第十五話 ドッカーン

「じゃあ、何かあったら取り決めどおりに」

「了解っす」


 探索と居残りで分かれることになったので、何かあった場合には魔法を打ち上げて連絡する、と取り決めたのだ。

 そして、周囲の警戒は魔法でできるので、連絡用の魔法を見逃さないよう、仮設本部となった仮家の敷地内にそれなりの高さの櫓も用意した。


 探索隊である俺達は、腰ほどの丈もある草を掻き分けて足を進める。

 周囲は足元の草を除けば見渡しが良いので、バジリスクやヒュドラーなどの巨体の魔物が現れればすぐに気付くだろう。


「ブリっちー、風魔法でこの草を刈ったらダメなのー?」

「魔力の温存を考えて魔法を使わないようにしてたけど、これだと体力や神経の消耗の方が問題になりそうだから、交代で魔法を使おうか」

「そーしよー」


 俺と同じ小柄組のジェニーは、この草の中を歩くのが嫌だったようで、魔法の使用を求めてきた。


「じゃー、あちしからね。――えいっ」


 可愛らしい掛け声に見合わぬ魔法で、ジェニーが一帯の草をバッサリと刈り倒した。

 このジェニーという少女は、今でこそ明るい元気っ子ではあるが、元はトラウマを抱えて塞ぎ込んでいたらしい。

 というのも、ジェニーは魔法使い村で生まれ育ったのではなく、俺と出会った後に師匠がたまたま見つけて村に連れ帰ったのだとか。


 あまり人の過去を詮索するのは良くないと思い、トラウマがどのようなものだったか等は聞いていない。だが、俺の知っっているジェニーは元気な少女なのだから、それを知っていれば良い、そう思っている。


 ちなみに、ジェニーがしっかり魔法の扱いを学び初めたのは、魔法使い村で生まれた他の子より遅い。それでもジェニーが持つ元来の魔力素量が多いため、ディアナは細かい扱いより大雑把でも高火力の魔法を教えていたらしい。

 ディアナは、『習い始めが他の子より遅いのですから、細かい制御を捨てて高火力で勝負ですわ!』などと言っていたが、たった数年の遅れなのだから、基本から教えても良かったのでは、と俺は思った。

 なので、僭越ながら俺が暇を見つけては、ジェニーに細かい魔法制御を教えていたりする。


 べ、別に、ジェニーの濃紫のおさげが素朴で可愛らしいとか、妹が兄に話しかけてくるような気さくさで接してくれるのが心地良いとかじゃなくて、せっかく魔力素を多く持ってるんだから、それを上手く使えるようにちょっとお手伝いしてるだけなんだから! か、勘違いしないでよねっ!


 やはりツンデレごっこは難しい。


 閑話休題。


「しかし、所々で大きな魔力を感じるけれど、魔物は一切現れないな」

「属性ドラゴンを上回る常識を逸脱した魔力も感じられんし、本当にボスがおるのか甚だ疑問じゃ」


 俺の独り言に師匠が反応したことで、自分が言葉を発していたのだと気付く。


 いかんいかん、また独り言の癖が出てしまった。……でも今はいいか。


 今、気を使うのはそんな部分ではないと思いつつ、俺は現状に目を向けた。


「その左前方辺りに、かなり大きな魔力を感じますが、一切の動きもなく生命力を感じないんですよね」

「ブリっち、魔鉱石」


 師匠に話しかけると、俺の前方を歩いていたエドワルダが首をこちらに向け、抑揚のない声で『魔鉱石』と言ってきた。


「確かに、今の状況だけで考えると、魔素が魔物にならずに魔鉱石になっている可能性が高いよな」

「魔鉱石、集めて魔導船、飛ばす」


 あれ? もしかしてエドワルダは魔導船を飛ばしてみたいのか? 魔物がいないのは魔素が魔鉱石になっているだなんて、普段のエドワルダではありえない鋭さの推理をしてたけど、単に願望を口にした可能性があるな。

 いや、それがただの願望だとしても、それにより話し合いが進んだのも事実だ。何であれエドワルダが口に出してくれて良かったよ。


「おいブリッツェン。この先の左は少し下るみてーだぞ」


 先頭を歩くモルトケが、緊張感のまったくない笑顔でそんなことを言ってきた。

 そのモルトケは俺と違って上背があるので、視界の広さも当然ながら俺よりもある。


 それはそうと、その方向は大きな魔力を感じる方角と一致している。そして、相変わらず生命反応は感じられない。


「本当に魔鉱石があるのかもな」


 わざとエドワルダに聞かせる感じで言ってみると、再び振り返って俺を見たエドワルダの顔が、気の所為だと思うが笑顔に見えた。


 程なくして下り口の手前までくると、すり鉢状の巨大な穴が空いているのが目視できた。


「これは自然にできた感じじゃねーよな」

「そうだね。人間か魔物かわからないけど、作為的に開けられた……と言うか掘られた感じだと思うよ」


 多分、露天掘り……とかいう技法だと思う。鉱石なんかを掘る作業でこんな地形になることを、たまたまインターネットで見た記憶がある。

 この世界でも露天掘りを行なっていたのなら、ここに何らかの鉱石があるはずだ。そしてそれは、魔鉱石でほぼ間違いないだろう。


「生命の反応はないようじゃが、降りてみるか?」

「ボスがいないのであれば後回しにしたいですが、大きな魔力の反応を見過ごすのは気が引けます。なので、一応確認してみましょう」


 本心としては、この魔力反応が魔鉱石であるかをすぐにでも確認したい。しかし、今はボスの存在を確認することを最優先として行動している。ならば、生命反応のないこの場の探索は後回しにすべきなのだろう。だが、魔力反応を調べず移動したら、実はあの魔力反応がボスで裏を取られた、などということがあってはならない。

 今は生命反応がなくても、上手く隠蔽されている可能性も捨てきれないのだ。であれば、他に調べる宛のない今こそ、魔力反応の発生源を確認するに限る。


「ブリっち、調べたくて、ウズウズしてる」

「うっ……」


 これはボスがいないかの確認であって、断じて『魔鉱石ってどんなのだろう』という好奇心が勝ったのではない。


 エドワルダの言葉に、心の中で俺は必死に反論……言い訳をしていた。


「と、取り敢えず降りてみよう。くれぐれも警戒は怠らないようにね」


 すり鉢状の巨大な穴は、通行用のスロープなのだろうか、なだらかな螺旋状の下り坂があったので、そこから下りることにした。


「道中は何もありませんでしたね」

「途中にあるものは全て採掘済み、ということかの」


 程なくしてすり鉢の底に辿り着いたのだが、途中で物珍しい何かを目にすることはなかった。


「で、視認できる範囲にそれっぽい物は無いけど、所々に大きな魔力を感じるね。特にあの辺に密集している」

「土魔法で掘り出すのー?」

「そうだね。一応、少し離れた場所からやろうか」


 俺の言葉に、ジェニーが何故かウズウズした感じで反応してきた。エドワルダのみならず、ジェニーも魔鉱石を楽しみにしているようだ。というか、魔導船が飛ぶところを見たいのだろう。


 それはそうと、魔鉱石であろう物の採掘に関してだが、大凡この当たりだろうと思える場所の土を軟化しようと思ったのだが、魔鉱石も軟化してしまい、溜まっていた魔力が漏れ出してしまう可能性を考え、この方法は却下した。

 では、通常の採掘作業のようにガツガツと掘り出すのか、というと、生憎そんな道具は持ってきていない。


「魔法でドカーンってヤっちゃうのはダメなのー?」


 ジェニーが何とも物騒なことを言うが、「それにより魔鉱石が粉砕しても、掻き集めればよいのでは?」とディアナが追従したことで、他に手段がない現状は『魔法でドカーン』案を採用する他なかった。


 軟化して魔力が漏れ出すより良くない気がするけど、なんか皆が納得しちゃってるんだよな。かといって、最善策が思い浮かばないのに反対だけするのも何だし……。


「この魔力の感じだと、それ程深い場所ではないと思うんだ。だから、少し加減してやってね」

「了解だよー」


 魔法でドッカーン作戦を言い出したジェニーが、ディアナに叩き込まれた高火力の魔法で作業を行なうことになったのだが、この子の魔法はムラがある。なので、そのムラの振れ幅が少しでもマシな方になるよう、おまじない程度に加減するようお願いしてみた。


 ――ドゥゴォーーーン


 すると、『加減したのだろうか?』と、首を傾げたくなる程の轟音が響き渡り、周囲が土煙に覆われた。


「ブリっちー、何かあるよー」


 土煙を作り出した張本人は、何ら臆することなく視界の悪いその中に駆け込んでいくと大声を出した。

 別段急ぐ必要も無いので、周囲を漂う土煙が消えるのを待ってジェニーのいる場所に向かうと、光沢を放つ真っ黒で巨大な物体がそこにあった。

 その物体は、光の加減で濃紫や濃紺のように見えたり、青や赤、茶や黄色など様々な色合いを見せ、何とも不思議な輝きを放っている。


「これって、伏魔殿のボスから取れる魔石に似てるな」

「ボスの魔石も魔鉱石の一種なのかしら?」


 俺とともにボスを仕留めた経験のあるエルフィも、俺と同じように感じているようだ。


「高濃度の魔力が宿ると、このようになるのかもしれんの」


 俺とエルフィの会話に、ドラゴンの魔石を見たことのある師匠も混ざってきた。


「何にせよ、あれだけ大きな魔導船を動かすだけの魔力を秘めているのですから、魔鉱石の一つ一つがボスの魔石並の魔力を持っていても不思議ではありませんね」

「そうじゃの」


 そんな会話をしながらも、あの爆発魔法に耐えうる魔鉱石の強度に、何気に驚いていた俺であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る