第十一話 大きな建造物

「何ともあっけなかったですね」

「あれだけ対策をして役割を振っておれば、モグタンなど恐るるに足らぬわ」


 整備工場へ向かう洞穴では、魔法村のメンバーも合わせて役割を振っていたので、各々が役割通りに動いた結果、本当にあっさり通過できてしまったのだ。


「帰ったらこの爪でレイピアを作ってもらいたいわ」


 魔道具袋もどきからモグタンの爪を取り出したエルフィが、ニタニタしながらそんなことを言っていた。


 俺がシュヴァーンと離れて行動していた頃、俺が持っていた知識の穴を埋めようと、イルザは魔物の情報を集めていた。そんな過去の努力もあり、イルザがモグタンのことを知っており、その爪が高級素材であることを教えてくれたのだ。

 なんでも、鍛えた鉄製の剣を凌駕する硬度を持つモグタンの爪は、滅多に市場に出回らないこともあり、かなり高値で売れるらしい。

 しかも、単に珍しいだけではなく実際に優れているのだから、高いのは希少性だけのものではなく、実用性も相まってのことだという。

 そんな素材だと知ったエルフィは、かなりくたびれてきた愛剣のレイピアの二代目として期待しており、既に浮かれているのだ。


「姉ちゃん、モグタンの爪を加工できる職人は滅多にいないって話だよ。せっかく素材があっても加工できる職人がいなければ、レイピアは作れないんだよ」

「それなら、お父様に頼んで職人を探してみますわ」

「ありがとう存じます、シェーンハイト様」

「エルフィお姉様のためなら、これくらいお安い御用です」


 俺とエルフィの遣り取りを見ていたシェーンハイトが、ここぞとばかりに助け舟を出してきた。

 シェーンハイトの言葉を聞いたエルフィは、ニヤけそうな顔を取り繕った聖女の笑みで誤魔化そうとしていたが、ヒクつく口角のせいで誤魔化しきれていなかったのである。


「それにしても広いっすね」

「地上で谷の幅を確認しできなかったけど、これだけ幅があると橋を渡すのも難しいだろうな」

「それに深いっすね」

「そうだな」


 谷の底だと思われるこの広場は、俺達が下りてきた側から逆の崖までキロ単位である広大なものであった。

 ヨルクと二人でその端から視線を上げていき、谷底から切り立った崖の先を見上げているのだが、口をぽか~んと開けたマヌケ面になっているだろう。


「上から落ちたら痛そうっすね」

「痛いを通り越して死ぬと思うぞ」


 なんともマヌケな遣り取りである。


「ブリッツェン、昨日は確認しなかったのだが、この先に石造りの建築物がある」

「じゃあ、見てみましょうか」


 俺の視界にも捉えている、広大な広場にある大きな建造物。きっと、中に魔導船があるのだろう。


「ブリッツェン様、なんだか嬉しそうですね」

「古い書物で魔導船の存在は知っていましたが、現存している物は無いと思っていたのです。それが王都にあるとシェーンハイト様に聞きましたし、きっとこれから入る建物にもあるでしょうから、恥ずかしながら少し興奮しています」


 魔力で空を飛ぶ船をこれから目にする。そう思うと、どうしてもワクワクした気持ちが抑えられないのだ。


 左斜め前方にある巨大な建築物に近付くと、それなりに大きな扉がやけに小さく見えた。


「ここが出入り口かの」

「まだ中を確認してないからな、一応警戒しといてくれ。んじゃ、ちょっくら見てくるか」


 先行する師匠の言葉を聞いたモルトケが、俺と同じようにワクワクしていた気持ちを抑えきれなかったのだろう、一人で扉に向かうがどうやら苦戦しているようだ。


「どうしたのモルトケ?」

「この扉、押しても引いても開かねーんだ」


 縦横三メートル程で真ん中から分かれている扉の取っ手を持ったモルトケが、うんうん唸りながらそんなことを言っている。


「だったら横に引けばいいんじゃない?」

「横に引く?」


 モルトケが、『何言ってんだコイツ?』みたいな顔で俺を見てくるではないか。

 そこで思った。この世界は開き戸ばかりで、横にスライドさせる引き戸がないのだ。

 引き戸がない世界なのだから、長い年月を経て歪んだりしていて扉が重くなっているだけかも、と思ったが、駄目で元々と思い一応横にスライドさせてみる。


「おっ、開いた」

「横に動く扉なんて初めて見たぞ」


 俺にとっては珍しくも何ともないことだが、モルトケには衝撃的だったようで、『すげーすげー』と扉を動かしている。


「モルトケ、中の様子を見るんじゃなかったの?」

「おっ、そうだった」


名残惜しそうに扉から手を離したモルトケが中に足を踏み入れ、俺もその後に続いた。


「ブリッツェン、照明を出してもらえるか」

「俺が来なかったらどうする気だったんだよ」

「ん? そんなの、剣に炎を纏わせて振り回せばどーにでもなる」


 うん。俺が付いてきて良かったよ……。


「外観通り、天井が高いな」

「オレは船ってヤツを知らねーんだけど、とにかく乗り物が空を飛ぶんだろ? やっぱドラゴンみてーにデカいんだろうな」


 人が乗れて空を飛べるとなると、イメージできるのはドラゴンくらいしかない世界だ、きっとモルトケの頭の中では魔導船が翼をはためかせていることだろう。

 それはさておき、ここの天井はかなり高い。目視で距離を測るのは難しいが、こと高さとなるとより難しい。それでもこの天井が十メートル以上の高さはある。

 なぜそう言い切れるかと言えば、十メートルは照らせる照明を出しているにも拘らず、それでも天井が見えないからだ。


「見える範囲に魔物はいなさそうだね。もう少し先まで見てみようか」

「おう、しっかり見ておかねーと後で大変だからな」


 外観からして大きいことがわかっていたが、やはり中に入って見通しが悪いとなると、この建物の巨大さを再認識させられた。


「ってか、随分と変な形の壁があるな」


 薄っすら見えていた巨大なシルエットに近付くと、モルトケはそれを壁と称した。


「壁じゃないよ。これが魔導船だよ」


 いやはや、想像していたより大きな船が鎮座しているのを見て、俺ははしゃぐこともできず、逆に冷静になってしまった。


「これが魔導船ってヤツなのか?」

「そうだね」


 地球より文明の発達していない世界にきて、船といえば川に浮かぶ手漕ぎボートのような小さなものしか見たことがなく、まさか空を飛ぶ巨大な船を目にするとは思ってもいなかったのだ。俺はこれにかなり感動してしまった。


 その後、建物内をざっと見て回ったが、魔物が侵入していた形跡は見当たらない。しかし、整備工場だというので、沢山の魔導船があると思っていたところ、あったのは一隻だけだったのには少しがっかりしてしまった。


 それから一度戻り、皆を連れて中に入る。

 照明魔法が使える者が複数いるので、かなり回りが見渡せるようになり、魔導船の全貌が明らかになった。

 その形は、水の上を航行する船そのものだ。

 とはいえ木製で少し古めかしく、近海で一人漁を行なうオッサンが操縦する漁船を巨大化した感じなので、戦艦のような高い艦橋はない。


「上の方も見てみようか」


 誰に言うでもなく、俺はそんな言葉を口から出し、誰かが賛同してくれないか待つ。

 正直、すぐにでも飛び乗りたいのだが、協調性のない行動を慎もうと、僅かばり残った理性で自分を押し留めたのだ。


「ブリっち、ボクも見たい」

「リーダー、自分もみたいっす」


 エドワルダとヨルクか同調したことで、他の皆も見たいと言ってくれた。

 しかし、いくら自己強化をしても、十メートルに届きそうな高さにある甲板まで跳躍できる者は少なく、抱えて連れていく……のも無理だろう。

 なので、一先ず自力で飛び乗れそうな者から乗り込んだ。

 そして甲板に上がって思ったのは、この魔導船は材質こそ木材だが、立派な旅客船というか大型クルーザーだな、と。ただ、上に伸びているのではなく、屋形船のように客室が後方に長く伸びている。


「見惚れている場合じゃなかった。――そんじゃ、縄を垂らすからよじ登ってきて」


 魔道具袋もどきから取り出した縄を程よい場所にあった柱に結び、縄の反対側を下へ降ろした。

 しかし、傾斜のある船体に足をつけて踏ん張ることができないので、垂れ下がった縄を腕力だけで登らなくてはならい。それは腕力の弱い女性には過酷だろう。

 だがしかし、自己強化を施した女性陣は逞しかった。

 一番力の弱いシェーンハイトであっても、余力を残して登りきることができたのだ。


「わたくしは、もう少し身体を鍛えないといけませんね」


 恥ずかしそうに照れ笑いをしながらシェーンハイトは言うが、公爵令嬢のような立場で十メートルの縄を腕力だけで登りきれる人はいないだろう。それが魔法を使ったとはいえ、常識はずれなのだから、身体はこれ以上鍛えなくても良いと思う。

 ただ一言だけ言いたい。


 シェーンハイト様、あんた可愛すぎるよ!


「この魔導船は、王都にある物より大きいみたいですね」

「そ、そうなのですか?」


 シェーンハイトに見惚れていると不意にそんなことを言われ、思わずどもってしまった。


「下から見ていた際にはわからなかったのですが、上に乗ってみてこの『かんぱん?』を見た感じ、王都の魔導船より広く感じましたので」

「なるほど」


 この中で実物を見たことがあるのはシェーンハイトだけだが、彼女が言っているのが本当であれば、魔導船は大きさが一種類だけではないということだ。

 だからといって、現状は動かせないのだから、大きかろうが小さかろうがどうでもよい。ただ、この大きな物体が空を飛ぶ、その浪漫に溢れる船があることだけで俺は満足であった。

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