第十七話 姦しい

「どうですか、ブリッツェン様?」


 三人の魔法披露が終わり、シェーンハイトが問いかけてきた。


 シェーンハイトのその表情には自信が満ち溢れており、美しく輝く白金色の髪プラチナブロンドの両サイドをローズピンクのリボンで結われた、非常に可愛らしいツーサイドアップ。その二束が『褒めてください』と言わんばかりに、とても楽しそうにピョコピョコと揺れていた。


 あぁ~、やっぱシェーンハイト様はめっちゃ可愛いなぁ~。許されるなら今すぐ抱きしめたい! いや、許されてもチキンな俺には無理だけど……。

 って、いかんいかん。今の俺は師匠なのだ。色ボケしてる場合じゃないぞ!


 相変わらずお花畑な俺は、頭を師匠モードに切り替えた。そして、先程目にした彼女らの動きを思い浮かべる。 


 シェーンハイトは俺が傍にいないことを考慮して、自己防衛のために自己強化魔法を重点的に行なっていたようだ。体捌きはまだまだ甘いが、魔法自体は上手く使えている。


 双子の姉ルイーザは、風属性の付与されたローブでの動きと、エルフィに教わったことをエドワルダと共に練習したと言うだけあって、我が姉のオリジナル魔法である風砲移速魔法を拙いながらもマスターしていた。


 シェーンハイトとルイーザの成長は、師匠として素直に嬉しく思う。しかし――


 問題は双子の妹ルイーゼだ。

 彼女は護衛職を強く意識したのだろう、咄嗟に土壁を作り出す練習していたらしく、なかなかの速度で実用に堪えうるモノが作れるようになっている。だが、落ち着きのない性格があまり直っておらず、そのムラが魔法に表れ、失敗することがままあったのだ。

 それでも以前よりマシになっていたのもまた事実なので、あれこれ考えた結果、今回はお小言を言わずに様子を見ることにしてみた。


「シェーンハイト様の自己強化魔法ですが、実に上手く発動できていますね」

「ありがとう存じます」


 あぁ~、すっごく良い表情だ。シェーンハイト様の笑顔を見てると、こっちまで幸せになれちゃうよ。


「ですが、体捌きはまだまだです」

「あぅ……、それはわたくしも自覚しております」


 うおぉー、そのションボリした姿は庇護欲誘いまくりっ! ションボリハイト・・・・・・・・様も可愛らしいぞ。


「とはいえ、身体を動かすのは良いことです。なので、体術は日課程度で軽く身体に馴染ませるようにし、今まで体術に充てていた時間を魔法に回した方がよろしいかと」


 せっかく自己強化を覚えたのだから、その力で存分に動いてみたいのかもしれないが、シェーンハイトは魔法の才能がある。であれば、今までやってこなかった体術を覚えるより、伸び代の大きい魔法に取り組んだ方が断然良い。

 そして、裏表のないその素直な感情表現。非常に素晴らしい。いつまでもそのままであって欲しいと思う。


「わかりました。そのようにしてみます」


 素直でよろしい、とは言えないので、笑顔で頷いてみせるに留める。


「ルイーザとルイーゼは、基礎がかなりしっかりしてきたと思うよ。後はひたすら繰り返し練習して、より精度を高めてね」

「まだまだエルフィ様の動きには敵いませんが、あのように動けるよう精進いたします」

「わたしももっと頑張りますよー」


 赤みがかった淡い紫色の髪をポニーテルにし、それ軽く揺らしたルイーザは、スポーツ少女的な活発そうなイメージとは裏腹に、委員長キャラのように慇懃いんぎんに答えた。

 青みがかった淡い紫色の髪をツインテールにしたルイーゼは、いつもどおりの笑顔で元気に答えていたが、本当にもっと頑張って頂きたい。――主に精神的な部分で。


 まぁ、精神的な部分がそう簡単に直せないのは、俺自身が身に沁みてわかってるし、長い目で見るしか無いよな。


 そんな双子の二人は、魔法の才能がシェーンハイトのように優れているわけではない。それでも、シェーンハイトの護衛としての自覚や責任感からだろうか、真摯に取り組んでいるだけあって覚えはいい。時には壁にぶつかることもあるだろうが、このまま精進して欲しいものだ。


「そうそう、明日アルトゥール様に見せる予定のドラゴンの生首ですが、この広い修練場なら出せますけど、……見ます?」


 明日はドラゴンの生首をアルトゥールに見せる予定だが、そのまま提出することになるだろう。なので、今のうちにこの広い修練場でシェーンハイト達に見せてあげよう、と思ったのだ。


「本物のドラゴンの生首……ですよね?」

「そうですよ」

「滅多に見ることができない……いいえ、一生お目に掛かれなくとも不思議ではないドラゴンです。見せて頂けるのであれば、是非お願いしたく存じます」

「私からもお願いいたします」

「わたしも見たいです」


 いくら珍しいドラゴンとは言え、魔物の死骸の一部なのだ。そんな物を許可も得ずに取り出しては気持ち悪がるかと思い、一応気を遣って謙虚に聞いてみたのだが、そんな気遣いは不要であった。

 むしろ、三人とも興味津々にグイグイ迫ってくる。その食い付きの良さは、俺の方がビックリしてしまう程の勢いだ。


「で、では、そこに出しますね。――ほい」

「「「…………」」」

「うわぁ~、こ、これが本物のドラゴンですかぁ」

「これは凄いですね」

「迫力満点ですねー」


 魔道具袋もどきからドラゴンの生首を出した瞬間、三人が僅かにたじろぐ。それでも一拍置いたその後は、凄い凄いと大はしゃぎで触れたりしている。


 えぇ~と、『女三人寄ればかしましい』……だったか? 言い得て妙だな。


 目に映る光景にピッタリな言葉があったはず、と記憶を掘り起こす。そして、思い出したことわざと現状が合致し、俺は一人で納得してしまった。

 そして、そんな些細なことで気を良くした俺は、我が子を慈しむ親の如き眼差しで、三人を生温かく見守っている。


 その俺が取り出したドラゴンの生首は、魔道具袋もどきに入れておけば腐敗の心配など要らない。だが、提出することを前提にしていたので、闇属性が得意なディアナに腐敗処理的な魔法を施してもらってあった。

 なので、三人には気の済むまで見せてあげようと思っていた……のだが、三人は全く飽きる様子を見せない。


 いつまでもキャッキャとはしゃぐ三人に、いい加減呆れてしまった俺は、仕方なく強制的終了することを選択した。しかし、三人はドラゴンの生首をしまわれてもなお興奮しきりで、付き合いきれないと判断した俺は暇を告げて部屋に戻る。


 久しぶりの公爵邸の自室には、なんとも感慨深いものがあった。それは、自分でも知らぬ間に愛着心を持っていたが故の感情なのだろう。

 そんな懐かしさも感じる部屋で、俺は寝台にポイッと身体を預け、暫し感慨にふけった。


「当初はこの部屋でも緊張してなかなか落ち着けなかったけど、今になってみると、この部屋はすっかり俺の部屋って思えるようになったな」


 そんなことを独りごちる俺は、見知った天井をぼやっと眺めていたが、気付かぬ間に瞼が降りてきいたようで、あっという間に眠ってしまった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「いやー、まさかドラゴンの生首をこうして直接目にできる日が来るとは。感無量とは、こういう気持のことを言うのだろうね」


 昨日は無意識のうちに寝てしまったが、本日は予定通りアルトゥールにドラゴンの生首を見せるため、王宮にある修練場の一つにきていた。当然ながらシャットアウト状態だ。

 そして、アルトゥールは自ら発した言葉通り、いつもの笑顔とはひと味違う、それこそ感慨深げな表情をしていた。


「アルトゥール様であれば、そう多くはなくともドラゴンを目にする機会がおありなのでは?」

「ん? 今は伏魔殿の平定を推奨していないからね、現状ではそうそうお目にかかれないよ」


 そう言えばそうだ。ドラゴンは極稀に伏魔殿の外に姿を現すことがあるらしいが、それ以外であれば伏魔殿のボスであることが殆どなのだ。そして伏魔殿の平定が望まれていない現状では、生首とはいえドラゴンを目にすることはほぼ無いと言えよう。


「う~ん……」


 暫くドラゴンを眺めていたアルトゥールが、なにやら突然唸りだした。


「どうかなさいましたか?」

「いや、ブリッツェン君がドラゴンを退治した事実を公表したいのだけれど、時期的に今ではないのだよ」

「はぁー……」


 できれば公表などされたくないのだが、ドラゴンを退治する前から何れ公表されることはわかっていた。むしろ、爵位を得るための手段としてドラゴンを仕留める予定だったのだ、公表しないわけがない。

 なので、俺としては既に腹を括っていたのだが、アルトゥール的に今回の討伐は予期せぬ出来事であり、今のタイミングは望ましくないようだ。


「取り敢えず執務室に戻ろうか」


 いつもの胡散臭い笑顔のアルトゥールにそう促され、一先ず場所を移した。――ドラゴンの生首は、しっかり俺の魔道具袋もどきに戻して。


「今回ブリッツェン君が平定した伏魔殿は、君が領主として治めてもらうことになると思う。でもその前に、発見した渓谷が”本当にレーツェル王国と繋がっているのか”を調査してくれるかい?」

「それは構いませんが」


 執務室に入ると、アルトゥールはおもむろにそう言い出した。

 そんなアルトゥールの思惑は、多分こんな感じだろう――


 俺に高位の爵位を与えようとしていたのに、予期せぬ地でドラゴンを倒してしまったことで予定が狂ってしまった。しかも、勝手に伏魔殿を平定した上に場所も辺境地で、そんな僻地の領主では些か格が足りない。

 だが、その地が隣国レーツェル王国との交易の窓口になるのであれば、それは王国の僻地ではなく、隣国と接する交易都市となる。そうなると、その地は王国としても意味のある土地と認識できる。ってところかな?


「僕としては、本当に繋がっていることを望んでいるのだけれど、レーツェル王国側からはそんな情報は貰っていないんだよね」

「そういった情報の遣り取りは行なわれているのですか?」


 俺は疑問をそのまま口にした。


「同盟国だからね。――もし向こうが渓谷を認識しているのなら、こちらに渓谷出口の伏魔殿を平定するよう、助言の類が一言あるはずなんだ」


 俺には外交の知識や情報などない。だが、少々笑顔にキレがなくなってきたアルトゥールの口ぶりから、同盟国だとそういった遣り取りがあるのが常識なのだと読み取った。


「となると、レーツェル王国側の渓谷入り口も、こちらと同じように伏魔殿なのかもしれませんね」

「その可能性はあるね」


 レーツェル王国側の渓谷が崖崩れで塞がっている事実。そして、その先が伏魔殿ではないが村外れの辺鄙な場所であること。俺はそれらを知っている。――師匠情報だけど……。

 だが、それもまた報告するわけにはいかないので、何も知らない体で会話をしているのだ。


「仮の話になりますが、もし渓谷がレーツェル王国と繋がっていて、あちらの方と接触ができる状況であった場合、会話を試みた方がよろしいのでしょうか?」

「……う~ん、そうだね。こちらだけが知っていて、一方的に交易の準備を整えたところで、あちらの受け入れ態勢が整ってしなければ、双方が行き来する交易などできないからね」

「それもそうですね」

「うん、それであれば、僕の方で一筆したためておくよ」


 よし! これで交易への道が一歩近付いたぞ。


 俺が爵位を得ることはほぼ決まっている。それは、俺が公爵家の養子になるための箔付けであり、一時的な措置だろう。

 そして、アルトゥールが俺を養子にするのは、俺の力である魔法を利用するために他ならない。ならば俺も、アルトゥールの力である権力を利用する。

 その選択は限りなく正解に近い選択、と言えるのではないだろうか。そしてその選択は、父のアインスドルフが大きく発展する可能性に繋がる。であれば、『俺が領主でいられる期間にできる限り強固な下地を作る』

 それこそが、俺の目指す道であり、俺がすべきことだ。


 ここまで想定どおりに話は進んでいるが、俺は慢心することなく、自分の指針を再確認したのであった。

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