第十六話 妖艶なお姉さん
一先ず、大きな魔力の発生源は魔鉱石(仮)だと判明したので、これからの行動について話し合いを行なう。
取り敢えず俺が思いついた問題は、伏魔殿を平定してしまうと魔鉱石が採掘できなくなる可能性についてだ。なので、ボスを探して仕留めるより先に、ある程度は魔鉱石を確保しておく必要があると考えた。
しかし、元々は魔導船も魔鉱石も俺達の予定に無かったものである。それなのに、ボス退治より魔鉱石の採掘を優先するとなれば、その必要性を伝えておかなければならない。
そう思った俺は、考えを皆に伝えることにした。
「伏魔殿は平定されると魔素溜まりから通常の地へ戻る。それは、魔物を生み出していた魔力が無くなることを意味している」
冒険者学校を卒業したエルフィやエドワルダは、フムフムと納得したように頷いているが、そのような勉強をしたことのないジェニーやフロリアン達は、『そーなんだー』という顔をしている。
「それは即ち、魔物が生きていける環境ではなくなるのだけれど、魔鉱石も魔力を維持できなくことでもある……と思う」
「それはどー言うことだ?」
思案顔のモルトケが質問してきた。
「これは俺の推測なんだけど、魔導船を動かすために必要な魔鉱石は、王国として大々的に探したと思うんだ。それが見付かっていないってことは、通常の地では魔鉱石が魔鉱石でなくなっている、……そういうことだと思うんだよ」
魔物を生み出す程の大量の魔素があるからこそ、魔鉱石ができるのだと俺は思う。しかし、伏魔殿が平定されると通常の地へ戻る。それは、魔物がいなくなるのと同じように魔鉱石もただの石になっているのではないか、というのが俺の推測だ。
そうでなければ、王国の何処かに魔鉱石があってもおかしくない。何せ、多くの土地が元伏魔殿だったのだから、その何処からも魔鉱石が採掘されないのはおかしいと思う。
「ねぇ領主様」
「その領主様……って、今はいいや。なんだいディアナ」
「魔鉱石とボスの魔石は似ているのですよね?」
「そうだね」
「それでは、王国にあるボスの魔石は、どれも魔力を失っているのかしら?」
「それは……、ちょっとわからないな」
俺の知っている限り、ボスの魔石は高価な物ではあるが、それは”伏魔殿のボスを倒した”という名誉に価値があるのであって、物自体に価値があるようには思われていない気がする。
不思議な輝きを持っているから、観賞用として宝石のような価値がある可能性も捨てきれないので、名誉以外の価値が無いというのは暴論だろうが。
「そうなると、伏魔殿の外でもボスの魔石が、魔力を持ち続けている可能性もありますわよね?」
「可能性はあるね」
「でしたら、魔鉱石を伏魔殿の外に出しても、魔力は失われない可能性もありますわよね?」
「そうだね」
ディアナは何が言いたいのだろうか?
「魔鉱石を原動力とした魔導船というのは、伏魔殿以外も飛ぶことができるのでしょ?」
「多分そうだね」
「では、魔素が満ちて魔力を生み出す地でなくとも、魔鉱石は魔鉱石として存在している」
「そうだね……」
「であれば、この地が伏魔殿でなくなっても、魔鉱石は魔鉱石のまま存在し続けるのではないかしら?」
ディアナの言い分は尤もだ。
「ってことは、魔鉱石が他所で見付からないのは、伏魔殿でなくなった地で魔鉱石がただの石になったのではなく、元から魔鉱石が無かっただけってことかい?」
「あたくしはそう思いますの。――そして、この地は魔鉱石を生み出す特殊な土地なのではないか、そう思っていますわ」
回りくどい言い回しに思えたが、ディアナは順序立てて俺に伝えてくれたようだ。
その言葉の意味をもう一度頭の中で反芻してみても、何処にも違和感は無かった。
「整備工場があの場所にあるのは、魔鉱石が採掘できる場所が近くにあるから、と推測していましたわよね」
「そうだね」
「もしかして、魔鉱石が採掘できる場所が近くにあるから、ではなく、ここでしか採掘できないから、なのではなくて?」
ディアナの言葉は疑問形であるが、可能性を語るのではなく、真実を淡々と伝える業務連絡のように思えてきた。
妖艶なお姉さんであるディアナの、この噛んで含めるような言い回しは、教える立場であることから身についたのか、それとも面倒見の良い性格だからこそなのかわからない。それでも、自分の中にスッと言葉が入ってくるので、非常に有り難いのは確かだ。
「それはわたくしも思いますわ」
ここで、聖女モードのエルフィも言葉を挟んできた。
「アインスドルの特殊気候を維持するために、ワイバーンの魔石を地中深くに埋めたのは、ただのおまじないや儀式の類だと思っていたのですけれども、今回のことで納得がいきましたわ。あれは、ボスの魔石に宿る魔力であの地の特殊性を維持していたのだと」
賢そうなことを言うエルフィに、『ポンコツの癖に生意気だな』と少しだけ思ってしまったが、今は黙って聞いておく。
「そう考えると、ワイバーンから取れた魔石だけでアインスドルを維持できるのですから、それ以上の魔力を帯びた魔鉱石。……ボスが退治されただけで魔力を失うとは、到底思えませんわ」
「妖精ちゃんの言うとおりですわ」
ディアナは姉ちゃんのことを『妖精ちゃん』って呼んでるのか。初めて知った。
そんなどうでもよいことを思いつつ、彼女らの言葉を脳内で整理する。
すると、魔鉱石がただの石になるような未来が想像できず、自分は余計な心配をしていたのだと思い至る。
「二人の言うとおりかもね。――俺の考えとしては、ボス退治の前に魔鉱石を少しでも多く採掘しておこうと思っていたけど、その必要はなさそうだ」
厳密には、ディアナやエルフィの考えは
「となると、魔鉱石の採掘はボスを倒した後にするとして、その倒すべきボスを探すということでいいかな?」
「でもよ、ボスが属性ドラゴンを上回る可能性が無くもないわけだろ。そんなボスがいたとしたら、この魔鉱石を採掘する余裕はねーよな?」
「まぁ、そうなったら魔鉱石どころではないよね。でも、そんなに魔鉱石に固執する必要はある?」
俺としては、魔鉱石を魔導船の動力以外にも、自分の領地に魔道具の照明を街灯にし、その動力源に使ってみたいな、などとも思ってはいる。だが、元々は棚ぼた的に存在を知った物だ、入手できなければ諦める、ただそれだけの話だ。――いや、嘘だ。できることならいくつでも入手したいと思っている。しかし、変に固執してはいけないとも思っているので、俺は”なくても困らないよ”アピールをしているだけだ。
「いや、まぁ、魔導船が飛ぶの見たいし……」
コイツもか……。まぁ、魔導船を見てしまったからには、飛んでる姿を見たくなるのは仕方ないよね。
「取り敢えずいくつか魔鉱石を確保したから、これで魔導船を動かすことはできると思うよ」
「ホントーか?!」
「魔導船が故障とかしていなければね」
「魔鉱石はもう必要ねーのか?」
「多くあるに越したことはないけど、魔導船を動かすだけであれば、現状は間に合ってると思う」
「そーか」
この遣り取りを聞いていた、『魔導船が飛ぶところが見たい』組の連中が、ほっと胸を撫で下ろしているの見て、何とも微笑ましく思えた。
「一度話を整理しよう」
少々気の抜けた雰囲気になってきたので、ここで改めて気を引き締める。
先ず、魔鉱石はボスを倒した後に採掘するが、それは余裕があった場合に行ない、絶対事項ではない。
次に、ボスが今の俺達では太刀打ちできない相手であった場合だ。
この場合、極力こちらの存在を気取られないことに重点を置き、是が非でも逃げる。
逃げる場合、整備工場が安全かどうかが不確定な現状、居残り組と合流して即座に退却。整備工場に籠もる策はとらない。
具体的にどうやって逃げるかについては、相手がわからないので対策のしようが無いのが実情だ。情けないが臨機応変に、としか言えない。
そして、対応できそうな相手であった場合だ。
この場合、逃げるのと同様に具体案はないものの、”倒せる”とふんで戦うのだから、やはり臨機応変に対応することになるだろう。
一応、倒せる相手の上限は属性ドラゴンを想定している。
では、”羽の無い竜”であるバジリスクやヒュドラーが相手であった場合だ。
これらは、空を舞うドラゴンより格下だと思われている。それは、手の届く地上にいることがそう思われる要因なのかもしれないが、身体を覆う鱗がドラゴン程の硬度が無いことも理由だろう。
その代り、石化や猛毒など厄介な攻撃もある。言うほど楽な相手とは思えない。
だが、危険な攻撃手段を持つ相手だとわかっているのだから、対応策を考えれば良いだけである。
ということで、師匠の知識を元に”羽の無い竜”の対策を話し合い、それらが相手であっても戦うこととなった。
「休憩も話し合いも十分にできたね。では、少し探索をして今日の野営地を決めよう」
そう宣言すると、皆が腰を上げ動き出した。
俺達は全員が魔道具袋もどきを所有しているので、ここのような何もない岩が剥き出した地でも、各々が愛用の椅子などを出して座っている。出発時は各自が荷物を片付ければすぐに済むので、お手軽なのであった。
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