第十話 エルフィはやはり良い姉だ

「ブリっち」

「なんだいエドワルダ」

「妖精様が、呼んできなさい、って」

「わかった。ありがとね」

「ん」


 エルフィは俺に怒られると思ったのだろう。わざわざエドワルダを使いによこしていた。

 気の強いフリをして、こうして俺の機嫌を伺ったりする姉ちゃんは何気に可愛いよな、などと思いつつ、少し離れた場所にいるエルフィの許へ向かった。


「どうした姉ちゃん」

「皆がまだ戻らないのだけれど、大丈夫かしら?」


 少し意地悪をしてやろうと、些か不機嫌そうな感じでエルフィに声をかけてみた。

 憂いを帯びたような姉の表情に、ちょっと意地悪過ぎたかと思うや否や、そんな俺の態度の所為ではなく、純粋に心配事を抱えているが故の表情なのだと気付き、すぐに思考を切り替えた。


「この本を鵜呑みにするのなら、それ程危険だとは思わないんだよね」


 昨夜に軽く目を通しただけではわからなかったことが、先程までにある程度は理解できた。そこから考えると、整備工場までの通路であろう洞穴は、危険度は少ないと思われる。


「でもそれは、まだ稼働していた頃の話でしょ? 今は伏魔殿になっているのだから、魔物が住み着いている可能性もあるわよ?」

「あぁ~、その可能性はあるよね」


 元より魔物がいる可能性を考慮して、安全に通行できるか確認に出てもらっていたのだが、いつしか、神殿に魔物が居ないのと同様に、整備工場へと繋がる通路だから魔物は出ない、俺はそう思い込んでしまっていた。


「やっぱり、全員で行動するべきだったかな?」

「……変な意味に取らないで聞いてね。――もし、中で何かあったとしたら、最小限の犠牲で済んだ、そう考えることもできるわ」

「――なっ! いくら姉ちゃんでも今の言葉は許せないよ!」


 冒険者などやっていれば、自分を含めて仲間の誰かが大怪我や、下手をすれば命を落とすことはあるかもしれない。そんなことがないように心掛けていても、絶対安全な行動などないだろう。だから万が一なにかあれば、それは受け入れなくてはならないと考えていた。

 しかし、そのことをエルフィに言われた俺は、”受け入れる気などない”と言わんばかりに激昂してしまったのだ。


「あ、あくまで可能性の話であって、もしそうだとしたら、シェーンハイト様を巻き込まない判断をした、そう思えるようでなくては駄目よ。――あんたはこれから領主になり、多くの住人を従えていくの。あんたの判断で多くの人の運命が左右される。そんな立場にあんたはなるの。だから、あんたが決めたことで起こることに、一々狼狽うろたえては駄目なのよ」


 姉ちゃんの言うことは尤もだ。でも、誰かの命を守るために、他の誰かの命を犠牲にする。それを受け入れる覚悟が、今の俺には足りない……いや、皆無だ。


 碌な覚悟もないのにそんな立場になろうとしていることに気付かされ、この先を思うと気が重くなるが、今はそんなことより師匠たちの安否を確認しなければならない。


「怒鳴って悪かったよ姉ちゃん。でも、それは可能性の一つなだけだ。俺は師匠たちが無事であることを信じて、これから探しに出るから」

「何かあったかもしれないのだから、それこそ迂闊な行動は控えるべきよ」

「すぐに行けば助けられるかもしれなかったのに、時間を掛けたがために救えない可能性もあるんだよ」

「……それでも、何の策もなく行くのは駄目よ。あんたは上に立つ立場なのだから、そんなにホイホイ動いてはいけないわ」


 こんな押し問答をしている時間が惜しい俺は、エルフィの言葉に答えることなく歩き出そうとした。

 すると、この場にそぐわない、笑顔のアンゲラがやってきた。


「二人とも随分と大きな声で言い合いをしていたけれど、こんな所で喧嘩は駄目よ」

「姉さん、悪いけど今は悠長に話している時間がないんだ」

「そんな怖い顔してどうしたの?」

「師匠たちを助けに行くんだよっ!」


 八つ当たり気味にアンゲラに言葉を吐き捨てると、俺から怒鳴られたことのない姉は、困惑と驚愕が混じったような複雑な表情を見せた。


「怒鳴ってごめん姉さん。……じゃあ行くよ」

「何処へ?」

「……っ! そんなの決まってるでしょ! 師匠たちを助けに洞穴へいくんだよ!」 

 八つ当たりをしてしまったことに気付き、それに対して申し訳なく思って素直に謝罪をしたことで、俺の意図はアンゲラに伝わっていると思っていた。それにも拘らずすっとぼけた質問をしてくる姉に、今度は八つ当たりではなく普通にイラッときてしまった俺は、またもや声を荒げてしまったのだ。


「なんじゃ、随分と騒々しいの」

「――!」


 この飄々とした喋り方は、紛うことなき師匠のものだ。


「そうそう、今さっき皆さんが戻られたからブリッツェンに伝えに来たのだけれど、二人が言い合っていたから伝えそびれてしまったわ」

「…………」


 何とも言えない気持ちになった。

 早く言ってくれよ、と思いつつ、それを言わせなかったのは感情的になり過ぎていた自分自身。感情が昂ぶって冷静さを保てないことや、自分の不甲斐なさなどの思いが入り混じり、俺は一切言葉を発することができなくなってしまう。


「なにを騒いでおったのか知らんが、報告がある。こっちに集まってくれんかの」

「そろそろ夕飯の時間ね。ついでに皆でお食事を頂きましょう」


 師匠とアンゲラは通常通りに話しかけてくるが、俺は何とも気不味く、ただ頷くことしかできなかった。


「ごめんなさい。あたしが余計なことを言ってしまったから」


 すると、エルフィは俺だけに聞こえるくらいの声で謝罪をしてきた。


「いや、姉ちゃんの言ってたことは正しいよ。俺が冷静さを欠いていただけだから。こっちこそごめん」

「あんたが謝る必要はないわ」


 エルフィはやはり良い姉だ。かなり過保護な気もするが、それだけ俺を思っていくれている証拠だろう。

 先程の助言も、俺を思っているからこそ、敢えて厳しいことを言ってくれていたのだとわかる。

 そんな心遣いは、素直に有り難いと思うし、感謝の念に堪えない。


 それから皆で交代に見張りを務めながら夕食を済ませる。

 その席で、俺は師匠から説明を受けた。

 なんでも、モグタンと言う獰猛な魔物が巣食っていたらしく、元来の通路が埋め立てられ、迷路のようにあちこちに道が広がっていたとのことだった。

 最初こそは迷路のような道を辿ってみたが、あまりにも入り組んでいることで方角も全くわからなくなってしまい、目印を頼りに一旦戻り、元来あったであろう方向に穴を掘り進めた結果、魔導船が置かれた広場に到達したそうだ。

 時間がかかったのはそのような理由があったからで、現在は掘り進めた道を通れば然程時間をかけずに行き来ができると言う。


「モグタンはそれなりに仕留めはしたが、全てを排除したわけではない。ここにいる者達であれば然程問題となる相手ではないが、足場が悪く見通しの効かぬ狭い穴場での戦闘になる。油断だけはせんことじゃ」

「そのモグタンという魔物の名前は初めて聞きましたが、どのような魔物なのですか?」


 伏魔殿は様々な地形のものがあり、それに伴い魔物の種類も多種多様で、あまり見掛けられない珍しい魔物も存在している。モグタンも珍しい魔物の一種なのだろう。


「アレは体高が二メートル程のずんぐりむっくりな魔獣型の魔物じゃ。速さはないのじゃが如何せん狭い場所で相対することになるからの、アレの体当たりをもらって壁に打ち付けられると相当効くじゃろうな。それと、硬質で鋭い大きな爪も持っておる。硬い岩盤を砂山を崩すように軽く削れる爪じゃ。用心するに越したことはないの」


 広い地上で相対したら大した相手でもないのだろうが、狭く暗い場所で戦うとなるとなかなか厄介そうな魔物だ。


 モグタンとか、名前だけ聞くと可愛らしい響きだけど、これは用心が必要だな。


「もう一点、アレは気配などを上手く隠す術を持っおる。が、エドワルダくらいの探索魔法があれば察知はできるじゃろう。一応、気配を探りにくいことは覚えておくとよい」

「わかりました」


 今のこちら側のメンバーで、エドワルダと同等かそれ以上の探索魔法が使えるのは、俺を除くとマーヤとシェーンハイトだろうか。

 半眼コンビは察知する能力が高いのだが、何気にシェーンハイトの探索魔法は二人に勝るとも劣らない。アンゲラとエルフィも範囲を狭めればなかなかなのだが、広範囲となると一歩劣ってしまう。


 そんな感じで、師匠からの情報を元に対策を立て、明日は全員で整備工場へ向かうこととなった。

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