第十四話 絶倫ジジイ

「皆も一度メルケル領に戻りたかったか?」

「食料も沢山ありますし、仮家にお風呂・・・も作ってもらったっすから、ここの生活の方が快適っす」

「換金はリーダーにお任せしておけばぁ、貯蓄が増えますしぃ、ここではお金を使わないですからねぇ~。じっくり鍛錬を積みますよぉ~」

「あーしはもっと魔力制御を磨きたいからー、ここで沢山修業したーい」

「神殿掘り、楽しそう。練習にも、なりそう」


 シュヴァーンの四人は、グリューンドラゴン戦に参加できなかったことが悔しかったらしく、少しでも魔法の技術を高めたいようだ。……一人を除いて。


 その一人であるヨルクは、俺が今後のことを考え、仮家の水場に浴槽を設置したことで浮かれている。

 これを機に『お風呂・・・文化を広めよう』と試みたもので、決してヨルクを喜ばせる一時のサプライズではなかったのだ。しかし彼は、この上なく入浴行為を気に入ったらしく、女性陣を上回る喜びようであった。


 一応、女性陣の反応も良かったんだけど、ヨルクの浮かれっぷりが激しくて、彼女達の反応が霞んじゃったんだよね。


 そんなことを思い出しつつ、苦笑いになってしまった俺は気持を切り替え、意識的にキリッとした表情を作る。


「ディアナの言うことをしっかり聞いて、あまり無茶をしないようにな」

「「「「はい」」」」

「ディアナ、四人を頼むね」

「あたくしに任せなさい」


 ディアナがアンゲラに勝るとも劣らない胸部装甲を叩くと、俺は催眠術にでも掛けられているかの如く、ぶるんぶるん触れる双丘の動きを目で追ってしまった。

 せっかく作ったキリッとした表情は、無残にもだらしないものへと変貌しているだろう。


「そろそろ行くわよ!」

「……! そ、そうだね」


 その結果、エルフィにメチャクチャ怒気の篭った視線を向けられてしまった。


 姉ちゃんマジ怖い!

 でも最近は、美人さんである姉ちゃんが凄む表情が凛々しくて、ちょっと見惚れちゃいそうになるんだよね。それに、その瞳の奥底にある侮蔑の色が、なぜか俺をゾクゾクさせるし。

 でもこれって、一歩間違うと帰ってこれなくなる危険な趣向に向かってる気がするんだよね。気を付けないといけないな。


「リーダー、どうかしたっすか?」

「俺は至ってノーマルだ」

「何言ってんすか?」

「すまん。気にしないでくれ」


 キリッと引き締まった表情で格好良く出発するはずが、あやふやで締まらない表情で、グダグダな旅立ちとなってしまったのであった。


 そんなグダグダ旅を行なうのは、俺と師匠、それにアンゲラとエルフィだ。この四人は、アインスドルフを経由して王都に向かう予定になっている。

 道中は平定予定の伏魔殿を通るので、今後のための情報収集も行なう。これも大事な任務だ。


 そんな道中での野営だが、俺達姉弟三人で行動することが減ったこともあり、師匠が要らない・・・・気を利かせてくれたので、久しぶりに三人で一緒に寝ることに。

 野営用の仮家は頑丈であり、周囲に魔法を張り巡らせているので、俺達は誰も夜通しの見張りをしていない。それでも、万が一に備えて全裸で寝ることはないので若干安心なのだが、不安が全くないわけではない。

 その不安が何を指しているかは言うに及ばず。


 ――まぁ、こうなるよな。知ってた。


 俺達を天井から照らしていた魔導具の照明が見つめるのは、真ん中に俺、右にアンゲラ、左にエルフィという並びの川の字で寝ている三人の姿だ。しかしながら、全員が仰向けで寝ているはずもない。

 背後からマシュマロを押し付けるようにアンゲラに抱き付かれ、背を向けたエルフィを俺が抱きしめる形となっている。

 何故こうなったか……などと考えるのは時間の無駄でしかない。川の流れに身を任せる落ち葉の如き自然体で、脱力した俺がなされるがままにしていたらこうなっていた。そして、それが全てで、それ以上でもそれ以下でもない。


 それにしても、姉さんのむにむにマシュマロは布越しでもやっぱ柔かいなー。

 姉ちゃんも姉ちゃんで、無駄肉なんて全然ないのに、なんで腰回りの感触はこんなに柔らかいんだろ? それとこの、もにゅもにゅ白桃も捨て難い。


 最早お馴染みの状況であっても、俺は初心を忘れず、味わった感触に感動する。


 するとどうなるか? もちろん反応する。


 姉さんも姉ちゃんも、眠りが浅いのか感が鋭いのかわからないけど、俺が夜中に抜け出すのに気付いてそうなんだよなー。でも……、この悶々とした気持ちのまま寝るとか無理だし……。


 結果、無駄に魔法を行使して抜け出し、無事に賢者となる。

 そして悟る、『研ぎ澄まされた神経、ミスの許されない細やかな魔力制御、何事にも動じない精神力、些細な動きも見逃さない洞察力、途切れることのない集中力』など魔法に欠かせない要素は、こうして無意識に鍛えられていたに違いない、と。


 そう、魔法使いとしての俺は、むにむにマシュマロの天使アンゲラと、もにゅもにゅ白桃の妖精エルフィによって鍛え上げられたのだ!


 そんなことを思う俺は、比喩であったはずの賢者に実際になれるのではないか、などと本気で考えてしまう。――そんなことを考える時点で、最早俺は手遅れである。



「おはようございます」

「ブリッツェンもまぁ……大変よのぉ」


 翌朝、師匠にかけられたこの言葉で、『この爺さん、俺の行動を全部知ってるんじゃないか?』と勘ぐってしまい、恥ずかしさが込み上げてくる。それはまるで、ベッドの下に隠してあった肌色成分過多な本を、机の上に綺麗に並べられていたあのときのような……。


 なんでこういうどーでもいー記憶は、しれっと思い出せるんだよ。こんなことこそ忘れたい過去なのに。

 確か、誰かの悪戯でアレな本をカバンに入れられ、処分に困って隠しただけだったんだよな。……って、何でより深く思い出してるんだ俺は!


「あ、姉達は神官としての人生を全うするようなので、生涯未婚を貫くそうです」


 羞恥心と嫌な思い出で訳の分からなくなった俺は、唐突にそんな会話に持っていった。


「はて? 神殿でも神官の結婚は認められておるはずじゃが」

「それでも、二人は結婚する気がないようです」


 よくわからんが、話の流れが変わってくれたな。


 それはそうと、俺としては二人が誰かと結婚するのは嫌なのだが、二人の幸せを考えると、未婚を貫くのはあまり賛成できない。

 この世界では、成人と認められる十五歳から二十歳での婚姻が一般的だ。

 それでも、二十五歳くらいでの結婚もそれなりにある。だが、女性ならそこがギリギリのラインだと思われている。

 そして、まだ常識内の年齢である長女のアンゲラは、現在十八歳。まさに今が旬、今が食べ頃なのだ。


 可能なのであれば俺が食べたいのに……ぐぬぬ。


 そんなぐぬぬ……ではなく、のほほんとした旅は順調で、あっさりアインスドルフに到着した。

 アインスドルフでは家族とワイワイしたわけだが、魔法使い村のことや確定事項ではない今後の話は家族には伝えられず、予め用意していた設定で適当に濁すしかなかった。


 俺は魔法が使えることで、以前から隠し事が多いのは自覚している。それでも、辻褄を合わせてごまかしたりはぐらかしたりしていたが、極力嘘は吐かないようにしていた。

 しかし、秘密が多くなってくるとそれもまた難しく、少しずつ嘘の比率が増えていく。

 楽しいはずの家族との時間が、なんだか少し息苦しく感じ、最後は「またくるよ」としか言えず、苦い気持で実家を後にした。


 ちなみに、師匠はいつもの如く森の何処かに潜伏していたようだ。


 家族と別れると、いつもどおり既に慣れた王都までの旅が始まる。

 その道中は何一つ問題なく、サクッと王都に到着するのも、これまたもいつもどおり。

 だが、今回はここからいつもどおりではなくなる。

 王都滞在中の潜伏場所がない師匠に、今回は聖女邸へ身を置いてもらうのだ。

 通常であれば男性を聖女邸に泊めることはしないが、師匠は信用でき、且つ枯れた老人・・・・・なので問題ない。

 まかり間違って、師匠が絶倫ジジイだったら、……などとは考えない。


 あっ、今ちょっと想像しちゃった……。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ただいま戻りました」

「おかえり。随分と早い戻りだね」


 王都に到着すると、早速アルトゥールと面会した。アポ無しではあった、たまたま空き時間だったらしく、すんなり面会できたのは有り難い。


「大事なお知らせがありますので」

「ほぅ」


 いつもどおりであり、穿うがった見方をすれば、胡散臭いとも思える笑顔のアルトゥールであるが、『大事な知らせがある』と俺が伝えた瞬間、胡散臭い笑顔がちょっと悪どい笑みとなり、表情とは打って変わって笑っていない瞳を輝かせた。


「まず、お目当ての魔法使いの村ですが、現状は発見できておりません」

「ほぉ~。君のことだから、てっきり早々に発見したのかと思ったけど、違ったかー」


 見つけたことを伝えないのは後ろめたいが、これも駆け引きとして必要なのだ。


「次に、私の魔法・・の師匠に再会しました」

「おや? 確か、魔法は独学で身に付けたのでは?」

「はい。元々は我流でしたが、偶然出会った師匠に色々と教わったのです」

「ふむ。で、その師匠とやらはどうしたんだい?」


 やはり、師匠の動向が気になるか。


「王都へきていただいております。アルトゥール様にもお会いしてただきたいのですが、当然それなりの警護も必要でしょう。ですが、師匠は魔法使いです。できるだけ秘密裏に会談したいのですが」

「即答はできないが、ブリッツェン君の師匠であれば、まぁ問題ないだろう。手筈を整えておこう」

「ありがとうございます」


 魔法使いの存在は、アルトゥールとしても掴んでおきたいだろうし、公にもしたくないだろう。ここは言葉通り、鵜呑みにしておいて大丈夫だと思う。


「最後に、調査中にとある伏魔殿のボスと遭遇してしまい、やり過ごそうとしたのですが逃げ出せず、結果的にそのボスを倒してしまいました」

「えぇ~と、……それは、伏魔殿を一つ平定した……ということかい?」

「申し訳ございませんが、そのとおりです」


 王国としては、無闇に伏魔殿を平定されては困る話だからな。さて、どう対応してくる?


「そこの残党刈りはどうしたんだい? 近隣の領に魔物が逃げ出したりしてるんじゃないのかい?」


 ああ、流石王弟だ。先にその心配をするんだな。


「全方位を伏魔殿に囲まれているの地ですので、その心配は不要です」

「そうか。それにしても、随分と奥まった地だね。具体的にはどの辺りなんだい?」

「メルケル領の西で、間に一つ伏魔殿を挟んでおります」

「ほう、メルケル領の西かー……」


 意味あり気にそこで言葉を区切ったアルトゥールは、片眉を上げ探るように俺を見てきた。


「まぁ、場所はどこであれ、ブリッツェン君が伏魔殿を平定したわけだ」


 う~ん。俺の考えが全て見透かされてるとは思わないけど、伏魔殿を平定したのが意図的であることはバレてる……かな。


「そうなると、君に爵位を与えてその伏魔殿の跡地を領地にしてもらい、そこの領主になってもらう可能性もあるね」


 へぇ~、俺を養子にすると言っていたけど、領主にしてもいいのかな?


「それにしても、トリンドル領から出発した割には、随分と辺鄙へんぴな場所でボスに遭遇したんだね」


 おっ、探りを入れてきたな。でも、そこは突っ込まれると思ってたからね、ちゃんと返事は用意してあるんですよ。


「いくつもの伏魔殿を経由しておりましたので、途中でクライン山脈とリーズィヒ山脈を間違えて移動してしまっていたのです」


 伏魔殿の中と外では景色の見え方が違う。それは、伏魔殿の中から境界の外に出た途端に通常世界の景色が見えるので、伏魔殿からは見えなかったが境界を越えたらすぐに山脈がある、という可能性もあり得る。なので、その山脈がクラインかリーズィヒかを間違うこともあって然るべきなのだ。


 ちなみに、クライン山脈は我がシュタルクシルト王国と隣国レーツェル王国を隔てる南北に伸びる山脈で、リーズィヒ山脈はトリンドル領とメルケル領を隔てる東西に伸びる山脈だ。

 どちらの山脈も越えるのは厳しい環境下にあり、クラインとリーズィヒの両山脈は交差している。


「そんなことがあるのかい?」

「多少の違和感はありましたが、旅中は悪天候の日も多く、太陽が確認できないこともあり、その上いくつもの伏魔殿を通過していましたので、正しい方向が分からなくなってしまいまして……。お恥ずかしい話です」


 実際には多少の誤差があっても、そこまで大きく間違うことはない。だが、方位磁石も無い世界だ、これでも十分に説得力がある。


「冒険者のブリッツェン君が言うのだから、そうなのだろうね」

「まだまだ駆け出しですので」

「ところで、ボスの魔石……いや、ボスは何だったのかな?」


 きた、やっと本題だ。

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