第十九話 言葉の殴り合い

「――ごちそうさまでした」


 食事が終わり、姉さんが甲斐甲斐しくお茶を淹れてくれたので、少しばかり雑談をしていくことにした。


「そうそう。ブリッツェンは、シェーンハイト様が『純白の聖女』と呼ばれているのを知っていた?」

「え? 初耳だね」


 アンゲラの口から、聞いたことのない呼び名が出てきた。


「シェーンハイト様は以前から神殿で奉仕活動をしていたのだけれど、私達が不在の間も足繁く神殿に通っていたらしいの」


 上流学院と魔法の訓練があるのに、神殿で奉仕活動の頑張っていたのか。大したものだな。


「それでほら、……『金の聖女』と呼ばれる私と、『銀の聖女』と呼ばれるエルフィが不在だったでしょ」


 自分が聖女と呼ばれるのをあまり好まないアンゲラは、自身の呼称を僅かに言い淀んだが、話を進めるために苦笑いで口にした。


「それで、神殿に聖女がいないことで、新たな聖女が求められたようなの」


 アンゲラが神殿本部にくるまで、聖女と呼ばれる存在は特にいなかった。――過去にはいたようだが。

 それが、地元で聖女と呼ばれたアンゲラとエルフィが、王都でも聖女と呼ばれ続け、王都では『神殿に聖女がいるのが常識』となっていた。しかし、聖女の二人が不在中に新たな聖女が求められ、その白羽の矢が立ったのが、他ならぬシェーンハイトだったようだ。


「へぇ~、それでシェーンハイト様が聖女と呼ばれるようになったんだ」

「そのようね」

「でも、シェーンハイト様はまだ未成年で、正式な神官じゃないよね?」

「正式な神官であるかどうかは、特に問題ないわよ」


 それもそうか。姉さんと姉ちゃんは、正式な神官になる前から『聖女』って呼ばれてたし、今は正式な神官だけど『聖女』と勝手に呼ばれているだけで、神殿の役職に『聖女』はないもんな。


「でも、なんで『純白』なの?」

「王家の特徴の一つに、”白金の髪プラチナブロンド”があるでしょ?」

「あるね」

「シェーンハイト様は、お母様であるアーデルハイト様と同様に、限りなく白に近い白金の髪をお持ちでしょ」

「あー、そうだね」


 王弟であるアルトゥールや、アーデルハイトの父である名誉宰相、シェーンハイトの従兄妹にあたるヘルマンなど、王家の血を引く者は皆が白金の髪を持っているが、アーデルハイトとシェーンハイトの二人は、他の誰よりも白に近い色味をしている。


「その髪色からきた説と――」

「説ぅ~?」


 俺はアンゲラが話している途中で突っ込みを入れてしまった。


 シェーンハイト様が『純白の聖女』と呼ばれ始めて、そんなに経ってないでしょ? それなのに、そう呼ばれている理由が明確じゃないっておかしくない?


 率直な疑問だった。


「私達もそうだけれど、いつしか勝手に呼ばれていたでしょ」

「まぁ、そうだね」

「特にエルフィは、『メルケル第二の聖女』や『銀の聖女』、聖女以外にも『妖精』や『銀の妖精』など沢山の呼び名があるけれど、それは誰が何処で呼び始めたか定かではないでしょ?」


 俺としては、姉ちゃんの呼び名は『ポンコツ』とか『ペッタン娘』が良いのだけれど、今は置いておこう。

 確かに。噂など誰かが口にしたのが勝手に広がってるだけだもんな、明確な出処なんてわからないし。


「だから、『純白』にも他説があって、透き通るような白い肌からきた説や、けがれを知らない純真な心の持ち主だから説などもあるの」

「肌は見てわかるけど、穢れを知らない心なんて見てもわからないのに、……凄いな」


 いや、別にシェーンハイト様が穢れてるとか言ってるわけじゃないよ。でもさ、見た目が清楚でも中身はドス黒い人とかいるし、そんなのわからないじゃん。

 あ~、でもあれか、妄信的な信者の言う『アイドルはう○こしない!』とかと一緒か。

 うん、そう思うと、一種の信仰心な気がしてきて、なんか納得できるな。


「ブリッツェンがどう考えているかわからないけれど、人々のそういった想いは大切なのよ」

「いや、否定しているわけではないし、俺も何かしっくりきたから」

「そう?」

「うん」


 実際、俺の知っているシェーンハイトは純真無垢な女の子だ。それも特上の美少女なのだから、神殿で『聖なる癒やし』――もどきだけど――を施されたりしたら、もしかしたら、その場で彼女を拝んでしまう人がいてもおかしくない。

 きっとそんな感じの人が、シェーンハイトを『純白の聖女』と呼び出したのだろう。


 この件に関しては、特に違和感なくスッキリと受け止めれれた。


「だけれど、私達が戻ってきてから、まだシェーンハイト様にお会いしていないのよ。お忙しいのかしら?」

「そんな感じには見えなかったなぁ。もしかして、聖女と呼ばれる姉さん達の前で、自分が聖女と呼ばれるのが恥ずかしい……とか?」

「お姉様」


 ここまで大人しく茶を飲んでいたもう一人の聖女であるエルフィが、師匠がいるためか、お淑やかモードで口を挟んできた。


「なぁに、エルフィ?」

「今はブリッツェンも戻ってきているのです。シェーンハイト様は学院が終われば、神殿に寄らずに帰宅したくなるのでしょう」

「? ……! ああ、そうかもしれないわね」


 ん? 俺がいるとシェーンハイト様は帰宅したくなる? 何でだ?

 はっ! ひょっとすると、『愛するブリッツェン様に、少しでも早くお会いしたいのです』とか思われてたりするんじゃないのか?!

 これは、遂にモテ期到来か!?


「ど、どーいうこと?」


 俺は逸る気持ちを抑え、冷静を装ってアンゲラに聞いてみた。――全然装えてないけど。


「ブリッツェンは、シェーンハイト様の師匠よね?」


 なぜか俺の問にエルフィが答えた。


「そうだね」

「暫く離れていた師匠に、自分の成長を見てもらいたい、新しいことを教わりたい。そんな気持をブリッツェンも経験したでしょ」


 あぁ~、確かに。俺も師匠と再会した直後は、一通りの話しが終わった後、ずっとべったりだったな。成長を見て欲しい、新しいことを教えて欲しい、無表情のまま突っ込んで欲い、って。

 そう考えると、さっきの妄想は酷いな。何が『愛するブリッツェン様に~」だよ……。


「シェーンハイト様は、修業の成果を見て欲しいと仰らなかった?」

「言ってきたね」

「だから、そういうことよ」


 エルフィがいつもの口調に戻っていたことには突っ込まず、満足の得られる説明に、俺は「成る程」と返した。


 俺もまだまだ師匠から教わることの多い弟子の立場だというのに、シェーンハイト達に対して『自分は師匠だ』と強く意識していたので、弟子の観点からの思考は排除されていたのだ。


 そんな会話で盛り上がり、程なくして聖女邸を後にする。


 少し遅めの帰宅をすると、「ブリッツェン様、遅いですよ。さぁ、本日もご指導お願いいたしますね」と言い寄ってきたシェーンハイトが、物凄く可愛く思えた。それは、見た目の可愛さとは別に、”可愛い弟子”という意味でだ。


 頑張った成果を師匠に褒められる、それって凄く嬉しですよね。俺も知っていますよ、シェーンハイト様。

 頑張った証を見せたり、新しい何かを学んだり考えたりして、また褒められる。そして更にやる気が出る。わかる、わかりますよシェーンハイト様。


「では、本日も頑張りましょう、『純白の聖女様』」にこっ――

「ふぇっ!?」


 気分の良くなった俺は、調子に乗ってシェーンハイトを『純白の聖女様』と呼んでみた。すると、驚いた彼女は顔を赤らめ「か、からわないでくださいませ」とあたふたしてしまう。

 そして、両手で顔を覆い、指の隙間から俺の表情を伺うシェーンハイトは、控えめに言って物凄く可愛かった。


 今回はどれくらいの期間を王都で過ごせるかわからないが、空いた時間は可愛い弟子達の指導をしっかり行なおう。そう思っていた俺にとって、シェーンハイトの可愛らしい言動は、更にやる気をみなぎらせてくれたのだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「こちらが、私の師匠です」

「エルンストンと申す。儂は人と接する機会が少ない身ゆえ、礼儀など知らん。非礼があるやもしれんが、その辺はご容赦願おう」


 俺達は、予定どおりアルトゥールの執務室にきている。

 そして師匠は、慇懃な態度ながらも開口一番、なんとも無礼な物言いをしていた。

 だがそれは、貴族に対する正しい対応を、実際に師匠が知っているかどうかは別にして、暗に”へりくだる気はない”、という意思表示のように俺は感じた。


「どうも、アルトゥール・フォン・ライツェントシルトです。僕は幾つか肩書を持っているけれど、今回は非公式な面会。そのような些事、お気になさらずとも結構ですよ、エルンストンさん」


 相変わらず胡散臭さ全開のアルトゥールは、いつもの如く笑顔満面である。だが、当然のように瞳の奥底は笑っておらず、師匠の一挙手一投足も見逃すまいとしている……ように思える。


「さて、エルンストンさん」

「エルンストンで結構」

「これは失礼。――ではエルンストン、貴方は魔法使いであるがゆえ、公的な身分を持っていない」

「そうじゃの」

「貴方の身分、僕が保証しましょう」

「それは、儂に”駒になれ”と言うておるのかの?」


 おふっ……。雰囲気は穏やかなのに、開幕早々言葉の殴り合いを始めちゃったよ。


「その前に、ブリッツェン君を僕の養子に迎え入れる、という予定があることはご存知ですかな?」

「聞いておるの」

「であれば話は簡単ですよ。息子となるブリッツェン君の大切な師匠である貴方は、僕にとっても大切な人物である。それだけですよ」


 言葉どおり受け止めてはいけない気がするが、果たして師匠は……。


「儂はお貴族様の言葉遊びはわからんでの、貴方様の言葉を、『儂を駒にするのではない』と受け取らせてもらおうかの。――ついでに言わせてもらおう。儂は弟子であるブリッツェンに助けを求められたり、ブリッツェンを”助けてやりたい”と思うことには手を貸す。じゃが、貴方様の命令に従う気はない。それでも儂の身分を保証してくださるのかな?」


 師匠が言う”貴族の言葉遊び”とは、腹の探り合い的なことを指しているのだと推測する。であれば、師匠が得意かどうかはわからないが、できなくは無いはずだ。それでも敢えて無知を装い、直球での遣り取りをしている……のだと思う。


「貴方がブリッツェン君に手を貸すのであれば、尚更身分の保証があった方が動き易いんじゃないかな。違います?」

「公的な身分の無い儂が、こうして王弟である貴方様の前におるのじゃ、特に必要とは思わんが、せっかくなのでいただいておこうかの」


 確かに師匠は、こうしてアルトゥールの執務室にきている。それは、王弟からの招待状を持っているから、というのが一番の決め手ではあるが、師匠が気配を薄くする魔法を使い、外部からの認識を阻害させているのも理由だ。


 師匠はローブに身を包まれた小柄な人物であるが、その師匠を目にした門衛は、ぼやっとしたイメージがあるだけで、実際にどの様な人物かわかっていないだろう。

 何せ、王弟の招待状を持っていても必ず受ける身体検査、師匠はそれを受けていないのだから。

 これは門衛がボンクラなのではなく、師匠の認識阻害が優れているが故のことで、門衛を責めることはできない。

 そんな人が、今まさに王宮で、王弟の眼の前に座っている。

 師匠がその気になれば、ここに侵入することも容易いだろう。

 それくらい、俺の・・師匠は魔法に長けた凄い人物なのだ。


 逆に、『存在していないはずの人物である師匠を難なく王宮に招待できる』ほどの招待状を用意できる、俺の・・雇用主であるアルトゥールもまた、師匠とは違った意味で凄い人物であろう。


 自分は恵まれている。改めてそう思えたのであった。


 閑話休題。


「そうしてくださいエルンストン。何と言っても、貴方はブリッツェン君の手助けをしてくれるとても大切な方ですから。――では、今後のお話しをしましょうか」


 一切表情の変わらない師匠。

 いつもどおり笑顔を崩さないアルトゥール。


 そんな二人の初対面の挨拶は、ひとまず終わった。

 この短い遣り取り、額面通り言葉を受け取れば、”取り敢えずこんなもんだろう”と思えるが、その実、俺ではわからない思惑が交差していたのは想像できる。


 うぅ~、出だしからこれだと、何とも先が思いやられてしまうよ……。


 大人の駆け引きを学ぶ気満々だった俺は、二人の遣り取りを見て、一人で勝手に胃をキリキリさせていたのであった。

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