第六話 ポカーン

「あら凄い。独学でそこまで魔法制御ができるなんて、ボクは優秀なのね」


 思考が纏まらない俺の言葉に、ローブの女が付き合ってくれるのは実に有難かった。この間に少しでも考えを纏めたいところだ。


 ってか、何だか小馬鹿にされているようで癪に障るな……。

 いやいや、癪に障るとか言ってる場合じゃないぞ。さっきだって、いきなり攻撃されたことでカッとなって、子どもみたいな厭味ったらしいことを言っちゃってたよな俺? それを、『俺もすっかり子どもだな』とか、冷静風に自分を振り返って自嘲してたけど、全然冷静じゃなかったぞ! だ、大丈夫かなぁ? 


「あぁ~、あのぉ~ですねぇ~」


 自分がしでかしてしまったことを思い出し、少々焦りを覚えた俺の口から出た声は、自分でもわかる程に震えていた。


 いかんいかん。ここで俺がビビってると悟られるわけにはいかない。

 頑張れ俺!


「えっと、短期間ですが、ある人物に師事していたことがありますので」


 自分を自分で激励しつつ、俺は敢えて伝えなくてもよい情報を口にした。少しでも時間を稼ぐ意味もあったが、ローブの女の反応を確かめたかったからだ。


「へぇ~、外にも魔法を教えられる人がいるのね」


 良かった。俺がビビってることは伝わってないっぽいな。

 それはそうと、この人はまごうことなき魔法使いだ。そして、魔法を使えるのはこの女性だけではないだろう。これはもしかすると……。


「ところで、もう攻撃してこないのですか?」


 俺は一つの可能性に気付き、また煽るようで怖いが、冒険してみることにした。


「ボクが魔術師・・・ではなく魔法使い・・・・なのであればね」

「私は魔術の適性がありません。なので、魔術師ではありません」


 敢えて魔法使いであると断言せず、魔術師でないことだけはハッキリ伝えた。

 これは単に、俺の往生際が悪いだけだ。


「ボクが魔法使いであれば、ここから排除するようなことはしないわよ」

「そうですか。……では、魔法使いではない者は攻撃対象ですか?」


 俺達姉弟は攻撃されなくても、シュヴァーンの四人は攻撃する、なんてことになると面倒だ。

 それより、「リーダーが魔法使い?」「魔法使いって何?」なんて会話が聞こえてくるけど、……今は放っておこう。


「それは貴方達次第かしら?」

「そう言われましても、私達に攻撃の意思はありませんが?」


 そういえば、いつの間にか戦士風のゴッツイ野郎がいなくなってるな。救援を呼びに行ったか? 何にしても、ローブの女を警戒し過ぎてゴッツイ野郎の動きに気付かなかったとは、……実に情けない。

 それに、ヤツらの動きが魔法使いとしてごく当たり前のことだと仮定すると、もう数人の魔法使いが現れたらその時点で、俺なんて簡単にやられちゃうんだろうな。

 でも……。


 それにしても、自惚れているつもりはなかったけど、『大抵のことなら何とかなる』って、よくよく考えたら、自惚れそのものだよな……。


 とある可能性に気付いたものの、それは確実ではない。あくまで俺の希望的観測であり、願望が多分に含まれている。

 そんな不透明な先行きに、元来ネガティブ思考の俺は、知らず知らずのうちにダメな方へダメな方へと思考が流れていった。


「こちらとしましても、『はいそうですか』と言うわけにもいかないのよねぇ~」

「それは……困りましたね」

「困るわねぇ。――まさか、外界の者が本当にくるなんて思っていなかったのよね。それも魔法使い・・・・が」


 その嬉しそうな表情の何処が困ってるって言うんだ。それに俺達は”外界の者”扱いで、しかも俺は魔法使い認定されてるし……。


 それから暫く、無言の時間ときが流れた。

 俺が頭を悩ませるのは当然のこととして、ローブの女も表情こそ笑みを浮かべているが、それも辛うじて笑顔らしく見えるだけで、『困った』発言のとおり、本当に困っているのかもしれない。

 そしてそれは、姉をはじめとしたメンバーも同様で、どうしたら良いのかわからないのだろう。誰一人として口を開かず、ただただじっとしている。しかしそれは、一種の決意表明で、全てを俺に任せて事の行く末を見守る、と暗に示しているように思えた。


 そんな様々な思惑がうごめく状況で、誰もが何をどうすれば良いのかわからず、時間だけ過ぎていく。――その時間がどれ程経ったのだろうか、思考の海にどっぷり浸かっていた俺は、時間に対する感覚がおかしくなっていた。

 そして、気が付いたらいなくなっていたゴッツイ野郎が、いつの間にやらしれっと一人・・で戻ってきたことに気付き、我に返る。


 ん? あのゴッツイ野郎は、救援を呼びに行ったんじゃなかったのか?


 ゴッツイ野郎の行動の意図が読めず、俺は困惑してしまった。

 だがそこで気付く。感じる気配がゴッツイ野郎一人のものだけではなく、その後ろにもう一人分あることに。


「お客さんなどと言うからきてみれば、成る程、確かにお客さんだの」


 ゴッツイ野郎の背後から声が聞こえたと思うや否や、その声の主がふらりと姿を現した。

 大きく見開いた我が瞳に映ったのは、鼠色のローブで全身を覆った小柄な人物が、長い顎髭をしごいている姿であった。

 その人物を目にした俺は、きっと笑みとも呼べないだらしない顔をしていたことだろう――


 希望的観測が、現実のものとなったのだから。



「久しいのぉ」

「約五年半ぶり……ですかね。お久しぶりです」


 本当に懐かしいな、師匠・・


「そんなに経っておったか。その割には、あまり身長が伸びていないようじゃが」

「それは気にしているので言わないで欲しいです」

「ふっ、それでも……うむ、まずまずり成長しているようじゃな」

「師匠にそう言っていただけただけで、凄く嬉しいです」


 魔法使いの村を探していれば、もしかしたら師匠に会えるかも、などと思っていたが、その可能性はかなり低いと予想していた。だが、こうして実際に会えたのだ、感動も一入ひとしおである。


 それにしても、ローブの女には、敢えて俺が誰かから魔法を学んだことを伝えたけど、万が一でもローブの女が師匠に繋がっているなら……という期待を込めた布石だったのに、結局その必要は無かったな。現に、それとは関係なく師匠は目の前にいるし。


「こんな所で立ち話もなんじゃ、付いて来るが良い」

「はい」


 誰に何の説明もないまま自然に会話をする俺と師匠に、ここに居る誰一人として話に付いてこれず、皆が皆ポカーンとしていたが、師匠と俺が動き出したのを見て、『取り敢えず』といった感じで後についてきた。


 その道中、何か聞きたそうな皆に、俺は「後で説明する」とだけ伝える。

 師匠の方も、疑問符を浮かべるローブの女とゴッツイ野郎に何か話しかけていたが、その会話を聞くことはできなかった。



「監禁するような形になってしまったが、事情は察してくれ」


 師匠たちと出会った場所のほど近くの林の中。

 そこにある石造りの家に通された一行は、若干窮屈そうな部屋に全員が纏めて入れられ、俺だけが師匠と別室に来ている。


「師匠の関係者であれば、手荒な真似はしないと信じております」

「それは大丈夫じゃ。――さて、ブリッツェンならば気付いておるじゃろうが、ここは魔法使いが住まう村じゃ」


 まぁ、そうだろうね。


「して、お主はどうやってこの場所を探り当てた?」

「以前、たまたま王都で読んだ本に、魔法使いの村に関する記述を目にしまして、その本にあった『魔法使いの村が王都の西南西にある』という情報のみを頼りに探索していたら、運良くここに辿り着いたのです」


 その本には、”蔑まれし・・・・魔法使いの村”と書かれてあったが、師匠の気分を害する、そんな可能性を含んだ不要な情報は伝えない。


 気遣いができる俺スゲー! ……って、ふざけて良い状況じゃないよな。

 師匠と再会できてテンションが上がってしまった……。会話に集中集中!


「なんと、そんな記述のある本が王都にあったのか」

「はい」

「とはいえ、それだけの情報でここに辿り着いてしまうとは、なんとも驚きじゃわ」


 王都の西南西という情報だけで辿り着けたのは、本当に運が良かっただけだ。

 軽く”王都の西南西”と、言葉にするのは簡単だが、それが西寄りなのか南寄りなのか、少し変わるだけでかなりの異差がある。それを考えれば、すんなり辿り着けたことは『運が良かった』以外のなにものでもない。

 なにせ、本来なら今日で一度引き返す覚悟を決めていたくらいだ。これを幸運と言わず何と言えよう。


「ところで、同行していたブリッツェンの姉は良いとして、他の四人は魔法使いではなかろう?」

「そうですね」

「であれば、こちらの立場として自由にさせるわけにはいかんぞ」


 俺と師匠は旧知の仲だ、多少なりとも師匠は俺を信用してくれたいるだろうし、直接の遣り取りを交わしたことはないが、姉達のことも知っている。

 だが、シュヴァーンの四人は、例え俺の知人とはいえ魔法使いではない。

 誰にも存在を知られていない魔法使いの村を、魔法使いではない一般人に知られることは、本来であれば”生きてここから出さない”くらいの大問題なのであろう。

 それこそ、例え魔法使いであろうとも、この村の住人ではない俺に知られることすら望ましくはないのだろうし……。


「そこで師匠にお願いがあります」

「――あやつらに魔法を教えろ……か?」

「そうです」


 この村を発見できなければ、シュヴァーンに伏魔殿探索で冒険者としての経験を積ませてあげた。それだけでも良かったのだ。

 しかし、ローブの女の襲撃で、”俺が魔法を使っている姿”をシュヴァーンの皆に見られてしまった。その点については、反省すべきことが多々あるが、今は置いておこう。


 元々この村を発見できたのであれば、彼らにも魔法を覚えてもらうことは、俺の中では決定事項であった。

 更には、変に期待をしないようにしつつも、『もしかして居るのでは?』と、心の奥底で再会を願っていた師匠が、こうして実際に居たのだ。


 ここまで条件が揃ってしまった・・・・んだし、師匠に魔法を教えてもらうしかないでしょー。……いや、強がりだ。本当は、是非とも師匠に魔法を教えてもらいたい。

 それは、シュヴァーンや姉達もだが、他の誰でもない、俺自身が師匠から再び教わりたいんだ。


「ブリッツェン、お主も知っておるとおり、魔法は誰にでも扱える可能性はあるが、それは絶対ではない」


 軽く感傷に浸る俺を他所に、師匠は昔と同じように感情を見せず、無表情なまま淡々と語りかけてきた。

 些か揺れていた感情を落ち着かせた俺は、意識を師匠の言葉の意味へと向け、緩みかけた気持ちを引き締めた。


「勿論、承知しています」

「仮に、あやつらが魔法を習得できなければ……」


 この村から生きて出さない、とでも言うのだろう。それはわかっている。だから俺はコレ・・を用意してきた。


魔術契約書・・・・・を持ってきました」

「それで秘密の漏洩を防ぐと?」

「できれば使いたくありませんが……」


 魔術契約書は、元々が奴隷を縛り付けるために開発された魔術だ。現在は奴隷禁止令があるため、建前上は奴隷契約ではなくなっており、契約内容も緩和されてはいる。が、それでもなお、奴隷契約に等しい効力を持っている。


 俺は自身の我が儘で、既にクラーマー達とこの契約をしている。俺としては彼らを奴隷にしているつもりはないが、俺の勝手でそうしてしまった。

 彼らが『何の問題もない』と言ってくれたのをいいことに、そんな優しさに甘え、俺は我を通したのだ。

 そして今度は、俺を慕ってくれている仲間を、彼等の同意もないまま魔術契約で縛ろうとしている。彼らが望んだわけでもないのに、彼らにも魔法が使えるようになって欲しいと、がそう望んだから……。


 これは俺のエゴや偽善といった、完全なまでの利己主義的な考えだ。


「のぉブリッツェンよ」

「はい」


 やはり師匠は無表情だ。

 だが、その師匠がなんだか痛まし気な瞳で俺を見ているように感じたのは、俺の気の所為なのだろうか?

 俺の心はにわかにざわついた……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 再告知です。

 第四章の『第十三話 スパルタ教育』と『第十四話 王都での日常』の間に『閑話 アルトゥールの執務室にて』を投稿してあります。詳しくは近況ノートをご確認ください。

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