第二十七話 人生の勝者
「それですと、シェーンハイト様は公爵家のままですが、ライツェントシルト公爵家が無くなってしまいますよね?」
既定路線だと言うアルトゥールの話に穴があるような気がした俺は、熟考の末に口を開いた。
だって、あのプランのままでは、ライツェントシルト家は一代で消滅してしまい、本末転倒だよね?
するとアルトゥールは、『子作りを頑張ってます』アピールをしており、『嫡男を作りますよ』と触れ回っているのだと言う。――実際は頑張っていないらしいが。
それにより、シェーンハイトが新たな公爵家を興しても、
そして更に――
「僕が重要視しているのは、シェーンハイトが公爵家の身分を維持すること。それと同時に、領地を持った公爵家を興すことなんだ。だから、ライツェントシルト公爵家の存続は、言い方が悪いけど『どうでもいい』んだ。――まぁ、僕とアーデルハイトの両方が亡くなれば、ブリッツェン君にライツェントシルト
それって、ライツェントシルト
しかし、アルトゥール様は有能だと思ってたけど、王弟の立場を利用するくらいの親馬鹿だったんだな。
まぁ、既定路線と言うのだから、それはもう確定なのだろう。でも、看過できない部分があるんだよな。
「シェーンハイト様が私を英雄的に見てくださっているのは存じています。ですが、それは物語の主人公に憧れているようなもので、慕情ではないかと……。なので、私と一緒になるのはシェーンハイト様の気持ちを
英雄に憧れるのと恋心が別物なのはわかってる。だから、シェーンハイト様が俺に抱いているのが恋慕だろう、なんてアルトゥール様の勘違いだ。そこが間違ったまま強引に話を進めるのはダメだろう。
公爵家を新たに興すなどの話は、既に俺がどうこう言える問題ではないだろう。だが、アルトゥールがシェーンハイトを思っているのであれば、これはハッキリ言っておきたかったのだ。
「僕もあの子の父親だからね、見立てに間違いはないと思うのだけれどなぁ」
「貴族の婚姻が本人の気持ちに関係なく行なわれるのは承知しておりますので、命令とあらば是非もなし……。しかし、アルトゥール様がシェーンハイト様のお心を第一にお考えなのでしたら、シェーンハイト様のご意思を尊重していただきたく存じます」
「では、シェーンハイトが望むのであれば、ブリッツェン君の方は問題がないと」
「むしろ、私如きには贅沢が過ぎます」
可能であれば、アルトゥール様がアーデルハイト様と別れて俺に譲ってくれるのが一番だけど、それは絶対に無理だし。
であれば、アーデルハイト様そっくりなシェーンハイト様で……って、何で俺が上から目線なんだよ! シェーンハイト様はアーデルハイト様に似てるとかを度外視しても超絶優良物件で、俺にはマジで勿体無いくらいのお人だぞ。
アーデルハイト様は絶対に手の届かない偶像のアイドル。
シェーンハイト様は手が届くかもしれない現実のアイドル。
「メルケル卿は、ブリッツェン君の婚姻に関して何かご意見はあるかな?」
「ブリッツェンがシェーンハイト様のような才色兼備のお嬢様と夫婦となるのでしたら、私に否はございません」
「それは良かった」
苦言を呈したはずなのに、なんだか既に決まったような流れになってるな。
まぁ、俺としたら成るように成れって感じだから、流れに身を任せるしかないか。
俺がモヤモヤする感情を強引に消そうとしていると、アルトゥールが冷えかけた茶を一口含み、手に持ったカップを机に置く『カタリッ』という音が耳に届いた。
「さて、次は家名についてかな。――このままだと、近い将来に王国南西部はメルケル男爵領が三つ存在することになってしまうからね」
アルトゥールの頭は既に切り替わっている。俺も先程の話は頭から消し去り、新たな気持ちで次の話に集中する。
さてさて、父さんは先ず騎士爵となるわけだが、来年には男爵に昇爵するだろう。そのときには俺も叙爵するはずだ。そうなると、伯父さん、父さん、俺と、メルケル男爵家が三つに増えるんだよね。そうすると――
うん、紛らわしいな。
「そこで、メルケル卿の家名だ。卿の領地は特殊気候で、冬には雪が降ると聞いているよ」
「はい。ブリッツェンが魔石を埋めてくれましたので、珍しい気候のままでございます」
「なので、それにちなんで『ヴィンター』の家名を授けようと思うんだ」
「ありがたく存じます」
ヴィンター家か。なかなかカッコイイね。
「ブリッツェン君の方は、当面はヴィンターを名乗ってもらって、叙爵したらすぐに養子縁組をするから。そしたら、ライツェントシルト男爵になるね」
「ライツェントシルトの家名でよろしいのですか?」
「メルケルでもヴィンターでもなければ紛らわしくもないし、ライツェントシルト家に養子入りするのだから問題ないでしょ? それに、シェーンハイトが成人すれば新しい家名になるし。その時までに良い家名を考えておくよ」
やっぱりアルトゥール様の中では、俺とシェーンハイト様が一緒になるのは確定事項なんだな。まぁ、不満があるわけじゃないけど。
いやむしろ、シェーンハイト様を嫁にできるのって、普通に考えれば勝ち組だよな? 可愛くて賢いし、性格も良くて高位貴族だし、可愛くて素直だし、真面目でちょっと天然だし、何より可愛いし! ――ハッ! ヤバイ、俺リア充だ!
シェーンハイト様を嫁にできる俺は、人生の勝者だぁー!
……って、いかんいかん。こっちの話は一旦忘れないと。
「承知いたしました」
溢れ出る脳汁を抑えつつ、俺は慇懃に答えた。
「うん。そしたら次は、メルケル卿……ではなくヴィンター卿とブリッツェン君の領地の間にある伏魔殿。そこの平定はいつごろ行なう予定かな?」
「ハッキリとは言えませんが、一年以内には行ないたいですね」
「あっ!」
父が唐突に何か閃いたのか、何かに気付いたようだ。
「公爵、私はまだ現在の村の開拓すら終わっておりません。そこに新たな領地となりますと、そちらにまで手が回りません。そして、住人も神殿が協力してくれていますが、そこまで多くはおりませんので……」
俺みたいに魔法使いを集めたインチキ開拓じゃないから、父さんは大変だよな。俺の方も住人がいないと駄目だから、もう少しすれば父さんと同じ悩みを抱えることになるけど……。
「それなら問題ないよ。近年は伏魔殿の平定を控えていたから、あちこちの王領地で人口の増加に伴う土地不足が起こっていて、移住先を求めている民が大勢いるんだ。だから、王国主導で移民を募集し、移住の費用も面倒を見るよ」
「よろしいのですか?」
「これは王国としてもどうにかしなければならない問題だからね。むしろ、受け入れ先が見つかって助かるよ」
「こちらこそ助かります」
伏魔殿平定を控えていた弊害って、やっぱりあったんだな。
「先ずは木工や石工職人の居住地を用意してもらって、入植した職人に農民の家を建てさせる。その後は随時受け入れ体制を整えてもらおうか」
「承知いたしました」
いやはや凄いね。アルトゥール様は宮内伯なんだから、宮中の仕事だけをしているのかと思いきや、王国全体のこともしっかり考えているんだな。
王族として生まれ育った人は、やっぱ凄いや。……いや、アルトゥール様自身が優れているってのが正解かな。
感心する俺を他所に――「さて次は」と、アルトゥールがどんどん話を振っては決定の作業で、次々と話が進んでいった。
「父さんはなかなか肝が座ってるね。アルトゥール様を相手にあれだけハッキリと自分の意見が言えるのは凄いと思う。改めて尊敬したよ」
「何から何までブリッツェンに負んぶに抱っこでは、父としてあまりにも情けないだろ? 少しくらいは父親らしいところを見せておかないとな」
「うん。とても格好良かったよ」
「まぁ、実際は足の震えを堪えるのが大変だったけどな」
アルトゥールの執務室を後にし、父に率直な思いを述べると、父は父で照れ臭かったのだろうか、最後は
「ブリッツェン、この後時間はあるか?」
「色々と聞きたいんでしょ? 時間は大丈夫だから、姉さんの家で話そうか」
「今日はアンゲラ達は休みで家にいるから、別の場所で……」
「その辺は大丈夫。むしろ都合がいいよ」
「ブリッツェンがそう言うのであれば」
父さんからすれば、叙爵以上に衝撃的な話だったんだろうな。まぁ、こうして話せる機会が訪れたのだから、しっかり説明しよう。
「――といった感じだね」
「母さんには未知の世界過ぎて、ブリッツェンが何を言ってるのか殆どわからないわ」
聖女邸に着くとリビングに集まり、アルトゥールとの会話内容を母や姉達にも聞かせた。
アンゲラとエルフィも知らない話があったので、二人も驚きの様を見せたが、母は口をあんぐりと開いてしまい、もしかすると途中から思考が停止していたと思われる。
「それで、父さんも気になっている部分だと思うけれど、そもそも俺がアルトゥール様に仕えているのは、魔法が使えるから……というのは理解できてる?」
両親にそう問うと、二人はゆっくり頷いた。それを確認すると、俺は続きを話す。
「実はね、魔法が使えるのは俺だけじゃなくて、姉さんも姉ちゃんも使えるんだよ」
「なっ、アンゲラとエルフィも魔法が……」
俺のみならず、アンゲラとエルフィも魔法が使えると聞いた父は、酷く驚いていた。その驚きが、ショックなのか何なのかはわからないが、とにかく大きく驚いていたのは間違いない。
「俺は昔から本を読むのが好きだったでしょ? それで魔法の存在を知って、なんとなく独自で練習をしてみたら魔法が使えたんだよね。それで、初等学園に入学後に長期休みでメルケルムルデに戻った際、二人にも魔法を教えて、二人とも魔法が使えるようになったんだ」
細かい話は抜きにして、魔法が使える事実だけを伝えた。
実は、このことをわざわざ伝える必要はないと思っていたのだが、二人が魔法を使えることを隠しておく方が、後々の面倒がなくなると思い、俺の独断で告げたのだ。
「そう言えば、まだブリッツェンが初等学園に通う前だったかしら、『どうして魔法がなくなったの?』と母さんに聞いてきた事があったわね」
「そうだね。それで、姉さんは俺が興味を示しそうな本が神殿にあると教えてくれて、それで魔法を覚えたんだ」
夕食時のちょっとした会話だったけど、母さんは覚えていたんだ。なんかちょっと嬉しいな。
「そして、クラーマーさんを盗賊から助けたり、伏魔殿の平定ができたのは魔法のおかげなんだ。それに、姉さんや姉ちゃんも魔法を使えることを抜きにしても、魔力素が増えて聖なる癒やしが使える回数が増えたりと恩恵を受けてるね」
魔法にちょっと興味を引かれたのだろうか、『魔法が使えると魔力素が増えるのね』などと、母がボソボソ言っている。
「でも俺は、魔法が使えることでアルトゥール様に仕えるようになって、気ままな冒険者でいられなくなったから、いいことだけではないのかな。――あぁ、それでも不自由はしてないし、色々と順調だから、結果的には良かったのかもね」
「魔法の素晴らしさは知らないが、公爵家の養子に迎え入れられる程、ブリッツェンは優れているのだろう。それに、ブリッツェンのおかげでこうして叙爵の話が出てきた。自由を奪われたブリッツェンには申し訳ないが、一族としては有り難い限りだ」
父は誇らし気な顔から、やや苦々しいに表情になっている。
父さん、残念ながら『俺』というより『魔法』が優れているだけなんだよね。でも、魔法使いそのものの存在がほぼ知られていない現状、俺が優れていると思われるのは仕方ないのかな。
「おほんっ」
俺が照れ臭い気持ちを内心で誤魔化していると、父がわざとらしい咳払いをした。
そして、おもむろに何やら語り始めたのだ。
「私は、ブリッツェンには自由に生きて貰おうと思っていた。それは――」
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