラゴンを地上に落とすための攻撃を羽根の付け根に放った。

 ここへの攻撃が通ることは、既に検証済みだ。

 すると、思いの外ドラゴンへのダメージが蓄積していたようで、予想以上の効果が出てしまい、羽根の付け根が本体から軽々と切り離されるのだった。

 それが何を意味するのかというと、ドラゴンの身体が地面に吸い寄せられるように急降下する現実を受け入れなければならない、ということだ。


「ドラゴンの羽根は素材として価値があるのに、勿体無い……」


 何とも場違いなことを考えている俺だが、実は焦りなど全然無い。

 ドラゴンが地面に激突する寸前に、エルフィの風爆のように風魔法をドラゴンに叩き込み、ダメージを与えると共に俺は上空に飛び出す。

 重力とか良くわからないが、完全に勢いを相殺できなくても落下ダメージはかなり軽減できる、俺はそう思っているのだ。


 そして狙い通り、ドラゴンの意識は己の背中に乗る俺へと向けられ、吐き出されたブレスはあらぬ方向へと消え去っていった。


「ってか、思ってたより落下速度が遅いな。あれか、羽根は無くても魔力で浮き上がろうとしてる感じかな?」


 そんなことを口にしながら、それでも近付く地面との距離を冷静に見極めつつ、俺はミスリルの槍に魔力を込め、それを羽根が切り離されたことでできた傷に当て、魔法を放つ準備をする。

 そして、程よいタイミングで魔法を行使した。

 するとどうだ、落下速度が想定より遅かったこともあり、勢いはほぼ相殺でき、最後にドラゴンを地面に叩き付けるのにも、この魔法が一役買ってくれたようだ。

 俺としては自身の脱出がメインであり、ドラゴンの体内に少しでもダメージを与えられれば御の字程度に思っての行動だった。だが、空中での制御が上手くできなくなったドラゴンには、最後の最後で地面に向かって加速を与える一手となったらしく、思った以上にダメージがあったように見受けられる。


 グギャーと、咆哮とは違う声を上げるドラゴンだが、これでおとなしくなる程ヤワではなかった。


「ドラゴンが落ちたことは皆もわかっただろうけど、すぐにすぐは来れないよな。まぁ、現状はドラゴンが飛び上がることもできないわけだし、無理に今すぐ拘束するのも魔力の無駄になる。少し気配を消して皆が集まるのを待とう」


 これは消極的でもなければ余裕ぶっているわけでもない。少しでも効率良く、それでいて確実に仕留めるための戦術だ。『俺が一人で仕留めてやるぜ!』などと不必要な功名心は持たないのである。

 ただでさえ必要以上に魔力を放出しているのだ、温存できるなら温存しておきたい。


 それから少しして、先ずは師匠たち土魔法組と合流し、その後にディアナたち風魔法組と遊撃組とも合流した。

 彼等は全員が気配を消してきており、ドラゴンに気付かれていなかった。


「あまり時間をかけるとドラゴンが回復してしまう。そろそろ動こう」


 四大属性を全て扱えるシュヴァルツドラゴン。しかし、水と土の属性は現状使われていない。それであれば、水は回復で、土は地上に降りたことで使われる可能性がある。

 それを踏まえ、回復させる余裕を与えないため、それと、土属性の攻撃をさせないために早急に攻撃に移る。


「グリューンドラゴン戦と同じような感じでいいかの?」

「いや、あれですと止めを刺す組がドラゴンの目に近付かなければならないので、少々危険です。なので、ロートドラゴンで検証したように、俺が付けた背中の傷に攻撃しましょう」


 羽根の付け根は鱗で覆われておらず、しかもそこに俺流の『風爆』を撃ち込んだことで、そこが出血しているのを離脱間際に確認している。


「師匠たちはできるだけドラゴンを拘束してください。姉ちゃんとモルトケは、あまり近付かずにドラゴンの視界の中で意識を引き付けて」

「意識してもらえるように、過剰に魔力を使った方が良いかしら?」

「そうして。――それから、ドラゴンの背に乗るのはディアナとジェニーで」

「賢明な判断ね」


 舌舐めずりをしながら艶っぽく言うディアナだが、もう少し場に適した行動をして欲しい。


「皆、最後まで気を抜かないように」


 俺の言葉に皆が頷いたのを確認し、それぞれの持場に向かった。


 俺にもう少し魔力が残っていれば、ドラゴンの背に乗り高威力の魔法で仕留めてやりたかったのだが、おとなしくサポートに回ることにした。


 さて、もうひと踏ん張りだ。

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