第十五話 アルトゥールの表情
「ドラゴンです」
さしたる興味もない感じ、そう、ある種の惰性で『今日の朝食はなんだ?』と妻に聞く社畜主人のように、伏魔殿のボスが何であったか聞いてきたアルトゥール。それに対して、簡潔に『納豆です』と答えるキャリアウーマン妻の如く、サラリと応じる俺。――朝の夫婦の会話など、俺の勝手な想像でしかないのだが。
「…………」
そんな俺の言葉を耳にしたアルトゥールは、何を聞かされたのかすぐに理解ができなかったようだ。しかし、一瞬の硬直こそ見せたが、その僅かな時間で”ドラゴン”という語句に脳が反応したのだろう、凍り付いた笑顔から驚愕の表情へと瞬時に変わる。
「……劣化竜のワイバーンではなく?」
するとアルトゥールは、俺がドラゴンを倒したと思いたくないのか、はたまた思ってもみなかったのか定かではないが、『君の見間違いでしょ?』とでも言いた気に、確認の質問を投げかけてきた。
「風属性のグリューン
珍しく探るような、それでいて若干落ち着きを失ったアルトゥールを他所に、俺は淡々と答えた。――若干、”ドラゴン”の部分に力を入れてしまった可能性は否めないが……。
「グリューンドラゴンか……」
ん、なんだ? 属性竜では格が足りなかったかな?
ボソッと零したアルトゥールの呟きを拾ってしまった俺は、少々不安になった。
確かに、竜種最弱の属性竜であるグリューンドラゴンだが、それでもドラゴンであることには変わりはない。それこそ通常の魔物はおろか、そこいらの伏魔殿のボスなど、
とはいえ、姉やシュヴァーンだけのいつものメンバーだけでは、到底倒せなかっただろう。
それより何より、『ドラゴンを倒した』という事実に不満を持たれては、俺としては堪ったものではないのだ。
「当然、素材は持ち帰っているのだろうけれど、ドラゴンともなれば、素材の確認に少し時間をもらうことになるよ」
一度は表情を崩したアルトゥールだが、数瞬の間にいつもどおりの笑顔を浮かべ、何事もなかったのように至って平静に、とても落ち着いた口調で告げてきた。
この辺りの切り替えの速さは、『流石王弟』といったところだろう。
「生首をそのまま持ち帰ってきておりますので、一目瞭然かと」
「ドラゴンの生首をそのままって……。ど、どうやって持って帰ってきたんだい?」
しかしながら、俺の言葉を聞いたアルトゥールは再び平静を失う。
そんなアルトゥールを尻目に、『まぁ、巨大なドラゴンの生首をそのまま持ち帰ったとか言われたら、それはとても気になりますよねー。まぁ、俺も自慢したいんで教えちゃいますよぉ~』などと、不遜過ぎることを考えていた。――数瞬前まで、悩んでいたことなど忘れて……。
「実は、魔道具袋を作れる魔法が存在します。その魔法で作り出した魔道具袋は自分専用なので、『作成者本人だけしか使えない』という勝手の悪さが……。ですが、自分専用であるその魔道具袋は、作成者の保有魔力素量で容量が決まりす。そして、保有魔力素量の少ない者が作成した物でも、伏魔殿産の誰でも使える魔道具袋より、遥かに大量の収納が可能なのです」
俺はここで一拍置き、ゴクリと唾を飲み込むアルトゥールを見据えて、こう言葉を続ける。
「アルトゥール様もご存知のとおり、私は幼少期の検査で『保有魔力素の量が非常に多い』と判定されています。そんな私の魔道具袋は、自分でも限界がわからない程の収容量を誇っております」
言葉こそ慇懃ではあるが、きっと今の俺は、『どうです、羨ましいでしょー』とでも言っているような、そんな表情をしていると思う。――それが自分の悪い部分だと気付いているが、なかなか直せないのが悩みの種だ。
「その魔道具袋にドラゴンの生首が収納されているのかい?」
御託はいいから結論を聞かせろ、とでも言いた気に、少し早口で問うてくるアルトゥール。そんな彼の視線は、俺の腰付近にあった。
なぜなら、ウエストポーチ型の魔道具袋がアルトゥールに見えるよう、俺はご丁寧に少し腰を突き出していたからだ。
そんなアルトゥールの問いに、俺はドヤりたい気持ちを抑え、「はい」と手短な返答をした。
とはいえ、腰を突き出し軽く背を反らした俺の姿勢は、ふんぞり返っているようにも見えるだろうから、”ドヤってる”と思われても仕方ない。見るものが見れば、この態度は『不遜だ』と
「……ふむ。では、後程ドラゴンの生首を見せてもらおうかな」
幾分落ち着きを取り戻したアルトゥールは、笑顔ではなく真面目な顔でそう口にした。
「かしこまりました」
「――しかし、伏魔殿を平定しただけではなく、そのボスがドラゴンだったとなると……」
アルトゥールは、俺にもしっかり届く独り言を口にすると、虚空を見つめて動きが停止してしまった。
王都の北にある伏魔殿を俺に平定させ、そこのボスであるドラゴンを俺が退治する。そうすることで、俺をドラゴンスレイヤーに仕立て上げるが、アルトゥールの予定であった。
それは、王都と王国北方との交通を不便にさせている伏魔殿を平定させ、尚且つドラゴンスレイヤーにもなれる、一石二鳥の予定だったはずだ。それを、何の利もない辺境地でドラゴンを退治して平定してしまっては、インパクトとしては薄まってしまう。アルトゥールが苦悩するのもわからなくもない。
「アルトゥール様、もう一つ報告があります」
「――んあぁ、すまない」
気落ちした風なアルトゥールは見ていられない……というわけではないが、彼の慰めになるであろう報告を、取り急ぎ告げることにした。
「よろしいですか?」
「あぁ~……うん。聞かせてもらえるかな」
アルトゥールが話を聞ける精神状態にあるか確認する。その問いかけにより再起動した彼は、ぎこちない笑顔ながらも慣れた動きで机に肘を付き、組んだ両拳の上に顎を乗せ、いつもの”聞き入る体勢”となった。
「まだ調査ができていないので確実ではありませんが、平定した伏魔殿の接しているクライン山脈に、……
少しでもアルトゥールの気分を盛り上げようと、少しの溜めと強調を用いて、俺は僅かばかり大袈裟な言い方をしてみたのだ。
「……それは、リーズィヒ山脈ではなく、クライン山脈で間違いないかい?」
俺の迫真の演技も虚しく、脳内の地図を確認したのであろうアルトゥールは、さしたる表情の変化も見せず、またもや”間違い”でないかを問うてきた。
あれか、警察とかが言う『疑ってかかれ』的な考え方なのかな?
でも、何でもかんでも鵜呑みにされると、『この人本当に理解してるのかな?』なんて逆に心配になってくるから、こうやって確認される方が俺としては安心できるかな。
特に悲観するような内容ではないので、俺は前向きに捉えた。
「はい。その渓谷がクライン山脈であろうと当たりをつけ、そこから東に向かって戻ってきたところ、メルケル領に辿り着きましたので、間違いありません」
実際には、しっかり方角を把握した状態で行動していたのだが、それを口にするわけにはいかない。
「ふむふむ。……あ~、その渓谷が、仮にレーツェル王国と繋がっているとしたら、キーファー領やメルケル領を経由して、レーツェル王国との窓口として使えるね」
「私事になりますが、そうなれば新たに領地を与えられた父の村が、レーツェル王国と王都を行き交う者達が利用する宿場街になり得るので、是非ともレーツェル王国と繋がっていて欲しいです」
渓谷がレーツェル王国へと繋がっていることは、俺自身が見たわけではないが、師匠から情報として聞いている。だが今はその情報を伝えず、敢えて願望として伝えるに留めた。
「うん、なかなか面白い。――ブリッツェン君、報告は以上かな?」
「はい」
一時は浮かない表情を覗かせたアルトゥールであったが、渓谷の話が琴線に触れたようで、今はすっかり良い笑顔になっている。――その笑顔が、素直な喜びから
「では、ドラゴンの生首は明日にでも見せて貰えるようにしよう。それから、君の師匠との顔合わせだが……、その日程は決まり次第伝える、でいいかな?」
「承知いたしました」
こうして無事に報告は終わった。だが、こちらから一歩的に報告をしただけであり、アルトゥールの考えなど現状では不明である。
それでも、最終的に『あの反応は悪くない』、と思えるアルトゥールの笑顔を見ているので、自然と俺の気分も高揚してきた。
足取りも軽く、少々浮かれ気分の俺が向かった先は、アンゲラとエルフィの住まう聖女邸である。
といっても、姉達に会いに行くのではない。用事があるのは、聖女邸に居候している
そして、予定通り聖女邸に着いた俺は、先程行なわれたアルトゥールとの遣り取りを師匠に伝える。すると枯れた老人(切望)は、「少し頭の中で考えを纏める」と言うので、俺は早々に聖女邸を後にした。
さて、愛しのアイドルが待つ
本日の用事は全て済ませ、帰宅しようと
そして、先程とは違う気分で足取りの軽くなった俺は、
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あとがき
物語の進行速度が遅いうえに、同じ話ばかり書き直してしまうので、執筆自体が先に進みません。
なので、今月中は毎日投稿します。(一週間ちょっとですが)
一応、誤字脱字等のチェックはしましたが、既にサイトに下書きとして上げた部分は最終確認をせずに投稿します。(これすると時間が取られて文章量が増えるので)
そのため、もしかすると誤字脱字が増える可能性がありますが、物語を進めることを優先したいと思います。
読者の方々を『誤字脱字チェッカー』にするつもりはないのですが、もし見掛けましたら、ご連絡いただけると助かります。
※誤字脱字を確認する校正ツールやサイトなどあるようですが、私は全て目視での確認しております。かなり時間をかけています。それでも無くなりません……。
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