第二十話 転移陣!

 キリキリする胃を擦りつつ、これからもっと胃が痛くなるのだろう、そんな風に思っていた。だが、若干師匠の言葉に棘があったりもしたが、話し合いは思いの外すんなりと進んだ。


 アルトゥールの思惑は俺などにはわからないが、師匠が俺の手伝いをするということで、間接的であれ利用できるならそれはそれで良い、と思っているように感じられる。

 そして師匠は師匠で、グリューンドラゴンを仕留めたあの地を、俺が恒久的な領主になれるよう頼み込むのかと思ったが、頼み込むのではなく、予想の範疇を越えた意外過ぎる方法をとった。

 その方法とは――


 転移陣!


 神殿にあった魔法陣が描かれた謎の部屋。あの魔法陣は、”転移陣”だと師匠は言う。

 それは俺も聞かされていなかったので驚いたが、アルトゥールも珍しく笑顔を崩して前のめり……になりそうな程、ガッツリ興味を示していた。


 これは後で師匠に聞いたのだが、手駒である俺が王国の僻地で活動していてはアルトゥールが困ると考え、それであれば、すぐに移動できる手段があるとわからせれば俺が領主業を務められる、と判断して伝えたとのことであった。


 アルトゥールの様子を見るに、俺がすぐに呼び戻せること以前に、あの魔法陣が転移陣であったことに興味を示している。だが、そんな王弟の心の隙を師匠が上手く突き、確定ではないが、俺が恒久的に領主を続けられるように言質を取っていた。その巧妙さは非常に参考になった。――それを俺が上手く使えるかは別にして。


 なぜ師匠がそのことを知っていたのかは謎だが、あの地を開拓した後、神殿本部とあの地の神殿間で試験をすることが決定した。――日時は未定だが。

 その前に、渓谷の調査などすべきことはあるのだが、師匠の発言により、あの地を俺の手で開拓すること自体は確定事項となる。それに伴い、師匠は冒険者としての身分をアルトゥールから賜り、俺との行動が公的にできるようになったのだ。


 尚、渓谷の調査結果は、あの地の神殿で入手した魔導通信具にて行なう。


 魔導通信具は、ちょっとした封書を送れる、謂わば封書や手紙用転移陣のようなもので、物理メールといった感じだ。それをアルトゥールに渡したことで、書面での遣り取りは王都と僻地であっても可能になる。

 あまり使い途がないと思い、魔道具袋もどきに仕舞い込んでいた魔導通信具だが、今となっては入手できて良かったと思う。


 調査後の予定だが、俺達は王都に戻らず、そのまま開拓を行なうことが決定する。

 そしてその開拓では、シェーンハイト達の訓練も兼ねたい旨をアルトゥールに伝えると、後程合流する手筈を整えると言ってくれた。

 合流の際、護衛騎士団を付けられては魔法を使った開拓ができないので、シェーンハイト達には今回もまた、フェリクス商会を隠れ蓑に移動してもらうことも、併せて決定した。


 そんなシェーンハイト達はまだ学生だが、彼女が在籍する上流学院は、学業よりも貴族の交流の場としての意味合いが強い。

 それを踏まえると、わざわざ学院で交流する必要のない公爵令嬢であるシェーンハイトは、成績も優秀であることから暫く休学してもらうか、場合によっては退学となる。


 シュタルクシルト王国は学歴社会ではない。だが、上流学院を卒業するのは一種のステータスではある。だがそれは、上流学院に入学するのも大変な下級貴族が自慢の種にするくらいで、公爵家ともなれば、自慢にも傷にもならない些事なのだ。


 そして、護衛係となるエドワルダもまた上流学院生だ。しかし、彼女には申し訳ないが、シェーンハイトと同様にやはり休業してもらう。

 しかしそれは、嫌々学院に通っているエドワルダ的には、何気に有り難い申し出だろう。むしろ、クラーマーに申し訳ない。


 それから、エドワルダの兄であるアルフレード。

 彼は、俺の事情・・を知っているトリンドル内務伯が長を務める内務相勤務だ。なので、俺の治める地に”出向”という形を取ることにする、とアルトゥールは言ってくれた。


 他にもまだ詰めなければならない話もあるが、当面の行動指針は決まったので、俺と師匠はアルトゥールの執務室を辞した。



「師匠は神殿の魔法陣が転移陣だと、なぜ知っていたのですか?」


 この話は、帰りの道中でサラリと聞けるような内容ではない、と察しの悪い俺でも理解できていた。そのため、はやる気持ちを抑え、師匠が居候している聖女邸まで、我慢に我慢を重ねて歩く。そしてようやく聖女邸のリビングに着いた俺は、押さえ込んでいた好奇心を解き放ち、茶の用意もせず、真っ先に問い質したのだ。


「儂等の住む村の神殿には、魔法陣の使い方を記した書物がある。ただ、転移を行なう地がないゆえ、実際に使ったことはないがの」

「それは、あの村を作った昔の魔法使いの方が記したのですか?」

「詳しい事情は知らんが、そうなのじゃろう」


 一般的には知られておらず、魔法使い村でだけ伝わっているのだから、俺の予想は当たっていると思う。


「どうして神殿探索していたとき、それを教えてくれなかったのですか?」

「ブリッツェンらが何も言わんかったじゃろ? 儂も失念しておったのじゃ。思い出しておれば、魔法陣に魔力を充填して使用できるようにしておいたじゃろう。そうすれば、ディアナやモルトケらが村から転移できたのにのぅ。……いや、それは無理か。村の方の魔法陣が充填されておらんからの」


 普段から馴染みがないと、記憶の奥底に眠らせてしまうことがある。師匠もきっとそんな感じで、あのときは転移陣の存在を忘れていたのだろう。


 ってか、魔力を充填とか、しれっと重要そうな情報を言ってるな。順を追って聞いていこう。


「ディアナとモルトケは、転移陣のことを知らないのですか?」

「さて、どうであろう? 儂としては聞かれれば答えるが、わざわざ教えることはしておらん。それに、そんな物好きは少ないからの」


 魔法使い村の神殿は地中に埋まっており、伏魔殿の頃の状態のまま、神殿の最上階に当たる祠だけが地上に姿を見せている。なので、好き好んで真っ暗な祠に入る者はあまりいないのだろう。


 でも子どもって、そんな場所があれば探検とかしたくなると思うけど、この世界は少し足を伸ばせばそれが冒険や探検になるから、わざわざそんな場所に行かないのかな?


 モルトケらが幼い頃、神殿の探索をしたのではないか、そんな疑問を抱いた俺は自問自答してみたが、今は会話に集中することにした。


「それだと、何れ存在を忘れられてしまいますよ」

「それはこちらと同じじゃろ? 王都に神殿があっても転移先の神殿が存在しておらず、王弟ですら、あの部屋の魔法陣が転移陣だと知らぬのじゃ。使い途がなければ、忘れられるのが必然。違うか?」


 魔法使いは”劣った者”などという情報もまだ残ってはいるが、知らない者が多いのも事実。そのように、必要性が薄れれば伝承や口伝もなくなっていくのだから、師匠の言い分も理解できる。

 であれば、師匠の問に「違いません」と答えるしかなかった。


 そういえば、俺のこの”黒髪黒瞳”も田舎では多少気になったけど、王都ではあまり変な目で見てこなかったよな? ”悪魔の子”なんていう伝承は、都会では不要な情報だったのかもね。

 それに、偏見だと思うけど、日本でも田舎の方が変な風習とかが残ってるイメージがあるから、この世界もそんな感じなのかもな。――知らんけど。


「まぁ、魔法を使えぬこっちでは、あれが転移陣だとわかっても使えんがの」

「何故です?」

「転移陣というのは、使用する前に魔力を充填せねばならぬ。しかしじゃ、魔石からは充填できぬ仕様での、魔力を直接注がねばならん。それは、魔力を錬成できぬ者には無理じゃろ?」


 おっ、聞きたかった情報の魔力の充填についてだ。

 ってか、その方法は魔力を直接注ぐしかないのかぁ。


「魔力そのものを、ただ体外に出す魔術はありませんからね。そうなると、魔法使いにしか使えませんね」

「うむ。更に言うと、転移陣を使用する際も魔力を使う。例え転移陣に魔力を充填しておいても、魔力を放出できる者でなければ起動させられんのじゃ」


 成る程ね。


 現状の魔術は、魔力だけを放出する術がない。いや、そもそも体内で魔力を錬成できないのだから、魔力だけを放出するのは無理なのだ。なので、わざわざ魔力を垂れ流す魔術など作ろうとは思わないかったのだろう。

 しかし、神殿にあるあの魔法陣が転移陣だと解明できていれば、そんな魔術が作られていた可能性もあった。――理論的には可能なのだから。

 だが、魔法陣の解明ができていなかったため、そんな魔術も作られていないのが現状だ。


 そんな感じで疑問も解消され、ちょこちょこっと遣り取りを済ませると、俺は聖女邸を出た。

 そしてこれから、フェリクス商会へ行かねばならない。

 なぜなら、経験や反省を活かせていない俺は、アルトゥールとの遣り取りで、またもやエドワルダやアルフレードの予定を勝手に決めてしまったからだ。なので、しっかり頭を下げ、事情を説明しなければならないのである。


 俺って、なかなか大きくならない身体と同じで、中身も全然成長しないな。

 でも、性格的な部分なんて簡単に直るものじゃないし、精神的というか考え方ってなかなか変えられないのが普通じゃない? だから、焦らずにゆっくり変えていくしかないんだよ。

 ほら、急がば回れ、なんて言葉もあるくらいだし。


 ダメ人間の典型である、”自分に都合の良い解釈”をし、前向きになったつもりで実は現実逃避をしていることに気付かない俺は、呑気にフェリクス商会へと向かっていたのであった。

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