第六話 残念度は相変わらず
聖女邸で一泊した翌日、公的な証明書の無いディアナ達を除き、俺達はこっそり王都を出て、その後にわざわざ王都の門を通った。
これをしておかないと、有事の際に『王都にいないはずの人間が王都にいた』と問題になる可能性があるので、それを回避するための行動だ。――まったくもって面倒臭い。
その後、俺と師匠はシェーンハイトと双子を伴い、アルトゥールの執務室へ向かった。
「一度ドラゴンを仕留めてるとはいえ、そんな少人数でサブボスとボスのドラゴンを仕留められるのかい?」
「サブボスの方は大丈夫でしょう。ただ、ボスのドラゴンはやってみないとわかりませんね」
「やはり、騎士団も同行させた方がいいんじゃないかな」
「それですと、魔法が使えなくなるので逆に戦力が低下してしまいます」
アルトゥールに今回の参加人数などを報告した結果、心配をしてくれて騎士団を出すといわれたのだが、それは丁重……ではなく、キッパリとお断りした。
心配していたディアナ達に関して、アルトゥールは意味深な微笑みで『それは頼もしいね』と言っていたが、深く追求してくることはなかった。
安心はできないが、ここで変に気にしても仕方ないだろう。
「野営用の物資は用意してあるから、それを持っていってね」
「自分達でも用意してありますが、ありがたくいただいておきます」
「少しはこちらも手伝わないとね。――そうそう、シェーンハイトは役に立ちそうかい?」
なんとも答え辛い質問が飛んできた。ここに本人がいなければ正直に答えられるのだが、流石に本人のいる場で『足手まといです』とは言えない。
しかも、アルトゥールも少々期待したように目を輝かせているので、本人がいなくてもお断りできなかっただろう。
「直接の戦闘はどうしても厳しいですが、補佐的な役割ですとか回復では助かっています。ですが、私としてはシェーンハイト様に危険を犯して欲しくないので、残念ですが今回は王都に留まっていただきたいと……」
なんとも歯切れの悪い言い回しになってしまったが、これもまた本心だ。
シェーンハイトが足手まといになるのはわかっているが、単に危険に巻き込みたくない気持もある。
「ブリッツェン様、わたくしは危険を承知で同行したいと思っております。わたくしもそれなりに鍛えてまいりました。自分の身は自分で守りますので、わたくしも連れて行ってくださいませ」
普段は、周囲を幸せに包み込むような笑顔を振り撒く美少女のシェーンハイトだが、今は可愛らしい顔をキリッと引き締め、凛とした面持ちで俺を見据えている。
その表情も可愛いですぅ~、などと思ってしまうが、今はそんな場ではない。
はぁー、一応ダメ元で言ってみたけど、やっぱこうなるよね。知ってた。
「わかりました。私もシェーンハイト様をお守りいたしますが、危険があることは決してお忘れにならぬように」
「ありがとう存じます」
「シェーンハイト、くれぐれも無理はしないようにね」
「はい、お父様」
こうして、
その後、討伐後の残党狩りについて話し合う。
何といっても、王国最大の伏魔殿だ、ドラゴン退治もそうだが残党狩りもかなり大変なのは想像に難くない。
北の伏魔殿に接している領は複数あり、それぞれの領主や代官と密に遣り取りをしている、そうアルトゥールは言う。
北の伏魔殿に討伐隊――今回は俺達――が入るのは、実に数十年ぶりのことだ。
俺の名前は伏せてあるが、討伐隊が入ることは王国内に告知され、既に各地に冒険者が大勢集まっているという。
自分達でボスを倒さなくとも、残党狩りで大量に魔物を仕留めればかなりの収入になるのだ、冒険者の士気が高いであろうことは、冒険者である俺にはよくわかる。
俺としては、残党狩りに挑む冒険者には、是非とも頑張っていただきたい。
というのも、現在は推奨されていない伏魔殿の平定を行なうのだから、平定したことにより魔物が溢れて街を襲う、などということがあっては、名声を得るより悪評が広まってしまう。
俺の個人的な考えであれば、俺の悪評が広まるのはかまわない。しかし、今回は名声を得るためなのだから、悪評が広まるのは芳しくないのだ。
そして何より、アルトゥールの指示とは言え俺が行動した結果、民草に死傷者が出るのは俺自身が耐え難い。
程なくして打ち合わせが終わる。
当初、姉達の同行は予定されていなかった。だが、シェーンハイトも参加すると聞いたアンゲラが、シェーンハイトの護衛を申し出たことで、エルフィと一緒に護衛として同行することになった。
俺としては、シェーンハイトと同様に姉に危険を犯して欲しくないのだが、俺の言葉は聞いてくれないと思い、渋々同行を許可した。
これにより、なかなかの人数が揃った。
俺とシュヴァーン、エドワルダに加え姉二人。
魔法使い村からは師匠、ディアナとモルトケ、その弟子三人。
最後にシェーンハイトと双子で、総勢十七名だ。
ドラゴン退治としては少数だが、俺の出撃としては過去最大人数となる。しかも全員が魔法使いなのだから、通常の伏魔殿なら問題はない。
だが今回は王国最大の伏魔殿で、二頭のドラゴンが待ち構えている。とても油断などできないのだ。
無傷は難しいかもしれないが、誰一人欠けないように細心の注意を払い、決して油断せずに乗り切ろうと心に誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
北の伏魔殿では、順調に奥へ奥へと進んでいる――
伏魔殿は規模の大小や地域に拘らず必ず円形であり、大体が限りなく真円に近い形状なのだが、稀にある楕円なのがこの北の伏魔殿だ。
南北に長い北の伏魔殿にあって、サブボスがいるのは中心より南西だと言う。
伏魔殿内を最短で進むため、まずは最寄りの地であるヴァイスシルト公爵領に入った。
先代当主である王国の名誉宰相と軽く挨拶を交わし、いよいよ伏魔殿へと足を踏み入れる。
シェーンハイトが同行することを危惧していた名誉宰相であったが、彼女の強い決意に、強面の爺さんが何も言えなくなっていたのが少しおかしかった。――表立って笑うことはできなかったが。
出発前に和ませてもらったお陰で気負いが取れ、リラックスした状態で伏魔殿に入れたのは僥倖だった。
北の伏魔殿は王国最大ではあるが、魔物が恐ろしく強い、などということはない。だが、数が多いので多少難儀はしても、訓練にはとても良かった。
しかし。今回は訓練にきているわけではない。若手の皆がボス戦の前に疲労困憊で動きが悪くなられては困るので、今回は俺や師匠達も戦闘に参加している。
それもあってか、進行速度はなかなかのものだ。
「――今日の後番はヨルク達だよな?」
「そうっす」
「そんじゃ、時間になったら起こすから、早く休めよ」
「了解っす」
野営は、毎回仮家を建てて結界的な魔法を張っているのだが、それでも必ず寝ずの番を用意している。
魔力素の回復に連続四時間の睡眠が必要なため、前後四時間少々の番を立ててのローテーションだ。
今夜は俺とイルザ、エドワルダが前番で、ヨルクとロルフ、それにディアナが後番となっている。
他の組は、ミリィとマーヤに師匠組、ジェニーとフロリアンにモルトケ組がある。
シェーンハイトと双子、それと姉達は組み込まず、冒険者と魔法使い村の皆が当番を務めている。
それに対し、自分も冒険者だから夜番をすると言い張るエルフィを宥めるのに苦労した。結局、『万全の状態でシェーンハイト様を守るのが冒険者だよ』と言ったのが決め手になり、なんとか納得してもらったのだ。
「さて、現れる魔物からして、そろそろサブボスの地点かな?」
数十年前の情報しかなかったが、出現する魔物は情報に酷似していたため、今でも信用に足るものであった。
その情報通りであれば、サブボスの潜伏する地点はそろそろのはずである。
「ミノタウロス、他所の伏魔殿ならボス」
「へぇー、エドワルダが魔物の情報を覚えてるなんて珍しいね」
「学院で勉強した」
「習ったことをちゃんと覚えてるなんて、エドワルダは偉いな」
「ブリっち、それバカにしてる」
「ご、ごめん」
相変わらず常時ジト目で表情に乏しいエドワルダだが、表情に現れないだけで喜怒哀楽はしっかりある。だが、俺としては一番気兼ねなく会話ができる女性の友達なので、つい軽口を叩いてしまう。
今も、率直な感想とともに褒めたつもりだったのだが、実際は確かにバカにした言い方だった。これは無意識に
ともあれ、ボス級の魔物が闊歩している地点だ、気を引き締めなければいけない。……のだが、俺の決意を台無しにしてくるヤツがいる。
「ブリッツェン、もう少しミノタウロスを狩っていきましょ」
「それは平定後の残党狩りでいいじゃない」
「ミノタウロスはボス級でしょ。そうそう出会えないのだから、今のうちに確保しておかないといけないわ」
ひっそり俺に近付いてきて、そっと耳打ちしてきたのはエルフィだ。
過去にもミノタウロスを食べたことはあるが、狩れた個体数が少なかったのですぐに食べきってしまっていた。
そして先程、昼食で久々にミノタウロスを食べたのだが、滅多に食べられない極上の牛肉を遥かに上回る美味さに、グルメなエルフィが再び心を奪われてしまったのである。
確かにミノタウロスは美味いし、俺としても確保したいと思うよ。でも、今はそんなことを言って良い状況じゃないんだよなぁ。
エルフィは成人して美人さんに磨きが掛かったが、食に対する残念度は相変わらず健在なのだった。――胸部装甲も残念なままだ。
そんなエルフィを宥めていると、索敵範囲の端に一際大きな魔力を感じた。
「この気配……ドラゴンだっ!」
以前出会ったドラゴンは風属性のグリューンドラゴンだったが、今感じ取った気配はそれに近い。断定はできないが、ドラゴンでほぼ確定だろう。
俺の使う探索魔法は、一度遭遇した魔物であれば気配を感じたときに判別が可能なのだが、属性の違うドラゴンは別種扱いのようだ。
「各属性のドラゴンは、どうやら別種扱いっぽいな」
「サブボスは炎属性のロートドラゴンのはずですよ」
「大きな反応が一つだけなので、そのロートドラゴンで間違いないでしょう」
俺の言葉にシェーンハイトが反応していた。彼女はやや強張った表情だが、恐怖に
属性こそ違うが、ロートドラゴンと同格のグリューンドラゴンを倒した経験と実績がある。負ける気はしない。だからといって、油断もしていない。それでも、シェーンハイトが取り乱したりしたら少し厄介だと思っていたので、その不安が取り除けたのは僥倖である。
さて、ドラゴン退治の開幕だ。その前に――
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