第四話 手抜きの達人

 ボス討伐の翌日、俺は連絡のためにシェーンハイトと双子を伴い、アインスドルフの父の許へ向かった。

 他のメンバーは周囲をしっかり警戒しながら、魔物の残党狩りを行なっている。当然ながら、魔物を警戒する以外にも冒険者がいないかも確認し、魔法の存在が公にならないように注意を払ってもらっている。


「父さん、コレが今回のボスの魔石だよ」

「これを持って王都へ行き、アルトゥール様に献上すればよいのだな?」

「そうだね。あくまで形式的なものだから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


 アインスドルフに着き、父に伏魔殿での話を伝え、最後に魔石を渡した。それを手にした父は、王都でアルトゥールに会うことを考え、急に緊張したようだ。

 以前、非公式ではあるがアルトゥールと顔を合わせ、剰え、不敬罪で処罰されてしまうような発言をしていた父とは思えない、なんとも弱気な表情をしている。


「そういえば、今回はモリッツ長男兄さんを伴って王都に行くんだよね?」

「私も爵位を頂いたばかりだが、モリッツは次期当主だ。早い内にアルトゥール様に合わせておこうと思ってな」

「父さんと兄さんの二人がアインスドルフを離れて大丈夫なの?」

ミリアムを置いていくし、ダニー次男もいる。まだ忙しくもあるが、職人も集まってきている。それらの指示は各棟梁が行なっているし、警備の方も形になってきていて、そちらは元々ダニーが仕切っているからな、何も問題ないぞ」


 俺が心配するまでもなく、父はしっかり考えているようだ。


「ところでブリッツェン……」


 現在、アインスドルフに新しく建てられた領主館の執務室で、俺は父と二人きりで話しているのだが、唐突に父が顔を近付けて小声で話しかけてくる。


「どうしたの急に」

「兄のメルケル男爵だが、兄にも何かないのか?」

「何かって?」

「元々はアインスドルフを預かり、在地の騎士爵としてこの地を得ただろ? しかし、今後の税金で兄に見返りを……という約束だったではないか」


 そう、本来はボスの魔石を渡し、その報酬として領地を得るのだが、アインスドルフの特殊気候を維持するために魔石は地に埋めてしまい、伯父は無償でアインスドルフを譲ってくれた。その分の見返りは継続的な税金で、という話だったが、父が王国の貴族となったことで、税金は王国に納めることとなる。

 そうなると、伯父にはなんのメリットもない。一応は王国から一時金が支払われているのだが、トータル的な利益は満足のいくものではないだろう。

 であれば、俺からも伯父に何かしらのお返しをする必要がある。そうでないと、父も伯父に対して頭が上がらないだろう。


「俺の領地がレーツェル王国との交易地になれば、王国内の商人はメルケル領を通ってくることになるよね?」

「まぁ、そうだな」

「そうなれば、伯父さんの領地に出入りする人の数が増える。アルトゥール様の許可が出ればだけど、その情報を事前に教えて、伯父さんに宿屋を増やしたり商業区を強化してもらうとか、どうかな?」

「それでは、兄はまた出費が増えるのではないか?」


 在地貴族とはいえ、父は元が武人で領地経営などしていない。この辺の情報に疎いのは仕方ないことだろう。だが、早く的確な情報を掴めることは、どんな職種であっても強みであることは理解している……はず。


「伯父さんに何も教えず、街に人が溢れてから設備の準備をしても遅いでしょ? だから事前に準備をしてもらって、後は人が出入りするようになるまでのんびり待ってもらうのさ。王都などから商人がやってくれば、商人が行き交う俺の領そのものが、伯父さんの利益になるはずだよ」


 現在、レーツェル王国と唯一交流しているトリンドル侯爵領だが、交易都市であるトリンドル領も然ることながら、彼の地へ至る途中の領地も商人が行き来することで潤っている。


 俺の領地がそうなれば、伯父のメルケル領も必然的に潤うのだ。しかも、伯父は男爵でありながら王国の僻地の領主ということで、通常の男爵領ではありえない、侯爵領と同等の広い領地を持っている。なので、俺の領地に向かうには、少なからずメルケル領内で数泊する必要があるのだ。

 宿泊料だけでも利益が得られるが、商人が行き交えば当然物流も起こり、そこからも利益が発生するだろう。


「何なら、アルトゥール様に招待状を書いてもらって、伯父さんも一緒に王都に行けば良いんじゃない? 当然、魔法使い云々の話は秘匿だけど、アルトゥール様と面繋ぎしておくのは悪くないと思うよ」

「アルトゥール様にそんなお願いをして大丈夫か?」

「大丈夫。アルトゥール様が俺を利用しているように、俺もアルトゥール様を利用しているから、ある意味持ちつ持たれつの関係だね」

「王弟を相手に持ちつ持たれつの関係などと言えるお前が、我が子ながら恐ろしいよ……」


 父から嫌な言葉をいただいてしまったが、現状の俺とアルトゥールの関係は言葉通りで、カッコつけた言い方をすれば、”win-winな関係”なのだ。

 今後もそうであるかわからないが……。


 その後は銅山の件も伝え、アルトゥール様にお願いして鉱夫の受け入れをすることや、鉱夫でなくとも希望する者に銅山に入ってもらうことも話し合った。

 ただ、ブリッツフォルテで魔法を使ってガンガン建築しているのとは違い、アインスドルフは職人が家を建てているので、早急に大量の移民を受け入れられない事情がある。

 なので、銅山の方は進入禁止にし、鉱夫が生活できる環境を早々に魔法で作り、まだ土地が与えられていない農民などで鉱夫を希望する者がいれば優先し、生活を安定させると告知することにした。


 それから数日、父や兄達と会議を行い、残党狩りも一段落したところで俺は銅山へ、父達は王都へ向かった。

 伯父はあまり乗り気ではなかったが、王弟からの招待を断るわけにはいかず、父達に同行することになった。


 通常であれば、王弟からの招待は大変名誉なことなので歓喜するのだが、辺境の領主にはただ面倒くさいだけなようだ。

 そもそも伯父は、できるだけ穏便に爵位や領地を子孫へ繋げたいだけの、保守的な考え方の人だ。といっても無能ではない。急激な変化は望まないが、衰退させるようなこともない。

 ある意味、面倒くさがりが極まった手抜きの達人なのである。



「――というわけで、鉱夫の住む寮の他に、鉱夫の生活を支える人達の住む環境を一週間で作るよ」

「建物は土魔法でどうにかなりそうっすけど、扉などはブリッツフォルテでも生産がギリギリなのでここの分は厳しいっすよ」


 俺の言葉にヨルクが忠告してきた。

 将来は貴族になりたいと言っていたヨルクは、なかなか勤勉な男で、剣術や魔法の訓練をしつつ、時間があればアルフレードから内政官の仕事を教わったりしていた。


「ここでもブリッツフォルテ同様に、出入り口の大きさは同じ規格にする。で、見本となる扉と木材などのを用意して、後は自作してもらう。ブリッツフォルテでギリギリなのは家が出来上がる速度が早いからであって、ここはあんなに大量の建物は作らないから大丈夫だと思うよ」


 何ともおかしな話だが、ブリッツフォルテでは土魔法で家を建てるより、木材から加工する扉などを作る方が時間がかかるのだ。

 それでも、俺が炎魔法で木材の乾燥を早める方法を作り出したお陰で、魔法使い村から取り寄せることなく作業ができるようになったので、今は以前より扉作成の速度が上がっている。


 窓も木製なので、そこでも木工職人が必要だ。

 だが今回は、木枠にガラスを嵌めた窓を用意する予定だ。

 しかし、窓に嵌めるガラスも手作りなので、これまた大変だったりする。

 硅砂を燃やしてガラスをで作る技術はこの世界でも既にあるのだが、地球のような透明な物は作れない。ただ、炎魔法を使って高温で燃やして不純物を極力減らしたり、型に流して固めるだけだったのを風魔法で表面を綺麗に均すなどして、この世界にある標準的なガラスよりは透明度がある物が作られている。


 ブリッツフォルテでガラス窓は、領主館や庁舎などで使用しているが、一般宅までには普及できていない。

 だが、鉱夫は暗い洞窟での作業をするのだから、休日は家にいながらも陽の光を浴びられるよう、窓ガラスを用意してあげたいのだ。


 そんなわけで、俺達は一週間でできるだけ住み心地の良い場所になるよう、しっかり鉱山街の基礎を造ったのであった。

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