第十三話 様式美(お約束)

「……願望になってしまいますが、いいですか?」


 師匠に問われていた内容を思い出した俺は、恐る恐る聞いてみた。


「言うてみぃ」

「ディアナとモルトケにシュヴァーンの四人を預け、魔法使いの村に一度戻り、ここに連れて来れる人員がいれば連れてきて、開拓を手伝って欲しいですね。まずは神殿の掘り出しになると思うので、それ自体が良い練習になると思いますので」


 と、ここまで口にしてから、俺は失念していた事案を思い出した。


「し、師匠?」

「なんじゃ」

「魔法使い村の人達は俺がここを平定したどころか、平定しようとしていたこと自体知りませんよね?」

「そうじゃの」

「それで、いきなり開拓の手伝いを頼んで大丈夫……ですかね?」

「大丈夫ではないの」

「ですよね……」


 そもそも、魔法使い村の住人は、付近の伏魔殿で狩りをする以外は村から出ないのだ。そんな人達に、現状は未承認とはいえ王国の領地となる場所の開拓を手伝わせる。これは普通に考えて問題しか無い。


「この戦闘とて、他の住民を巻き込まなかったのじゃ、いきなり他所の土地での開拓を手伝えとは言えんの」

「…………」

「じゃが、今の村に不満のある者もおる。ここにいるディアナやモルトケのようにの」


 師匠に名前を言われたディアナは、プルンッとした艶やかな唇を舌舐めずりすると、何故かウインクしてきた。

 そしてモルトケはモルトケで、何故か勝ち誇ったような顔をしている。


 ワケガワカラナイヨ。


「儂としては村を分裂させたいわけではないが、そろそろ変革の時期だと思っておる」

「それは、今までどおりを望む人と、新たな村のあり方を望む人とで、いさかいが起こると言うことですか?」

「多かれ少なかれ、今でも言い争いはあるからの」


 魔法使い村の歴史はかなり長いのだろうから、こういったことは過去に何度もあったであろうことは想像に難くない。そして今回、俺の介入がそれに拍車を掛けることは、……考えるまでもないだろう。


「まぁ、村のことは儂らの問題じゃ。それにブリッツェンを利用させてもらうがの」

「そんな、俺の方こそ村の人達を利用……じゃなくて、手伝ってもらいたいのですが」

「ふっ、まぁ、どちらでも良い」


 いやいや、そんな曖昧で良いわけがない。ってか、俺も本音がちょい漏れしちゃったし……。


 それはそうと、俺が口にしたのは確定事項ではない。師匠に『どうしたい』と問われたから答えた願望だ。

 ディアナとモルトケにシュヴァーンの四人を鍛えてもらい、魔法使いの力を借りて開拓してくれれば、俺が王都から戻ってきた以降、街造りが楽になる。

 謂わばこれは、”俺が楽をするため”の我が儘でしかないのだ。


「こちらとしても少し状況を変えたいからの、ブリッツェンの願いを聞いてやる方向で考えるぞ」

「いや、ですが……」


 願望とは、多分に欲が含まれている。俺に限っては、含まれるを通り越して欲しかない。そんな欲に塗れた願望を、簡単に口に出してはいけなかったのだ。

 自分で言っておいて何だが、少々調子に乗り過ぎたかもしれない、と反省した。


「いきなりですと、村に負担がかかってしまうかもしれませんわね。まずはあたくしとモルトケの弟子を連れてきて、この四人と一緒に鍛えながら作業させるのが良いと思いますわ。弟子はまだ子どもですし」

「それならオレも変な交渉をしなくて楽だな」


 俺と師匠の会話を聞いていたディアナとモルトケが、自分達の弟子を呼ぶのがいいと提案してきた。

 想像だが、実力者である二人の弟子であれば、子どもとはいえ魔法だけなら姉達に優っているだろう。もしかしたら、俺より上の可能性だってあり得る。

 どちらにしても、魔法使いの力を借りられるのは正直有り難い話だ。


 だが、渡りに船とばかりに、ディアナとモルトケから出されたこの提案。それをこのまま素直に受け入れて良いのだろうか、という葛藤が生まれる。


 う~ん、自分で言い出したこととはいえ、甘えてはいけない気がするなぁ~。


 ……いや、この考え方は違うな。

 俺は、魔法使い村の変革の原因が、自分の行動が切っ掛けになることから逃げたがっているんだ。

 子どもとはいえ、魔法使い村の住人の手助けを受け入れたら、それは、俺が村の変革に加担した、と認めたことになる。その立場から逃れようしているだけだ。


 だったらどうする?


「小難しい顔してどーしたよ?」


 相変わらず、俺は心境が顔に出ているのだろう。

 自問自答している俺の顔色を伺うのではなく、本気で心配してくれたモルトケに、慌てて「なんでもない」と答え、俺は再度考える。


 ふぅ~……。どうするこうするも、今更良い子ちゃんぶっても仕方ないよな。俺の我が儘で魔法使い村を巻き込むのは、今こうして悩む前から想定していたことだし。

 それに、師匠たちに手伝ってもらっている時点で、既に魔法使い村の住人に手伝ってもらっているのと同義だよな。


 よし、腹を括る……いや、開き直るか。


「師匠、申し訳ないですけど、お手伝いをお願いします」

「うむ、それでよいのじゃ」

「ありがとうございます」


 後はなるようになれだ!


 ここでまたグダグダ考えても仕方ない、と結論付けた俺の答えは、毎度お馴染みの開き直りである。


 自分で言うのもなんだけど、もうこれは様式美お約束だよな……。


「そうなると、最初はディアナの案で良いの。頃合いを見て、村の方で仕事を割り振り、徐々に人員を回せば混乱も起こるまい。――ブリッツェンよ」

「はい」

「お前さんが当初の予定通り、さっさと次の伏魔殿を平定しておれば、村から人員を呼ぶことは考えられなかった。じゃが、この地を隔離している期間は魔法使いの手が借りられる」


 開き直った俺に、師匠が現実的な話をしてきた。

 俺は気持を引き締め、師匠の言葉の意味を噛み砕くと、改めて俺の無計画さを指摘されているのだと思い知り、自業自得ながら、何とも居た堪れない気持ちになる。


「儂らの村の存在を知ったブリッツェンは、最早家族も同然じゃ。家族の安全は考えて欲しいが、同時に家族を頼ることも知って欲しい、と儂は思うのじゃ」

「師匠は俺を家族と言ってくださるのですか?」

「お前さんだけではない。ここにいる皆が既に家族じゃ」


 余所者で厄介者の俺を家族と言ってくれて、あまつさえ、そんな俺の仲間たちも家族と呼んでもらえた。こんなに嬉しいことはない。

 だったら、『家族である俺も、これからの村について首を突っ込ませて欲しい』とでも言うべきなのだろうが、師匠が『自分たちの問題だ』と、わざわざ俺を巻き込まないようにしてくれたのだ、そこに首を突っ込むのは野暮だろう。

 ならばここは、素直に家族だと言ってくれた事実を喜ぶだけに留める、それが正解だと判断した。


「師匠、本当にありがとうございます」

「礼を言われることでもないがの」

「それでも嬉しかったのです。お礼くらい言わせてください」

「好きにせぇ」


 今回、師匠の言葉に俺の心がいつも以上に激しく浮き沈みしたが、多くのことを考えさせられ、思い出し、学べもしたので、とても良い機会だったと思う。


 そしてそれを経て、改めて今後の予定が決まった。

 取り敢えず、翌日からは神殿を覆い隠している丘の部分、その麓に拠点となる仮家を複数建てるなどの準備を行なうこととなった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「こんなもんかね?」

「そうですわね。まずは弟子がくるだけですし、他の村人がくる頃には、ボク・・も戻って作業をしているでしょうから、足りなければまた造ればよいのですわ」

「俺のことをボク・・って呼ぶの、そろそろ止めてくれないかな」

「あらごめんなさい、ブリッツェン

「…………」


 借り家を建て、軒数はこんなものでよいかディアナに確認すると、彼女は初対面時と同じように俺をからかう。


 ちなみに、建築作業は俺とディアナ、それと師匠の三人で行なった。

 土属性に適性のない姉達や、まだまだ魔法の技術が覚束おぼつかないシュヴァーンの皆には、各々で訓練を行なってもらっていた……のだが、作業が気になるのだろうか、休憩と称してはちょいちょい見学をしていた。


 目で見て盗む、という考え方は、冒険者には常識だ。

 他人の情報を漏らすのは冒険者にとってご法度であり、自分の技をベラベラ喋るような間抜けなことはしない。であれば、優れた技術を盗み見、それを練習して己のものにする、それこそが冒険者だ。

 シュヴァーンにもそんな意識があるのだろう、好奇の視線ではなく、鋭い眼差しで見ていたことから、彼等の本気度が垣間見える。


 ちなみに、イルザだけはアンゲラと百合の花を咲かせていた……わけではなく、真剣に話し合いをしていた。


「さて、今日の作業はこれくらいにして、少しゆっくりしようか」

「今日も頑張ったっす」

「そんな頑張ったヨルクに、面白いものを見せてやるよ」

「おっ、なんすか?」

「それは見てからのお楽しみだ」


 なんすかなんすかと五月蝿いヨルクを引き連れ、俺は特別に建てた家屋へ入っていく。


「……なんすか?」


 ヨルクの「なんすか?」が、先程までのテンションとは違い、失望混じりの興醒めしたようなトーンになっていた。


「なんだ、貴族を目指しているのに、ヨルクは知らないのか?」

「これ、貴族に関係あるんすか?」

「あぁ~、貴族といっても王族やそれに親しい爵位の、それこそ大貴族じゃないと縁がないかもな」

「な、なんすか?!」


 今までで一番熱の籠もった「なんすか?」をヨルクが口にする。

 それを聞いた俺は、ヨルクがこんな反応するとは思っていなかったので、何だか悪戯に成功したような満足感が得られてしまった。


 それから暫し、俺からのサプライズを満喫したヨルクは、物凄く良い笑顔でこう言った。


「自分も、土魔法を極めるっす!」


 あれ? そこは「大貴族になるっす」とか言うんじゃないのかな?


 なんにせよ、ヨルクがやる気になったのは良いことなので、俺は「頑張れよ」と一声かけるだけに留めた。


 それにしても、コレ・・を用意して良かったな。女性陣も喜んでくれたかな?


 サプライスのつもりはなかったが、ヨルクがこれだけ喜んだのだ、女性陣もきっと喜んだであろうと思いつつ、その反応がどんなものか気になる俺であった。

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