第二十八話 俺の父

 父が語ったのはこうだ――


 母が産気づいたのは夏のある日。

 その日の空は厚い雲に覆われ、稲妻が走り雷鳴が轟いていた。そして、赤子が生まれる瞬間、メルケル騎士爵の屋敷に雷が落ちる。

 不思議なことに、木造の家屋に火災がおこるでもなく、一切の被害が無かった。

 唯一異変があったのは、生み出された子の体が光に包まれ煌めいていたことだ。

 その子は珍しい黒髪であり、彫りの深い造形が当たり前の中、やや薄い顔の造りであった、という。


 母は生まれた赤子についてこう述べた。『悪魔の子とされる黒髪黒瞳の可能性はあるけれど、そんな容姿に嫌悪感を感じることもなく、むしろ不思議な光に包まれていたことで、我が子ながら神々しさを感じた。この子は特別な何かを持って生まれた』と。


 産後で疲れているにも拘らず、非常に生き生きと嬉しそうに語った母に、父は少しだけ後ろめたかったらしい。

 それは一瞬ではあるが、『忌み子か……』と思ってしまったからだ、と。

 だが母の言葉を聞いた父は、すぐにその言葉のとおりかもしれないと思うと、忌み子だと思った自分の感情は一瞬で霧散したようだ。


 そんな不思議な子に、『雷光が煌めく』という意味の『ブリッツェン』と名付ける。


 ブリッツェンは三男でありメルケル家で縛る必要もないことから、本人のやりたいように自由に育てよう。両親はそうと決めた。


 ブリッツェンはあまり体を動かすようなこともせず、姉に本を読んでもらい、気付いたら自分で読み出し、わからない文字を質問しては書き取りをするようになっていた。それにより、この子はやはり特別な子だと思ったようだ。


 そして七歳の誕生日、ブリッツェンが生まれた日と同じように、外は稲妻が走り雷鳴が轟いていたのだが、ブリッツェンは呑気に昼寝をしていたのだと言う

 そんな中、またもや屋敷に雷が落ち、何かに促されるように母はブリッツェンの元へと慌てて向かうと、生まれた時以上の光に包まれて煌めいたブリッツェンがいたのだと言う。


 ――父の話を聞き、生まれた時の光は、俺がこの世界に転生してきた時に起こり、その後に俺は意識を失いつつも、ブリッツェンの体でこの世界の事を学習し、七歳時の光は今の俺の意識が目覚めたときだと気付いたが、俺は何も言わずに続きを聞いた。


 それからブリッツェンはちょくちょく外に出るようになり、暫くすると獲物を狩ってくるようになっていた。

 この時、普通の親なら危険だとか心配だとか思うのだろうが、父はいよいよブリッツェンが本領を発揮し始めた、と密かに喜んでいたのだとか。


 それからは何故かエルフィもブリッツェンと一緒に行動し始め、聖女と呼ばれていたアンゲラのようにグングン頭角を現し、アンゲラもアンゲラで王都の神殿本部に勤めるまでになっていた。


 そうそう、三男であるブリッツェンは初等学園に入れるつもりはなかったが、あそこに行けばブリッツェンの為になるだろうと、兄であるメルケル男爵に頼みどうにか入学させてみれば、盗賊を討伐してしまいフェリクス商会と強い絆を結ぶきっかけを作り、アーデルハイト様とシェーンハイト様のお顔を拝謁する機会を、自分で得たのには心底驚いた、と言う。


 今思えば、ブリッツェンとシェーンハイト様が出会うのは運命だったのだろう、こうして今はシェーンハイト様の義兄になろうとしているのだから。と、父は感慨深そうに言う。


 ――そうだよな、シェーンハイト様と知り合ったのはあれが切っ掛けだったんだよな。


 その後は、父が言うまでもなく俺自身が覚えているが、俺が何かやってくれる度に両親は喜んでいたようだ。


 最後に父はこう言った――


 ブリッツェンは辺境の田舎貴族の末っ子で大変だっただろうが、それでも自分でどうにか道を切り拓いてきいた。

 そして、ブリッツェンのお陰で私は領地を得ることができ、王国から爵位まで賜ることになった。本当に感謝している。ありがとう。

 そして、小さな世界に閉じ込めるのではなく、ブリッツェンの思うように生きさせたことは、間違いではなかった。


 ――父はそう締め括った。



 アインスドルフができるまで、俺は父とあまり会話することがなかった。てっきり、父は俺に興味がない人なのかと思っていたがそうではなく、父に興味がなかったのは俺の方で、父はずっと気にかけてくれていたんだと思うと、何だか申し訳ない気持ちで一杯になった。


「父さんごめんよ。父さんは俺のことなんて全く気にかけていないと思ってた。こんなに俺のことを思ってくれていたのに、俺は気付いていなかった。本当にごめんなさい」


 俺は謝罪せずにはいられなかった。


「それなら良かった。父さんな、ブリッツェンには自由に育って欲しくて、敢えて関わらないようにしてたんだ。父親が息子に何か言うのは、自由を奪うことになりかねないからな。父さん、お前に気のないフリをするのは結構大変だったんだぞ」


 え、そうだったの?


「でも、それを見破られなかったってことは、父さんの演技力がお前の見る目を上回ってたってことだ。ドラゴンを倒し、領主となるブリッツェンをあざむく演技力があったことは、父さんの自慢になるだろ?」


 そういえば、記憶の中の父さんは、俺と会話するときに自分を『父さん』って言ってたよな。なんか懐かしいな。


「俺を欺いていたのが自慢になるかはわからないけど、父さんの演技力は本当に凄いと思うよ」

「だったら父さんはそれだけでいい。自慢の息子に凄いと思われたなら、父親としてこれ以上に嬉しいことはないさ」

「父さん……」


 もう我慢の限界だった。

 俺は誰はばかる事なく泣いた。それこそ赤子のように。

 そして、『俺はこの人の子どもで良かった』と心底思った。



「父さん、俺が魔法使いだったことを黙っていてごめん」

「”劣った者”と見做される魔法使い。そんな秘密を両親にさえ打ち明けられず、きっと苦しかっただろう。むしろ、気付いてやれずにすまなかった」


 俺は日本人だった記憶を持っているが、それでもこの世界で、この父とは本当の親子だ。

 随分と時間がかかってしまったが、こうして秘密を打ち明けたことで、本当の親子以上……と言うのもおかしいが、より一層強い絆で結ばれたと思う。


 だが現実は非情である。

 俺がライツェントシルト家に養子として入ることで、この父と親子では無くなるのだ。それでも、そんなのは形式上のこと。


 俺の父は、軽く波打ったシルバーグレーにちらほら白髪が混じっているが、しっかり綺麗に整えられた頭髪。あまり生気が感じられないカーキ色の瞳。中肉中背で平凡の見本のような人物であるが、誰より俺を大切に想ってくれていた人。

 ゴーロ・ツー・メルケル、改め、ゴーロ・フォン・ヴィンターだ。



「ところでブリッツェン。貴方はシェーンハイト様の義兄になるのですか?」


 ここまで黙って聞いていた母が、不意に問うてきた。


「形式上はそうなるよ。――だから、ある意味では姉さん達の義妹みたいなもんだね」


 母の問に答えながら、姉達に目配せする。


「なんだかニクセさんがヤキモチを妬いてきそうね」

「ですがお姉様、”兄妹になれば結婚ができません”から、その点ではニクセさんは安心なさるのでは?」

「そうね。ニクセさんは『シェーンハイト様が妻争いの最大の障害』と仰っていたものね」


 アンゲラとエルフィは、楽しそうにそんな話で盛り上がった。


 実は、家族にも教えられない秘密が一つだけあった。

 それは、俺とシェーンハイトの婚姻についてだ。

 俺とシェーンハイトの婚姻は、現状ではまだ確定していない・・・・・・・・・。なので、家族では父だけが知ることであり、母や姉達にも伝えてはいけない情報なのだ。


 一応、俺とシェーンハイトが結婚するとなった場合は、彼女が成人の儀を済ませたらすぐに行なうらしい。


 そんな予定を立てている時点で、俺とシェーンハイト様の結婚はほぼ確実なんですけどね。


 こうして、親子姉弟での濃密な団欒は、俺が公爵邸に帰るまでどっぷり行われた。

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