第二十話 咆哮

「やっぱり固まってたのね」

「なっ、姉ちゃん?!」


 煌めく銀色の美しい長い髪を靡かせ、胸部装甲の薄い美人さんであるエルフィが俺の背後にいたのだ。


「何でこっちに――」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないわ!」


 エルフィはそう言うと俺の腕を掴み、力強く地を蹴った。僅かに引っ張られた俺は、すぐに自力での移動を開始する。


「で、これからどうするつもり?」


 エルフィのおかげでドラゴンをやり過ごし、俺は九死に一生を得た。

 そんな俺に息をつく暇も与えんとばかりに、胸部装甲の薄い美人さんが質問してくるので、「えっ、あっ、……取り敢えず何か魔法を撃って注意を引く」と、幼い子どものような返答をしてしまう。


「なら、さっさとやりなさい」


 こんな状況でも落ち着き払った態度を見せるエルフィを目にし、俺も少しだけ落ち着きを取り戻した。


「だいぶ近付かれてるな」


 一度やり過ごしたドラゴンが、急速旋回して再びこちらに向かってこようとしている状況に気付いたが、今の俺は慌てたりしない。


「まぁ、注意を向けて貰うにはいい距離だ。――いけ、土槍」


 ミスリルの槍に魔力を込め、ドラゴンが視認できるように土魔法で土の槍を創り出して放った。


 土槍といっても、ガッチガチに固めた土とは思えない程の硬度を持つ槍だ。そんな槍であっても、ダメージを与えられないことは理解している。傷を付けることは二の次だ。とにかく俺に注意を向けてもらう、そのための攻撃である。

 何かの拍子に、間違ってダメージを与えられないかな、などと淡い期待を抱きつつ、二射目三射目と放つ。


 いくらドラゴンの身体が巨大で着弾する面積が大きかろうと、高速飛行する物体に高速で発射された土槍を当てるのは難しく、偏差射撃で撃ち出した一射目はドラゴンの眼前を通り過ぎてしまった。

 しかし、これは敢えて手前を狙ったので、本命は二射目……いや三射目だ。


 初撃を見せられたドラゴンは僅かに速度を落としたようで、二射目がドラゴンの顎を捉えた……と思いきや、器用に首を動かし避けてしまった。

 だがそれだけではない。三射目が襲いかかる。

 二射目を首を振って避けると想定していた俺は、左右の二択で右を選択したのだが、真逆の左に避けられていたため惜しくも空を切った……が、三射目には細工をしておいた。

 その細工は、散弾銃よろしく粉々になってドラゴンへ襲いかかったのだ。

 当然、そんなものでは威力などないのだが、ドラゴンの注意を引き付けることには成功している。


「随分と器用なことをするのね」

「魔法陣が使えるようになってから魔法の幅が広がったからね」

「それはあたしも感じているわ」

「そんなことより、注意を引き付けてたらやられちゃった、なんてことにならないようにね」

「そんなヘマはしないわよ」


 ドラゴンと遣り合ってるっているというのに、こうしてエルフィと二人であれば不安など全然なく、むしろ気持ちに余裕が持てる。

 

 そういえば、魔法使いや冒険者としての俺の歩みは、常に姉ちゃんと二人三脚だったもんな。

 なんだか、ワイバーンを倒したときみたいに、二人でやれちゃうんじゃないのか?


 気が緩んだのか大きくなったのか、なんとも不遜な考えが頭を過る。


「姉ちゃん、ドラゴンの高さまで飛べる?」

「流石にあの高さは無理ね」

「だよね」

「あんた何考えてるの?」

「ワイバーンを倒したときみたいに、二人でやっつけられるような気がした」

「笑えない冗談ね……」

「って、呑気に話してる場合じゃないね。ドラゴンがまた口を大きく開けてる」


 ブレスか咆哮かわからないけど、距離的にはブレスの範囲内な気がする。

 仮に咆哮だとしても、もうさっきみたいに硬直しない自信がある。来るなら来やがれ!


 エルフィ効果でリラックスした俺は、気を抜くでも慢心するでもなく、無駄に気負わずにドラゴンと向き合えていた。そして、エルフィがここにきた理由に思い至った。


 俺がドラゴンの”咆哮”を失念していることを、きっと師匠は予想したんだろうな。そんんで、姉ちゃんを使いに寄越した……って感じかな。

 あの爺さん、何処まで察しがいいんだよ。


「姉ちゃんブレスだ!」


 ドラゴンの口腔内に赤い光が見えた。

 俺はエルフィに注意を促すと共に、水魔法を発動すべく魔法陣を用意する。

 俺の準備などお構いなく、ドラゴンはなおも加速しつつ僅かに高度を下げ、こちらに接近してきた。が、俺は怯まない。真っ向からブレスを受けてやるつもりだ。


 ――ギョゥワァアアアアアァァァァ


 なんとも不快な叫びとともに、ドラゴンの口から炎が吹き出される。


 俺のいる場所は木々に囲まれているので、ドラゴンが視認できているとは到底思えない。だが、ドラゴンは俺から発する魔力をしっかり感じ取っているのだろう、大体の当たりをつけて放ったとは思えないほど正確に、炎は俺に向かってきている。

 その炎は、火の玉のようなものではなく、火炎放射器のように途切れることのないものだ。

 俺としては、適当に炎を振りまかれることで周囲に炎が燃え移り、炎に閉じ込められてしまうのは避けたいところだったが、これなら迎撃し易い。


「それはもう見た! 『水壁』」


 ミスリルの槍に溜め込まれた魔力が魔法陣を経由して注ぎ込まれる。

 そして、ロートドラゴン戦で使った巨大水槽の如き水の壁が現れた。


 ――ジュワー……ジュッ、ジュジュワー、ジュッジュ


 眼の前の水壁にドラゴンの炎が吹き付けられ、やはり周囲が水蒸気で覆われる。

 ロートドラゴン戦では、周囲にいた仲間の視界を奪うことになり迷惑をかけてしまったが、今回はエルフィしかいない状況だ。姉なら視界に捉えていなくとも、ドラゴンの位置は把握できているだろう。


「ブリッツェン、ドラゴンがかなり高度を落として止まっているから、木を伝われば背に飛び乗れそうだけれど」


 いつの間にか俺の後方の木に避難していたエルフィが、ドラゴンが空中で静止したのを確認し、状況を報告してくれた。

 予想とは違ったが、やはり姉はドラゴンの位置を把握していたのだ。


「流石にそんな危険なことはさせられないよ」

「あたしはあんたを信用しているから、行けと言われたらそうするつもりだったのだけれど、危険だと判断したのなら、無理はしない方が良さそうね」

「やれなくはなさそうだけど、無理する必要はないからね」

「それもそうね。――それにしても、この水蒸気は不快だわ」


 エルフィがそこまで俺を信用していると思っていなかったので、勢いで『飛べるか』なんて聞いてしまったことを反省した。


 それはそうと、俺達の生活する地は何処もそれほど湿度が高くないので、水蒸気が立ち込めるサウナのような現状は、エルフィとしてはかなり不快なようだ。しかし、この水蒸気の発生源となっている水壁があるからこそ、なんとかドラゴンのブレスを防げているのだ、今は我慢して欲しい。


「まぁ、炎のブレスはロートドラゴンもシュヴァルツドラゴンも同じようなものだと判明したんだし、今後も俺が水壁で防げばいいってわかったんだから文句言わないでよ」

「むしろ、土壁で防げばこんな水蒸気塗れにならなくて、楽に防げる気がするのだけれど」


 そう言われてしまうと返す言葉が見つからない……。


「取り敢えず、ブレスが収まってる今のうちに少し移動して、ディアナ達が攻撃し易い位置に誘導したいね」

「ブレスは連射ができないだけで、何発でも撃てるのものではないの?」

「諸説あるけど、ドラゴンはブレスを撃つ度に本体の強度が下がるらしいんだ。だから、ブレス自体はかなり撃てるようだけど、撃てば撃つほど脆くなる」


 ドラゴンが討伐されたのは近年では無いことなので、古い文献にしか書かれていないのだが、ドラゴンとて魔力を利用して活動しているのだ。鱗を魔法で強化していれば、ブレスに回した分の魔力だけ強度が落ちるのも納得できる。


「しっかり補足されているわね」

「探索魔法的な何かを使っているんだろうね」


 移動を開始した俺達を、水蒸気の膜で見えていないにも拘らずドラゴンはしっかり追ってきていた。


「それにしてはおかしいな」

「何がおかしいの?」

「これだけ近付けば俺達に襲い掛かるのは簡単なはずなのに、ドラゴンは一定の距離を維持してるんだよ」


 いくら自己強化で早く動ける俺達とて、ドラゴンの飛行速度には及ばない。にも拘らず、ドラゴンは詰め寄ってこないのだ。


「ブレスを防がれて警戒しているのかしら?」

「ドラゴンは賢いって言うからね」


 他の魔物に比べて、ドラゴンの知能は高いと言う。それでも他の魔物に比べると高いが、人間には遠く及ばないらしい。

 しかし、自身の必殺技であるブレスを防がれたのだ、何かしらを警戒するくらいの考えはあるかも知れない。


「そういえば、何で姉ちゃんは俺の方にきたの?」


 ドラゴンが距離を置いていることで、多少気持に余裕が持てたこともあり、俺の予想が当たっているかエルフィに質問してみた。

 当然、ドラゴンに対しても意識を向けているので、気を抜いているわけではない。


「アレがドラゴンだと認識したエルンストンさんが、ブリッツェンはそのまま迎撃するかもしれない。その際に、ブレスを警戒するあまりに咆哮の存在を忘れて硬直してしまう可能性がある、と言っていたの。それで、移動速度が一番早いあたしがやってきたのよ。ブリッツェンの居場所も、ドラゴンが向いている方向だろう、って言っていたからすぐわかったし」

「流石師匠だな。その判断と姉ちゃんのお陰で助かったよ」


 やっぱり、師匠にはまだまだ敵わないな。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



すみません。本日中に全ての投稿は無理そうです。

ひと月程前から始まった右瞼の痙攣が酷く、目を開けているのがきついです。

明日、四月八日に第二十一話から二十三話を投稿し、完結となります。

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