第二十六話 公爵vs俺vs父

「辺境地であれ、ドラゴンを討伐したことは凄いことだよ。倒したのが何処のドラゴンであれ、ブリッツェン君がドラゴンスレイヤーであることに変わりはない」


 父の問に対しアルトゥールは、『はい』か『いいえ』ではなく、若干論点のズレた返答をした。


「それであれば、尚更これ以上のドラゴン討伐が必要とは思えませんが」


 応じる父からすると、アルトゥールの言葉はそう捉えられたようだ。


「でもね、北の伏魔殿のドラゴンには、過去に数多あまたの魔術士や騎士が敗れ去ってきたんだ。そんな難所を平定することは、他の伏魔殿を平定するより人々に与える心象は全然上だろう。だから、ブリッツェン君がドラゴンを倒したのは凄いことで、きっと騒ぎになるだろうけれども、僕の想定していたような衝撃は与えられないだろうね」


 なんとも残念、といった雰囲気を滲ませるアルトゥール。


「それこそそんな危険な――」

「父さん、ちょっといいかな?」

「どうかしたかい、ブリッツェン君?」


 俺を守ろうとしてくれる父の気持ちは本当に嬉しい。嬉しいのだが、ここで俺の気持ちを伝えておくべきだと判断し、申し訳ないが口を挟んだ。


「父に伝えたいことがあります」

「どうぞ」


 アルトゥールの表情が、真面目なものから一瞬だけ笑顔になったが、珍しくすぐさま真面目な表情に戻っている。

 それはそれで怪しいのだが、今は気にしないことにした。


「父さん、最初にドラゴンの討伐をお願い・・・されたとき、やっぱり俺も驚いたよ。でも、少しずつ経験を積んできた今、俺自身が北の伏魔殿のドラゴンに興味を持ってしまっているんだ」


 父は言葉にこそ出さなかったが、『何を言っているんだお前は?!』と言わんばかりの表情をしていた。それでも俺は言葉を続ける。


「俺はまだまだ修行中の身だけど、修行中だからこそ少しずつ実力がついてきていると実感できていて、自分の力を試してみたい気持ちがあるんだ。でも、今はまだその時ではないと思う。それでも、何れはそのドラゴンを討伐をしてみたいんだ」


 俺の決意を聞いた父は、水面で口をパクパクする金魚の如く、口を開いては閉じ、何か言おうとしては躊躇う、という行為を繰り返していた。

 そんな父を見て、俺が声をかけるのは逆効果だと判断し、会話の相手をアルトゥールへと変えた。


「アルトゥール様、北の伏魔殿はボスがドラゴンで、サブボスもドラゴンなのですよね?」

「そうだね。サブボスが属性竜、北の伏魔殿は炎属性のロートドラゴンで、ボスは四大属性を持つシュバルツドラゴン……と言われているね」


 ん、言われている? 何か曖昧だな。


「その顔は、曖昧な情報に疑問を持っているって感じかな?」


 いつもの如く、表情に出てしまったか。

 アルトゥール様の前では、緊張のあまり無意識に表情を消せるようになっていたけど、密会に慣れてきてから少し気が緩んでいるんだろうな、ちょいちょい考えを看破されてしまう。


「そのとおりです」


 俺は言い訳せず、断定してみせる。


「ロートドラゴンに関しては、過去の資料でしっかり記されているんだ。でもね、シュバルツドラゴンの方は、御伽噺でしか伝わっていないんだよ」

「御伽噺ですか……」


 御伽噺などフィクションか、原型が残らぬほど脚色されたノンフィクションだろ?

 それを根拠に言われてもなぁ……。


「ん? ”黒髪黒瞳”の英雄伝説も御伽噺だよ?」

「……私は”黒髪黒瞳”なだけで、英雄ではないのですが」

「英雄足り得る条件を満たしている。――まぁ、現状は英雄伝説を知る者が殆どいないから、そこは深く考えないでよ」

「…………」


 お気楽な王弟様だな。


 それはそうと、俺達が倒したグリューンドラゴンと同格のロートドラゴンなら、もう少し修業を積んだらより少ない人数で倒せる気がする。でも、シュバルツドラゴンとやらはロートドラゴンより格上なのかぁ。そうなると、未知の領域だから何とも言えないなぁ。それ以前に、そんなドラゴンが存在しているのかすら怪しいし。


「ブリッツェン、お前……」


 口のパクパクが治まった父が痛まし気に俺を見据え、弱々しく声をかけてきた。


「父さん。俺は、アルトゥール様にお願いされるされない以前に、自分の気持ちとしてドラゴンを倒してみたいってのがあるんだ。だから、父さんが心配してくれるのは有り難いし嬉しいけど、それでも俺はドラゴンと戦いたいんだ」


 何だか脳筋みたいな台詞せりふだけど、これが俺の気持ちだ。

 とはいえ、ドラゴンを一括りに考えていたから、シュヴァルツドラゴンの件は想定外だったんだよな。


「……お前が自分で決めたのなら、私は何も言うまい」

「ありがとう、父さん。――アルトゥール様、北の伏魔殿に入るにはまだ時間がかかってしまいますが、何れ必ずドラゴンを倒します」


 まぁ御伽噺の存在なんて無いも同然だし、そこは深く考えなくていいや、と思ったので、抱えていた決意を語ったのだ。


「そう言ってくれて嬉しいよ」


 結果的にはアルトゥール様の思い通りになって、上手く掌で踊らされてる気がしないでもないけど、俺が好き好んで踊っているんだから、これはしょうがないよな。


「じゃあ、次の議題に移ってもいいかな?」

「公爵、もう一点だけよろしいでしょうか?」


 ドラゴンのことは既に諦めた感じの父が、キリッとした表情になっている。そして、何かアルトゥールに確認したい事案があるようだ。


「何かな、メルケル卿」

「貴族の婚姻は家同士の婚姻であります。ですが、三男であるブリッツェンには、自由に婚姻もさせてあげるつもりでいたのですが、公爵はブリッツェンの婚姻についてはどうなさるおつもりですか?」


 そんなことも考えてくれていたのか。まぁ、そんなことを言われなくても、勝手に誰かと結婚する気満々だったけどね。

 養子の話が来た時点で、自由恋愛は諦めてたけど……。


「う~ん……、この際だ、ブリッツェン君の実の父であるメルケル卿の居る今だからこそ、僕の考えを伝えておこう」


 やっぱ、俺の婚姻も政治の道具として使う予定があったんだ……。


「ブリッツェン君には、シェーンハイトと一緒になってもらおうと思っている」

「えっ?」

「なんだいブリッツェン君。シェーンハイトでは不服かい?」

「め、滅相もございません」


 シェーンハイト様だよ?! 俺のアイドルであり聖母であり女神であるアーデルハイト様そっくりの、美人で可憐で可愛らしい、これまた俺のアイドルであるシェーンハイト様だよ。俺なんかと一緒にさせて本当にいいの?


「これにはわけがあって――」


 アルトゥールの語った要点を纏めるとこうだ。


 俺を公爵家に養子として引き取るのは、武力的要因の他にもう一つの理由があった。それは、シェーンハイトと婚姻させるためだ。


 シェーンハイトは初めて俺に会った頃から”黒髪黒瞳”の少年に憧れており、そんな話をアルトゥールは真面目に聞いていなかった。だが、俺が公爵家で生活するようになり、俺という人間と接するようになり彼はこう思った。

 ちょくちょく”黒髪黒瞳”の少年の話をしていた愛娘の想いは、”将来の英雄と成り得る少年に対する憧れ以上の感情”、即ち、”恋慕なのでは?”と。


 ここから少し話が前後する。


 アルトゥールには一つの悩みがあった。

 それは、可愛い我が子が誰かと夫婦めおとになるのが嫌だった。いつまもでも自分だけの娘であって欲しかった。

 だが、公爵家の令嬢としていつかは婿を取らねばならず、公爵家唯一の子であるシェーンハイトだからこそ、適当な婚姻は許されない。

 しかし、なかなか御眼鏡に適う相手がいなかった。


 で、そこへ俺の登場だ。


 まさかの”黒瞳黒髪”の少年が、シェーンハイトが憧れている俺だったのだ。

 アルトゥール自身も、”黒瞳黒髪”の英雄伝説を知っていたから、どうにか引き込みたかった。

 そこで、愛娘の想いを汲みつつ、公爵家の令嬢らしく政略結婚もできる手段。

 それが――


 ブリッツェン・ツー・メルケルを養子にすること。


 ただ、公爵家の養子になるにはそれなりの家格なり実績が必要となる。

 その辺はドラゴン関連になるので、と割愛された。


 しかし俺が爵位を得れば、養子にならなくても問題ないように思えたので、ここで俺が口を挟んでそう問うた。


 アルトゥールは嫌な顔もせずに答えてくれた。

 いくら俺が王弟の子飼いであっても、交渉の余地がないわけでもない。それは、俺を飛び越えて家格の低い父に、『ブリッツェンを婿に』と直談判することだ。

 もしそれをされると、父の爵位では大抵の貴族の申し出を断れない。

 そんな頭越しの交渉ができないよう、俺をアルトゥールの息子にするのだと言う。


 そしてもう一つ、シェーンハイトを公爵のままにするには、嫁入するのではなく婿を取る必要がある。

 公爵家から公爵家に嫁いだアーデルハイトのような場合であれば、別段気にする必要はないが、通常は公爵家から嫁ぐ先は侯爵家など家格が下がる。その際は降嫁になるので、シェーンハイトは王族ではなくなってしまう。

 しかし、シェーンハイトは婿を迎え入れるのでその心配は無いのだが、公爵家に相応しい男性がいないのが問題であった。


 だから俺を養子にして、公爵家の男性――つまり俺――に嫁がせるのかと思ったら、それもまた違うようだ。

 仮に俺が公爵家の養子となっても、当主が俺になった時点で侯爵家に降爵となってしまう。理由は単純明快で、俺に王家の血が流れていないからだ。

 そうなると、俺がシェーンハイトに婿入りするわけだが、アルトゥールは領地を持たない法衣公爵だ。だからこそ、領軍を集められる領地が欲しい。


 ――話が二転三転して難しいな。

 えーと、俺が婿入りする必要性は理解できる。でも、領地については理解できないぞ。どういうことだ?


 俺が頭を悩ませていると、アルトゥールが教えてくれた。


「簡単なことだよ。領地がないなら領地を持った公爵家を作ってしまおう、という話さ」


 随分と強引な話を、アルトゥールは事も無げ言ってのけた。


 俺が領地を持って養子になり、その領地をアルトゥールに献上すると、それはアルトゥールが取り上げたようになり外聞が悪い。

 ならば、それを俺に与えれば済む話のように思えるが、その際の領地は公爵が重複して所持する男爵や子爵領となる。

 アルトゥールは権力もある領地が欲しいので、どうにか公爵領が欲しいのだ。

 そうなると、俺の領地をアルトゥールではなく、『妻となるシェーンハイト』に献上し、その領地を持ったシェーンハイトが新たな公爵家を興して俺が婿入りする。それなら、途中でアルトゥールが介入することなく、その領地は俺の領地として返ってくる。

 結果、アルトゥールが取り上げたことにもならず、公爵領もできるのだとか。


 貴族というのは何とも回りくどいやり方をするものだと思ったが、これには婚姻にも関係があるようだ。


 シュタルクシルト王国は、血の繋がりがあるなしに拘らず二親等内、即ち親子や爺孫、兄妹や姉弟などの婚姻は認められていない。

 例えば、養子に出るなどして書類上では別家名になっても、実際に血縁関係がある”血族”であれば、その婚姻は認められない。


 ――俺が公爵家の養子になり、メルケル騎士爵家と別家名の人間になっても、血の繋がった姉弟であるアンゲラやエルフィと結婚できないということだ。


 血縁関係がなくても、養子となり兄妹など同家名の二親等内”親族”になってしまうと、それも婚姻が認められない。

 今後の俺とシェーンハイトがまさにそれだ。


 ――俺が公爵家の養子になり、ブリッツェン・フォン・ライツェントシルト・・・・・・・・・となると、義妹になるシェーンハイト・フォン・ライツェントシルト・・・・・・・・・とは”兄妹”なので婚姻ができない。


 しかし、血縁関係のない男女が、養子関係で兄妹となって結婚ができなくなっても、別家名になった際は実際の血縁関係がないので、その場合は婚姻が認められる。

 なので、シェーンハイトがライツェントシルト家とは別の公爵家を興し、別家名に。

 その場合、俺はライツェントシルト家のままなので、別の公爵家で血の繋がりのないシェーンハイトとは婚姻が認められるのだ。


 ――シェーンハイトが新たな〇〇公爵家を興し、シェーンハイト・フォン・〇〇となる。

 ――俺は、ブリッツェン・フォン・ライツェントシルトのまま。

 ――〇〇公爵家のシェーンハイトとライツェントシルト公爵家の俺。

 ――実際の血縁関係はなく、別家名の者の婚姻なので認められる。


 これもまた面倒臭いこと極まりない。

 それなら俺を養子にしなければ、となると、先の話題に上がったとおり、父が何処かの貴族に直談判されたら断れないので、俺を養子にしないという選択肢はない、と言い切られてしまった。


 ちなみに、公爵家だからといって、簡単に新しい公爵家を興すことはできない。これは、シェーンハイトが王位継承順位第二位――実際は王太子がいるので第三位――であるからであって、それでも強引に話を進めるつもりらしい。

 だが、王族の少ないシュタルクシルト王国では、できるだけ多くの公爵家が必要という背景があるので、『なんとかなる』とのことだ。


「これは僕の中では既定路線なのだけれど、どうだろう?」


 珍しく真面目な表情を維持していたアルトゥールは、今はいつもの胡散臭い笑顔で問うてきた。


「どうだろう?」と言われても……。


 俺は暫し思案に暮れた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 重要なお知らせです。


 今回の近況ノートは是非確認して欲しいです。

 お手数ですが、宜しくお願いします。

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