第八話 魔法陣

「如何でしょうか?」

「しっかり鍛錬を行なっていたようじゃな」


 久しぶりの師匠との再会で、日々の鍛錬が正しかったのか気になった俺は、これまでの修行の成果を師匠に披露した。


「しかし、相変わらず放出系は苦手か?」

「苦手なのもありますが、魔法を気取られないようにしようと思うと、どうしても派手な放出系の鍛錬が後回しになってしまいまして……」


 苦手を苦手なまま放置していたつもりはないが、どうしても後回しになってしまい、そこを師匠に指摘された俺は、つい言い訳をしてしまった。


「ブリッツェンの場合、魔術と偽って魔法陣を使用しても、魔術が使えないことを知っておる者には言い訳ができんからの」

「はい。一応年月を掛け、それっぽい魔法陣を創り出せたのですが、師匠の言うとおり魔術が使えないことを知られている場では、結局それも無駄になってしまうので」


 かなりの時間を費やして創った”なんちゃって魔法陣”だが、先の理由により活用できていないのだ。


「それっぽい魔法陣? なぜ普通に魔法陣を使わんのだ?」

「ん? 師匠の仰る”普通に魔法陣を使う”という言葉の意味が理解できません」


 すると、一瞬だけ驚いた顔をした師匠が、さっといつもの無表情になり解説してくれた。


 魔法陣とは、魔法使い達が各々の魔法を他人に教える際、教えられた方がその魔法を体験できるように術式化されものだ。それが決められた文言、即ち詠唱によって発動する共通魔法である。

 しかし、その術式自体が高度な魔法であり、当初はなかなか知れ渡らなかった。

 それが時を経るにつれ研究・開発され、多くの魔法使いも術式が使えるまでに知れ渡る。その際、術式に手を加えることで、魔法陣自体が魔法強化の一端を担うようにもなった。


 それこそが、”普通に魔法陣を使う”際に使用する魔法陣であると。


 それはそうと、なぜ解析できない部分があるのかというと、いつの世、いつの時代でも、『自分が一番』という気持ちを持つ者は存在する。

 そうすると、「今回の魔法はこんな感じだよ」と詠唱文を教える。だが、肝心要の部分は難しくしてあり、創り出した本人だけが発動できるように仕組んである。


 要は、『凄い』と言われたいのだが、その凄いと言われるを魔法を、誰もが使えるようにはしたくない。そこで、本当に『凄い』魔法の部分は自分が扱って見せてあげるだけ。皆に教えるのは劣化魔法。それも、肝となる部分は念入りに小細工して、わざと難しくする手の込みようだ。

 それは他の技術者や開発者も同じで、基本は皆で共有しつつ、肝は独自の構成としてある。

 そうして、『誰もが認識できる術式』と『作った者だけが認識できる術式』が出来上がってしまった。

 その結果として、『魔道具袋作成魔法』のように、”ある程度は使えるが完全な状態ではない”詠唱文だけが伝わっている。


 オリジナルの魔道具袋は、作成者だけではなく誰でも使用できるが、『魔道具袋作成魔法』で作られた魔道具袋は、作成者本人しか使用できない。といった具合だ。

 そしてそれは、『不完全ではあるがそれなりに使える魔法』として受け継がれ、現在では共通魔法となっているのである。


 閑話休題。


「ええとー、”普通に魔法陣を使う”の意味がまだわからないのですが……」

「なぜわからんのじゃ? 魔法陣は魔法の効果を高め、時には複数発動させ、魔法の同時多重発動の際の発射台になるんじゃぞ」


 それは確かに凄いのだが、俺はそれを”普通に魔法陣を使う”ということと直結できないでいた。


「――! そうか、ブリッツェンは術式そのものを知らんのか?!」

「はい……」

「おぉ~、そうじゃった、幼いブリッツェンには自由な発想で魔法を創り上げてもらおうと、敢えて術式を教えていなかったのを失念しておった」


 成る程。師匠は俺が術式を知っているていで説明していたのか。


 そこからは、過去に師匠から貰った木簡に書かれていた共通魔法などを教材に、術式に付いての講義が始まった。


「――ということじゃ」

「やっとわかりました」


 独自で解析してもわからなかった部分も、説明して貰うとすぐに理解できた。


 術式とは、日本人的に言うと漢字だ。

 例えば、『木』は二つ並べると『林』になり、三つ集めれば『森』なる。これは『木が複数あるってことだから……はやしか? それなら、木が沢山のこれは……もりだな!』と比較的わかり易い。

 だが、『木』と『黄』で『横』となると、『木が黄色になるってことだから……おうどいろ・・・・・か?』などと間違った解釈をしてしまい、よこを意味していることには考えが行き着かない。

 この様に、単独ではわかり易い記号を複数集めて一つのオリジナル記号として、それを更に複数羅列して……と進化し、作成者以外には意味不明な記号が並ぶ。

 それこそが、”魔法術式”なのだ。


 ちなみに、式を元に作られたのが、言わずと知れた魔術・・である。


「では、”魔道具袋作成”のこの部分が解析できないので、未だに共通魔法でしか魔道具袋が作れないのですね」


 俺は木簡の一部を指差し、師匠に尋ねる。


「そうじゃ。他にも解析不能な魔法はいくつもある。じゃが、必ずしもそれを解析する必要は無い。解析できれば確かに楽であるが、できないのであれば理解している部分を追求・改良し、自身で創り上げればよいのじゃ」


 そう言えば、師匠との別れの際にそんなことを言われたな。あのときに術式について教えて貰っていれば、もしかしたら独自に魔道具袋を創り上げていたかも……って、タラレバを言っても仕方ないな。

 あの頃の俺に、師匠は魔法について色々と教えてくれた。それだけでも、独自で魔法について知るより、遥かに短時間で俺は知識を得たんじゃないか。

 感謝こそすれ、術式を教えてくれなかったことを非難するのはお門違いだ。


「どうじゃ、この『鎌鼬かまいたち』をブリッツェンの数少ない放出魔法に置き換えて発動できそうか?」

「数少ないとかわざわざ言わないでくださいよ」

「それはすまんの」


 懐かしいな。師匠の、無表情なまま俺をからかうこの感じ。


「今日中になんとかしてみます」

「焦らずとも良いのじゃぞ」

「焦っているのではなく、どうにかしてみたいのです」


 そんな遣り取りをしている俺と師匠を他所に、シュヴァーンの皆はローブの女から魔法の手解きを受けている。


 シュヴァーンの四名には、皆の置かれている状況などを説明し、場合によっては奴属契約にも似た契約を行なわなくてはならないことも伝え、俺は深々と頭を下げて謝罪した。

 そんな俺の姿に面食らった四名は、慌てて俺に頭を上げるように言ってきたので、そこは素直に従い頭を上げたのだが、むしろ『魔法とは何ぞや』と、魔法に興味津々だったので、いきなり魔法の説明をする羽目になった。


 最初こそポカーン状態だった四名だが、俺の強さの秘訣が魔法であるとわかると、自分達も身に付けたいと目を輝かせ、魔法が使えるのであれば契約でもなんでもする、と言い出した。

 しかし、魔法は誰にでも使える可能性はあるが、絶対に使えると断言できないことと、魔法が覚えられなくても情報の秘匿のために契約が必要なことを改めて伝えたが、それでも覚えたい、と強い決意で言い寄ってきたのだ。


 そんなシュヴァーンを指導するローブの女は、村一番の魔力を持ち、多彩な魔法が使える大魔法使いで、俺達が村の領域に入ったときに攻撃してきたあの女性だ。


 その女性は、名を『ディアナ』と言う。


 初対面時のディアナは、ローブを目深まぶかに被って全身を覆っていたのでよくわからなかったが、腰の辺りまで無造作に伸ばされた、一見すると黒に見える深い紫色の長髪の持ち主だった。

 そして、髪色と同様に瞳の色も深い紫色であり、切れ長な目元に黒子ほくろがあるのだが、その泣き黒子が妖艶さを醸し出している、とても綺麗なお姉さんなのだ。


 ついでにいうと、漆黒のローブに包まれてた身体は豊満……といっても、無駄な肉などなく、出る所は出て引っ込むべき所は引っ込んだ、所謂いわゆるナイスボディーで、男性の目を引く蠱惑的で抱き心地抜群――勝手なイメージ――な女性である。


 そんなディアナを前に、ヨルクは集中力を欠いており、ミリィから激しく叱責されていた。


 こうして、魔法使いの村にやってきてから、俺達は当たり前のように日々鍛錬を積んでいる。そして、俺達は村民から腫れ物扱いされるでもなく、普通に馴染んでいるのだ。

 師匠が村民に対し、俺達の存在をどのように説明をしたのか不明だが、『何の隠し立ても必要ない。普通に暮らすがよかろう』と言われていたので、お言葉に甘えていた。

 それでも、無闇にこちらの話はせず、聞かれたら答えるに留めている。


 師匠は『隠し立てしなくてよい』と言ってくれていたが、気付かぬ間に地雷を踏まないよう、俺や姉達は多少気を遣っている……のだが、シュヴァーンの皆は、師匠の言葉を鵜呑みにしているのだろう、本当に何も隠さず喋っていた。

 それこそ、どこぞの公爵令嬢よろしく俺の武勇伝を喜々として語っていたのを耳にしたとき、俺はいつになく恥ずかしくなった。


 何というか、手品のタネ魔法を知らない人の前で俺がネタを披露して大受けだった、という話を、手品のタネ魔法を知っているマジシャン魔法使いに、『自分たちのリーダーは凄い』と話しているようなものだ。恥ずかしくなるのも当然だろう。



 俺の羞恥心を煽ってくれたシュヴァーンの四名は、魔法の習得にはやはり苦戦していた。しかし、苦戦するメンバー中、イルザが比較的早く魔力の錬成に成功する。

 我が姉達に続く『第三の聖女』と呼ばれるイルザは、魔法に対する適性もしっかり追従していたのだ。

 そんなイルザは、彼女と雰囲気の似ている『金の聖女』ことアンゲラと、魔法の適性も同じ風・水・光であった。そのため、現在はアンゲラと共に行動をしているのだが、二人は光属性ではなく水属性による回復魔法の練習をしている。なぜなら――


 この世界では、人間の身体の多くが水分であることを感覚・・として理解しているようで、水魔法を治癒に充てるらしい。確かに、魔術でも水属性は攻撃職ではなく、回復職として軍などで用いられていたと記憶している。どうやら、水属性と回復は相性が良いようだ。


「そういえば、ニクセ様も水属性の回復が得意で、『水の精霊』と呼ばれてる、とか言ってたよな」


 イルザと同じような淡い水色の髪を持ち、見た目はイルザに負けず劣らずの可愛らしさのある女性だが、イケイケな性格な所為で、残念な印象しかないニクセを思い出してしまった。――そんな今の俺は、きっと遠い目をしているだろう。


「悪い人じゃないんだけどなぁ~……」


 そんなことを不意に思い浮かべた際、以前、俺が光魔法での回復を練習していたときに、日本の義務教育で習った程度の薄っすらとした人体の知識が全く役に立たず、エルフィに小馬鹿にされたことを思い出した。そして『水魔法でなら活かせるかも』と思い、何の気なしに自分の腕を切り、それを水魔法で治癒をしてみる。すると、光魔法での苦戦が嘘のように、いともたやすく止血できたのだ。


 それに気を良くした俺は、『人間は心臓を起点に全身に血液を送り出して循環している』みたいなことをアンゲラとイルザに対し、ちょっと偉そうに講釈してみた。そんな態度の俺の言葉を、二人はとても真面目に聞き入り、それを元に色々と練習をしはじめたのである。


 アンゲラとイルザの二人は、『聖なる癒やし』の関係で聖属性の魔術は知っていても、それ以外の魔術に接点がなく、また、人体の構造の知識などもまったくなかった。なので、俺からの教えは非常に有り難がっていた。

 そんな真面目な二人に対し、俺は小学生並の知識を偉そうにひけらかしていたことを恥じ、『もっと謙虚で真面目になろう』と反省した。だが――


「うん、こうして二人を見ていると、柔和な表情にふくよかな膨らみが素晴らしく、本当の姉妹のようだな。いやぁ~眼福眼福」


 あまりにも魅力的な絵面であったため、思わず魅入ってしまい、更には、『あの二人に治療してもらえるなら、わざと腕を切る……いや、ぶった切るくらい余裕だな』などと思ってしまい、反省の色が見えない俺なのであった。

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