第九話 姉妹喧嘩

「ブリっち、あの木の先にあった」

「ありがとうエドワルダ」


 距離や方角は曖昧な地図だが、目安となるものが記されていたので、エドワルダとマーヤの半眼コンビに先行して偵察に行ってもらっていたのだ。


 地図には谷底に向かう道の存在が記されれおり、その道は森の中でも一際大きな木の先にある洞穴から行ける……と読み取れた。

 なので、先ずはその洞穴の存在を発見したかったので、感の鋭い斥候向きの二人に偵察に出てもらったわけだ。


「ブリっちに言われてたから、中は見てない」

「二人で入って何かあったら大変だからね、洞穴の位置がわかっただけでも助かるよ」

「ん」


 これで地図の信憑性は出てきた。しかし、全員で洞穴に入って罠にでもかかったら事だ。時間はかかってしまうが、しっかり安全確認をしてから進んだ方が良いだろう。


 順調に進み、目印である大木も通過して暫くすると、森を抜けた先はゴツゴツとした岩で囲まれた場所であった。

 エドワルダとマーヤの先導でもう少し進むと、岩肌に縦横がそれぞれ三メートル程の口を開けた場所があった。


 こんなに大きく穴が空いてればすぐに見つけられると思うけど、昔の人は何で見つけられなかったんだろう?


 俺達は地図があったので、迷わずここに辿り着けた。

 仮に地図がなく、谷を越えるために捜索していたら、時間がかかっても見つけていた可能性がある。

 それ程大きな洞窟を、過去の捜索隊が発見できなかったことを疑問に思ったが、すぐに一つの結論に達した。


 ここは、ロートドラゴンが生きていれば襲われる可能性のある場所だ。

 上手く祠を回避してここにきても、きっとロートドラゴンに襲われてしまったのだろう。

 それでも一人くらいは無事で、情報を持ち帰った人がいてもおかしくない気もするけど、記録が残ってないってことは、そういうことなんだろうな。


 そんな俺の疑問はさて置き、発見した洞穴を捜索する面々をこれから見送る。


「では、申し訳ないですけどお願いします」

「別に申し訳なくはない。しっかり役割を振るのは、上に立つ者として必要じゃろうて」

「そうよ領主様。ここはあたくし達にお任せなさい」

「領主様って……」


 洞穴の先が未知の場所であることから全員で進むのではなく、時間はかかるがしっかり安全を確認してから進むことにしたのだが、誰を確認に向かわせるかで俺は悩んでしまう。そんな俺を見兼ねたのであろう師匠が、魔法村のメンバーと確認に出てくれると言ってくれた。俺はその申し出を受け、素直にお願いしたのだ。


 それにしても、ディアナに領主様と言われると、茶化されているような気が。……いや、確実に茶化されているな。


 ディアナのあでやかな微笑み。その笑みの中、いつも以上に楽しそうに輝いている深い紫色の瞳が、俺を茶化していると雄弁に語っていた。


 そんなディアナに唯一適性がないのが光属性なのだが、炎属性を器用に操り、前面を煌々と照らして洞穴の中へと入って行くと、師匠達魔法使い村の面々も後に続く。


「さて、待っている間にこの本をもう少し細かく読み解きますかね」


 洞穴にほど近い森の入り口まで戻ると、程良い高さの倒木を発見したのでそこに腰を降ろし、入手した本を片手に気合を入れる。


「古代語も読めるなんて、ブリッツェンは本当に凄いわね」

「完全には読めないから、それほど凄くはないよ」

「いいえ、全く読めない私からすると、それでも凄いのよ」


 読書をしていた俺の背後から、その本を覗き込んだアンゲラがそんなことを言ってきた。


「それに、気負ったままでは大変よ。この後もまだまだ戦いはあるのだから、少しは息抜きもしておかないとダメよ」

「あぅっ!」


 おいおい姉さん、そのムニムニと柔らかいマシュマロを押し付けるのを止めてくれないかな。背中に神経がいってしまって集中できないんだが。――いや、久しぶりの感触だし、頑張ったご褒美として少しばかり堪能させていただこう。姉さんの言うとおり、息抜きも必要だし。


 久々に味わう姉のマシュマロは、俺の鍛え上げられた鋼の精神を簡単に砕いてしまった。


「何かわかったかしら?」

「はぅ~」

「ブリッツェン?」

「癒されるわぁ~」

「ブリッツェン!」

「――っ!」


 至福のひと時を邪魔された俺は、思わず声の主を睨んでしまったのだが、睨んだ先に鬼の形相で佇むもう一人の姉を見て、一瞬で俺の表情は崩れてしまった。


「お姉様、ここは伏魔殿の中なのですよ。ブリッツェンを甘やかすのはお止めくださいな」

「ブリッツェンはリーダーとして頑張っているのよ。気負いっぱなしでは疲れてしまうもの、少しは労ってあげないと可哀想よ」


 珍しく、エルフィがアンゲラに食って掛かっていったが、アンゲラはサラリと受け流していた。


「それなら……」


 エルフィは俺の隣に腰掛けると、パンパンっと自分の腿を叩いた。が、俺にはポンコツ娘の意図が読めない。


「疲れているのに、背中にそんな重石を乗せられていては疲れは癒えないでしょ。膝枕をしてあげるから、ここで少し休みなさい」


 なんとぉっ! 背中に当たるムニムニも素晴らしいが、ムチムチの膝枕も捨て難い! ぐぬぬ……これは究極の選択だ。


「間もなく成人を迎えるブリッツェンも、小さな身体のとおりまだまだ子どもなのよ。そんなブリッツェンは、昔から姉さんのお胸が好きなの。だから、こうして癒してあげているのよ」


 姉さん、それは声に出して言わないで欲しいんですけど……。しかも、物凄く弾んだ声で。


「お姉様はわかっていませんわ。ブリッツェンはいつまでも子どもではないのですよ。わたくしと一緒に冒険者をするようになってからは、夜な夜なわたくしの腰回りや腿などを触れて癒やされていたのです。そのようなただの脂肪の塊では、胸焼けを起こすお年頃なのですよ」


 姉ちゃん、夜な夜なとか言わないでくれよ……。それに、そんな引き攣った笑顔だと、せっかくの美人さんなのに凄く残念な感じになってるよ。

 ってか、俺の邪な気持ちが全部バレバレですやん。


 それはそうと、二人がこんなに言い合うのを初めて見たな。姉さんに姉ちゃんが反発するとか、もはや姉妹喧嘩と言っても過言ではないよな。

 そこまでして俺を甘やかしてくれるのは嬉しいけど、このままだとここに居辛いな。どうしよう……。


「ブリッツェン様、それにお姉様方。どうかなさいましたか?」


 救世主キタコレ!


「え~と~ですね、身体だけではなく、気持の方も軽く休憩しようとしていたのです。それよりシェーンハイト様、なにかありましたか?」

「それは良かったです。以前ブリッツェン様が、『疲れた際には甘い物が良い』と仰っておりましたので、お茶と甘い物を用意したところだったのですよ」

「それは嬉しいです」


 伏魔殿で呑気にお茶するのは如何なものかと思うけど、今の居た堪れない状況を打破するのには渡りに船だ。流石は俺のアイドル!


「こちらです、ブリッツェン様。お姉様方もどうぞ」

「……ありがとう存じますシェーンハイト様」

「……わたくしも、うれしいですわ」


 若干引き攣った笑顔のアンゲラと、体裁を取り繕うとしても棒読みな言葉が出てしまったエルフィ。そんな二人の言葉を満面の笑みで受け入れるシェーンハイト。

 見た目はとても華やかなので、俺は深く考えず、その華やかな雰囲気だけを感じることに専念した。


 出先、それも平定されていない伏魔殿の中ではあるが、魔道具袋もどきのお陰で非常に優雅なひと時を過ごせた。

 勿論見張りを交代して、シュヴァーンの皆にものんびりしてもらっている。


「さて、今度こそ本を読み解くぞ」


 アンゲラとエルフィには、『しっかり休んだからこれからは真面目に本を読む』と伝え、俺の集中力を乱さないように釘を刺しておいた。

 そのお陰で、誘惑と言う名の邪魔が入らず、ゆっくりと本を読むことができた。

 結果、理解できる範囲でわかったことがある。それは――


 神殿にあった舵輪はやはり魔導船の物で、しかも、舵輪が鍵の役割をしているようだ。

 次に、魔導船の動力源となっているのは、魔素溜まり――伏魔殿――で採掘できる魔鉱石と言う鉱石らしい。


 これは俺の推測になるが、魔素溜まりから魔物が生まれるように、魔素が石化した物が魔鉱石なのであろう。そして、伏魔殿が平定されると魔物が消滅するように、魔鉱石も魔力が失われる。なので、元が伏魔殿であっても、通常の地となった場所で魔鉱石が採掘できないのではないだろうか。


 最後に、地図に印のあった地点――現在師匠達が確認に行っている――は、魔導船の整備工場的な場所のようだ。


 他にも細々したことが記されていたが、それは本当に魔導船のマニュアルのようなもので、現状必要な情報ではなかった。


 それはそうと、本を解読するのに夢中で、どれ程の時間が経過したか定かではないのだが、空はかなり赤く色付いてきていたことから、それなりの時間が経過していると思われる。


「どうにも文字が読み辛いと思ったら、こんなに陽が傾いていたのか」


 それにしても、師匠達が戻ってきていないようだが、何かあったのだろうか。

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