第三話 親父ギャグ

「さて、神殿の宝物庫の確認をしようか」


 対トロール戦は基本的に若手中心で行なわれ、途中でトロールに取り付いたヨルクが振り解かれた際に怪我を負った。しかし、シェーンハイトとイルザに回復してもらって事なきを得、若干時間を要したが無事に仕留めきれたのだ。

 その後、俺とエルフィでオーガを仕留めたときのように、隠れボスが現れることもなく、トロールから無事にボスの魔石も回収し、全てやりきったのである。


 神殿の宝物庫からは、生活魔道具と呼ばれる日常生活で役立つ魔道具が発見された。これらの魔道具は、現在の技術でも作られている物で、高額ではあるが物珍しい品ではなく残念に思う。



「魔物の討伐は明日からにするかい?」


 余力があれば討伐に出ることになっていたが、少し休憩を挟んだとはいえ、皆が疲労していたのは明白であった。念の為に確認したところ、やはり今日は厳しいとの返事であった。


「師匠、俺はちょっとトロールの住処だった洞穴を調査したいのですが、いいですかね?」

「儂も調べておきたいと思っておったのじゃ、一緒に行こうかの」


 今回の伏魔殿は周囲の森と同じ環境だったのだが、神殿の付近は岩山になっており、ボスであるトロールは岩山の一角にある洞穴に生息していた。

 過去に読んだ書物に、トロールのいる地には何らかの鉱床があり、上質で埋蔵量も豊富だと書かれていたので、討伐が終了した後に洞穴内や周辺を調べたいと思っていたのだ。


「ブリッツェン様、わたくしもご一緒してもよろしいですか?」


 シェーンハイトは魔法で補助をしていたが、直接は戦闘を行っていないので比較的元気であった。

 とはいえ、何が起こるかわからない場所に連れて行くのは気が引けるのだが、それでも一緒にいる方が良いと思い、同行を許可してみる。


 か、勘違いしないでよね! べ、別にシェーンハイト様と一緒に薄暗い洞窟で行動して、『ブリッツェン様、足元がよく見えず歩きにくいので、腕を組んでも良いですか?』とかを期待したわけじゃないんだからねっ。


 脳内一人ツンデレごっこをしてみたが、あまり上手くできなかった。無念。


 さて、シェーンハイトの護衛である双子だが、トロール戦に参加していて疲れているようだったので、同行すると言い張っていたが無理やり休ませることにした。

 これも、邪魔者扱いしたわけではない。そもそも師匠も一緒なので、二人きりの洞窟デートでもないわけだし。



「シェーンハイト様、照明の魔法をお願いできますか」

「承知いたしました」


 照明の魔法は俺も使えるのだが、訓練の一環としてシェーンハイトに任せる。


「ブリッツェン程ではないが、お嬢ちゃんもなかなか広い範囲を照らせておるの」

「お褒め頂きありがとう存じます」


 表情こそ乏しい師匠ではあるが、シェーンハイトに向けた声は優しい響きであった。

 そんな師匠とは逆に、感情が表情に出やすいシェーンハイトは、お褒めの言葉にご満悦の様子がありありと見て取れた。


「師匠はトロールの住む地に鉱床があるのはご存知だったのですか?」

「ブリッツェンは書物から様々な情報を得ているようじゃが、儂は各地を回っておったからの、当然儂自身の目で見て知っておる」

「愚問でした」


 そんな会話をしながら洞窟を見て回っているのだが、特に何もない。

 トロールの住処だったこの洞窟だが、奥の方に魔物がいる可能性も考慮し、探索魔法を発動させているのだが、洞窟内に何も反応がないので危険性はないようだ。


「おっ、あれは」

「何らかの鉱脈のようですね」


 俺が岩肌に亀裂のようなものを発見すると、シェーンハイトはそれを鉱脈だと言う。


 どうでも良い情報だが、シェーンハイトが腕を組んでくるようなことはなかった。

 当然の結果なので、特に気落ちなどしていない。決して強がりではないのである。


どう・・やらのようじゃの」

「師匠、それは俺を笑わせようとしているのですか?」

「見たままを言うておるだけじゃ」


 師匠が親父ギャグでも言ったのかと思ったが、そんなことはなかった。


「何にしても、新しく街を造るのに銅は助かりますね」

「ふぇ、銅と街造りに関連があるのですか?」


 はいかわいい~。


 俺の言葉に、シェーンハイトが興味津々に尋ねてきたのだが、小首を傾げ右手の人差し指を頬に当て、『う~ん』と考え込む様が、狂おしいほどに可愛いのだ。


 よぼよぼの爺さんがいなければ、きっとシェーンハイト様を襲っていただろう。二人っきりじゃなくて良かったぜ。ふぅ~、危ない危ない。


 そんな台詞を脳内で呟いてみるが、実際に二人きりであっても、根性なしの俺がシェーンハイトを襲うことなどできないだろう。


「家屋で使用している魔道具に使うのです。例えば照明の魔道具、あれは天井からぶら下げた照明を点けたり消したりする際、本体とスイッチの間を銅で繋いでいるのです」

「そうなのですね」


 この世界では、魔石が電気のような役割をしており、銅は素材の値段と魔力伝導のバランスが良いので、家庭用のみならず魔道具などで多く用いられている。

 銀や金は銅以上の魔力伝導力があるのだが、そもそも産出量が少なく価格が高い。逆に安価な金属は魔力伝導力が低いなどの関係で、銅が最も適している。

 所謂『コスパ最強』というヤツだ。


「とはいえ、一から街を造っている現状ですと大量に銅が必要になりますので、仕入れに大金が必要になります。現状、父のアインスドルフなどでは旧来の蝋燭などで灯りを賄っているようですが、私は極力住民全てに魔道具を使う環境を用意したいのです。欲を言えば街灯も用意したいですし」


 冷蔵庫やエアコン的な魔道具は一般的ではないのだが、照明の魔道具は家庭用魔道具ではかなり安価なので、それこそ王都ではほとんどの家庭で使われているのだ。そして、貴族の住まう区域では街灯も設置されている。


「しかし、この地はブリッツェンの父が治めるのであろう?」

「そうです。なので、今のうちに少し大き目の寮的な建物を作り、鉱夫がすぐに働ける環境を用意します。そして父から銅を買う形にし、父に多少なりとも収益を、俺は安く銅を入手します」


 仮に鉱床があった場合、鉱夫を集めることは想定していた。だが、どんな鉱物かはここにくるまで知らなかったので、銅であったのは勿怪の幸いであった。


「親孝行者じゃの」

「まぁ、父には内緒で今のうちに少し回収するつもりですけどね」


 いくらすぐに働ける状態にしても、肝心な鉱夫がすぐに集まる保証はない。そして、街と街を繋ぐ街道の整備もしなければならないのだ。

 父には申し訳ないが、当面必要そうな量を先に採掘させてもらう。


「そんなわけで、今から少し採掘してもいいいですか」

「仕方ない、手伝ってやろう」

「わたくしも土魔法の練習にお手伝いします」


 ブリッツフォルテの開拓で、シェーンハイトも土魔法を練習していたのだが、まだまだ制御が甘いので練習がてら手伝ってくれた。


「この鉱石を――こうして、銅だけを取り出します」

「凄いです」


 ある程度の鉱石を入手し、それから必要な銅だけを取り出す魔法をシェーンハイトに見せてあげた。

 今俺が使っている魔法は錬金術でもなんでもないので、無から何かを生み出したり、違う物質に作り変えたりなどはできない。それでも、鉱石に含まれている必要な物質だけを取り出すことはできるのだ。


「シェーンハイト様は魔法の扱いがお上手ですから、練習すればできるようになると思いますよ」

「土魔法もまだまだですから、当分先のことになりそうです」


 あれ? 何故かシェーンハイト様を悲しそうな表情にさせちゃったぞ。

 う~ん、少し話題を切り替えるか。


「この魔法を覚えたお陰でしょうか、今も何処に鉱石が埋まっているか探せるようになったのですよ」

「では、ブリッツェン様は何処でも鉱床を探し出すことができるのですか?」

「何の当てもない場所を探すのは大変ですが、それだけに専念すればできると思います。しかし、それだけをやるわけにはいきませんからね。あまり現実的ではないかと」

「それは残念です」


 シェーンハイトも女の子だ。宝石などに興味があり、俺に掘り出して欲しかったのだろうか。であれば、探索魔法のように鉱石探索の魔法の練度を上げ、いつかシェーンハイトに宝石をプレゼントしてあげよう、と勝手に目標を設定してみた。

 そのため、この魔法は敢えてシェーンハイトには教えない。


 だって、シェーンハイト様が自力で欲しい宝石を入手しちゃったら、俺からプレゼントできないからね。


 そんなちっぽけなことを考えている俺は、間違いなく小者であり、シェーンハイトは悲しそうなままなのであった。

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