第十二話 黒光りする大っきーの

「ねーねーブリっちー、この『まどーせん?』の中も見てみたーい」


 エドワルダと同じように俺を『ブリっち』と呼ぶのは、バカ魔力の持ち主であるジェニーだ。彼女のように魔法使い村で育った子は、貴族の身分も何も関係ないなので、俺に対して臆することなく気軽に話し掛けてくる。これは何気に嬉しかったりするのだ。


「今はボスを目指す道中でここに寄っただけで、魔導船が最終目標ではないんだよ。俺も色々と調べてみたいけど、それをやりだしたら止まらなくなりそうだし……。まぁ、無事にボス退治ができたら、その時に改めて中を見ようよ」

「う~、ブリっちの意地悪ぅ~」


 嫌々をするようにジェニーが頭を振り、濃紫のおさげがブルンブルン揺れている。

 こういった、子どもが子どもらしい感情を行動で表すのは、俺の周囲では珍しい光景なので、近頃はジェニーが俺の癒しになりつつあった。


 それはそうと、魔導船の中を調べないのは、俺自身を自制するための措置なので、ある意味では意地悪なのかもしれない。だが、伏魔殿の平定は俺達だけで行なうのではなく、ボス討伐後の残党狩りのために多くの冒険者や騎士が準備をしている。予定は未定ではあるが、一日でも早く事を成したいのだ。

 ジェニーには申し訳ないが、ここは我慢して欲しい。


「なんじゃ、中の確認はせんのか?」

「魔導船内部の確認より、先を急ぐ方が先決かと」

「先を急ぐために、内部の確認をすべきではないのか?」


 師匠は、反対側の崖の先にボスがいるのであれば、この魔導船で移動するのではないか、と言う。

 俺としては、下りてきた崖側と同じように、反対側も通路があると思っていたのだがそうとは限らない。であれば、魔導船で移動することも視野に入れるべきだろう。


「それなら、魔導船と崖側に通路があるかの確認で、二手に別れますか?」

「それが良かろう」

「では、また昨日と同じ組分けでいいですかね?」

「ブリっち、あちしはこっちの探索がいーの」

「どちらかといえば、あっちの探索の方が人手が必要なんだけど……」


 魔導船の方は危険がほぼ無いことはわかっているので、できれば崖の探索に人数を割きたい。しかし、ジェニーはどうしても魔導船の中を探索したいようだ。


「リーダー、自分達が崖の探索に行くっすよ」

「こっちに居ても暇そーだしー」

「暗い所は、気分が沈む」

「あたしは残りたのですがぁ~……」

「じゃあ、イルザ以外の三人は崖の探索ね。それでジェニーは居残りで」

「やったー」


 これでも居残り組が多いけど、シェーンハイト様と護衛の双子は仕方ないし、姉さんも探索に向かないしね。あぁ~、姉ちゃんとエドワルダには探索に出てもらおうか。


「姉ちゃんとエドワルダも崖探索に出てもらってもいいかな?」

「かまいませんわよ」

「了承」


 お澄まし姉ちゃんと、いつもどおり眠たそうなエドワルダがサクッと受け入れてくれたので、それからは分かれて探索となった。


「照明魔法は姉さんとシェーンハイト様に任せてよろしいですか?」

「私は大丈夫よ」

「わたくしも大丈夫です」


 照明係といえば裏方のイメージだが、表舞台でバリバリ活躍する女優の如き美貌の持ち主であるアンゲラとシェーンハイトの二人ほど、裏方という言葉が似合わない人達はいないだろう。

 そんな贅沢な照明係を従えて操舵室と思わしき場所に入ると、前方中央が一段高くなっており、そこに一人掛けのシートがあった。


「この支柱にあの舵輪を嵌めるのかな」


 シートの前にそびえ立つ支柱に突起があり、その場所とサイズから、神殿で見つけた舵輪を嵌めて操縦するのだと思った。


「あの変な大きい黒光りした車輪みたいのをはめるのー?」

「そうだよ」

「ブリっちー、大っきーのはめてはめてー」

「お、おぅ……」

「ここかなー? 多分、ここにはめるんだよー」


 ジェニーは純粋に舵輪を支柱に嵌めて欲しいのだろうが、些か心の濁った俺には違う意味に聞こえてしまった。


「よーし、嵌めちゃうぞー」

「はやくはやくー、黒光りする大っきーのはめてー」

「い、いくぞー」


 つい、悪ノリをしてしまった……。


 ――ガチャリ


 舵輪を嵌めると、そんな音が聞こえる。しかしそれだけで、何かが起動するようなことはなかった。


「これで、動力源である魔鉱石があったら動いたのですかね?」


 真横で、「黒光りする大っきーのがはまったー」と喜ぶジェニーに、『その台詞を違う機会に聞かせてくれ!』と思いつつも、俺は至極真面目な顔を作り、シェーンハイトに話しかけた。


「王都の魔導船も舵輪はありますが、ただ嵌めただけでは動かないようです。やはり、魔鉱石がないと駄目なのでしょうね」

「そうですよね」


 ジェニーの所為で、シェーンハイトの口から『嵌めた』という言葉が出ただけで、俺は薄っすら興奮してしまった。まるで盛りのついた中坊のようだ。……、いや、ジェニーの所為ではない、俺の心が濁っているだけだ。


「ブリっちぃ~、はめたのに動かないのぉ~」

「駄目みたいだね」

「じゃー、この黒光りする大っきーのだけでも動かしていーい?」

「無理に動かすのは良くないから、今は弄らないで欲しいかな」

「せっかくはまったのに動かしちゃダメとか、ブリっちの意地悪ぅー」

「…………」


 俺の心がどんどんけがれていく……。


「ブリッツェン様、どうかなされましたか?」

「な、なんでもございませんシェーンハイト様。――ここは魔鉱石がないと何も変化が起きないでしょうから、他所を見てみましょう」

「それでしたら、舵輪を嵌めたままにしておかず、一度抜いた方がよろしいのでは?」

「そ、そうですね」


 嵌めたままにしておかず、一度抜く……って、何を考えてるんだ俺!


 ジェニーはともかく、アイドルであるシェーンハイトを邪な目で見るのはダメだ、そう自分に言い聞かせ、俺は真面目に探索をすることにした。


 魔導船は、船底から甲板まで十メートル程もあるので、船内はかなり広かった。

 最初に降りた階層――便宜上、地下一階としておこう――は、乗客用らしき部屋と、若干窮屈そうな乗組員用の部屋らしき船室があり、他にも調理室などの作業用の部屋もあった。

 一番驚いたのは、浴室らしき部屋があり、浴槽が設置されていたことだ。

 この世界では、貴族であっても湯船に浸かるのはほんの一握りしかいない。豪華客船っぽいとはいえ、魔導船に風呂があったのには正直ビックリしてしまった。


 更に下の階層に移動する。

 その下の階層――地下二階は、一気に下まで降りる必要があった。それは、貨物室らしき大きな空間と、飛行させるための機関室的な場所の確保のためだと思われる。


「ここが魔導船の心臓部分ですかね」

「沢山の管があり、何だか凄そうな感じです」


 僅かに残った記憶の中に、SL蒸気機関車で石炭を放り入れる映像があった。そして、ここはそれと似たような形状をしている。

 憶測だが、ここに魔鉱石を入れるのだろう。ただ、蒸気機関車が石炭を燃焼するように、魔鉱石もここで燃焼されるのかは不明だ。


「見た感じですと、配管が朽ちているような場所はありませんね」

「そうですね。これでしたら、魔鉱石さえあれば動き出しそうですな感じがします」

「シェーンハイト様は、王都にある魔導船のこの部分まで見学されたのですか?」

「生憎、上層の部屋しか見ていないのです」

「では、王都の魔導船の配管がどうだったかは不明と」

「お役に立てず申し訳――」

「いえいえ、シェーンハイト様が謝ることではありませんので」


 シェーンハイトが頭を下げようとしたのを察し、俺は咄嗟に言葉を挟み、それを阻止した。


 そうなると、王都の魔導船が単に燃料である魔鉱石が入手出来ずに動かせないのか、はたまた、動作部位や配管に問題があって動かせないのかは謎だな。


 その後、一通り船内を回ってみたが、見える範囲に欠損や破損はないと感じた。

 これであれば、本当に魔鉱石さえあれば動かせるのではないか、と思えてくる。

 そして、船内を歩いていて気付いたのだが、一般家庭でも使われている魔導照明のような物が等間隔で設置されているので、これも動力があれば作動しそうな気がする。


「魔鉱石さえあれば、飛ばなくても家として快適に過ごせそうな程立派な造りですね」

「王都の邸宅と比較してしまうとやはり見劣りしてしますが、それでも素晴らしいと思います」


 そうだ、シェーンハイト様は生粋のお嬢様だった。


 操舵室に戻り、改めて室内を調べながらシェーンハイトと会話をしたのだが、会話を振る相手を間違えたと後悔してしまった。


「ねーブリっち」

「なんだいジェニー」

「ここに座ってこの魔導船を操縦するんでしょ?」

「多分そうだよ」

「でもー、ここからだと前が見えないよ」


 ジェニーに言われて気付いた。確かに、ここからでは外が見えないのだ。

 魔鉱石を用意して起動させると、液晶パネルが現れる……なんてことは流石にないだろう。だとしたら、どうやって外の様子を確認するんだ?


「王都の魔導船は、ここが見たこともないくらい綺麗で透明なガラスでしたよ」

「透明なガラス?」

「はい」


 この世界にもガラスは存在しているが、技術が発達していないようで、無色透明なガラスは作られていないのだ。


「もしかすると埃を被っているだけで、この魔導船にも透明なガラスが使われているのかもしれませんね。ちょっと表に出て確認してみます」


 俺はそう言うと操舵室から出て、ガラス張りになっているであろう場所へ足を運ぶ。

 そして、おもむろに魔道具袋もどきから襤褸切れを出し、サッとひと撫でしてみる。


「おぉー、操舵室の中が見える」


 完全に拭ききれてはいないが、室内で待つシェーンハイト達がしっかり見えた。

 そこでチマチマ拭くのも手間なので、水圧を十分に落とした水魔法で全面を綺麗にして、風魔法の風圧で余分な水気を飛ばす。


「まさか、この世界でここまで透明度の高いガラスを目にできるとは思わなかった。なんだか感動しちゃったよ」


 前面を透明なガラスで守られた操舵室を、甲板を数歩下がった場所から見た俺は、なんとも言えない心境になり、つい独りごちてしまった。


 それからまた操舵室に戻ると、魔鉱石が見付かった場合を想定して、この魔導船をどう動かすのかをマニュアルと照らし合わせながら確認した。



「ブリッツェン、みなさんが戻られたわよ」

「ありがとう姉さん。今行くよ」


 俺は操舵室で色々と熱中して調べていたようで、いつの間にか室内は俺だけが残っている状況だった。照明だけは誰かが時折掛け直してくれたのだろう。

 時間はそれなりに経過しているようだ。


「師匠も皆もお疲れ様。――どうでした?」

「うむ、あちらと同じようにこちらちにも通路はあったが、中も同じように迷路になっておったわ」

「それでも、師匠たちは通行可能な状態にしてしまったのでしょ?」

「なんじゃ、してはいかんかったか」

「いえいえ、流石だと思っただけです」


 通路があるかを調べるだけであれば、こんなに時間はかからないだろう。時間がかかったのは、通行可能な状態に整える作業をしていたから、と昨日のことで俺は学んだ。


「では、わざわざ魔導船を使わなくてもあちら側へは行けるのですね?」

「勿論じゃ。しかしその言い草だと、この魔導船は動かせるのか?」

「いいえ。動かせないからこそ、この魔導船が必要だと言われなくてよかった、と安堵したのです」


 師匠とそんな会話をしている後方では、更に増えたモグタンの爪を取り出したエルフィが、「これで沢山レイピアが作れるわ。主に使うレイピア。それが折れてしまった場合の予備。その予備が折れてしまった場合の予備。更に部屋に飾る用とその予備。この際だからレイピアの二刀流もありだわ」などと大はしゃぎしている。


 エルフィのこの感じは、気に入った食材をとにかく確保するのと同じだ。食べる物以外でもこれだと、我が姉には本質的に収集癖があるのかもしれない。


 そんなどうでも良いことを考えつつ、師匠と明日の予定を話し合い、夕食の後はゆっくり休んだ。

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