第十八話 肩の荷

「確か、その伏魔殿跡地とブリッツェン君の父君が治める領地の間に、もう一つ伏魔殿があると言っていたよね?」


 頭の中を整理している俺と同様に、アルトゥールもまた考え事をしていたようだったが、彼はおもむろにそう問うてきた。

 それに対し俺は、「はい」と手短に答える。

 俺の返事を聞いたアルトゥールは合点がいったのだろうか、「うむ」と一言漏らし、冴えない笑顔からいつもの胡散臭い笑顔に戻り、更に口を開いた。


「まぁ、色々とわかってからの話になるけれど、その跡地がレーツェル王国と繋がっているならば、間にある伏魔殿の平定を君に頼むかもしれないね」

「その伏魔殿ですが、現在父が治めるアインスドルフを平定した際、メルケル男爵から私が賜った地ですので、こちらでなんとかします」


 なんだかアルトゥール様が悪巧みを思いついたようだけど、そうは問屋が卸さないよ。

 それにしても、あの地が伯父さんからたまたま権利を貰っていた伏魔殿で本当に助かった。そうでなければ、アルトゥール様に介入されて面倒になってた可能性が、かなりの確率であっただろうな。危ない危ない。


「そうかー。そうなると、変に王国から何か言うのは問題になり兼ねないな……」


 軽く顔をしかめたアルトゥールは、『う~ん』と唸ってしまった。

 この表情を見るに、やはり何かを企んでいたようだ。それを未然に防いだことが、本当に正解なのかはわからないが、こちらの予定どおりではある。ここは素直に、順調に事が運んでいると思っておこう。


「……うん、その件はまだ先になりそうだし、細かいことはまた後で決めよう」


 吹っ切れたような表情のアルトゥールはそう言っていたが、この顔は苦し紛れではなく、本当に頭を切り替えたからこその表情だ。きっと、後程ヴィルヘルム辺りと次の策を練る算段だろう。

 とはいえ、実際にまだかなり先になりそうなので、俺の方としても現状は考えなくて良い話ではある。であれば、俺の返事も簡単だ。


「承知いたしました」


 これにより、まだ先になる事案は、こちらとしても余裕を持って考える時間ができた。


 さて、ここまでの会話で、俺はかなり感心していた。それは、昨日の今日の話の割に、アルトゥールが随分と先まで想定しているように思えたことだ。――伏魔殿の所有権などの細かい部分まで十分に調べられていなかったが、それでも大したものであった。

 俺があれこれ考えるように、アルトゥールも考えているのは当然であり、むしろ俺以上に考え、ヴィルヘルムなど信頼できる腹心達と話し合い、限りある時間でできるだけ煮詰めていたのだろう。

 そう考えると、自分に相談相手がいないことが残念に思えてくる。


 いやいや、俺にも師匠という信頼すべき頼もしき相談相手がいるじゃないか!


 しかし、勝手な話であると重々承知しているが、俺の中での師匠が”絶倫ジジイ”であることが完全に否定できず、むしろ疑わしく思えており、信頼度が多少下がっていたのだ。


「そういえば、私の魔法の師匠との顔合わせの日程はどうなりましたか?」

「そうそう、そのことについてまだ伝えていなかったね。急ですまないが、明日で構わないかい?」

「こちらは大丈夫ですが……」


 可能であれば秘密裏に会談を行いたいところだが、アルトゥールの方がそうはいかないのは理解している。しかし、魔法に関連する機密事項だ、警護の人選など簡単にはできないだろう。そう思っていたので、少し待たされることを覚悟していた。それがこんな簡単に会談が実現するとなると、むしろ不安になってしまう。


「ん? すんなり日程が決まったことで、何か怪しいとでも思ったのかな?」


 げっ、拙い! 不安な心境が表情に出ちゃってたか?!

 だったら開き直っておくか。


「……正直に言いますと、そうです」

「別に、裏も何もないよ」

「そうですか……」

「ブリッツェン君が秘密にしていた魔法の存在を明かしてくれたように、僕も王国の中でも重要な秘密を明かした。それは、互いに秘密を共有しあっている”同士”であると言える」


 俺からすると、知らなくて良い情報を握らされ、余計に雁字搦めにされた気分なんですけどねっ。


「そのブリッツェン君が信頼している師匠であれば、わざわざ僕に危害を加えて君の立場を悪くするようなことはしないだろ?」

「当然です」

「うん。だから僕も信用する。それだけだよ。それに、魔法に関わる話だからね。変に仰々しくするより、いつも通り秘密裏に行ないたいという思いもあるし、どうせなら早く会ってみたいし」


 含みのある笑顔ではなく、屈託の無い笑みを見せるアルトゥールを見て、俺はその言葉を素直に信用した。

 アルトゥールとは、たかだか一年そこらの付き合いではあるが、彼が俺を駒として使うとしても、変に縛り付けて権力で従わせるような人でないことは、十分に理解している……つもりだ。


「ご配慮、痛み入ります」

「そんなに畏まらなくていいよ。――それで、時間と場所は、昼食後の一番にここで」

「承知しました」


 こうして話し合いは終わり、アルトゥールの執務室を辞した。

 退出した俺は、閉めた扉の前で自然と己の肩を叩いている。肩こりなど無縁の、まだまだ若い身体でありながら。

 きっと、師匠とアルトゥールの顔合わせ、更に今後の伏魔殿跡地の調査というやりたかったことまでもが約束され、少しだけ肩の荷が下りたことで、無意識にそう行動していたのだろう。


 それとも、絶倫ジジ……じゃなくて、師匠の癖が移ったのかな?


 そんな失礼なことを考えていた俺は、公爵邸に直帰せず、悪癖の根源師匠の滞在する聖女邸へと向かった。




「――ということで、急ではありますが明日となりました」


 聖女邸に着いた俺は、アルトゥールとの話し合いの内容を師匠に伝えた。


「儂としてはいつでも構わんのだ、そう申し訳なさそうにする必要はない」

「ありがとうございます」


 最後に、急遽決定した顔合わせの予定を師匠に告げたのだが、師匠は特に変わった様子も見せず、むしろ恐縮する俺の態度を諭してきた。


「それで、アルトゥール様に伝える内容なのですが、予定通りでいいですか?」

「そのつもりじゃ」

「アルトゥール様は俺を利用しようとしているのは確かですが、心根の良い方だと思います。それに、俺もアルトゥール様を利用しているのは確かなので、できるだけ穏便にお願いしますね」

「何度も言うておるが、儂はあくまでブリッツェンの行く末を見ていたいだけじゃ。特等席で見続けられないようであれば、儂は姿を消すだけ。たったそれだけのことじゃ、わざわざ事を荒立てるようなことはせん」


 師匠はならず者ではない。そんなことは百も承知だが、念の為に確認をしたまでだ。


「それと、渓谷の調査の件ですが、俺自身は師匠の話でしか知りませんので、実際に自分の目で確認はしたいと思っています」

「いずれはブリッツェンが交易を行なうのじゃ、それは当然必要じゃの」

「俺の領地になるとは思いますが、一時的なことかと」

「明日、実際に王弟と会ってから決めるつもりじゃが、面白そうな御仁であったなら、儂は魔法使い村の移住も視野に入れておる」


 この発言は俺の知らなかった師匠の考えだった。


「……そ、それはどう言うことですか?」

「明日の話し合いがどのような結果になろうと、儂が王国に仕えることはない。あくまでブリッツェンの手伝いじゃ」


 それは理解しているつもりだが……。


「そして、周囲が伏魔殿に囲まれているうちであれば、魔法使いの力を用いて村の開拓を手伝う」

「それは、以前にも聞きましたけど……」

「焦るでない。最後まで聞かんか」

「す、すみません」

「うむ。でじゃ、あの地が恒久的にブリッツェンの領地となるのであれば、開拓に力を貸すだけではなく、本腰を入れても良いと思うておる」


 俺としては有り難い話だが、何でそんなことを……って! そういえば、村の中でも言い争いがあると言っていたし、それに”俺を利用する”、とハッキリ言っていた。

 それであれば、俺としても有り難い話なのだから、黙って利用されておこう。


「少々横柄な物言いになってしまったが、ブリッツェンが恒久的な領主になると、こちらとしても今後の選択肢が増える。儂個人としても、選択肢が増えることは望ましい。そう言うことじゃ」

「申し上げ難いのですが、何か隠してます?」


 師匠の腹を探るようで心苦しいが、俺の勝手な憶測ではなく、可能な限り師匠の本心を知っておきたい。


「隠しているわけではない。儂とて色々と考えておるが、その全てが予定通りではない。ゆえに、然るべき時に口に出しておる。何でもかんでも思ったことを口にしているのではないのじゃ。誰かさんと違っての」


 ほほぅ、これまたおかしなことを言う。確かに俺は、考えたことが口に出易いですよ。だからと言って、思ったことや考えたこと、それらを全てを口にしているわけではないのですよ師匠。俺だって、『今は言うタイミングではない』と思えば言わないのです。


 無表情で茶目っ気たっぷりなことを言う師匠に、内心では反論しながらも、心の奥底では、『俺より思慮深い師匠であれば、尚更口に出さないだろうな』と、納得もしていた。


「心配するでない。儂らの村として、何か良い方向に向かえるかも……、そう思っておるだけじゃ。ブリッツェンに迷惑がかかるようなことを考えてはおらんぞ」


 俺が少々おちゃらけたことを考えていたのを、師匠は、俺が反省して深慮している、とでも思ったのだろうか? 俺を安心させるような言葉をかけてくる。


「いえ、少し気になっただけですので」


 反省どころか反論をしていた俺は、気遣いをみせる師匠に申し訳なく思い、至極真面目に言葉を返した。


 まぁそれはそれとして、変に詮索するより、まずは明日の顔合わせを無事に終わらせることだけを考えよう。

 とはいっても、明日の俺は間を取り持つだけで、遣り取りは師匠がする。であれば、俺は変な表情を見せないように気を付けるだけ……かな?


 アルトゥールは為政者だ。良くも悪くも、何か考えていることは容易に想像できるし、当然のことである。――俺如きではその内容まではわからないが。

 そして、師匠も師匠で考えがあるだろう。

 二人共、全てを俺に教えてくれるわけではない。

 腹の探り合いは苦手だが、俺も領主となるのだ、こういった機会に交渉術的なものを身につけるのも良いだろう。嫌だ苦手だで逃げていては、何れ領民となるに人々に迷惑をかけてしまうことにもなりかねないのだから。


 自由気ままに、あちこちを旅する冒険者。

 そんな冒険者としての未来が閉ざされた事実を、自身の考えから改めて実感した。

 だから思う。


 俺は考えを改める必要があるのでは? と。


 なぜなら俺は、自分の言動が他人に影響を与える立場になる。であれば、影響を考慮した言葉を発し、態度を見せなければならない、そう感じていたのだ。


 そう考えると、『明日は”大人の駆け引き”が見れる絶好の機会、しっかり勉強をさせてもらおう』と思い、沸々とやる気が湧いてくる。


 それから少しだけ師匠と雑談していると、聖女邸の本来の住人である姉達が帰宅した。

 姉達は、腰を落ち着ける前に夕食の支度に取り掛かったので、俺はお暇しようと思ったのだが、俺の分も用意すると言うのでそのまま厄介になることにした。


 あ~でも、公爵邸の方でも俺の食事が用意されてるよな。どうしよう?

 まぁ、ここで腹八分……六分目くらいに抑えおけば、きっと食べられるだろう。

 俺ってほら、年齢的にも成長期だし、これからグングン身長が伸びるわけだし、食事は大切だし……。


 身長が低いという自身の短所をネタにし、一人肩を落とす俺。


 まさに、自業自得であった。

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