第八話 魔力バカ
ロートドラゴンとの戦闘は、全てが順調だった。
羽根の付け根となるとシビアな狙いになるが、皮膜の羽根はそれなりの面積があり、激しく動いているわけでもないので割りと大まかな狙いでも当たる。それでも当てずっぽうというわけにはいかないので、俺とディアナ、それに細かい制御のできるフロリアンの三人で挑んだのは正解だった。
羽に傷を負い、次第に動きの遅くなったドラゴンは、魔法攻撃をするのには格好の的となっている。
師匠を中心とした土魔法組は、鱗を貫通させることはできないながらも、確実に身体に当てていたので、ダメージが徐々に蓄積したのだろう、ドラゴンは遂に地上へ降りた。
地上に降りたとはいえ、堅牢なドラゴンの鱗は健在だ、簡単にはやられてくれない。
しかし、高速移動を封じ、更には拘束できる地上に降ろした意味は大きかった。
地上に降ろされたドラゴンは、時折ブレスを吐いてくるのだが、その対策に俺は炎の対極にある水属性を用いた。
ドラゴンのブレスは約十秒間絶え間なく吐き続けるが、連射はできない。そしてその炎は、火の玉のようなものではなく、火炎放射器のように途切れることないものだ。
俺は常に魔法が発動できるように、この戦闘中はミスリルの槍に魔力を溜め込んでいた。
そして魔法陣を構築すると、溜め込まれた魔力が魔法陣に注ぎ込まれる。
すると、俺の五メートル程前方に高さ五メートル、横幅十メートル、奥行き二メートルの、何とも不思議な巨大水槽の如き水の壁が現れた。
この水の壁は、単に魔法で水を生み出したのではなく、大気中から集めた水分でできている。
通常、水魔法で生み出される水というのは、術者が己の魔力をそのまま具現化するので、無駄に魔力を消費してしまう。
しかし、空気に水の元になる物質があることは、バカな俺でもなんとなく知っている。ただ、この世界の
そんな練習の成果を活かし、水族館で見た光景を思い浮かべて水の壁を出してみると、水が流れ出ることなく、ピタッとその場で維持されている。
――ジュワー……ジュッ、ジュジュワー
俺の水壁にドラゴンの炎が吹き付けられ、水が蒸発する音とともに辺りが水蒸気で覆われた。
この水蒸気が視界を奪うので少々厄介であったが、俺的にそれはさしたる問題ではなかった。それは、水壁を出した時点で目視できないことは想定しており、探索魔法でドラゴンの居場所を追っていたからだ。
ところが、師匠やディアナクラスでなければ、視界に頼らずに動くのはまだ難しい。なので、他のメンバーには水蒸気が邪魔な存在になってしまっていた。
それでも、ドラゴンが俺に集中してブレスを吐いている隙に、師匠とディアナがドラゴンの拘束に成功している。
こうなるとこちらのやりたい放題で、土魔法組が至近距離からじゃんじゃか魔法攻撃を繰り出し、エルフィとモルトケはドラゴンの背に乗り、羽根の付け根を完全に破壊していた。
羽根を失ったドラゴンは、巨大で頑丈なトカゲのようなものだが、如何せん表面上の傷を負わせられていないので、なかなか終わりが見えない。
しかし、それも魔力バカのジェニーの一撃で状況が変わった。彼女は硬い鱗に覆われた背中ではなく、若干柔らかい腹を攻撃できるよう、地面から土の柱を突き出し強引にドラゴンをひっくり返そうとしたのだ。
ところがどっこい、師匠とディアナ、それから途中参加した俺の三人でドラゴンを拘束していたため、ドラゴンはひっくり返ることができず、フロリアンの放った土の柱が先端を崩しながらもドラゴンの腹に突き刺さってしまうアクシデント。
これは作戦になかった動きなのだが、結果的にこれが決め手となった。
腹を抉られたドラゴンが、拘束されていた首を強引に動かして解き放ち、そのまま忙しなく首を振り乱す。
その動きは最後の力を振り絞ったのだろう、次第に弱々しくなり、首をグッタリとさせ動きがなくなる。
しかし、これで終わったと気を抜く者は俺達の仲間にはいない。弱々しくもドラゴンの生命反応が残っているのだ、誰も油断などしていなかった。
後は止めを刺すだけになったのだが、今後のために外部からの攻撃を検証する。
なぜなら、死亡してしまうとドラゴンの防御力が落ちてしまう。であれば、瀕死であっても生きているうちに確かめる必要があるのだ。
その検証は、羽根を切り取られたその付け根に攻撃したらどうなるか、だ。
ドラゴンの硬さは鱗があってのものだろう。であれば、背に乗ることができる場合を想定し、羽根の付け根を攻撃するのは当然である。
ちなみに、今回の作戦では羽根を使えなくする予定ではあったが、完全に身体から切り離すことは想定していなかった。そのため、せっかくの機会なのだがら試しておこう、となったのだ。
結果、切り裂くことが主目的の風魔法でも、それなりにダメージを与えられることが判明した。そして、土魔法の攻撃では弾頭を硬質化することで、鱗には突き刺さらなかった攻撃が刺さったのだ。
このことから、ドラゴンの背に乗りされできれば、かなりのダメージを与えられると確信が持てた。
とはいえ、今はグッタリしているドラゴンを相手にしていたので簡単にできたが、元気いっぱいのドラゴンであれば、首を振り回して自身の背中側に攻撃することもできる。
次に、魚の鱗を削ぐようにドラゴンの後方から風魔法を当ててみた。
これを試したのは大正解であった。
角度や威力など、上手い具合に当たらなければ意味がないが、鱗を削げることが分かったのは大きい。
鉄壁とも思えるドラゴンに、こちらからの攻撃で弱点を作れるのだから、攻撃の幅が広がる。これは後に役立つ情報だ。
最後は少し残酷な検証をしてしまったが、そんな検証ができるだけの余力を残してドラゴン討伐に成功したのであった。
その後、主力組は身体を休め、その間に後方組がドラゴンの解体を行なう。
取り敢えず、魔石を取り出す前に首を切り落とす。
ドラゴンの鱗は、死後に生前より硬度が落ちる。なので、苦労はするが切り落とすことは可能なのだ。
そして、しっかり鱗を剥ぎ取り、その後は肉を切り出す。
ドラゴンの肉は途轍もなく旨い。それが巨大な身体から大量に得られるのだが、それでも滅多に手に入らない。なので、ここぞとばかりにガッツリ魔道具袋もどきにしまう。
前回のグリューンドラゴンの肉もまだまだあるのだが、それとて『気が付いたら食べ終わってた』となり兼ねないのだ、ロートドラゴンの肉も皆でしっかり分け合った。
それからは、新鮮なロートドラゴンの肉を塩コショウのみで味を付けて焼き、皆が我先にと貪った。例外はアンゲラとシェーンハイトで、この二人だけは優雅でお上品に召し上がっていた。
グルメな残念美人のエルフィは、当然のようにガッツイていたのは言うまでもないだろう。
食後は軽く休み、程なくして神殿の宝物庫へ向かった。
勝手知ったる神殿内部を進み、『今回のお宝は何かな?』と宝物庫を見回すと、棚に魔道具袋と馬車の車輪にスパイクが付いたような物があった。その車輪的な物の材質はわからないが、照明に照らされて黒光りする様は、とても高級感に溢れている。
「これって……、船のハンドルみたいなのに似てるな?」
「ブリッツェン様、もしかするとこれは魔導船の舵輪かもしれません」
「魔導船?」
「はい」
俺の言葉を拾ったシェーンハイトが言うには、過去の魔道具であると思われる魔導船が王都にもある。しかし、動かすためには魔力が必要だと思われるが、魔石では魔力が足りずに今は研究も後回しにされているのだとか。
「お父様に一度だけ乗せていただいたのですが、操縦席と言うのでしょうか? そこにこれと似た物が付いておりました。凄く大きいのですよ」
「まさか、この魔道具袋に魔導船が?! って、本が入ってるだけか。普通に考えて、魔道具袋に船は入らないよな」
例え魔導船が入っていたとしても、動力源であると思われる魔石ですら動かないのでは、入手しても使えないのだ。生半可手に入らなくて良かったと思う。
「その本は大昔のお話が書いてあるのですかね?」
その手の話が大好きなシェーンハイトが、目をキラキラさせている。
「読んでみま――」
「是非!」
お淑やかなシェーンハイトらしくもなく、俺の問に食い気味に応え、掻っ攫うように俺の手から本を奪っていった。
「コレは地図ですかね?」
そんなことを言うシェーンハイトの横から、俺も本を覗いてみた。
「あれ? この地形は……」
何だか既視感のある地形がそこには描かれていた。
「……んっ! これはアルトゥール様からいただいた、この辺りの地図と酷似してますね」
「あぁ~、そうかもしれませんね」
シェーンハイトも作戦上地形の把握は必要なので、その地図には目を通しており、本に描かれた図がこの辺りの地形を示していると気付いたようだ。
「ここがこの神殿だとすると、この印に何かあるのかな?」
「お父様にいただいた地図によると、その辺りは地面が割れている場所ですね」
過去の伏魔殿平定の際、サブボスを避けてボスの神殿を目指したことがあったらしいが、地面が割れて深い谷になっていたため、その先に進めなかったのだとか。
それでは反対側からはどうか、と探ってみると、越えられない山に囲われており、通れそうなのはその谷だけだったようだが、結果的に谷を渡ることはできなかったらしい。
「アルトゥール様は、サブボスを倒せば何か手掛かりが見つかるかも、と言っていましたが、これがその手掛かりなのかもしれませんね」
「そうかもしれませんね」
結局この宝物庫で手に入ったのは、魔導船の舵輪(仮)と魔道具袋、それから一冊の本だけだった。
本は、地図の他に少し文字が書いてあったので読んでみる。古代文字なので何となく読めた部分を翻訳すると、どうやら魔導船のマニュアル的な物だと理解した。
そして、地図の場所に魔導船があると思われる。
「取り敢えず今日はここで一泊して、明日はこの場所に向かってみますか?」
「それで良いと思いますよ」
勝手にシェーンハイトと話を進めてしまったが、師匠達にも確認するとそれで良いと言うので、明日は地図の印が書かれている場所に向かうこととなった。
ちなみに、地球にあった精密な地図とは程遠いこの世界の地図なので、ある程度の目安にしかならないのである。
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