第十四話 可能性
「そういえば、なんであのロートドラゴンがサブボスってことになってるの? ここにボスがいるか確認した人はいないんだよね?」
「ちょっと待って。それって、あのドラゴンがボスだった可能性があるってこと? もしそうなら、残党が伏魔殿を出ている可能性があるじゃない!」
俺の言葉に、取り繕うことも忘れたエルフィが食って掛かってきた。
「ブリッツェン様、お父様から何か連絡はきていませんか?」
「あっ、すっかり確認するのを忘れていた」
ボスを討伐する算段がついたら、アルトゥールに通信魔道具で連絡して残党狩りの準備をしてもらうことになってはいたが、自分から連絡することは覚えていても連絡がくる可能性を失念していた。
通信魔道具は封書などを送れる魔道具で、小物だけが送れる一種の転移陣なのだと思う。
それは、現代日本的にいえばメールのようなものだが、携帯電話などと違って着信音などの便利機能はない。なので、確認作業をしなければ封書が届いているかわからないのだ。
「あれ、何も届いていないですね」
「慌ただしくて書を認める時間がないのか、それとも何事も起こっていないのか、現状では何もわかりませんね」
「そうですね。では、ロートドラゴンを倒した旨を伝えて、もしかしたらそれがボスであった可能性と、境界が消滅していないかの確認もしましょう」
ロートドラゴンがボスであったなら、伏魔殿との境界がなくなっているはずだ。それまで目視できていた境界がなくなれば、ボスが倒されたとわかるはず。そうなれば、俺から連絡がなくても、残党狩りを行なう者達を動かしているだろう。
俺とシェーンハイトで、アルトゥールとの連絡のあれこれをしている間に、他の皆は現在おかれた状況であったり、可能性を話し合っていた。
その話し合いの結果――
・ロートドラゴンがボスで、既に境界が消滅している
・魔素は魔鉱石になっているため、ボスは存在していない
・ロートドラゴンはサブボスで、属性ドラゴン以上のボスが存在している
・魔素は魔鉱石になっているが、属性ドラゴン以下のボスが存在している
この四点が可能性の高い、と思われる。
上二点の状況であれば、俺達は楽であるがアルトゥールとしっかり連絡を取って残党狩りをしてもらわなければならない。
下二点であるなら、俺達はこれからが正念場となるが、ボスが属性ドラゴン以上の場合、残念だが撤退しなければならないだろう。しかし、新たな意見である、”属性ドラゴン以下のボスが存在している説”のとおりであれば、みすみす見逃すのは愚策だ。
「安全第一でこのまま退くのも手ではある。仮に、属性ドラゴンを上回るボスがいるのであれば、これが一番賢い選択じゃ」
「冒険者は命あっての物種ですからね」
「でもよー、調べもしないで憶測で判断するってのはどーなんだ?」
俺と師匠の言葉に、モルトケが食って掛かってきた。
「いざ調べました、敵に見つかりました、殺されました。ってこともあるから、退くのであれば、何処で退くかも大事なんだ。もう少しだけ調べよう、のその”もう少し”が命取りになる場合もあるし」
「ブリッツェンの言わんとすることもわからなくはねー。けどよー、もしかしたらそんな化物はいねー可能性だってあんだろ?」
「可能性の話であれば、いるかもしれないし、いないかもしれない。何と言えないね」
「だったら、オレが調べる」
属性ドラゴンを上回るボスなんていないのであれば、モルトの判断が正しいことになる。だが、いた場合は取り返しのつかないことになる。だからこそ、迂闊に判断できないのだ。
「いや。アルトゥール様からの連絡を待とう。もし境界が消滅していれば、ボスはいないと断定できる。まだ境界が残っているなら、どんな魔物にせよボスが健在だと判明する」
「ブリッツェンの言うとおりじゃな。まずはそこからじゃ」
「じゃー、ボスがいなけりゃその後は探索するとして、ボスがまだいるってなったらどーするよ?」
取り敢えず、モルトケは今すぐ探索することは諦めてくれたようだ。
「少し宜しいでしょうか。ブリッツェン様にとって、わたくしが足枷になっていることは存じております。ですので、わたくしがこの場からいなくなれば存分に行動できると思うのですが、わたくしとルイーザ、ルイーゼの三人で伏魔殿からでるのは難しいでしょう。ですが、この付近に魔物が出ないのであれば、ここに留まって置くことくらいは可能かと」
「ちょってお待ちくださいな。お姫ちゃんは三人でここに残ってお留守番をすると?」
爵位などとは無縁な魔法使い村で育ったディアナは、細かいことは気にせず「公爵令嬢も王様の血が入っているのでしょ? でしたらお姫様ですわ」と、シェーンハイトを『お姫ちゃん』と呼ぶ。
そんなディアナが、硬い表情で決意を語るシェーンハイトに待ったをかけた。
「そうするのがよろしいかと」
「確かに現状は魔物が現れていませんわ。ですが、絶対に出ないとも言い切れない。そのような場所で三人でとどまるのは危険ですわよ」
妖艶なお姉さんであるディアナは、見た目によらず面倒見が良く、シェーンハイトのことも心配してくれているようだ。
「それなら、自分達も残るっす。リーダー達と行動するには自分達も足手纏になっちゃうっす。でも、シェーンハイト様の護衛であれば役に立てるかもしれないっすから」
ヨルクの言葉に、うんうんと頷くシュヴァーンの残り三名。
「私も残る方がいいわね」
皆が緊張の面持ちでいる中、場にそぐわぬ笑顔を見せるアンゲラだが、それでも我が姉には笑顔がしっくりくる。そんなアンゲラも居残りを宣言する。
そうなると、魔法使い村の皆と俺、それからエルフィとエドワルダが今後の活動メンバーとなりそうだ。
「では、ボスがいると仮定した場合、あくまでも探索をするのであって、ボスと戦闘するのではない、という前提で行動する感じですかね?」
「属性ドラゴンを上回るドラゴンがいたとすれば、戦闘するのは避けたいところじゃからの」
「もし、ドラゴン以外のボスがいたらどーするよ?」
話し合いを進める為なのか、単に戦闘がしたいが為なのかわからないが、モルトケが発言してくれると、何だかんだで現実的な対策案が出てくるので、何気に彼の発言が有り難い。
「余程の魔物でない限りは戦闘じゃろうな。とはいえ、いきなり襲いかかったりはせんぞ」
「余程の魔物とは?」
「そうそうおらんじゃろうが、『陸の竜』と言われるバジリスク、『多頭の蛇』ヒュドラーなどかの。どちらも巨大な蛇らしいが、羽の無い竜でドラゴンの一種とも言われておる」
「羽の無い竜ですか。……ですが、飛び去られないだけ、ドラゴンよりやり易そうな気がします」
空に逃げられてしまうのが、何より戦い辛いからな。
「じゃが、どちらもドラゴンのような硬い鱗で覆われており、バジリスクは猛毒を吐き視線で石化させると言う」
「コカトリスの尻尾の蛇と似てますね」
「あれは石化の時間も短い上に、本体が硬くないからの」
冒険者になりたての頃、エルフィが大層お気に入りで年がら年中食べていたコカトリス。あれは尻尾の蛇と視線を合わせると石化させる魔物だったが、似て非なるものなのだろう。
「では、ヒュドラーとは?」
「実際にいくつの首があるのか知らんが、とにかく複数の首を持っておるようじゃ。そして、多頭から吐き出される猛毒がかなり厄介で、通常は解毒が不可能じゃ」
「通常は?」
「高度な光魔法の使い手であれば解毒ができるらしいの」
アンゲラとエルフィ、それにシェーンハイトとイルザが光魔法の使い手だが、高度な使い手の基準がわからない以上、過度な期待をしない方が良いだろう。
「それでいて硬い鱗に覆われている……と」
「そうじゃ」
空に逃げられることはないが、むしろドラゴンより厄介な気がする。
「まぁ硬い鱗といえど、ドラゴンよりは一段落ちるようじゃ」
「何にしても、一筋縄ではいかなそうですね」
そんな会話をしていると、通信魔道具に反応があった。
通信魔道具は、日本の神棚をヨーロッパの古代神殿風にした外観なのだが、封書が届くと中央にある魔法陣が光るのだ。
平時は魔道具袋もどきにしまってあるので、確認する際にその都度取り出しているのだが、今は急を要するので出したままにしておいた。
そもそも、通信魔道具は持ち運ぶような使い方はしないので、俺の扱い方がイレギュラーなのだとか。
ちなみに、冒険者ギルドには通信魔道具が設置されており、以前の『王女誘拐事件』で俺が拘束された際、通信魔道具を使って俺の身元を確認したのだと、後にアルトゥールに聞いた。
閑話休題。
「なになに、境界は健在。ボス討伐がいつ行なわれても良いように、周辺の警備体制は万全。とのことです」
「まだボスがいるってことだな」
「モルトケの言うとおり、ボスは健在だ」
境界が消滅した、という連絡を待ち望んでいたが、そうは問屋が卸さなかったようだ。
「これで、探索に出ることは確定ですか?」
「そうなりますね」
「わたくし共は、魔導船の所まで戻った方がよろしいですか?」
「離れ過ぎなのも心配ですので、この付近に仮家を建てましょう」
魔導船の整備工場は、そこまでの通路にモグタンが出るが、それ以外の魔物が出ていないので安全な気もするが、それとて絶対ではない。そうなると、離れた場所でシェーンハイトに何かあった場合、それに気付けない可能性がある。それを考えると、迂闊に移動してもらう訳にはいかないのだ。
しかし、この付近は遮る物が何もない広々とした場所。そんな所に仮家を建てるのは少々危険なので、現在地より若干下った場所を整地してから仮家を建てた。その際に周囲も整地して、斜面の上方から奇襲を受けないようにも配慮している。
「土魔法は凄いわね」
「そうですわねお姉様。何もない場所が、あっという間に要塞になってしまうのですから」
土属性に適性のないアンゲラとエルフィが、どこか羨ましそうにそんな会話をしていた。
それもそうだろう、木々が生えていただけの山の中に、突如として整地された場所と家、そして『絶対に侵入を許さない!』と言わんばかりの堅牢な分厚い壁が周囲を覆っているのだ。凄い、と言いたくなるのは理解できる。
とはいえ、伏魔殿の中に絶対安全な場所などない。居残り組には気を抜かないようにしっかり釘を刺しておく必要があるだろう。
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