第二十一話 期待から確信へ
「ねえ、ドラゴンが何もしてこないければ、もう一発はブレスを撃たせるのでしょ? どうやるの?」
「いや、下手に挑発して更に警戒されて距離を取られると戦い辛いから、このまま注意を引くことに専念するつもりだよ」
ブレスを防いだだけでここまで警戒されるとは思っていなかったので、もう一発くらいブレスを吐かせてやろうと思っていたのだが、この後のことを考えると、これ以上警戒させるのは芳しくない。
とはいえ、ディアナ達が早々にドラゴンにダメージを与えて地上に降ろしてくれないと、俺の魔力が枯渇してしまう可能性もある。
「どうしたものやら……」
作戦を組み直さなければならない状況に、ポロッと言葉が漏れてしまった。
「なによ、深刻そうな声なんて出して」
「深刻そうじゃなくて深刻なんだよ」
「そんなに深刻になる必要ある?」
「このまま距離を取られてたら、俺の魔力が枯渇しちゃうでしょ。だから、どうしようか悩んでるんだよ」
何に対してもアドリブの利かない俺は、今の動きのままでは駄目だからと、じゃあこれ、と新しいアイデアはポンポン浮かばないのだ。
「あのドラゴンって、結構鈍いと思うの」
唐突にエルフィがそんなことを言い出した。
「だって、ブリッツェンが魔力を放出してから、あのドラゴンの意識はあんただけに向いてるのよ」
「そうなるように仕向けたわけだからね」
「? 良くわからないわ。とにかく、人数の多い皆の方には目もくれないじゃない」
「うん、その点で言えば、俺は役割を果たしてるんだよね」
「そうではないの。ドラゴンがあんたに夢中になって他が疎かになるのなら、あんた以外の人で仕留められると思わない? どうにも、あのドラゴンは一番大きな気配にしか意識が向かないというか、察知できない気がするのよね」
そういえば、姉ちゃんのこういう直感みたいなのって、結構優れてるんだよね。だから、俺が自分の行動の意図を姉ちゃんに伝えて無くとも、しっかり核心を突いているし。
俺達魔法使いも複数の魔物を相手にしたり、同時に複数も魔法を同時に使うと、どこかが疎かになってしまう。
探知魔法などは常に発動しているが、戦闘に夢中になると目の前のことに意識が向き過ぎて、周囲の探知をしているのか怪しいくらい感覚が鈍ったりする。
それと同じような挙動を二度のドラゴン戦から感じた結果、『俺の魔力でドラゴンの注意を引く』作戦に繋がったのだ。
「姉ちゃん、俺はそのつもりでドラゴンの注意を引いているんだ」
「そうだったのね」
「だから、俺はこのままドラゴンを足止めする。姉ちゃんは皆と合流して、ドラゴンの側面なり後方から攻撃するように伝えて。ドラゴンの意識はずっと俺に向いてるはずだから、気取られる心配はないと思う」
急いで伝えて、と付け加えると、エルフィは心配そうな表情を向けてきた。
「大丈夫だから。――ついでに、攻撃組はドラゴンに攻撃が当たる場所まで移動して、体勢が整ったらいつでも攻撃してもらって。そっちにドラゴンの意識が向きそうになったら、俺がそれ以上に魔力を出してまた注意を引くから」
作戦の肝は、俺の魔力が枯渇する前にドラゴンを地上に降ろすことだ。ドラゴンが俺に集中している間に羽さえ潰せれば、後はどうにでもなるだろう。
「了解よ」
「じゃあ、頼んだよ」
「任せなさい」
頼もしい姉の背を見送り、程よいスペースを見つけた俺はそこに立ち止まると、ミスリルの槍を両手で握り魔力を込めた。
「姉ちゃんを信じ、皆の力を信じている俺は自分の役割を果たす。余所見なんかさせねーぞシュヴァルツドラゴン!」
ミスリルの槍を掲げた俺の頭上に三つの魔法陣が現れる。
今の俺が出せる最大数の魔法陣の魔力を感じ取ったのか、ドラゴンが口を大きく開いた。
「咆哮かブレスかわからないけど、どっちであっても俺は怯まない!」
ここは先手をとっても良かったのだが、皆の準備もまだであろうことはわかっている。そして、魔力を消費してくれることはこちらとしても有り難いので、ドラゴンの出方を伺う。
――ギャオォオオオオオオォォォォ
「咆哮か。悪いな、もうそれは効かない」
耳にしてしまえば知らずに恐怖心で身体が縮こまってしまい、意図せずに硬直させられてしまう咆哮だが、来るとわかった段階で、もはや恐怖心を掻き立てることはできない。
「できればブレスを撃って欲しかったけど、贅沢は言えないよな。さて、こっちからも行かせてもらうぞ。――『風刃改』」
距離的に向いていない攻撃だが、警戒されたままでは戦い辛いので、ドラゴンに『コイツは大した事ない』、そう思ってもらうために敢えて選択した魔法である。
視認できない風魔法であるが、ドラゴンなら察知するだろう、そう思っていたのだが、ドラゴンは避けなかったのか避けられなかったのか不明であるが、身体に直撃したのは確認できた。
反応が悪いのか防御に絶対の自信があるのかわからないけど、攻撃を避けないのがシュヴァルツドラゴンの習性なら、弱い攻撃で油断させておいて、ここぞというタイミングで高威力の攻撃を仕掛ければ或いは……。
そんな考えが過ぎったが、俺には一撃必殺の凄い魔法があるわけでもない。だが、付け入る隙を見つけた気がする。
それから暫く、俺はちょこまかと風刃改を撃って煽っていると、ドラゴンは三度ブレスを吐いた。
一度だけ試しに土壁で防いでみたのだが、当然ながら水壁で防いだときのように水蒸気は出ず、それでいてしっかり防ぐことができたのだ。
ただし、土壁に防がれた炎が脇に流れ出て付近の木々を火の海にしたので、水壁で防ぐのが正解だろう。
「ブレス三発でどれくらい消耗させられたのだろうか? 俺の方はかなり消耗してきたぞ」
エルフィを走らせてからそれなりの時間が経過している。そろそろ皆の攻撃が始まっても良い頃だが、現状はまだ攻撃が行なわれていない。
自分の魔力素の残量管理ができるようになってからは、魔力素切れで倒れることはない。だが、残量が把握できているがために、このままでは拙いことも理解できてしまい、少し心配になって不安が口から漏れてしまったのだ。
このまま長期戦になっては、ドラゴンの注意を引き付ける役目ができなくなってしまう。
さてどうしたものか、と思いつつも、惰性になりつつある魔法を撃ち込んだ。
すると、俺の攻撃を喰らい僅かに首が仰け反ったドラゴンに、俺とは別の攻撃が当たったようだ。
当たったようだというのは、ハッキリと視認できないが、大気を震わすような僅かな歪みが見て取れ、それがドラゴンの羽根に直撃したと思われる。
それは、ディアナとフロリアンの風魔法だろう。
ドラゴンは、その巨体には不釣り合いな蝙蝠のような羽目を生やしている。とてもあの巨体を宙に浮かせられるようなものではないが、それは魔力で補っているらしい。
だが、完全に魔力で飛んでいるのではなく、羽根だけでは足りない力を魔力で補っているので、飛ぶために必要な羽根を傷付けることは、消費魔力を増加させ、速度低下にも繋がるのだ。
「鱗より弱いとはいえ、羽根もそれなりの強度があるからな。簡単には速度が落ちないか」
ドラゴンは俺と一定の距離を保ちつつ、それなりの速度で飛び回っている。しかし、俺を意識するあまり、距離は離れていても高度がだいぶ下がってきている。
俺以外のメンバーからすれば、想定より近い距離から攻撃ができる状態だ。
風魔法の攻撃に俺が参加できない分、二人が負わせるダメージが大きくなることで相殺できる。このまま上手いことドラゴンの速度を落とせれば、土魔法での攻撃は予定より高い威力で撃ち込める。
「それより何より、ドラゴンが二人の攻撃を気にしてないのが有り難い。危険を回避しながら攻撃は思いの外神経を使うから、攻撃に専念できるのは二人にとってやり易いはずだ」
こうなってくると、俺はとにかくドラゴンの気を引いてさえいれば、『仲間たちがやってくれる』という思いが、期待から確信へ変わって行った。
すると、思ったより早くディアナとフロリアンの風魔法で、ドラゴンの飛行速度が落ちていく。
と、石の槍が視界に飛び込んできた。
そろそろ頃合いと見たのだろう、いよいよ土魔法での攻撃が開始されたのだ。
しかし、その石の槍がドラゴンに着弾しても、鱗に傷が付いたようには見えない。だがそれは想定内である。本命は衝撃でドラゴンの体内を痛めつけることなのだから。
詳しくは知らないが、ボクシングのボディーブローというのは、外部からの打撃により内臓の働きを悪くして、酸素供給の効率を悪化させるとかなんとからしい。それを今回はドラゴンを相手に行なう。
ドラゴンに関しては、酸素供給ではなく魔力消費を悪化させるイメージだ。
「それにしても、風魔法より速度は遅く、視認できる石の槍でもドラゴンは避けないんだな。もしかして、意識がそちらに向けば避ける可能性も無きにしも非ずだけど。まぁ、意識が俺に向いている限りは、しっかりダメージを与えられそうだから、俺ももうひと踏ん張りしないとな」
そうして、俺も役割をこなすために頑張っていると、遂にドラゴンが俺の攻撃を避け始めた。
徐々にドラゴンの動きが悪化しているのは感じていたが、流石に拙いと思ったのだろうか?
何にしても、これは良い兆候だ。
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