第十二話 この世界を謳歌する

 本文の後に、今回の話の補足説明があります。

 そういった部分に触れたくない方は、本文終了後は読まないようにしてください。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……か? ブリッツェン」


 俺は今、戦闘の緊張から開放され、気持の緩みと共に訪れた空腹も、語彙力のない俺には『絶品』、としか言いようのない極上のドラゴン肉で満たされ、現実世界とは隔離されたかのような、まさに『至福のひと時』である食休みを満喫中だ。


「聞いておるのか? 返事をせい!」


 ……だというのに、そんな俺の心を土足で踏みにじるような雑音が聞こえ始め、不快指数がその音量と共に、ジワリジワリと上がっていく。


「おい、ブリッツェン!」


 そして、その音量は看過できない域に達してしまい、その雑音に俺の心が根負けし、遂に現実世界へと強制送還されてしまった。


「……な、何でしょうか?」

「やっと聞こえたか。……まったく、アホのように惚けた顔をしおってからに」


 遺憾である。

 ただ『惚けた顔」と言えば良いのに、枕詞的に『アホのように』と付けるなど、言語道断である……とは言えないな。『アホのよう』かどうかはわからないけど、あまり人様にはお見せできない顔をしていた自覚があるんだよなぁ~。

 だって、笑ったときに使う顔の筋肉、……表情筋って言うのかな? それが、今になってすんごいピクピクしてるもん。余程酷使したんだろうな。取り敢えず謝っておこう。


「すみません」

「……まあよい。では、今後の予定を再度確認するが、『一度王都へ向かう』でよいのか?」


 なんだよ師匠! 感情が篭っているっぽく謝罪をしたというのに、「まあよい」で終わりかよ!


 無表情の師匠に、それでもにじみ出る”呆れ”を醸し出されてしまい、俺としては腑に落ちなかったが、それは置いておくとして、今後の予定を問われた以上、答えねばならない。


平常心、平常心。


「予定では年内に王都へ戻り、俺が来年の七月に成人の儀を迎えるまでの半年少々、その約半年で、王都の北にある伏魔殿のドラゴンを倒すことになっていました。ですが、今回のドラゴン討伐で、その必要が無くなった可能性があります。なので、その確認の意味も込めて、一度王都へ戻ろうかと」


 平常心になったことで、自分でも再確認するように思い出し、大まかな予定を師匠に伝えた。


「ふむ。では、その期間、他の者はどうするのじゃ?」

「これは、王弟であるアルトゥール様にお願いしてみないとわからないのですが――」


 俺は予定ではなく、願望を口にする。


 今回平定した伏魔殿は、全方位を伏魔殿に囲まれている飛び地だ。このままでは、この地を開拓しても一般人の往来は見込めない……というか、できない。なので、この地と父の治めるアインスドルフの間にある、”邪魔”な伏魔殿の平定をしたいと思っている。

 せっかく隣国との窓口になれる可能性があっても、アインスドルフとの間に伏魔殿があっては、仮にレーツェル王国と交易ができても、シュタルクシルト王国内の他領との遣り取りができない。であれば、道を切り拓くのみだ。


「――なので、早急に戻ってくるつもりでいるので、シュヴァーンの皆にはメルケル領に残ってもらい、修業をしていてもらおうと思っています」

「……以前も言ったが、ブリッツェンは焦り過ぎじゃ」


 願望混じりの予定を伝えると、珍しくいつもの無表情から渋い表情へと変わった師匠に、なぜか『焦り過ぎ』と言われてしまった。


 師匠曰く――

 この地の開拓もしていないのに次の伏魔殿を平定してしまっては、ここで魔法を使った開拓ができなくなってしまう。

 なぜなら、この地を開拓するより早く”邪魔”な伏魔殿を平定しては、この地とアインスドルフを結ぶ安全な経路ができてしまうからだ。


 それは一見、良いことのように思える。が、違う。


 安全な経路があれば、一般人の通行が可能になる。それ即ち、魔法を使って開拓している様子を見られてしまう可能性が増えるのだ。

 しかも、開拓しなければならない土地が増えるのに、労働力の要である魔法が封印されることになるので、開拓自体がなかなか進まなくなる。

 であれば、まずはこの地をしっかり開拓し、ある程度の体裁を整えてから、改めて”目隠し”してくれていた伏魔殿を平定するべきだ。


 と、一気呵成に説教気味な口調で言われてしまい、更に、「お前はそんなことも考えられんのか」と、少々苛立ったような口調で付け加えられてしまった。


「……そ、そうですね。俺の考えが浅はかでした」

「ブリッツェンは一つの目標があると、それに傾倒し過ぎるきらいがある」

「そう……かもしれません」

「決断力があるのは良いことじゃが、もう少し思慮深くなった方が良いじゃろう」

「ご忠告、ありがとうございます」


 魔法の所為……というと語弊があるが、俺は誰に頼るでもなく一人で考え決断し、そして行動に移る癖が出来上がっていた。――いや、言い訳だ。俺は元々がボッチ気質で、自己解決する必要があり、他人に頼ることをしなかった。

 そう、日本人時代の俺がそうだったことを、すっかり忘れていたのだ。


 ――本当に忘れていたのか?


 俺がブリッツェンとなって約七年。なぜか思い出せない日本人時代の名前などを除けば、記憶はそれなりに残っている。

 とはいえ、その記憶から引っ張り出そうとしないと、持っている知識がサッと出てこない。言動も、今は肉体年齢なりで、謂わば”年相応の言動”だ。


 改めてブリッツェンである自分を思い起こしてみると、考えるより先に……といった言動は、殆ど魔法に関する事象になっている。

 それもこれも、精神や感情が肉体年齢に引っ張られている事実、その事実から目を背けた結果だろう。


 それは、変に大人ぶったり大人でいようと思うより、身体に合った感情の方が楽だと気付き、『自分は大人』だと思うことを控え……いや、抗うのを止め、精神年齢が肉体年齢に馴染むのを良しとしたからだ。

 一度そうしてみると、子どもの感情でいることに”心”が居心地の良さを感じていると実感し、以降、俺はそのまま受け入れている。


 でも、良く思い出してみろよ。

 姉ちゃんやクラーマーさん、他にも相談できそうなことは相談していたじゃないか。

 何が自己解決だ。


 いや、違う。それは日本人時代の俺が――


 ん? 日本人時代は、他人に頼ることをしなかったんだよな?


 あっ、いや、ちが、違う。それは――


 違わないね。単に都合の悪いことは、日本人時代の癖にしてるだけだろ?


 ち、違う。そんなんじゃ――


 だから何も違わないんだよ! そうやって逃げて、嫌なこと、都合の悪いことを、すべて過去の自分に押し付けてただけじゃないか!


 そのとおりだ。俺は本質的に何も変わっちゃいない。

 何か都合が悪ければ、誰かに、何かに、ただ押し付けて逃げる。

 そう、『悪いのはの俺じゃない、悪いのはの自分だ』と。


 子どもの感情でいることが心地良いのは確かだ。それは、肉体年齢と精神年齢が合致しているから違和感がない……というのもあるだろう。

 だが、俺という人間の根底には、『何かあったら昔の自分の性格の所為にする』という、非常に便利な逃げ道があることを、嫌という程知っている。

 現に、自分がオッサンだった過去を、内心でネタにしてたことは何度もある。それは、大人の記憶や精神が残っているからに他ならない。


 なぜそう言える?


 だって、欲しい知識は意識的に引き出さないと出てこないのに、どうでもいいくだらないネタだけは、勝手に頭に思い浮かぶんだ。そうやって、時偶自分が大人なんだと思い知らされるから……。


 そうなのだ。俺は、記憶から知識は引き出すが、精神面には蓋をしている。いや、臭いものには蓋をすることこそが、日本人時代の俺の性格だった。

 だからこそ、子どもの身体に子どもの精神。このバランスの良い状況を邪魔する大人の精神は、ブリッツェンであれ、日本人時代の俺であれ、蓋をすべき存在なのだ。


 あー、なんか頭がクラクラする。……って、ダメだダメ! 考えろ俺!

 えーとー、蓋をしているのは、子どもであるブリッツェンの心がそうしているのか? いや、日本人時代の俺が無意識にしている? え、どっちも……なの、か?

 あー、何だかわからなくなってきたぞっ。


「どうした、ブリッツェン」

「……あっ、すみません」

「惚けたかと思えば、今度は思い詰めたような顔をしおって」

「す、すみません」


 魔法についてのお叱りじゃなく、俺の内面に対するお叱りだったから……かな?

 なんか、自分がダメダメだと気が付いて、気持が落ち着かないな。


「今は今後の話し合いをしておるのじゃ、要らぬことに気を遣るより、会話にに集中せんか」

「はい、わかりました」

「まったく、一つのことに傾倒し過ぎると注意すれば、今度は話しもそぞろに他のことに気を散らしおってからに。本当にブリッツェンは……」


 珍しく、師匠がグチグチと小言を垂れ流していた。

 俺はその小言を聞きつつ、シンプルに考える。


 あー、そうだな、日本人としての知識や、大したことはないけど、経験なんかで活かせることは活かす。そして、言い訳をしない……ってのはきっと無理だから、都合よく昔の自分を利用すればいいかな。

 ん? 既にそうしてるか?

 まぁ何にせよ、そんなクズっぽい考え方もひっくるめて、今のブリッツェンなんだし、それでいいか。


『この世界を謳歌する』


 そう、それこそが一番の目標なんだ。

 そのために、利用できるものは利用する。そう決めて、そう行動してきたんだ。まわりを利用するも過去の自分を利用するも、どれもこれもが『この世界を謳歌する』ための行為じゃないか。もう、変に考えるのは止めよう。


 よし、この小者っぽい考え方こそ俺だ。


 熟考の末ではなく、半ば思考を放棄した”俺らしい”考え方で、身体に逆らわず、ブリッツェンらしく生きていくことを、俺は改めて心に誓った。


 なんか、俺って色々と心に誓ってるけど、それを守れているのだろうか……。


 今現在、自分の思考が肉体年齢なのか、それとも大人の自分が出てきていたが、考えることを止めて引っ込んだのか、もはや自分でもわからない。わからないが、それで良いのだ。


「――少々クドくなってしまったの」

「いいえ、俺のためを思って言ってくださったのです。ありがとうございます」


 如何にも『身に沁みました』的な言動ながらも、実際には殆ど聞いていなかった。

 それでも粛々とした態度でいられるのだから、俺は小狡こずるい人間だ。しかし、その人間性それこそが、俺らしさであると言えよう。


 ってかあれか、俺の身長が低いのは心が狭小だからか? もしかして、器の大きな人間になったら、身長も大きくなる……わけないよな。

 でもまぁ、なんだか調子が戻ってきた気がしてきたぞ。


「話が逸れてしまったが、ブリッツェンよ、お前さんはどうしたいのじゃ?」

「すみません、少しだけ考えさせてください」

「うむ」


 何の話だっけ? ちょっと頭が混乱してるぞ。

 えっとぉ~……あっ、”邪魔”な伏魔殿を平定する前に、この地を開拓してある程度の体裁を整える、って話だったよな。


「それでしたら――」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 以降、あとがきです。


 今回の話は、ある読者の方に、『ブリッツェンの精神年齢が肉体年齢に引っ張られている』という描写を、作者が上手く表現できていなかった、と数話前に気付かせてくださったので、『師匠からの説教』のエピソードを利用して、少し強引ですがその描写をねじ込みました。


 序盤こそ、その描写を行なっていたのですが、読者の方々に浸透する前にその描写を端折ってしまい、今回急遽この話になったので、ブリッツェンに悪感情を抱かせる表現になってしまっているかも知れません。


「作者のことを嫌いになっても、ブリッツェンのことは嫌いにならないでください」

ん、何処かで聞いたことがあるような……。


 今後も、ご指摘等あれば、お言葉を頂ければ、と思います。

 ただし、豆腐メンタルですので、たまに優しいお言葉があると喜びます。


 私は物書きとして、まだまだ至らない点ばかりですので、少しずつ改善したいと思います。

 そして、今後もよろしくお願いいたします。



――追記――


 2018/03/18 10:40頃

 近況ノートに、今回の補足に関して質問を載せました。

 回答頂けると有り難いです。

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