第十話 会議に勤しむ

「ブリッツェンよ、村を出る時期を早められんか?」

「えっ? 俺としては、ここで魔法技術の向上に時間をかけたいのですが」


 話し合いである程度方向性が決まり、ひたすら修業に明け暮れている毎日。そんな日々を送っていたある日、唐突に師匠からそんな話があった。


 拙い知識しかない俺から魔法を教わった、姉やシェーンハイト達。彼女らに比べ、現在のシュヴァーンの成長速度は圧倒的だ。そんな現状を目にしてしまうと、この環境でみっちり学ばせたい、という気持ちになってしまい、王都に戻るギリギリまで滞在していよう、と俺は考えていたのだ。


「実はの、この山脈の向こう、……ブリッツェンの実家がある方なんじゃが、それを更に西に行くと、隣国であるレーツェル王国へと繋がる渓谷があるのじゃ」


 それは初耳だ。


 同盟関係にあるレーツェル王国と我が王国は、越えられない大きな山脈で隔てられている。そして、彼の国と唯一行き来ができるのは、我が王国の玄関口である、トリンドル侯爵領と繋がっている渓谷だけ……というのは、シュタルクシルト王国では誰もが知る常識だ。


「王弟はドラゴンを倒すか伏魔殿を平定して爵位を得ろ、と言っておるのじゃろ?」

「はい」

「であれば、西は渓谷の先に隣国、東は実家の領。その間にブリッツェンの領ができたらどうじゃ?」


 師匠の問に、俺は逡巡する。そして――


「国家間の交易……、この場合は貿易ですかね? まぁ、異国との交易で物品が王都に、王都からこちらにと動き、その際に父の領地を通過しますね」

「親孝行もできるの」


 なにこの爺さん。めっちゃ有能なんですけど!


「あそこは全面が伏魔殿に囲まれておるからの。平定後は、魔物が自分らの住む伏魔殿がなくなったと気付けば、本能で付近の伏魔殿へ行くか、勝手に滅びるであろう。どうじゃ、平定してしまわんか?」


 師匠は暗に、『残党狩りの必要はない』と言っているのだが、それと同時に『平定自体は難しくない』とも言っている。


「ですが、勝手に平定してしまうのは……」

「調査をしていたらボスに襲われ、対処していたらそのまま倒してしまった、とでも言えば良かろう」


 師匠って、色々考えて行動してる節があったけど、もしかして結果オーライなだけでイケイケな人なのかな? いや、逆か? 考えに考え抜いた結果、”勢い任せ”に思われる発言になってるのいるのかな?

 何にしても、その話にはちょっと興味があるぞ。


「ちなみに、ボスが何の魔物か、師匠は把握しているのですか?」

「ドラゴンじゃが」


 ん、俺の聞き間違えか?


「劣化竜のワイバーンではなく、竜種であるドラゴンですか?」

「そうじゃ。確か、風を操るグリューンドラゴンだったかの」


 師匠の言葉を真に受けられなかった俺は、あたかも疑うように再確認してみるも、この爺さんは、しれっとドラゴンの種別まで口にしたのだ。


 劣化竜を除く真のドラゴンは、各属性毎のドラゴン、古代竜と呼ばれるドラゴン、神龍と呼ばれる神に近い、もしくは、神そのものだと言われているドラゴンがいる。

 そして、そんな神龍に敵対すると言われ、邪龍扱いのドラゴンも存在し、ドラゴンだけでも実に様々な種類がいるのだ。もしかすると、知られていないだけで更に多くの種類がいる可能性すらある。

 それでいうと、風属性のグリューンドラゴンは、『ドラゴンの中でも最弱』と言えよう。


 アルトゥールが俺に退治をさせようとしていたドラゴンの格を、俺は彼に聞いていない。それは、どんなドラゴンであっても、”ドラゴンはドラゴン”と、俺が一緒くたに考えていたからだ。

 しかし、師匠の言葉どおりであれば、そのドラゴンは竜種でも最弱ということになる。ならば、最弱のドラゴンを倒して”ドラゴンスレイヤー”になっておく、というのは、全然”あり”な気がする。

 というのも、ドラゴンが仕留められた記録はどれもかなり昔のもので、一番新しい記録が既に百年以上も前のものだ。なので、最弱でも何でも、ドラゴンを倒すこと自体に意味ある。

 それを踏まえれば、格の不明なドラゴンより、最弱とわかっているドラゴンと戦うのが、賢い選択といえるだろう。


「ワイバーンは飛行していても、魔法を使えないので攻撃は近接でしたが、ドラゴンともなると、遠距離攻撃をしてきますよね。そうなると、こちらも上空に対して遠距離からの攻撃が必要では?」


 既にその気になってしまった俺の脳内は、戦闘方法など具体的な対策を考え始めていた。


「正攻法は、羽根を潰して地上に降ろすことじゃ。飛んでいるドラゴンを飛ばしたまま倒すのは厳しいからの」

「あぁ~、降ろしてしまえばなんとかなりそうですよね」


 ん?

 いや待てよ。……そもそも第一段階である、『羽根を潰して地上に降ろす』ってのが難しくないか? むしろ、それが最難関かもしれないぞ。


「そこで魔法術式じゃ。威力や命中精度を高め、少ない試行回数で撃ち落とすのじゃ」


 成る程、魔法陣にしっかりと意味があるとわかった今なら、苦手意識を持っていた放出魔法も、以前より苦もなく放てる。でも、それに伴って魔法制御も難しくなってるのもまた事実なんだよなぁ。


 ワイバーンの羽根を潰したあのとき、ワイバーンの背に乗り、直撃に近い距離で風刃改を撃ってやっと落とした。それを考えると、より強靭であろうドラゴンを、遠距離から狙い撃つのだ。

 それを考えると、術式も精度も、更に磨きを掛けなければならないだろう。


 そんな遣り取りの結果、当初は秋の終わり頃までじっくり修行を積む予定だったが、季節を一つ分早めて行動することとなった。


 ちなみに、師匠にしては些か事を急いているように感じたので、この提案をしてきた理由わけを聞いてみると――


『ブリッツェンに与えられた時間は僅か一年じゃ。その限られた時間で、ただ魔法技術を磨いて帰らせるだけでは面白くないからの。どうせなら、ドラゴンのべる伏魔殿を平定して、王弟に一泡吹かせてやりたいのじゃ』などと、冗談っぽく言っていた。……ように思えた。


 まぁ、師匠はいつも通り無表情だったから、本気で言ってた可能性もあるけどね。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 濃密な修業の日々はあっという間に過ぎ、俺達一行はグリューンドラゴンがボスとして君臨する伏魔殿へと入っていた。


 その伏魔殿は、師匠の事前調査のお陰で、皆の魔法の練習を兼ねながらボスの近くまで難なくこれた。現在は野営用に建てた仮拠点の中で会議に勤しんでいる。


「最終確認をするよ。まずは俺と師匠、それにディアナでドラゴンの羽根を潰す」


 師匠はそっと頷き、ディアナは妖艶な笑みで以て応える。


「モルトケと姉ちゃんは、とにかくドラゴンの注意を引いて」


 茶髪で少し長めのスポーツ刈りで、筋骨隆々なこのモルトケという男は、放出魔法が不得手な魔法使いではあるが、自己強化の魔法や剣に魔力を纏わせる技術がとにかく上手い。魔法剣士として戦えば、王国の騎士が数人束になっても勝てないであろう、と思えるほど強いのだ。

 そんな男をただの囮のような役目で使う作戦だが、モルトケは「任せろ!」と屈託なく笑ってくれた。


 ちなみにモルトケは、俺達が初めて魔法使いの村の領域に足を踏み入れた際、ディアナと一緒にいた戦士風のゴッツイ野郎だ。


 そんなモルトケと共に囮役をするエルフィは、俺と行動する際に何度も囮役をしており、かなり手慣れた役割なので、口にこそ出さなかったが、『任せなさい』とでも良いた気な顔で頷いていた。


 頼もしいぜ姉ちゃん。


「シュヴァーンは、ヨルクが起点となる土壁を作り始めたら、ミリィとマーヤも土魔法でその補佐を。そして三人は、自分達自身と姉さんを完全に守るんだ」


 ヨルクとミリィは緊張した表情で、マーヤはいつもの眠そうな表情で、三人がバラバラに頷く。


「姉さんとイルザは付与魔法を施した後、怪我人が出た場合に即対応できるように」


 雰囲気の似た二人は、どちらも優しい笑顔を湛えたまま、『任せて』とばかりに、同時に胸をい叩いていた。

 二人合わせて四つの果実がボヨンボヨンと揺れていたが、流石にこの状況で凝視するような間抜けなことはしない。だが、エルフィから凍て付くような視線が飛んできていたので、俺は無意識に目で追っていたのかもしれない……。


 軽く動揺してしまった俺だが、「コホン」咳払いをし、意識的にキリッとした表情を作る。


「以降は、俺と師匠がドラゴンを拘束してディアナが攻撃し、様子を見て攻撃人数を増やす。指示は状況に応じて出すけど、臨機応変に対応して欲しい。……これでいいかな?」


 参加者全員を見回して確認すると、皆が『それで良い』という表情をしており、非常に頼もしく思えた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 話は少し遡る。


 ドラゴン退治を決意してから、皆が好き勝手に行っていた練習を取り止め、こちらの指示する魔法を練習してもらうことにした。


 そもそも、シュヴァーンを連れて行くのは危険なので、当初は討伐メンバーに組み込んでいなかった。しかし、足手纏にならないように頑張るので、せめて現場には行かせて欲しい、と彼等に懇願されてしまったのだ。

 そこで、あくまで経験を積ませるために、ドラゴン戦には参加させないが、自分の身を守れるようになるのであれば連れて行く、と宣言し、彼等の内三人に適性がある土魔法を覚えさせることにした。


 なぜ土魔法なのかといえば、『何処にでもある土を使って即席の壁を作り、自分たちの身を守る』、それが第一目標だ。

 だがそれとは別に、平定後に行なう開拓で土魔法が非常に役立つ、という師匠の言葉もあり、彼等は土魔法一本に絞って技術を学んでもらった。


 そんなシュヴァーンの魔力制御は、正直言ってまだまだ甘い。

 それは、俺が初心者の頃に術式を知らず、基礎ばかり学んでいた結果、魔力制御が格段に上がっていたので、そう思ってしまうのだ。


 当時の俺を知っている師匠に言わせると、『あの頃のブリッツェンの方がどうかしている』とのことなので、当時の俺に比べるべきではないようだ……。


 それでも、シュヴァーンは最初から術式ありきで練習しているので、魔力制御の拙さを補うかのように、魔法の習得速度自体は目を瞠るものがある。なので、こちらに関しては当時の俺以上だ。

 だが、魔力制御というのは本当に重要で、いくら術式を使って魔法を行使しても、強度が足りなかったり維持ができなかったりと、魔法としては穴だらけである。

 そうなると、魔法が使い熟せる・・・・・俺と、魔法が使える・・・シュヴァーンとの差は、保有魔力素量を抜きにしても、まだまだ大きいのだ。


 唐突だが、魔術の聖属性と同じ意味を持つ、魔法の光属性での回復魔法は、聖属性の『聖なる癒やし』と同様に、『神様お願いします、どうか治してください』とお祈りすることで傷を治す。――ふざけた話だ。

 そして、魔術の聖属性には、『神の御加護』という、戦う者を守護する付与術がある。

 この付与術は、『神よ、彼等をお護りください』と願うことで、目に見えぬ防護膜のようなものが身体を包み込み、衝撃などを軽減してくれるのだと言う。――これまたふざけた話だ。


 だが、これを光魔法で行えることは、既にシェーンハイトが実証している。

 なので、より低魔力でより強力な防護膜が作れるよう、アンゲラとイルザは苦心していた。

 この辺りは、信仰心なのか魔力制御なのか、なにが重要なのか良くわかっていない。なので、誰一人としてアドバイスができる者がいなかったのだ。そのため、光属性に関する知識が殆どない、という裏事情があった。



 紆余曲折と言うほどではないが、シュヴァーンの皆を『戦力には足らんが、自分たちの身を守るくらいはできるじゃろう』と師匠が認めてくれたので、彼等の同行が決定したのだ。


 余談だが、魔法使い村の戦士を動員すれば余程戦力になる。

 そんな魔法使い村の住人にとって、俺達は師匠のお客さん的存在であり、『ドラゴンを倒して伏魔殿を平定する』ようなことを考えていると思われていない。

 村人は、下手に伏魔殿を平定して領地を広げるなどの野心はなく、変わらぬ平和な日常を望んでいるのだ。中には、代わり映えのない毎日に嫌気が差している者もいるにはいるようだが……。


 なので、まずは魔法使い村に迷惑をかけず、自分たちだけで事をなそうと思った次第である。

 一応、師匠は個人的な参加となっており、村人にどう説明したのか、俺はまったく知らない。そして、ディアナとモルトケは、シュヴァーンの師匠的な立場としての参加であり、これまた個人的な参加なのだと言う。


 シュヴァーンの参加が認められなければ、ディアナとモルトケはどんな理由を付けて参加したのだろうか、と気になったが、それを聞くのは野暮だろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 こうして準備は整い、いよいよドラゴンとの決戦と相成った。

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