第十七話 進展しない
魔鉱石を発見してから二日、俺達は西へ東へと歩き回った。しかし、歩けど歩けど見渡す限り腰丈の草ばかりで、魔力も生命力も一切感じない。
遠くに見える越えられない山、と呼ばれる巨大な山の所為だろうか、方向や距離の感覚がおかしくなった気がしてくる。
「ブリっちー、つまんなーい」
「ジェニー、ここはボスがいる可能性のある場所なんだ。つまらないからと気を抜いてはダメだよ」
「気は抜いてないけどさー」
ジェニーが愚痴を言いたい気持ちもわかる。ぶっちゃけ、色々と感覚がおかしくなってきて、俺も現状に若干辟易してきてるし。
だが、その変わらない景色に変化が現れた。辺りに少しずつ灌木が見え始め、周囲が徐々に喬木へと移り変わり、代わり映えのない景色から完全に森へと、いつしか成り代わっていたのだ。……いや、”いつしか”ではない。足元が下り坂になってからだ。
そして、魔導船の整備工場から見て北東の、周囲を大きな山脈で囲われたこの伏魔殿の最奥に限りなく近付いた今この時、遂に魔力と生命反応を感知したのだ。
だがしかし、感知したその反応は、属性ドラゴンを上回る魔力量であった。
「どうします?」
「触らぬ神に祟りなし……と言いたいところじゃが、このまま去って本当に大丈夫かの」
「といいますと?」
「いくらブリッツェンの魔法が優れていようと、属性ドラゴンを上回る魔力の持ち主が、お前さんより索敵が下回っているとは思えん」
「では、既に我々の存在に気付いている、と?」
いや、師匠の言うことは尤もだ。俺の索敵範囲は皆と比べれば広いのだろうが、高位の魔物が俺以下の索敵能力だと思うのは自惚れだろう。であれば、既にこちらの存在が知られていると思って行動した方が良い。
「敵に気付かれておることに儂らが気付かず撤退し、そのまま敵を後方に誘導してしまう恐れがある。そうなると――」
「シェーンハイト様達を巻き込んでしまいますね」
「最悪を想定すると、それもありえぬ話ではないの」
俺は比較的用心が足りない性格だと思う。だが、自分では気付かなくとも、可能性を示唆されたらいくら鈍い俺でも流石に用心はする。
「では、先ずは敵が何者であるか確認しますか?」
「相手が何も仕掛けてきておらんのは、こちらに気付いていないのではなく、泳がされていると考えるべきじゃ。泳がされてる以上、こちらとしては相手が何者か把握する必要があるじゃろうな」
相手は俺達など取るに足らない狭小な存在だと思い、自由にしてくれているのだろう。しかし、俺達は巨大な魔力を持つ魔物だとわかっていても、それがどんな魔物かわからず、いたずらに恐怖心を抱いていなければならない。そして、それを許容してはダメだ。であれば、先ずは相手が何者かを知ることが重要だろう。
「ですが村長。相手の魔物が実はこちらの存在に気付いておらず、こちらから無闇に近付いて相手を確認をした結果、相手もこちらに気付いて攻撃を仕掛けてくる、などというこはありませんの?」
言われてみると、ディアナの考えも可能性としてはある。
「ならば、どうしろと言うのじゃ?」
「……あたくしは、可能性の一つを口にしただけであって、どうすれば良いのかはわかりませんわ」
師匠の問に、若干あたふたしたディアナが歯切れの悪い答えを返した。
「ねーねーブリっちー、どーするのー?」
空気の停滞したこの場を和ませるようなジェニーの声を耳にし、皆の視線が俺に向いた。
その視線は、期待や不安、『自分は指示通りに動くからどうすればよいか言ってくれ』とでも言いた気であったりと、様々な色合いだ。
拙いって……。意見が同調していれば、俺も考えがすぐに纏まるけど、間逆な意見が出ちゃったら考えなんてすぐに纏まらないよ。
この世界に来て、俺も少しは成長できたつもりでいたが、詰めの甘さだったりアドリブの利かなさは未だに健在だ。
「見つけてやっつける。ダメだったら逃げる。ブリっちなら大丈夫」
引き攣りそうになる表情をなんとか保ちながら、どうしたものかと思案していると、こういった会議の場で口を開くことのないエドワルダが、いつもどおりの無表情で、いつもどおりの眠たそうな目で、根拠もなければ作戦とも言えないことを口にした。
そして、そんな根拠も何もない言葉に、俺は不思議と納得してしまった。
「まぁ何だ、思考を放棄した答えになるけど、エドワルダの言うとおり”見つけてやっつける”でいいんじゃないかな。楽観視し過ぎてるかもしれないけれど、皆なら大丈夫な気がするんだ」
「用心するに越したことはないが、用心し過ぎても仕方ないのかもしれんの」
「とはいえ無策ではダメだと思う。一応、元々あったドラゴン対策の作戦を基に対応策を考えよう」
いくら相手がわからないとはいえ、突発的に遭遇する可能性もある。そんな場合に備えて、多少は策を弄しておきたい。
策といっても、基本は対ドラゴン用の布陣だ。既に一度戦闘をしているので、改めて自分の役割を確認する程度の打ち合わせに留める。
「なーブリッツェン。相手のいる位置は大体わかってるんだろ?」
「大凡はね」
「じゃー、そこまで一直線に向かう感じか?」
「下手にくねくね歩いても、無駄な体力を消費するだけだからね。最短距離を進むつもりだよ」
「おう、了解だ」
なかなかに脳筋なモルトケは、まどろっこしいのは嫌だったのだろう。俺の口から出た何の捻りもない安直な行動予定を聞いて、ニカッと笑って答えた。
その後、俺の言葉通り最短距離で突き進んで行くが、相手は未だに動きを見せない。
皆も探索魔法の範囲に相手を捉えたようで、その反応の大きさに若干戸惑いを見せていた。
「そろそろ何らかの動きがあってもいいと思うんだけど、動きが無いのが逆に恐ろしいな」
「罠でも仕掛けていて、あたくし達を待ち構えている……という可能性は?」
俺の言葉に、ディアナが嫌な可能性を口にする。
「魔物に罠を考えるだけの知能があるかは甚だ疑問ではあるが、己が戦い易い場に獲物が入り込むのを待っている可能性はあるの」
「そうはいっても、ここに足を踏み入れた人間は俺達が初めて……だと思うのです。そんな誰も近寄らない場所に長年暮らしていて、獲物がくるのをじっと待っていますかね?」
師匠の言うことには妄信的に従ってきていた俺だが、今回は素直に頷くことができず、楯突くように言葉を発してしまった。
「村長ーよ、ブリッツェンのゆーとーりじゃねーか? 腹を空かせた魔物が、滅多に現れない獲物に気付いて大人しく我慢するなんざ考えられねーぜ」
「ん?」
「どーしたブリッツェン」
モルトケの言葉に何かが引っかかった。
「……いや、魔物は魔力素や魔力を奪うために人間を襲うけど、人間の身体を貪ること自体が必要な行為ではない。となると、魔物が腹を空かせる状況なんてあるのかなって」
そもそも、魔素溜まりである伏魔殿にいる魔物が腹を空かせる状況とは、伏魔殿が平定されて魔力が失われていく場合、もしくは、魔物が増え過ぎて必要な魔力が足りなくて人里に降りてくる、所謂
「でもよ、伏魔殿でかち合う魔物は躊躇なく襲ってくるぞ」
「あぁ~、もしかしたら、人間だけが持つ魔力素が魔物にとって魅力的な餌だったりするのかな?」
俺としては、魔物の防衛本能が働き、敵である人間を見掛けたら襲ってきている、そう認識しているのだが、そうではない可能性も少しは考えていた。
ちなみに、魔力素を保有している生物は人間だけである。
「それはどーだかわかんねーけどよ、魔物が人間を襲うことは事実だ」
まいったな、頭の中で纏まった考えが、またごちゃごちゃしてきたぞ。
「ところでブリッツェン、お前さんが言おうとしておったことは何じゃ?」
「……仮定としていた前提が崩れてしまったので……」
「いいから言うてみぃ」
まぁ、言うだけ言って、それからまた話し合えばいいか。
「敵は、他者がこの地に足を踏み入れることを想定しておらず、自身の力に絶対の自信を持っていて、必要以上に警戒もしていない気がするのです」
「長年、己のみでこの地におるが故か?」
「はい。――そして、いざこちらの存在に気付く、もしくは目の当たりにしても、さしたる動揺もせずに、力押しで叩き潰しに来る、そう思ったのです」
色々と考え過ぎた結果、一周回って楽観的とも思える都合の良い考え方に行き着いてしまっていたのだ。
「これだけ接近して、何ら動きを見せんところを見るに、強ち間違っているとも思えんの」
「ですが、魔物が人間の持つ魔力素を好んでいて、それを欲して襲ってくるのであれば、少々危険かと」
同じような話題の繰り返しで話が進展しない。ジェニーなどはすっかり飽きてしまい、年中無休で眠たそうな目をしているエドワルダより眠そうな目をしてしる。
しかし、慎重になり過ぎてもいけないが、軽く決めて良い話でもない。何といっても、命懸けの行動について語り合っているのだから。
「結局は、相手が何者であるわからんから推測でものを言い、何でもかんでも疑ってしまう」
「確かにそうですね」
「だからと、迂闊に動けば後の祭りにもなりかねん」
「それも御尤もです」
「ではどうするのじゃ?」
師匠はいつも通り無表情であるが、『お前が判断しろ』と言っているように見える。
それは無責任などではなく、上に立つ者としてしっかりした判断を下せるようになれ、という課題のよう思えた。
さてどうする? このまま『安全策』と言う名の日和を選択するのもありだ。なにせ、皆の命がかかった行動をするのだ、迂闊な選択はできない。
ここにきているのはドラゴン退治のためであり、伏魔殿の平定をするためだ。最悪の場合、戦闘を行なわないのは良しとしても、その相手が何者かわからないまま背を向けて良いのだろうか?
頭を抱えて悩むこと数瞬。それが短かったのか長かったのかわからないが、俺は遂に結論を出した。
「――……」
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