閑話 魔法使い村にて

 今までは、主人公のブリッツェン視点ではない話を”閑話”としてきましたが、この話はブリッツェン視点です。

 第五章の序盤がほぼ出来上がってから書いた話で、少しだけ長いです。

 読まなくても差し支えないように書いていますが、軽いキャラ紹介的な感じになっておりますので、復習だと思っていただければ幸いです。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 師匠との話し合いが大筋で合意し、俺も含めた皆が魔法の鍛錬に励む日々を送り始めたある日――


「ふぉいあー」


 ポッ――


「どー?」

「どーって言われても……まぁ、良く頑張ってるな」


 突然ミリィに呼び止められた俺は、唐突に魔法を見させられた。


「えー、もっとこー『凄いなミリィ』みたいな反応はないのー」

「え、いや、……スゴイナミリィ」

「そんな心の篭ってない言葉を言われてもなー……」


 いや、だって、ビー玉みたいな炎を五十センチくらい飛ばしただけじゃん。いや、むしろ落としただけじゃん。それを大げさに褒めたら、逆にバカにしてるようだし……。


「村長がさー、昔のリーダーは放出魔法が苦手だったって言ってたからー、あーしが炎を飛ばしたの見たらビックリすると思ったのにー」

「放出魔法は苦手であっても、できなかったわけじゃないからなー。……まぁなんだ、ミリィが魔力を錬成できるようになってから今日までの日数を考えると、なかなかいい方なんじゃないかな」


 あの頃の俺は、属性魔法を知らなかった。なので、炎を飛ばすどころか、炎を発生させたことすらなかったのだ。だが、単に錬成した魔力を飛ばすだけであれば、今のミリィより断然遠くまで飛ばせていたので、五十センチでポトリと落ちた炎を見て『凄い』と思えないのは当然だ。


「リーダー」

「なに?」

「あーしは褒められて伸びる子なのー」

「へー」

「へーって何よー」


 黄色味がかったオレンジの瞳をいつも楽しそうに輝かせているミリィだが、今は捨てられた子犬のように、なんだかどんよりとした覇気のない瞳をしていた。


「あー、思い出した。昔の俺は属性魔法すら知らなかったから、炎を出せるようになったのは魔法を覚えてからかなり経った頃だったな。それを考えたら、ミリィの成長は凄く早いな。うん、凄いぞミリィ」

「えへへー、あーし凄い?」

「おう、凄いぞ」


 あれ、ミリィってこんな感じの子だったっけ? なんか面倒臭いぞ。

 これ以上絡まれるのもなんだし、早々に撤退しよう。


「じゃ、じゃあ、俺はちょっと忙しいから行くな。――そうだ、炎はもっと安全な場所で練習しろよ」

「ほーい」


 この場から逃れたい俺が足を動かすより早く、ミリィは赤味がかったオレンジのショートヘアーを靡かせ、軽やかなスキップで去っていった。


「あれ、リーダーじゃないっすか」


 ミリィに開放され、若干疲労を感じた身体で歩いていると、ヨルクに声をかけられた。


「おうヨルク。どーした?」

「実はっすねー」


 あっ! これメンドイやつだ。


「剣から炎を飛ばせるようになったんすよー。見てくださいっす」

「お、おう……」


 やっぱりな。


 予感は的中であり、俺はヨルクに連れられて近くの空き地にきていた。


「そりゃーっす」


 ブホッ――


 ミリィのしょっぱいビー玉よりはマシだな。

 でもヨルクよ、それは剣に炎を纏わせてるだけで、炎を”飛ばした”とは言えないぞ。パッと見だと飛んでるように見えるそれは、残念ながら残像だ。残像ってことは、炎は飛んでない。むしろ、剣の速度に炎が置いていかれてるんだぞ。


「どーっすか?」

「うん、覚えたてにしてはいいんじゃない……かな?」

「そーっすか」

「お、おう……」


 後ろで結っている赤茶色の長い髪を撫でながら、自信満々なヨルク。


 そんな顔を見せられたら、ダメ出しはできないよな。まぁ、ミリィの例もあるし、ここは褒めておこうか。


「このまま鍛錬を欠かさなければ、もっと飛ばせるようになるだろうから、これからも頑張れよ」

「了解っす」


 普段から根拠のない自信に溢れた茶色の瞳を、俺の言葉でいつも以上にみなぎらせたヨルクは、「時代がやっと自分に追いついてきたっす」とかいう、訳の分からない言葉を発しながら去っていった。


「今日は何なんだろーな。――それより早く師匠の所にいかないと、って……」


 嫌な予感……とまでは言わないが、『もしかして』と思っていた予感が的中した。


「マーヤも俺に魔法を見せたかったりするのかな?」

「ん」


 焦げ茶色の瞳を収める眠そうなジト目が、今日に限ってギラついている……などということはなく、いつもどおり眠たそうなまま俺を見つめてきた。


「で、マーヤは何を見せてくれるの……って、弓を使うの?」


 コクリと頷いたマーヤは、左手に持った弓に矢を宛てがった。


「見てて」


 そう言うと、マーヤはほぼ真上に矢を放った。すると、放たれた矢が炎を纏っているではないか。


 ふむふむ。魔力そのものを飛ばすわけではなく、矢に炎を纏わせているから、アンゲラ姉さんが風魔法で矢を操るのと同じ感じか? それがマーヤだと炎魔法だから、矢が炎を纏って飛んでるんだろうな。


 風属性に適性のあるアンゲラだが、放出魔法が苦手な俺に魔法を習った所為か、風そのものを飛ばすことはなかなかできなかった。その結果なのかどうかは不明だが、弓から放たれた矢を風で操る魔法を編み出し、風属性の魔法では一番得意としているのだ。

 マーヤが炎そのもを飛ばすのが苦手化どうかはわからないが、普段使用している弓矢を利用して魔法として昇華しているのは良いことだと思う。

 しかし、地面に落ちてきた矢は、既に煤けてボロボロになっていたので、現状では実戦に使えないだろう。


「元々消耗品である矢なのに、目標に到達する前に燃え尽きちゃうのはダメだろう」

「これでも、少しは、長持ちするように、なった」


 一応、火力調整的なことはしてるのか。

 なんとか、燃えにくそうな素材の矢を用意してあげたい気もするけど、そもそも矢なんて使い捨てみたいなものだからな。仮にミスリルとかの素材があっても、矢にするのは勿体無いし……。


 そう考えると、アンゲラと矢の相性は良かったのだと思い知らされた。


 首の後で二つ結びにされた栗色の髪が、なんとも元気なさ気に小さく揺れるマーヤと別れ、俺は今度こそ、と師匠の許へ向かおうとしたのだが、見知った気配が物凄い勢いで近付いてきた。


「どーよブリッツェン」


 急停止したことで、サラッと流れる銀色の長い髪。

 そんな美しい銀髪にサッと手櫛を入れ、これでもかと云わんばかりに無い胸を張り、ネイビーブルーの瞳をキラッキラに輝かせ、全力でドヤる美しき女性が問うてきた。


 言わずと知れた、我が姉エルフィである。


「どーよって言われても」

「あたし、以前より速くなったと思わない?」

「まぁ、確かに速いけど……」


 エルフィが移動を高速化させる為に編み出した『風砲移速』だが、魔法使い村でも同じような魔法は存在していた。しかし、それは原理が全く逆なのだ。

 エルフィは、自分の背に風を当てて押し出すように加速して前進するのだが、この村では足の裏から風を噴出して飛び跳ねるように前進している。

 これは、どちらが優れているかの問題ではない。ただ、併用できる事実があるだけだ。

 そうなると、スピード狂のエルフィが大人しくしているはずもなく、この村の技法を吸収し、『風砲移速』と併用すべく鍛錬を積んでいたのだ。


 足の裏から風を噴出し、その勢いで飛び出した瞬間に自身の背に風を放ち加速する。それを繰り返すことで、ただでさえ速かったエルフィの移動速度は、本気で目に見えない速度になっていた。

 しかも、あまりの速さで”呼吸ができない”という問題に直面したのだが、身体の前面に膜を張り風圧を減らす、ということにも成功しているのだから驚きだ。

 しかしそれは、風魔法の付与されたローブを参考にしたので、完全なるエルフィのオリジナル魔法とは言い難い。が、それでも凄いことに変わりはない。


「姉ちゃんって、風魔法を速度に活かすことにかけては誰より突き詰めてるから、何か本当に凄いことになってるよね」

「あたし、神官や冒険者の職を失っても、伝令としてやっていけるわよね」


 この王国で最速の伝令係になれると思うよ、と思っても、エルフィにそんなことになって欲しくないので、その言葉を口に出すことはなかった。


「そうそう、ちょっと問題があるのよ」


 唐突にエルフィがそんなことを言ってきた。


「魔力の消費が激しいとか?」

「それもあるわね。だけれど、それとは別問題なの」

「なんだろ?」

「レイピアの強度よ」


 あー、レイピアは元々この世界にはない突きに特化した細剣だからな。ただでさえ強度面では心許なかったのに、速度が上がった分だけ単純に威力も上がったけど、同様にレイピアにかかる負担も大きくなる……って考えであってるのかな?


「それと、あたし自身にも衝撃が跳ね返ってきている気がするのよ」


 それもレイピアと同じか? 突進力が上がったから、それに伴って衝撃が大きくなっている……とかでいいのかな?

 この辺りの問題が数学的なのか物理や科学的な考えなのか、それすらも学の無い俺にはわからないから、当然解決方法なんてわからないんだよな。


 う~ん、レイピアが突き刺さる瞬間に抵抗があって、速度が増すとその抵抗も大きくなってるんじゃないのかな? いや、逆か? マジでわからん。

 要するに、抵抗もなくスッと獲物に吸い込まれるようにレイピアが刺されば問題ないない……ってことか? そうなると突き刺す角度とかか? 知らんけど。


 一応、憶測だと前置きした上でエルフィに伝えると、「切れ味抜群のレイピアを作るしかないわね」と意気込んでいた。

 俺の言ったことが正しいかどうかは置いといて、少しでも良いレイピアができることを、陰ながら祈っておこう。


 さて、だいぶ道草を食ってしまったけど、やっと目的地の村長宅が見えてきたぞ。


 魔法使い村は、土魔法で土を岩や石にする魔法が多用されている。その結果、様々な石造りの建築物が立ち並んでいるのだ。

 集会所も兼ねている師匠の家も、ご多分に漏れずその魔法で造られたのだろう、村で一番大きな建物となっており、非常に目立つ。


 そんな建築物同様、足元には綺麗な石畳があちらこちへと伸びている。

 その石畳を、靴底でコツコツと小気味良い音を奏でながら歩くのは、とても心が落ち着き、非常に気分が良い。


 足元で繰り広げられる演奏会に気分を良くした俺の視界には、適度に植えられた灌木が映し出されている。

 その情景は、街の中にあっても自然を感じさてくれるものだ。


 そんな魔法使い村は、実に緻密で洗練されており、そこいらの田舎領地の町より立派な造りとなっている。

 魔法使いの”村”という響きが田舎臭さを感じさせるが、農業地などを除いた街だけを見れば、もはや”都市”と言っても差し支えないだろう。


「あら、ブリッツェン。なんだか疲れた顔をしているわね」


 師匠の家を視認し、軽く気が緩んでいたところでお声がかかった。


「ね、姉さん」

「リーダーわぁ~、どぉして怯えた表情をしているのですかぁ~?」

「イルザ……」


 目的地まであと一歩というところで、俺をダメにする最強の二人が現れたのだ。


 一人は、軽く波打つ艶やかなブロンドの髪。その錦糸のような金色の輝きは、背の中ほどまであり、編み込みなどしていないのにとても優雅で気品がある。そして、その神々しいまでの輝きに負けない美貌を持つ女性。


 もう一人は、濃いめで明るい青の小さなリボンで毛先を結ばれた三つ編み。編み込まれたのは淡い水色で透き通るような美しい髪。その髪を結うリボンを、豊かに膨らむ胸部装甲の上で踊らせる少女。


『金の聖女』であるアンゲラと、『水の聖女』であるイルザだ。


 アンゲラとイルザは非常に雰囲気が似ており、今では二人が本当の姉妹なのではないか、と思える程に仲が良く、最近では常に二人で行動している。

『銀の聖女』であるエルフィが一緒に行動していないのは、別に不仲なのではなく、目指しているものが違うので一緒に行動できないのだ。――物理的に。


「お疲れ気味のブリッツェンに、丁度良い魔法があるわよ」

「ディアナさんに教わったのですぅ~」


 両肘で胸部装甲を挟み込み、その前でワキワキと手を動かすイルザだが、悪戯っ子的な仕草とは裏腹に、表情は慈しむような笑みを浮かべている。

 柔らかな表情を象徴する目尻の下がった目にはめ込まれた空色の瞳。その瞳を煌めかせるイルザを見つめるアンゲラもまた、サファイアブルーの瞳をしまい込んで目尻を下げ、いつになく楽しそうだが、やはり『聖女』と呼ばれるに相応しい表情だ。


 そしてそれは、非常に幸せな予感がするのだが、『その幸せを味わってはいけない』と心の警笛が鳴り響いた。


「姉さん、イルザ。急いで師匠の所に行く用事があるから、その魔法はまたの機会にしてもらえないかな?」

「そんな疲れた表情をしているのだから、きっと身体も弱っているわ。そのような身体では大切なお話しもできないでしょうから、しっかり疲れを抜いてからの方がいいわね」

「リーダー、すぐに楽にしてあげますよぉ~」


 うん、この慈愛に満ちた聖母の如く全てを包み込むような笑みを湛えた二人に、ここまで誘われてしまったら、いくら鋼の精神力を持つと評判――そんな評判聞いたことが無い――の俺でもあらがえないよ。それこそ、美人局つつもたせだと聞かされれていても、ホイホイついて行っちゃう自信があるね。


 俺は美人が好きだ。だが、それ以上に可愛い系の女性が好きなのだ。それも、優しく柔らかい笑顔の癒し系が大好物なのだ。

 パッチリお目々ながらも、目尻がへろっと垂れた聖母が見せてくれる笑顔とか、幸せ過ぎて逆に殺されかねない。それこそ麻薬のようなものだ。


 そんな俺好みの二人が俺の疲れを取り除いてくれると言うのなら、この際しっかり癒やしてもらうしかないでしょう!



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 天国は地上に存在していた。


 姉さんとイルザのサービス……じゃなくて施術はひじょぉ~に素晴らしかった!


 だがしかし、これは少々刺激が強過ぎるので、これからは”俺以外にやってはいけない”と二人にはしっかり釘を刺しておいた。――別に他意はない。


 それにしても、水魔法にこんな使い方があったとは……うん、魔法は奥が深いね。


 いや、決してやましい行為ではない。だから、疲れはすっかり抜けたんだけど、男性として抜いておきたいアレが抜けてないどころかむしろ逆で、凄く悶々として、これから大事な話し合いをするのに非常に都合が悪いんだよ。


 疲れを取り除いてもらったはずが、何故かよちよち歩きになってしまった俺だが、どうにか村長邸に辿り着く。そして、『少し下腹部の具合が悪い』と師匠に伝え、いの一番にかわやへ飛び込む。


「遅いぞブリッツェン……、ん? お主、やけにスッキリした顔付きをしておるのぉ。そんなに便を我慢しておったのか?」

「いや、気にしないでください……」


 こんな感じで、皆が魔法使い村での修業を頑張っている。

 俺も普段は師匠から色々と学んでいるのだが、今日のように自主トレをした後に、師匠との話し合いをすることもある。


 いや、話し合いはこれからするんだけど、今日はちょっと頭が働かなさそうだし、感触・・を忘れたくないから、軽い話に切り替えてもらおう……。

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