第九話 村の長

 やっぱ、姉さんとイルザの”二人きり”の絵面は最高だな、などと思ってニヤけていた俺が、重い腰を上げて名残惜しくもその場を離れよう、と振り向いた先に……!


「随分と楽しそう……というより、幸せそうな表情をしているけれど、何か良いことでもあったのかしら?」

「いや……、あの……、別に……」


 笑顔だが全く笑っていない瞳に、ピクピクと浮き出るこめかみの血管。それさえなければスーパー美少女である彼女が、なぜそのような表情をしているのか、皆目見当もつかな……くない俺は、しどろもどろに答えた。


「へぇー」

「な、何か用かな、ね……お姉ちゃん・・・・・?」


 俺は精一杯の笑みを顔面にベットリ貼り付け、滅多に出さない必殺技である『お姉ちゃん』呼びをしてみる。


「別に」ツン!

「あ、あぅ……」


 必殺技の『お姉ちゃん』呼びも功を奏さず、その後は何故かわからない――いや、わかっている――が、俺はお姉ちゃん・・・・・の機嫌を取りつつ、下僕のような状態で一日を過ごした。


 そんなあの日から数日、以外にも……というのは失礼かもしれないが、半眼でのんびり屋さんなマーヤが、他の二人に先んじて魔力錬成に成功した。しかもこの半眼娘は、そうそういない四大属性全てに適性があったのだ。

 これは、雰囲気の似ているエドワルダと共通する部分で、半眼で言葉数が少ない人はそのような特徴がある、と勝手に決めつけてみた。


「師匠の話だと、四属性全てに適性があるのってかなり稀だったはずだけど……。あれ、四属性と光や闇の五属性持ちが珍しいんだっけ? ――まぁ、仲間に多属性適性者がいることは良いことだし、素直に喜ぼう」


 俺のお気楽主義は相変わらずである。


 それから暫く後、ミリィ、ヨルクも遅らばせながら……というより、無事に魔力錬成に成功し、なんとかシュヴァーンの全員が魔法使いになってくれた。これで、『生きてこの村からは出さん!』などの惨劇展開は回避できる……はずだ。


 なお、ミリィは炎・風・土の三属性、ヨルクは炎と土の二属性の適性があり、本来は一番多いはずの一属性しか適性のない者が、なんとシュヴァーンにはいなかったのである。


 ただ、多属性に適性があっても、それが優れた魔法使いの証ではない。

 エルフィは風属性しか適性がない――厳密には光属性の適性がるので二属性適性者――が、風属性を徹底的に極めているので、魔法使いの実力としてはかなりのものだ。

 逆に、四属性の適性があり、エルフィに”才能の塊”と呼ばれたエドワルダは、風属性こそエルフィに追いつきそうなくらい使えるが、他の三属性は生活魔法程度にしか使えない。


 選択肢が多くあるということは、一つのことに費やす時間が短くなる。

 なので、適性が多いことが必ずしも良いことではないので、皆には自分に合った属性を伸ばしてもらうことにした。

 とはいえ、扱ってみないと自分に合っているかどうかわからないので、まずは色々と試してもらう他ない。


 そんな感じでシュヴァーンの皆が四苦八苦している頃、俺は順調に術式をマスターしていた。

 そして、魔法の鍛錬とは別に、師匠と大事な話し合いもしている。

 それは、魔法使いの村にきてすぐの俺に、『これ以上魔法を一般人に教えるな』と言った直後に、『ブリッツェンなら全員が魔法使いを目指せる状況が作れる』と言った師匠の真意が読めなかったことにも関係する。

 だが今回は、師匠の考えを読もうとするのは抜きにして、『俺の目指す方向性について意見を述べ、それについて師匠の意見を聞きたい』、そう思ったことを問答するのだ。


「魔法使いが大手を振って生きていける世の中にできる機会があれば、師匠はその機会にどうにかしたいと思いますか?」

「突飛な話しじゃの。その機会にもよるが、よほどでもない限り、儂は今のままで良いと思っておる」


 まぁ、今の魔法使い村を見れば、住人は現状に満足しているようだし、普通に幸せそうだ。無理に一般社会に溶け込む必要はなさそうだもんな。でも……。


「俺の我が儘だと重々承知なのですが、俺としては、魔法使いが一般社会で胸を張って『自分は魔法使いだ』と言えるようにしたいのです。そして、そうできるかもしれない環境に俺はいます」


 そう口にした俺は、チラッと師匠の表情を確認する。


「聞くくらいなら構わん。その環境とやらを話してみよ」


 毎度ながら無表情の師匠にそう言われた俺は、王女誘拐事件からアルトゥールの庇護下にある現在までの話を、誇張なしで語り聞かせた。

 そして、魔法使いが”劣った者”と言われていることについて、魔法使いが権力者、特に魔術を学べる・・・・・・環境下にある貴族などにとって、好ましくないゆえの方便であるかもしれない、という持論を告げる。

 また、権力者からすると魔法使いが駒になってしまう危険性などなど、他にも考え得る可能性も合わせて伝えたのだ。


「ふむ。ブリッツェンが王弟の庇護下にあるのは、お前さんの言うとおり駒として利用価値があるからじゃろう」

「自分でもそうだろうと思いつつ、自己判断だけで断定するのは良くないと思っていたのですが……。やはりそうですよね」

「うむ。それと、ブリッツェンの持論自体も、大凡当たっているのではないかの。儂も同じように考えておる」


 今まで誰にも相談できなかった自分の立ち位置などについて、同じ魔法使いである師匠に聞いてもらい、それに同意してもらえたのは素直に嬉しかった。


「であればこそ、わざわざ自ら駒になるような選択肢を選びたいとは思わんが」

「自分達が利用されていることに気付いていないのであれば、それはただの駒かもしれません。ですが、俺を駒にしている人は王弟です。そして、その娘である公爵令嬢は俺の魔法の弟子です」


 チラリと反応を伺うと、師匠は『続けよ』と言わんばかりに顎をしゃくり上げる。


「俺は権力者の近くにいて、自分が利用されている事実を知っています。それって、裏を返せば『権力を使える場所にいる』と言えませんか?」


 虎の威を借る狐みたいで、話している内容自体は少々格好悪いが、上手くやれば権力を使って魔法使いを増やしたり、魔法使いが嫌悪されない世の中にする手段があることは確かだ。

 ただ、現状すぐにすぐ、というわけにはいかない。それでも、そんな世界にできるチャンスがあるのもまた事実だ。


「ブリッツェンが言わんとすることは儂もわかる」

「では――」

「じゃがの、そうなる可能性は現状ではかなり低い」

「それはわかっています。ですが、その下地を作って何れは――」

「何を焦っておる」


 焦っている? 誰が? 俺か? そんな、焦っているつもりは無いんだが……。


「ブリッツェンよ、この村には代々ここで命を繋いできた一族の者もいれば、儂がブリッツェンを見付けたように、たまたま外で見付けた魔法使いもいるのじゃ。わざわざ今の生活を捨ててまで外の連中と仲良くなろう、などと思っている者は殆どおらん」


 師匠の旅は、やはり魔法使いを探していたのか。それも保護の目的で。……いや、今それはどうでもよいことだ。


「そして儂は、この村のおさじゃ。村民が幸せであることを一番に望んでおる」

「村長としたら当然の判断ですよね……」

「それでも、儂はブリッツェンという人間を好いておる。村の長ではなく、一個人のエルンストンとしては、ブリッツェンがどうなるのかを見守りたい気持ちはある」


 ウホッ! 師匠の名前はエルンストンって言うのか。初めて知ったな。


「でじゃ、この村の存在を明かさず、たまたま再会した”魔法の師匠”としてなら、王弟と会うのは構わん。――あくまで、儂個人としての行動じゃ」


 師匠の口から飛び出してきた予想外過ぎる言葉に、数瞬であるが反応出来ずに、俺は見事に固まってしまった。


「……え? 良いのですか?」

「儂もそろそろ良い年じゃ。村のことは若い者に任せて、ブリッツェンがやろうとしていることを個人的に身見守りるくらいの道楽、可愛い気のある我が儘じゃろ?」


 師匠の実年齢は知らないが、確かにヨボヨボで、申し訳ないがいつ亡くなってもおかしくないように見える。それなら、最後に我が儘を言っても、許される気がしなくもない。


「ですが、魔法使いとして紹介するのですから、師匠も監視されたり、何らかの見えない枷をはめられる可能性もありますよ?」

「ブリッツェンが王弟に従っているのは、家族に迷惑をかけんためじゃろ? 仮に、ブリッツェンが天涯孤独の身であったなら、お前さんはどうしておった?」


 俺なら……、迷惑のかかってしまうメルケル家という存在が無ければ、何も気にせず、それこそ王女誘拐の容疑者になった時点で逃げ出していただろう。

 家族は大切であるが、俺が魔法という秘密を抱えている以上、足枷や弱味になっているのは事実だ。その弱味がないのであれば、俺は自由気ままに生きるだろう。


「魔法使いを束ねる村長ではなく、一個人である師匠ならいつでも逃げ出せる……、ということですか?」

「そういうことじゃ」


 この世界で家族の温かさを知ったが、魔法のことを考えると天涯孤独が良かった、などと、恐ろしいことを思ってしまった。


 ダメだダメだ! あの家族がいたからこそ、俺はこの世界での生活を謳歌できているんだ。メルケルの家族がいても、俺はそれを枷と思わず頑張るしか無い。いや、頑張ってどうにかしてやる! 実際に今まで何とかなったんだ、これからも何とかなるさ。


「それと、これは前もって言っておく」

「何でしょう?」

「儂は、王弟の命令は聞かん」

「それは、俺からは強制できませんから……」

「じゃが、ブリッツェンの頼みなら聞くぞ」


 それってあれか、主君の命令は聞くが、主君の主君とは直接の主従関係がないから、命令を聞く義務がないってヤツみたいなもんか?

 でもシュタルクシルト王国は、『領民は領民である前に王国民だ』って国だから、王国からの言葉が領主の言葉より上にくるんだよな。まぁ、領主をないがしろにした国からの命令なんて、実際は殆どないらしいけど。

 それはそうと、上位中の上位である王弟の命令を聞かないってのは拙いよな……って、師匠は自分が王国民でもない、ってことを言いたいのか?!


「王弟から命令が下り、それを俺から師匠にお願いしたら、師匠は手伝ってくれるのですか?」

「うむ。儂はブリッツェンの行動に興味がある。とはいえ、ただ見ているだけはつまらんからの、お前さんの頼みであれば力を貸すのじゃ。――そもそも儂は王国民ですらないからの」


 やはり、自分が王国民ではないことを意味してたのか。

 それでも、俺の頼み事を聞いて行動するってことは、実質、アルトゥール様からの任務を請け負うことになるけど、師匠に対する命令の出何処が俺であれば問題ないのかな?

 まぁ、師匠は自分で王国民ではないと言っているくらいだ、俺を手伝った結果がどうであれ、王国からの命令・・・・・・・ではなく、俺からのお願い・・・・・・・であることが重要なんだろうな。


 そういえば、師匠も何処かのペッタン娘と同じで、”ツンデレ”だったのを忘れてたよ。


「取り敢えず、儂も少し考えを纏めたい。続きはまた明日で構わんか?」

「はい。ありがとうございました。また明日、よろしくお願いします」


 予定と違う形ではあったが、師匠が乗り気そうだったのは嬉しい誤算で、俺にとっては僥倖であった。後は、『今後の舵取りを間違わないようにしよう』、そう心に誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る