第十一話 グリューンドラゴン

「チッ! 思った以上に速いっ」


 そらを舞う深緑の巨体は太った蜥蜴とかげのようで、その背には蝙蝠こうもりの如き皮膜の羽が付いており、頭に生える角は、人間の背丈をも超えると思われるほど立派なもの。体長に対して短い四肢は、筋肉の鎧を纏ったオーガ数頭分を纏めたかのような、恐ろしいまでのたくましさがある。

 そんな得も言えぬ生物、それこそが――


 地上最強の生物『ドラゴン』だ。


 いやぁ~、空中にいるのに地上・・最強はどーなのよ?


 そんな余計なことを考えている場合ではない。

 地上も空中も関係なく、とにかく最強であるラゴンが、あろうことか物凄い速さで移動しているのだ。これはたまったものではない。


「流石に風属性のドラゴンなだけはありますわね」

「風に風は相性が悪いと思ったが、むしろ逆だったの。あの速さに対抗するには、こちらも速度があり、不可視の風魔法で対抗した方が良さそうじゃ」


 最強であるドラゴンの一種、素早いグリューンドラゴンと対峙しているわけだが、ディアナと師匠が、思い思いに気持ちや考えを吐露とろする。


 ドラゴンは俺達と適度な距離を保ち、且つ速いためになかなか攻撃が当たらなかった。いや、ただ当てるだけであれば可能だが、羽の付け根を狙い、羽根を使いものにならなくするとなると、一筋縄ではいかないのだ。


 そして、グリューンドラゴンは、自身の属性である風属性の魔法に耐性がある。そんな相手に対し、こちらは土魔法で作り出した質量のある石の槍で攻撃していたのだが、ドラゴンの生み出す小さな竜巻のようなもので進路を逸らされてしまい、思うような成果が出ていなかった。


「あたくしと村長で同時に左右から攻撃しますわ。そうすれば、ドラゴンは羽根を羽ばたかせてこちらの攻撃を消し去りにくるでしょ?」

「そこに俺が攻撃しろと?」

「賢い子は大好きよ」


 つやの乗った声でそう口にしたディアナは、こんな状況でも蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべている。

 そんなあでやかなディアナに見惚れそうになった俺は、彼女の瞳に、『ボクにできるかしら?』とでも言いた気な、嘲笑ちょうしょうが含まれているように感じた。

 一度そう感じてしまうと、最早そうとしか思えなくなってしまい、逆上した俺は、煽られるがままに「やってやるさ!」と答えてしまう。


 しかしその直後、俺はふと我に返る。

 今の会話は、流れ的にディアナの『大好きよ』に対して、俺は『やってやるさ!』と答えているのだ。

 それはまるで、クラスの女子に『一位になったらご褒美にチューしてあげる』と冗談で言われたのを真に受け、すっかりその気になって張り切る小学生男子のようだ、と気付いてしまい、少し恥ずかしくなってしまう俺であった。


「いきますわよ」


 だが、そんな俺の間抜けな感情を他所に、ディアナは師匠とタイミングを合わせて風魔法の攻撃を放った。

 すると、こちらが今までの土魔法攻撃から、風魔法に切り替えて攻撃をを放ったことで、意図せずドラゴンの意表をついた格好になっていたようだ。


 ドラゴンは先程までのように竜巻で返そうとしたのだろう。だが、何かを察したのか、ドラゴンは竜巻を出すのとは違う感じで一瞬だけ止まり、そしてすぐに動き出した。

 しかし、その動き出しが今までと比べると僅かに遅く、その時点でディアナ達の攻撃が直撃する。

 だが残念。この攻撃は、あくまで牽制として放たれていたので、威力が抑えられた魔法だったのだ。そのため、ダメージを与えるには至っていなかった。


 俺はドラゴンのそんな動きなど予想だにしていなかったので、それまでのドラゴンの動きを想定して、既に魔法を放っていた。しかも偏差撃ちで三発。

 だがその内の一発が、何故か大きく広げられていたドラゴンの口を裂いたのだ。


 何から何まで想定外であったが、流れは完全にこちらが有利なものであった。


 そして、そんな思わぬラッキーな出来事に、思わずキョトンとしてしまった俺だが、すぐに我に返り声を上げる。


「師匠、ディアナ、羽根を!」


 幸いにも、ドラゴンの両口角を切り裂いた俺の魔法は、思いの外ダメージを与えていたようだ。その証拠に、ドラゴンは暴れながらもグングン高度を落としていた。

 しかも、羽根を狙ってください、と言わんばかりに羽がよく見える状況なのだ。この機を逃してはならない。


 俺に言われるまでもなく、既に魔法を準備していた二人は、狙いを定めて砲撃を放つ。

 師匠の一撃は、ドラゴンの左羽根の付け根に当たる。が、少々弱い。

 その一瞬後、ディアナの一撃は左羽根の付け根の手前、背中の一部に当ってしまった。だが、そこの鱗は他より硬度が低かったのだろうか、しっかり亀裂が入っている。


 そんな二人の攻撃にワンテンポ遅れて俺も攻撃し、左羽根の付け根の少し上に当てた。いや、ただ当てただけではない。ミスリルの槍を介して作られた魔法陣から放たれた『風刃改』は、羽根の根本をえぐり、しっかり切り裂いていたのだ。

 だが勘違いしてはいけない。これは、俺の魔法が凄いのではないのだから。


 俺を含めた三人の攻撃は、それぞれ着弾地点が違っていた。だが、それでも似通った場所に当たっていたのは確かだ。先陣の二人がしっかりダメージを与えてくれたからこそ、この結果になったのだ……と、俺は思っている。


 おごってはダメだ。


 予定通り、寸分違わず羽根の付け根に当てた師匠の精度。

 少しずれても、背中の一部に亀裂を入れたディアナの威力。


 俺は、まだまだ二人に追いついていない。この結果は俺が出したんじゃない。最後に攻撃をしたのが俺だっただけだ。


「予定変更じゃ! そのままヤツの腹に攻撃するのじゃ!」


 俺が自分を律し、気を引き締めてる最中に、珍しく師匠が大声を出したので些か驚いたが、今はそれ程の好機なのだ、この機を逃してはならない。


 ドラゴンの腹は、一部が皮膚を丸出しにした状態で、鱗が無い。とはいえ、皮膚自体が非常に硬質だ、簡単に石槍が貫通するようなことはない。

 そして、僅かであっても弱点となり得る腹を、ドラゴンが簡単に攻撃させてくれるわけはなく、今までは敢えて狙っていなかったのだ。


 だが今は好機!


 俺は急いで『石槍』を作り、ドラゴンの腹へ目掛けて発射した。


 ――ギョワァアアアアアア


 切り裂かれた口角から血を流していたドラゴンは、『石槍』が直撃した直後、悲鳴とも取れる激しい咆哮をあげ、鎌首をもたげる。そして、その首を不規則に動かし始めた。


 鱗はなくとも硬質なドラゴンの腹。それ程深くはないだろうが、それでも石槍が突き刺さっているのがわかった。


 そんなドラゴンを目にした俺は、そこで直ぐ様ミスリルの槍の石突を地につけ、暴れる巨体が落下するであろう地点の硬度を高める。

 高高度からかなりの勢いで落ちてきているドラゴンが、硬度の上がった地面に激突すれば、それだけでも高ダメージとなるだろう。


 ――ドゥーーーーン


 激しい地鳴りと共に土煙を上げ、ドラゴンの身体が地面に打ち付けられた。

 俺はすぐに次の魔法に取り掛かる。先程とは逆に地面を柔らかくし、ドラゴンの重みを利用して地中に沈めるためだ。

 土煙が視界を遮っている所為で目視することはできていないが、同時発動している探索魔法を通して、ドラゴンが沈んでいっているであろうことは感じていた。


 ――グォワァオオオオォォォォー


 ドラゴンのひと鳴きを耳にすると同時に、視界の左側が急に開けた。

 どうやら、先程の声は鳴いたのではなく、風を放出したようだ。

 ドラゴンの首の向きがあらぬ方向を向いていたお陰で、こちらに被害が及ぶことはなかったが、それは結果論であり、もしかしたら危険な状況になっていた可能性もあった。


「アレの気はオレが引いてやるぜ」


 そう叫びながらモルトケが駆け出して行き、慌ててエルフィもその後に続いた。


 俺はドラゴンが左を向いていることがわかった時点で、意図的にドラゴンの右側――俺からすると奥側――が、より地中に沈むようにした。


「これでドラゴンの腹がこっちに向くはずです。師匠は首の拘束を! ディアナは腹に攻撃を!」


 ここからは予定通りなのですぐに指示を飛ばし、二人も即座に行動を起こしてくれた。


 師匠はドラゴンの首の下に円錐形の土の槍を作成し、それをドラゴンに突き刺していた。が、激しく動く首に上手く刺さらなかった。

 しかし、首を掠めた土槍は、強固な鱗を持つドラゴンを出血させていたのだ。


 ディアナは炎属性の火の矢……いや、炎のジャベリンを豪快に飛ばす。すると、その炎のジャベリンはしっかりドラゴンの腹に命中し、それなりの距離があるにも拘らず、何とも言えぬ焦げた匂いがこちらにまで漂ってきていた。


 その後、ある程度までドラゴンを地中に沈めた俺は、今度はその土を固める。

 だが、固めたまま他の作業に取り掛かると、暴れるドラゴンを逃しかねない。なので、攻撃に参加したい気持ちを抑え、俺は拘束することに専念した。

 そして、それだけに力を注いでいるだけあって、思ったよりもしっかりドラゴンを拘束できている。


 うぅ~ん、ドラゴンの抵抗が少ないのは、空中戦での攻撃がかなり効いているのか、それとも俺達が想定していたよりドラゴンの力量が低いのか? ……いやよそう、考えるのは結果が出てからだ。


 苦戦は予想していたが、予想より苦戦度合いが低いことで、都合の良い思考になりそうな自分に気付き、浮足立つ気持ちを鎮めた。



 それから暫し、ドラゴンが地上に落ちてからは、ほぼ予定通りに事は進んだ。

 途中で一度だけドラゴンのブレスがこちらへ飛んできたが、それは上手く躱せたので問題にはならず、結果的に一番のピンチがそれだったのは僥倖だ。


 最後の最後だけは、俺も攻撃に参加し、師匠の土槍で鱗の禿げていたドラゴンの首に近距離から風刃改を当て、それによりドラゴンの首と胴体は、ほぼ切り離されたに等しい状態となった。


 なんだか、俺が美味しいところだけ掻っ攫ったような感じだが、師匠は「ブリッツェンがドラゴンを仕留めた、という実績のための討伐だったのじゃ、何の問題もなかろう」と言ってくれたので、気にしないことにした。そして、『驕ってはいけない』と、再度自分に言い聞かせたのであった。


 俺達の戦闘中、非戦闘員のシュヴァーンとアンゲラは、適度に距離を保ち、予定通りしっかりと土魔法で壁を作り、何の問題もなく見学をしていた。

 一応、他の魔物が現れる危険性があったので、モルトケとエルフィがドラゴンの注意を引きつつも、交代でシュヴァーンの周辺の警護もしてくれていたのだ。


 その後は、皆でドラゴンの鱗や爪などの素材を剥ぎ取り、ざっくり傷を負っていた首を完全に切断する。せっかくなので、そのまま生首を持ち帰りたいと思い、入るか不安だったが魔道具袋もどきに入れてみた。すると、問題なく収納できたので、そのまま生首を持ち帰ることにした。


 素材を剥ぎ取った後は、物は試しとばかりにドラゴンの肉を焼いてみたところ、『これ以上美味い肉はない!』と断言できる味に、俺達は舌鼓を打った。

 実は、ディアナの攻撃で焼き焦げた匂いが漂ってきていたときから、『食べてみたいな』と思っていたのだが、そう思わせるのも納得。ドラゴンの肉は、最高級の黒毛和牛を上回る肉だったのだ。――想像だけど。


 馬鹿舌の俺でさえ、これ以上の肉はないと思ったのだ、食いしん坊のエルフィが大人しくしているはずもなかった。

 チラリとエルフィに目を向けると、聖女の仮面を脱ぎ捨てた食いしん坊は、思いっきり素の状態でウマウマしていた。だが、皆もドラゴン肉に夢中だったためだろうか、エルフィのポンコツっぷりが拡散することはなかった。……いや、気付いても、見て見ぬ振りをしてくれていたのかもしれないが……。


 とにもかくにも、ドラゴン戦は予想を覆す大勝利で以て、幕を降ろしたのであった。

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