第五話 歩み寄り
「順調なようだね」
「地下水路はまだですが、内壁の内側の主要道路は完成しました。なので、道路作業をしてくれていた方々には、内壁作りの方に合流してもらっています」
伏魔殿の平定に出てから、俺達一行はブリッツフォルテに戻っていなかった。
そんな俺達は銅山の街を粗方造り終え、約一ヶ月ぶりに帰ってきたわけだが、この短期間に見違えるほど街造りは進んでいる。
その進行速度に気を良くした俺は、アルフレードに満面の笑みで話しかけていた。
「道作りをしていた人達には、今度は街道作りをして欲しいんだけど、大丈夫かな?」
「内壁の完成が遅れますが可能です」
「それなら良かった。じゃあ、明日は街道予定地を俺が案内するから、その旨を伝えてくれる」
「了解しました。ちなみに、僕も同行してよろしいですか?」
「アルフレードはやることが沢山あるだろ?」
「僕も商人の息子でしたから、移動し易い街道とそうでない街道の違いがわかります。交通の便が良ければ、それだけブリッツフォルテへの足も伸びますから、街と同じくらい重要です」
アルフレードは有能だが、彼の仕事が多いことは心配でもある。
今アルフレードが過労などで倒れてしまえば、彼の代わりを纏められる人材がいないのだ。
そもそも、過労で倒れるようなことにならないよう俺としては休みを取らせているのだが、アルフレードはそれでも休まない。やる気があるのは結構なのだが、自分の身体を労ってもらいたいところだ。
翌日から一週間ほどかけて、銅山の町までの経路を確定させた。
俺としては、ちゃっちゃと指示して終了の予定だったのだが、アルフレードが真面目に意見をくれるので、俺も慎重に経路を選定した結果、思ったより時間がかかってしまったのだ。
その後、俺を含めたいつものメンバーは、内壁の外の土地を農業に適した地に改良する作業に着手。
区画自体は既に区切られているので、俺達は土を掘り返しながら魔法使い村の人が用意してくれた骨粉を混ぜている。
俺は地球の農業に詳しくないが、糞尿とかを肥料にすると思っていたし、実際にこの世界でもそうしていることを知っていた。しかし、魔法使い村の独自の方法なのだろう、魔物の骨を焼いたり削ったりした骨粉を農地に撒くと、作物の育ちが良く害虫も付かずに手入れが楽で、実ると通常より収穫量が多いのだと言う。
それを食べて何か問題があれば、きっとそんな農業は廃れていただろうが、そのやり方が代々受け継がれているのだ、ならばそれを否定する必要はない。
この作業、単純ではあるが広大な農地を次々耕すので、上手くやらないとぶっ倒れてしまう。なので、未熟な皆にはとても良い訓練になっている。
土属性に適性のないイルザやルイーゼは、骨粉を作る作業をしていた。
ルイーザが炎で骨を焼き、イルザが風の刃で粉砕する、といった感じだ。
せっかく耕した地は、まだ農民がいないからと遊ばせておくには勿体無いので、魔法使い村で農業をしている人達に来てもらい、色々と植えてもらった。これも魔道具袋のお陰である。
魔道具袋は命のある物は入れられないのだが、植物だけは何故か例外で、根っこから引き抜いた生きたままの物でも収納できる。
そのおかげで、あちこちから採取した物を運べるため、種から育てなくても植え替えられる。そして、収穫後はそれを種にして来年からはもっと育てられるのだ。
「この地で農業ができる農民は、本当に至れり尽くせりですね」
珍しくこちらに顔を出したアルフレードが、農地を見回しながらそんなことを言う。
「そうかな?」
「そうですよ。普通は自分であばら家を建て、荒れ地を耕すところから始まるのですよ。それがここでは、土地は耕されてるどころか、既に作物が育っていて、家も用意されている。そんなのはこの王国の何処に行ってもありえません」
「こんな辺境地にきてもらうんだ、できるだけ良い環境を用意してあげたいじゃないか」
「それができるのは魔法のお力なのでしょうが、その力で傍若無人に好き勝手するのではなく、お力を民のためにお使いになるブリッツェン様だからこそ、僕も尊敬しているのです」
急にヨイショされて何とも言えない気持ちになるが、悪い気はしない。
「ところで、こっちに何か用か?」
「ブリッツェン様が北の伏魔殿平定に出ている間の、こちらの進行予定などの話し合いですが、僕の方も少し落ち着いたので如何かと」
「うん、わかった」
俺の懐刀であるアルフレードが言う北の伏魔殿とは、王都の北にあるドラゴンがボスの地だ。
王弟アルトゥールは、ブリッツフォルテのことを最優先で考えてくれていたが、北の伏魔殿の平定もできれば今年中にやってもらい……っぽい雰囲気を醸し出していたのを俺は知っている。
なので、予想より早く街が出来上がってきていることで、俺が平定に行くことをアルトゥールに伝えてあり、当然アルフレードにも伝えておいたのだ。
ブリッツフォルテの出来上がりも然ることながら、ドラゴンを倒せる戦闘力がなければ話にならない。しかし、魔法を使った開拓作業は、思いの外戦闘の魔法にも影響を与えていた。
一番は魔力制御の向上だ。細かい作業から広大な土地に対する魔法の使い分けなどで、魔力の込め方や使用量の加減が身体に染み込み、たまに行く魔物狩りで試してみると、放出魔法の制御などがかなり楽にできている。
他にも、魔法陣の展開から魔法の行使まで時間短縮や、同時に複数の魔法を操ったりと、かなり魔法に特化した戦闘ができるようになっているのだ。
まだ放出魔法が苦手だった頃は、嫌でもも接近戦をするしかなかった。だが今は、放出魔法がある程度自在に使えるようになったので、空を飛ぶドラゴンを相手でもそこそこ戦える自信がある。
だがここで調子に乗ると痛い目に合いそうなので、自分の魔法を過信したりはしない。それでも、やらねばならないのなら、全力で立ち向かうのみだ。
「――でよろしいでしょうか?」
「それでいいよ。何かあれば通信魔道具で連絡して。いつも通り戦闘中は確認できないけれど、朝晩や余裕があるときは確認するから」
「了解しました」
俺が不在時の予定をアルフレードと話し合い、方向性が決まりお開きとなった。
既に当たり前となった通信魔道具での遣り取りだが、電子メールのように音で知らせたりはしてくれない。そのため、時折手紙が届いているか確認する必要がある。
頻繁に連絡があるわけではないが、確認をしなければ手紙が届いているかわからないので、最低でも寝起きと就寝前には確認する癖をつけてあるが、ブリッツフォルテから出ているときは日中でも確認しようと思う。
本来は据え置きで使う通信魔道具だが、俺は魔道具袋もどきに入れて持ち歩いている。そのため、不思議空間にしまわれている通信魔道具は、その間に手紙が受け取れないのだ。なので、魔道具袋もどきから出した途端に、シュッと手紙が現れる。通信魔道具を出した瞬間に手紙が現れるのは、何度経験しても慣れず、驚いてしまう。
閑話休題。
「ディアナ達は師匠が匿っていた孤児で、師匠が魔法を教えたってことで本当にいいのですか?」
「サブボスがドラゴンであれば、ボスはより上位のドラゴンの可能性もなくはない。それこそ、シュヴァルツドラゴンなどという御伽噺の竜であってもおかしくない」
「まぁ、存在しているか怪しいですけどね」
「確かに眉唾ものじゃ。それでも
王都へ向けて出発する前日、ディアナ達の同行に納得していない俺は師匠に絡んでいた。
俺と師匠が頑張っても、それだけでは厳しいのは理解している。以前に比べれば戦力になるシュヴァーンだが、まだ甘いのは否めない。シェーンハイト達に至っては、申し訳ないが足枷になりかねない。だからディアナ達の戦力は魅力的だ。
しかし、魔法使い村の存在をアルトゥールに秘匿しているので、俺としては後ろ髪を引かれる思いでディアナ達の同行を断った。
それにも拘らず、師匠は村の存在を隠し、孤児として匿っていた子どもに魔法を教えていたことにし、ディアナ達を連れて行くと言う。
アルトゥールがその言葉を真に受けるかどうかで言えば、きっと疑うだろう。決して表情には出さなくとも。
もしかして他に魔法使いがいるのでは? そんなことを勘ぐることは容易に想像できる。
師匠はあくまで俺のお手伝いさんで、アルトゥールの支配下にないと言う。だが、俺がアルトゥールの支配下にあるのだ、その俺が無理難題を言われないとは言い切れない。場合によっては、魔法使い村の存在を伝えなければならない可能性もある。
「ブリッツェンが村の心配してくれているのは、十分わかっておるつもりじゃ。しかしの、村の者がブリッツフォルテに行くようになり、村の在り方も変わってきておるのも事実。――まだすべてを信用はできんが、あの御仁はなかなかに見処のある人物じゃ。儂としては今後の村のことも考慮した上で、少し歩み寄ろうと思うておる」
師匠がアルトゥールと顔を合わせた時間は、たった数時間でそれ程長くはない。その中で、師匠なりに思うところがあったのだろう。……いや、俺との遣り取りを考慮すれば、顔を突き合わせた時間以上の情報がある。それも加味したのだろう。
アルトゥールの考えの全ては当然わからないが、俺的にはあの人間を好ましく思っている。
王弟という立場ゆえ軽率な行動はできず、考えて行動しなければならないのは理解しているつもりだ。そして、行動の一つが俺の囲い込みだろうが、無理強いなどはせず、俺の意見も尊重してくれる。
養子など強引に決められることもあるが、それは結果的に俺も利用できる事柄なので、多少強引でも俺に不利なことは強要しない。
師匠も、少なからずアルトゥールに共感を得るなりしたのだろうことは、想像にがたくない。
「俺としても強引なことをして欲しくないので、アルトゥール様には目を光らせておきますが、俺がアルトゥール様の支配下にあることは忘れないでくださいね」
「大丈夫じゃ」
釈然としない気持ちもあるが、元はといえば俺が師匠を巻き込んでしまい、今では魔法使い村の住民もすっかり巻き込んでいる。今更ここで正義感を見せても仕方ない。
こうして、戦力としては頼もしいディアナ達も伴い、俺達は王都へ向かった。
ちなみに、王都の神殿本部とブリッツフォルテの神殿の魔法陣に魔力の充填は行っており、極秘に転移が行なわれるかの確認は済んでいる。
今回は神殿本部に連絡してあり、姉達とシュピーゲル神殿伯が待ってくれていた。
「シュピーゲル神殿伯、わざわざお越しいただき大変恐縮です」
「そうそう見れるもんでもないからの、むしろ望んで待機していたぞ」
古代の神殿にある魔法陣が転移陣であることは、神殿の関係者でもシュピーゲル神殿伯と姉達しか知らない。
なので、神殿から出る際に神官と顔を合わせないように深夜の移動だったので、神殿伯には申し訳なく思っていた。だが、嬉しそうに目を輝かせる神殿伯を見て、それが杞憂だとわかった。
その後、皆でひっそり神殿を抜け出し、この夜は聖女邸で眠ることとなった。
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